第15話 少女たちの反撃
「そんなこと、あるわけがないわ!」
ミシュリー=シャイエが目を覚ましたのは、カイリの大剣から雷撃が放たれるのと同時だった。ミシュリーがエラーというもう一人の自分を見たとき、すべてを理解した。
あれが、カイリの言う悪霊だったのだと。
ああ、とミシュリーは納得した。アンリエトやレティシアよりも一番弱いはずの自分に、エラーがついていた事実に。エラーの好む心の隙なんて、きっとたくさんあるに違いない。
だからこそ、エラーに関しては完全な失敗だった。心の中から自分ではない何かに話しかけられたとき、怪しいと思うべきだったのだ。
「カイリを……助けなきゃ」
体がふらふらしてようと、詳しい状況を把握してなかろうと、ミシュリーには関係ない。彼女の頭の中には、目の前の危機から皆を守るということだけあった。
「ミシュ! おまえ、何しているんだ?」
アンリエトが、ミシュリーの前に立ちはだかった。
「ミシュ、大丈夫なのか?」
「大丈夫。ねぇ、アンリ。あのエラー、私が生み出したのよ」
「ああ、知っている。だからといって、お前まであんな戦い方をするというのか!」
アンリエトは怒鳴りながら、カイリを指差した。腹に大きな傷を受けたまま、しかし痛みを殺して戦う様をミシュリーに突きつけた。
「あれは、最早鬼だ。自分の命など価値の最下層に落とし、ただ相手を殺す為に動いている。……あんなの、何も格好よくない。しかし、そんな状態のカイリでようやく渡り合える相手だ。そこにミシュが入っても命を差し出すようなものだ」
不意打ちではあったが自分たちを一人で圧勝したカイリですら勝てない相手に、どのような策があるのかと問われれば、ミシュリーは答える事は出来ないだろう。
「ミシュ、頭堅いねー」
レティシアが笑いながら二人に歩み寄る。
「私たちは三人で一つなんだよ?」
「例え『三人よれば文殊の知恵』といえ、その三人でカイリに勝てなかったんだぞ?」
「でも、私たちの弱点はカイリくんが教えてくれたでしょ?」
「それはそうだが……」
「レティの言う通りよ。私たちはあの時に私とは違う。……それに、あんな無茶な戦いをしてるカイリを放っておくの?」
防御を考えないで攻めのみを行っているカイリ。彼ほどの体術の使い手なら防御がいらないかもしれないが、万が一崩されるとそこが絶対的に弱点となってしまう。
――自分の師匠に、あんな感情的で愚かな戦いをさせたくない!
「私たちの目標はカイリに喝をいれることと、エラーを弱らす事」
「いきなり何仕切ってんだ。それに、エラーは記憶消去という厄介な能力を持っているぞ」
「でも、あらかた解析はしてるんでしょ?」
「それはそうだが……」
「「大丈夫」」
ミシュリーとレティシアが、アンリエトの肩をたたいた。
こんな局面なのに、三人の間で笑みが浮かんだ。
「……ったく、後で恨むなよ? それより、カイリと対峙して平然としているあいつに『弱らせる』ことなんかできるのか?」
「大丈夫、それに関しては手がある。確証はないけど」
ミシュリーがカイリに視線を移すと、窮地に立たされていた。
「……今度は私が、守る」
しゃがんで小石を広い、エラーを見据えた。
「そんなこと、あるわけがないわ!」
直後、何かが当たった音がし、エラーの体が思いっきり左に傾いた。
「いったー」
何が起きたのかと、エラーが右に顔を向けた瞬間、
「はぁーーーーーっ!」
ミシュリーの渾身の右アッパーがエラーの顎を捉え、吹き飛ばした。
「ミシュ……リー……?」
「アンタ馬鹿じゃないの? そんなことで弱って、ほんとに親を見返せるとでも思ってんの? あ、このことはアンリに聞いたのよ」
両手を腰に当て、重傷であることも構わずに叱りつけるミシュリー。
ギスラン、そしてアンリエトとレティシアも駆け寄って来た。
「情けないな」
「あの戦いはバカっぽいぞ」
「カイリくん、みっともなーい」
命をかけていたにも関わらず、罵倒する三人。だが、彼らの言う事は間違ってはいない。
「では、校長にはカイリの手当をお願いしたい。なんだかんだ言って、対等に戦えるのはカイリだけです。その間、あいつは私たちで抑える」
「なんだと?」
アンリエトの提案に目を見開くギスラン。それはそうだろう。アンリエトだって、先程驚いたのだから。
「大丈夫。私に手がある。それは、私たち三人でないと意味が無い」
