第16話 決着

 エラーの一番近くで戦っていたディディエは体全部で何か所骨折したかわからないぐらいの重傷。ミシュリー達だって、相当のけがを負っているはずだ。

 その状況を、カイリは座りながら見ていた。

 先ほどの爆発の際、カイリにかけられていた術が弱まり、その隙を逃さずギスランが術を解いた。彼はそれに全力以上の力を使ったため、今はカイリの横で気を失っていた。弱まったとはいえ、複雑で強力なエラーの術を、全力以上という膨大な力を巧く操って解除をやり遂げた彼には称賛に値するだろう。

 しかし、カイリにももうほとんど力を残されていない。先ほどの戦闘でほぼ使い果たしてしまったのだ。

 カイリは虚ろとした表情で、ただみんなの戦いを見ていた。

 親を見返すために、ようやく神託を得る権利を得た。なのに、その初っ端の神託で自分はおろか人間にまで戦わせるという失態をしてしまった。ここで奇跡が起きてエラーを倒させたとして、誰が誇らしげに胸を張れるだろう? ただこなしたという事実が欲しくて、カイリは神託を受けではないというのに。

 力だけでなく、もはやエラーと戦う気力すら残っていなかった。カイリにとってエラーは所詮、認めてもらうための通過点にしかすぎなかった。ゴールが見えなくなった時点で、通過点を通る意味もなくなった。


 なのに、


「ディディエは大丈夫、気絶してるだけだ! 痛い喪失だが、まだ可能性はある!」

「この新戦法、いい感じだもんね!」

「分かってるわ。私はまだ、勝てる気でいるわ!」


 あいつらは何度も立ち上がり、誰一人として戦おうとする。

 何のメリットも、報酬も、勝てる可能性ですら薄いというのに。

 命を失う可能性だってある。

 彼女らが叶えたい夢を、こんなとこで棒に振っていいのか?


『自分は今、まだ不安なんだ。自分に力以外の可能性が、建国騎士と認められる可能性があるのか』

『アンリが『期待に沿いたい』子なら、私は『期待に外れたい』子なんだよね』

『私が思ってる大切なものを、守るために!』


 あいつらの言葉が脳裏に浮かぶ。

 なぜだろう。

 エラーの事だけ考えていたはずなのに、神託のことを悩んでいたはずなのに。

 カイリは、立ち上がった。

 あいつらはただ、俺のために命をかけている。

 たった少しの期間しか会っていない、俺のために。


 この時、カイリは知った。

 想いがエネルギーへと変わるのは、決してディンギルだけではないことを。


 三人の連携はエラーを翻弄しつつあったが、動心導理現象を使えるエラーにとってはさほど脅威ではなかった。疲労もあるはずなのに、決して後れを取らなかった。


「ミシュリー! アンリエト! レティシア! 少しでいい……隙を作れ!」


 カイリはあらん限りの声で叫んだ。

 返事はない。だけれども、三人の動きが変わった。アンリエトを軸においた撹乱からの急所を突く作戦から、三人とも色々な方向から考えなしにひたすら攻撃という作戦になった。

 完全にランダムな彼女らの攻撃は、ランダムだからこそエラーにとって鬱陶しいものになっていた。何かしらの作戦があれば、その作戦の規則性により次の攻撃を予測できるのだが、それが全く存在しない。攻撃場所は愚か、タイミング、種類がバラバラ。そのくせスタミナを考えずに強力な攻撃を躊躇わず撃ってくるのでたまったものではない。

 エラーには絶対防御の盾があるとはいえ、展開面積が広すぎると動心導理現象の限界により自らを不利に導いてしまう。一対一ならまだしも、一対三では動心導理現象を使わざるを得ない。特にアンリエトの精神干渉は防がなければならない。


「お前は思ってるだろう」


 カイリの声はエラーに届いていない。だが、一人つぶやく。


「なぜ俺が再びやる気になったのかと。俺でも不思議さ。けれど、これだけは言える。……やらなければ、後悔する」


 カイリは『電熱科学砲付両刃大剣型食魂花』の先端をエラーに向けて、展開。エラーの読心圏外から標準を定めようとした。しかし、エラーが目にも止まらぬ速さで動いているだけならまだしも、その周りにはミシュリーたちがいる。

