第17話 少女の覚悟と少年の躊躇

 カイリの大剣は、生物である。

 元はただの剣だったのだが、カイリの技により完全な生物となっていた。つまり剣が生物になるのではなく、生物を剣にしているのである。

 だから、ディンギルの枯渇したカイリは生物を剣にする力が残っていない。なのて、カイリの意思とは反して大剣に花……食魂花が咲いていた。雄しべに当たる触手がカイリの頭をポンポンと叩いた。


「……俺の魔力が無くなったから、腹が減ったって? いつも欠かさずディンギル供給しているだろ……。はいはい、分かった分かった。お前のディンギルを最後の砲撃で使ったことは謝るから」


 そしてこの花はディンギルを糧とする。

 前にアンリエトに憑いていたエラーも、この花によって食べられた。負の感情の塊ですら、食魂花が食べれば無になる。空腹時には正の感情も食べることがあるため、最初レティシアが剣に触ろうとした時にはカイリの制御圏外に大剣があったので注意した。二度目の時はカイリの手元に剣があったので触らせることができた。

 カイリはふらふらな足取りで、エラーの元へ向かった。

 周りには既に野次馬が出来始めている。あんな轟音で戦っていたら、いくら早朝とはいえ気づかれないわけがない。『人祓い』なんて便利な術もディンギルをもってすれば行えないことはないが、カイリもギスランもはエラーと全力で戦いに望んでいたために行わなかった。

 納得しがたい無様な結果だが、倒したことには変わりない。あとは食魂花に、エラーを喰わせるだけ。そうすれば、神託は達成する。


「だから、退いてくれないか? ミシュリー」


 横たわるエラーの横には、ミシュリーが立っていた。装甲を解いている今、エラーとミシュリーは瓜二つの姉妹に見えた。


「ねぇ、カイリ。この子を殺さないまま、依頼を終わらせることって出来ないのかしら?」


 小さく、呟くようにミシュリーは言った。


「どういうことだ?」


 カイリは眉をしかめた。ミシュリーが何をしたいか理解できなかったからだ。


「別にアンタを邪魔したいわけじゃない。依頼をすることがただならない事だっていうのは分かってる。けど、この子だって望まれて今の姿になったわけじゃない」

「だから、同情すると?」


 カイリは頭を抑えた。ミシュリーがお人好しな性格であることは知っていたが、先程まで自分達を殺そうとしていたエラーにすら情けをかけるほどとは思わなかった。

 ミシュリーの後ろで倒れているエラーは、確かに情けが掛けたくなるほどボロボロで倒れている。だが、一度目を覚ませば人の心を弄くり回す悪魔なのだ。

 けれど、カイリは強引にミシュリーを退けようとは思わなかった。

 ミシュリーは振り向いて、エラーを見た。


「アンタの砲弾を腕に纏って彼女を攻撃したとき、この子の心が私の中に流れてきた。ほんと、酷いわね。この子、人間の抱く負の感情から出来てるみたい。暗くて冷たくて、ほんとえげつない心ばっかり流れてきたわ」

「コイツはそういうものだ。だからこそ、その負の感情のまま暴走する危険性があった!」


 カイリは両手を広げて訴えた。負の感情が固まって生まれた存在を生かすことに、何のメリットがあるのかと。

 だが、ミシュリーは首を振った。


「……その暗い感情の中に、暖かい光が少しだけ混じってた。それに、私が写っていたの」

「そりゃ、お前の中にいたからな」

「違うわ。この子は私を求めていたの! いいえ、自分を受け入れてくれる存在を!」

「まさか。こいつは人の負の感情で生まれた存在。そんな存在に、人の心のような感情が生まれるというのか?」

「この子は、私やレティ、アンリと何も変わらない。……居場所を欲していたのよ! だから、私に憑いた。いいえ、もしかしたら、何人にも憑いていたのかもしれない。命を狙った敵にさえ同情する私のような馬鹿にね!」


 装甲展開。

 あれだけ力を使っておいて尚、力強い装甲をミシュリーは生み出した。どこからその力が湧いてくるのか。何が、ミシュリーの限界を無くすのか。


「じゃあ、一つ訊く。エラーにとってお前が唯一の友であり、理解者だとしよう。……だが、その友はお前の友を殺しかけたんだぞ」


 カイリは否定することをやめた。頑固者のミシュリーに何を言っても通じないと思ったから。それでも、カイリたちの命を狙ったことは事実だ。

 その言葉に、ミシュリーは否定せずに頷いた。


「そうね、それは許しがたいことだわ。でも、それは全部私が弱かったから。エラーだってそう。あの子の苦しさを私が気づいてあげればよかったのよ」


 これはもはやお節介焼きの度を過ぎている。通りでエラーに心を巣食われるわけだ。彼女は異常なまでに、他人に対して過保護だ。

 かつて自分が味わった寂しさを、誰にも感じてほしくないと願いすぎている。


「なあ、ミシュリー。本当にそう思ってるなら、お前は間違っている」

「かもしれない。けれど、私の中では何も間違ってはいないわ。やらずして後悔するより、やって後悔した方がいいもの!」


 ミシュリーはカイリに向かって構えた。


「証明したいなら……本気でどかしてきなさい!」


 ミシュリーの気迫にカイリは一歩後ずさってしまった。彼女を倒す算段などいくらでも浮かんでくる。

 ――なのに、体が前に出ない。自分はいったい何を恐れている?

 ――真に恐れるべきは神託の失敗なのではないか?

 少しして、前を見る。躊躇いのないミシュリーの瞳を真正面から見返す。


「いいだろう」


 カイリは一切の迷いを断った。そして、一歩踏み出そうとしたまさにその時、


「何を恐れているんだ、神遣い?」


 意識が一瞬飛ぶ。それが記憶忘却による結果であることはすぐにわかったが、時は既に遅かった。気づいたときにはもう、エラーの姿がどこにもなかった。


「くっ! エラー! 俺と戦え!」


 何度も何度もカイリは叫んだ。だが、エラーは帰ってこない。当たり前だ。エラーにはカイリと戦うことで生まれるメリットなど存在しない。カイリの因縁に付き合う理由など、はなっから存在しない。それでも戦ったのは逃走が困難であるから仕方なく、であった。

 カイリに殆ど力が残っていない。せっかく手に入れた体を放棄してまで誰かの心に潜み直すことは有り得ないだろうから、尚更カイリはやるせなかった。

 だからと言って、ミシュリーを攻める気などない。

 ミシュリーを退かすことではなく、エラーに止めを刺すことに躊躇ったのだから。

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