第56話 時間は心の傷を癒やさない 前編

 次の日。

 昨日の女の子がやってきた。


「病気してますかー?」


「ああ。

 病気しているから入院している」


 しまった。

 また、俺はすぐに終わってしまう会話をしてしまった。

 しかし、この女の子はここで終わらなかった。


「なんの病気ですか?

 私は、白血病で入院してまーす」


 そう言った少女の声は、どこまでも明るかった。


「俺は、肝機能障害だったかな……?」


 俺は、そう言って天井を見た。

 そういえば、改めて自分の病気の名前とか考えたことがなかった。


「あれ?どうして疑問形なんです?」


「物心つくころには、この病気だったしな。

 病名とか怖くて聞けなかったからな」


「そっか……

 じゃ、私と一緒ですね」


「そう……なのか?」


「はい。

 私も物心ついた頃には白血病だったんです」


「ずっとこの病院だったのか?」


「いえ……最近、この病院に転院してきました。

 色んな病院を転々としてます」


「そっか。浮気者だな。

 俺は、この病院一筋だ」


「あはは……

 確かに浮気者だね」


 女の子は、小さく笑う。


「で、俺に何か用か??」


 俺は、そっけなく答えた。

 どう接したらいいかわからない。

 何を話したらいいかわからない。

 だから、一刻も早くこの会話を終わらせたかった。

 だけど女の子は食いついてくる。


「えっと、私のお友達になってくれませんか?」


「え?」


 突然の言葉に驚いた。


「私、同世代の友達っていないんです。

 友達ができても亡くなっちゃうこと多いですしね」


 それは、俺も同じだった

 透析という暇な時間。

 誰かと会話をすることがあっても友達にまでいたらなかった。

 そして、友達ができても病院で入院している子供たち。

 退院すればそのままサヨナラ。

 亡くなってしまってもサヨナラ。

 悲しい結果しかない。


「俺なんかでよければ……」


 だから、そのままお別れになってしまう。

 そうならないように信じて……


「ありがとう!

 私の名前は、墨田……」


 女の子が、そこまで言いかけたとき子供たちが集まってくる。


「あ!くーちゃんだー」


 子供たちはあっという間に女の子を囲んだ。


「くーちゃん?」


 俺が、そう言うと女の子はうなずいた。


「うん!くーちゃんでーす」


 女の子は、ニッコリと笑った。


「俺の名前は……昴。

 小野寺昴だ」


「昴君ね?覚えた!」


 女の子はニッコリとうなずく。


「墨田さんね、覚えた!」


「くーちゃんでお願いします。

 みんな私の事そう呼んでくれるので……」


「わかったよ。

 くーちゃん」


 俺は、ニッコリと笑った。

 楽しい時間だった。

 楽しい時間になると思っていた。

 だけど神様は残酷だ。

 24歳の夏。

 くーちゃんは、命を落とした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る