 その時、ふとカイリによい案が思い付く。カイリは『彼女』とアイコンタクトを取り、そして、カイリが放つことができる最後の一撃を射った。

 三人の猛攻の中、迫り来る脅威にエラーは笑みを見せた。

 着弾寸前、三人はエラーの身動きを奪うように粒界を放って遠ざかったが、エラーはその攻撃の中で一番薄い箇所を瞬時に見つけて、そちらへ飛び退いた。瞬間、エラーの居た箇所に閃光が通過する。

 遠くで、カイリの膝から崩れる姿が目に入った。さすがのカイリも、あの大技を数発放って限界がきたのだろう。


「切り札はもう終わりかい?」


 挑発をする余裕すら出てきた。

 もはや、恐れるものはアンリエトの精神干渉のみだ。

 幸い、目の前にアンリエトの姿がある。先程の攻撃を潜り抜けたことに驚愕したようだが、すでに心を整えて攻撃に転じようとしている。それに迎え撃つ形でエラーが動心導理現象を発動させた時だった。

 エラーの背後で、先程の雷撃の気配を再び感じた。先程の雷撃の軌道が可変だったとしたら、魔力の気配で気付くはず。今感じているエネルギーは背後に突然出現したのだ。

 何が起きたか理解できなくとも、脅威は取り除かねばならない。そう思ったエラーは破壊の動心導理現象を籠めた投げ槍(ジャベリン)を作り、放った。気配が消えたことを確認して振り向くと、


「紙切れ……!?」


 鶴の形に折られたメモ用紙が槍に貫かれていた。この紙切れに魔力気配のダミーが仕込まれていたというのか?

 狼狽える間もなくもう一つ、強大なエネルギーが上空から出現した。先程の紙切れは、この気配の隠蔽にも一役買っていたのだ。

 咄嗟に動心導理現象を行おうとしたが、この二重の罠にエラーの心の動きが遅れていた。


「私は! あなたを!」


 エラーが見上げた時には、眼前にミシュリー=シャイエの姿があった。天をも輝かせるほどの眩い雷が落ちる瀬戸際、エラーはこの策の真意を理解した。


「討つ!」


 それはただの雷撃でなく、その雷を用いたものの心を乗せるという動心導理現象を含ませていた。先ほどカイリが放った雷撃はエラーを撃つためでなく、ミシュリーを強化させるために撃った。もちろん、これはディンギルの耐性がない人にディンギルを与える行為で、下手をすればミシュリーの体を破壊する恐れもあった。だが、カイリは凄まじい集中力で、遠距離からミシュリーに与えたディンギルを制御した。

 その思いに答えるように、ミシュリーは全力で拳を振った。

 盾を張ることが叶わなかったエラーの腹部に、それは直撃した。




 瞬間、エラーから黒い霧が漏れ、ミシュリーへと流れ込む。


『私に力が足りないから……いつもレティとアンリが私の代わりに痛い目に合う……私が守られてばっかりいるから……』


 それは五年前の自分。無意識に、かつ鮮明に思い出していた。


『なぜ自分は父上のような騎士にはなれないんだ……』


 ミシュリーはこの声を聞いたことがあった。アンリエトの声だ。声だけではなく、その情景すら鮮明に脳に浮かび上がる。こんな記憶、ミシュリーにあるはずがないのに。


『お母さん、なんで私のことを見てくれないの?』


 続いてレティシア。今よりももっと幼い頃のレティシアが、脳に浮かぶ。

 見知った人だけではない。会ったこともない人の映像が、次から次へと脳を駆け巡る。劣等感を抱く思いや思い出したくない過去、トラウマのきっかけとなった場面など。どれもこれも見ていて心地悪いもので、それが強制的にミシュリーの頭に浮かんいく。


『悪霊は心の弱みや闇を好み、結果として憑かれた人は普段と違う挙動を取ることがある。』


 カイリの言葉をミシュリーは思い出した。これが事実なら、今見ている映像はエラーが取り憑いた人たちの心の隙なのかもしれない。そして映像が途切れたかと思うと、一気に心が押し寄せてきた。

 重くて、冷たくて、深くて、暗くて、遠くて、儚くて、悲しくて、寂しくて、惨めで、哀れで、弱くて、脆くて、愚かで、怖くて……

 瓦礫に埋もれたときに感じる逃げ場のない圧迫感がミシュリーを締め付ける。手を伸ばしても誰も来ない。あるのは暗闇だけ。つかむ場所など、ありはしない。

 けれど、一筋。

 暖かい光が刺す。

 その先に居たのは、ミシュリー自身だった。




 エラーはぐらりと一回体を揺らし、ばたりと地面に倒れた。

 ミシュリーに纏わりついていた霧も、何もなかったかのように散っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る