何を、とは言わない。それでも自信を持ってアンリエトはギスランに言った。あのアンリエトが何も言わないという事は、それなりに確証のある作戦ではあるのだろう。
だが、ギスランは気軽にはいとは言えない。ミシュリーらは生徒。校長が生徒に死をかけた戦いをしてこいなどと言えるはずが無い。
だからと言って、ギスランはエラーに対し有効打が思いつかない。他の先生や騎士に応援を求めたとしても、駆けつけるまで凌ぐ事が出来るかどうか。
「……死ぬなよ」
悩み抜いたあげく、五十年騎士をしてきた男は騎士見習いの少女らに後を託した。
「ミシュリー=シャイエ。君の考えていることを、私は読める」
エラーは立ち上がり、殴られた顎をさすった。
「だから?」
ミシュリーはフンと鼻で笑い飛ばした。
「それくらい分かってるわ」
「君はそういう人間だったね。けれど、一つだけ分からない事がある」
エラーは腕を組みながら尋ねる。
「君はあれだけカイリを疎ましく思いながら、何故彼を引き止め、今助けようとしたんだい?」
アンリエトとレティシアは何の事か分からず、首を傾げた。
「ええ、私は彼を妬んでいたかもしれない。けど、」
ミシュリーは拳を構え、重心を低くする。
カイリという存在が大きすぎて、レティシアとアンリエトが取られると思った。
私の存在意義は、私を救ってくれた二人を守ることだった。なのに、カイリがいれば私は必要ないのではと思ってしまった。
自分を助けてくれた二人を守るつもりが強くなりすぎて、逆に二人に迷惑をかけてしまっている。だからって、立ち止まるわけにはいかなかった。
「それが何? 私はもう見失わない。私が思ってる大切なものを、守るために!」
思い切り地面を蹴り、ミシュリーが走る。彼女の上空を、レティシアが追う。真っ正面から突っ込んでくる二人に、エラーは笑う。あまりにも攻撃が稚拙すぎる。
「|自己変換(レベラシオ・アクティーブ) ・
「
レティシアが自らを氷で覆い、その氷の力を借りてアンリエトも同じ事をする。それらの氷は魔力により生み出されたのではなく、空気中にある水分を魔力でかき集め、凍らせたもの。
つまり、記憶消去をされたところでこの氷は消えず、さらに二人の意識が一瞬遠のいたとしても氷ごとエラーにぶつかる。
「ちっ」
エラーは障壁を体の前に展開した。二つの氷はピタリと静止する。エラーはそれを両手の剣で叩き付け、爆発させた。自然でできた氷という事はありあっけなく割れた。
ミシュリー、レティシアはその勢いで飛びかかろうとしたが、記憶消去により粒界装甲は霧散し、その隙に二人を斬りつけた。
「
後方で待機していたアンリエトは、カイリが使った遠距離障壁でエラーの剣撃を妨害。盾は一撃で粉々になったが遅らせることはできた。その間に、縄上に練った魔力を使って二人を手繰り寄せた。
アンリエトが立っていたのは記憶操作の範囲である三十メートル外。もちろんそれはアンリエトの推測だが、エラーが使ってこないところを見ると外れではないらしい。
「やはり、潰すべきは司令塔か」
絶妙な位置に立つアンリエトに、エラーの攻撃対象が移る。
しかしエラーの予想に反し、アンリエトは自ら攻撃を仕掛けにいった。いつも後方で立っているだけだったアンリエトが、進んで前線に出たのだ。
遅れてミシュリーがアンリエトを追うように走る。
「自ら入ってくれるとは」
既に二人は射程圏内。エラーが記憶消去しようと気を向けた瞬間、
「
アンリエトはエラーに向かって右手を突き出した。距離にして二十メートルと少し。彼女の手からはなにも出ていない。だが、今この瞬間不可解なことが起きていた。
「ぐぅっ! なん……だ、これは……」
エラーか苦痛に顔を歪ませながら呻く。
「隙ありぃー!!」
ミシュリーの拳が、無防備になったエラーの腹を殴る。
「かはっ……」
攻撃を受けつつもエラーは炎弾をアンリエトに向けて飛ばしたが、控えていたレティシアがなんなくそれの軌道を反らせる。
アンリエトが使ったのは、粒界のなかでも僅かにしか存在しない精神に干渉する術。ディンギルが心に依存することを利用して、アンリエトは使った。
そもそも自然現象を操ることを得意とする粒界が、人の精神に干渉するということは並大抵のことではできない。数十人が一晩かけて術を構築したとしても、完全な術となるか分からない。では、なぜアンリエトは単体で行うことができたのだろう?
エラーはそこで、気付いた。
「
人の心によって変化する本来ならばあり得ない粒界を、《装甲》ではなく《妖点撃》に適応させた。理論的にではなく、感覚的に。
一部の術に特化したレティシアも、確かに天才だ。しかし、極められなくともありとあらゆる術を使うことができるアンリエトもまた、天才の部類だった。
これが、アンリエトだけでなく、三人で編み出した新戦法。今までデメリットだと思っていた『浅く広い』アンリエトの粒界を用いて、戦場のど真ん中で敵を錯乱させる。今まで統率に遣っていた頭脳を、敵の戦略をかき回すためだけに使う。そして生まれた隙を、ミシュリーとレティシアが処理する。素早さの早いミシュリーと空を飛べるレティシアは状況に応じ攻撃、援護など素早く立ち回ることができる。
「いやー、面白いね」
まるで何のダメージも無いかのように立ち上がり、
「やはり君は危険だよ、アンリ!」
エラーは体の前に赤銅色の障壁を展開し、跳躍。その障壁は、カイリを空中につなぎとめたドーナッツ型の障壁を広げたものだろう。アンリエトが再び《妖点撃》を使ったが、効果はなかった。
あの障壁は、精神攻撃にも対応しているらしい。もしカイリの雷撃を防いだのがあの赤銅色の障壁なら、おかしくはない。
正直なところ、あの盾を出された時点でアンリエトに攻める手だては無かった。
たが、防ぐ手だてならある。盾の横からアンリエトに向かって剣を伸ばされた瞬間、その行動に出た。
「……アンリ、それが君の友達の使い方か」
「違うわ。これは、私が自分の意志でここに立ってるのよ!」
アンリエトの前に、ミシュリーが立ちはだかり右の手甲で剣を弾いた。
だがエラーの言うとおり、これも作戦のうちだった。エラーの自我がミシュリーの心から作り出されたものなら、当の本人が致命傷を負えば何らかのダメージがエラーにも行くと推測した。そもそも、エラーの本気をもってすれば自分たち三人などものの数秒で終わらされたかもしれないのに、そうはならなかった。そこから得た答えが、エラーにとってミシュリーは殺せない存在であるということだった。
「エラーは心に依存するディンギルで作られていることと、ミシュリーの心に居座っていたこと。この二つから、お前はミシュリーの心あってこその存在だと推測できる」
エラーは追撃せずに、間を空けた。それがミシュリーの考えを裏付けるものになるかどうかは分からないが、ミシュリーの存在がエラーにとって特別であることは確認できた。
アンリエトの解説を聞いて、エラーはくすりと笑う。
「だから、ミシュリーが死ねば私も死ぬってこと? 面白いなぁ」
エラーは剣を構え直し、ミシュリー目がけて切っ先を射る。ミシュリーは機敏な動きで躱し、手甲でエラーの腹部目がけて左ストレートを放ったが、障壁で防がれる。
「もしそれが事実でも、殺さなければいいだけだよねぇ!」
怯んだミシュリーの左肩に剣を突き刺した。不思議と痛みはない。けれで、麻酔をうたれたかのように右腕がしびれてきた。
「
危機一髪のミシュリーとエラーの間に、レティシアが衝撃波を放つ。地面に着弾したことによって生まれた爆風で、二人を引き離す。もう少しで下半身不随にできたのにと、エラーは舌打ちした。
そして、意識をレティシアに向けた刹那、数十の剣がエラーに飛来する。エラーの読心圏外からの奇襲だったが、エラーはその剣の魔力を感じ取り躱す。
「俺のミシュに何をする!」
遥か後方、全身を剣で纏った装甲の少年が飛来する。体のありとあらゆるところに装着している全ての剣を逆立てている様は、百獣の王の如き。
「まだ生きていたのか!」
「ああ。ミシュが生きている間は、俺は死ねないんだよなぁ!」
ディディエの容赦のない攻撃がエラーを襲う。エラーはもう一つ球を展開したが、ミシュリーを捕えてるそれらよりは色が薄く、もろい。
エラーのこの赤褐色の盾は、物理・精神のどちらの攻撃も防げる絶対防御の術。だが、それは動心導理現象を用いているために、かなりの集中力を要する。それをアンリエトの精神攻撃用に一枚展開している。さらに遠くにいるカイリの傷、ミシュリーの動きを止める麻酔として別の動心導理現象を用いているため、新たに動心導理現象を使える余裕はほとんどない。
それでも、もう一枚全力で盾を張ることはできる。しかしそうなると盾はおろか『読心』すら行えなくなってしまい、不確定要素が表れた際に対処しきれなくなる可能性が大きい。だから、本来の半分の思いで盾を作った。
しかし、それはアンリエトにも分かっていた。
「ディディエ! 今よ!」
「わかってらぁ! 俺の本気
前後同時から圧倒的手数による力攻めの奥義
さきに放った剣をターンさせ、エラーの背後から襲わせる。エラーはそれに気づかないはずがないが、ディディエの猛攻を防ぐので精いっぱい。
「貴様如きに……!」
その攻撃力は想像以上。今の盾があと何分持つか分からない。
「なら……『弾けろぉーっ』!」
盾を解き、ミシュリーの麻酔を解き、自身を中心に小規模な爆発を起こした。それは四人を巻き込むに十分の規模だった。
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