第13話 逃避と、願いと、覚醒

――あなたは、それでいいの?

――そう、よくはない。

――なら、どうすべき?




 サリュー=ド=ラム騎士学校のちょうど中央に位置する広場の中央には、この学校の象徴たる巨大な噴水がある。高さ十メートルにも及ぶその噴水の先端には剣が象られた噴水口があり、回りには盾やら鎧やらの武具を象ったモニュメントが並んでいた。

 それはこの騎士国の象徴たる、粒界装甲を示していた。

 カイリはポケットから、光輝く金色の鍵を取り出した。くさび形の模様が刻まれているその鍵は、この世界に飛ばされる前に神様に渡されたものだった。


「よう、もへじ」


 早朝のさわやかな朝には合わない低い声が、男子寮のある方向から響いてきた。ディディエ=ヴィクス。どこかずれているが、真っ直ぐでタフな男。しかし意外ときっちりした性格のようで、朝早いのにもかかわらずきちんと髪をセットしていた。


「なんだ?」


 カイリは振り向いて、真正面から彼を見据える。最後にディディエを見たのはあの騎士戦以来だが、相変わらずの威圧感ある筋肉質の体が目に入った。


「ミシュが探していたぞ。ミシュだけじゃなく、アンリもレティもだ。三対一の鬼ごっこでもしてるのか?」


 その言葉を聞いて、思わずカイリは笑ってしまった。初めはあんなにも嫌われていたのに、いつの間にかこんなにも懐かれている。カイリは神託というなのゲームの登場人物としか思っていなかったのに。


「そうか。……あいつらとは少し、仲良くしすぎたか」


 その言葉が理解できなかったディディエは眉を潜めたが、どうでもよくなったのか、すぐにいつもの表情に戻った。


「ミシュはお前が、お前の様子が少しおかしいっていってたな。俺にはよく分かんないが」


 その言葉はレティシアからも昨晩聞いていた。ミシュリーは変なところで変な勘を発揮する。が、カイリ自身にも一体何がおかしいのか分からなかった。

 ――まさか、別れを悲しんでいた顔でもしていたのか?


「……そうか。ま、どうでもいいことだが」


 カイリは何の抑揚も無い声で言った。


「そんなことより、その鍵はなんだ?」


 ディディエはカイリの右手を指さした。

 カイリは右手に持つ鍵を、ディディエの目線と同じ高さになるように掲げた。朝日に当てられ黄金に輝くそれは、とてもただの装飾品には思えなかった。鍵と言うにはそれはあまりにねじ曲がった形をしていた。鍵の形だけでなく、表面の模様も何かがねじ曲がれてる絵が彫られていた。

 この鍵は、この世界に転位する際に神様がカイリに渡したものだった。

 神託を行う際にはほぼ必ず持っていく、必需品。


「なんだと思う?」


 カイリは鍵を付き出した。

 ディディエは肩を振るわせ、声を出さずに笑った。


「ははっ、お前俺を馬鹿にしすぎたろ。クソバカでかい儀式でもおっぱじめる気なんだろ?」


 ディディエはそう言って、地面を指差した。そこには噴水を中心とした、巨大な魔方陣が描かれていた。


「だが、こんな儀式陣見た事ねえ。……しかもなんだ、この訳のわかんねえ魔力は」


 ディディエが知らないのは当然だろう。これは神の粒子ディンギルを用いた神の力。十の珠と二十二の径から成るそれは、こう呼ばれる。

 ……生命の樹セフィロト、と。


「神が生みし、神聖なる力だ」

「その神聖なる力とやらで何を行うんだ? 悟りでも開くのかよ?」


「俺に関する記憶を消す」


「ダメ!」


 どこで聞いていたのか、どこからかミシュリーが飛び出してきた。

 カイリは無表情のまま振り返った。


「なんか昨日、変に馴れ馴れしいと思ったらそういうわけ?」

「馴れ馴れしいだと!? もへじ、何時・何処で・何をしたんだ!」

「ディディエは黙って」


 こんな時でも我を見捨てないディディエは、ミシュリーの一喝で小さくなった。


「あれは俺のせいで、お前らの仲が悪くなっていないか確かめたかっただけだ。何かあったら、後味悪くなるからな」

「余計なお世話ね」

「お前にだけは言われたくないな」


 地面に描かれている樹がわずかに発光する。


「大丈夫、無くなるのは俺に関する記憶だけだ」

「大丈夫じゃないわよ! 教えてもらった体術はどうなるのよ!?」

「それはちゃんと覚えている。どこの誰に教えてもらったのかは思い出せないだろうけど」

「そんなの……悲しいじゃない!」


 ミシュリーは必死にカイリを止めようと訴えるが、カイリは何一つ顔色を変えない。


「そもそも俺は、悪霊を退治にしに来た。お前らと知り合ったのも、それの過程で仕方なく、だ。俺にとって、お前らは依頼をこなす為の駒にすぎない」


 カイリは鍵を空に掲げる。彼の指揮に導かれるまま、生命の樹がさらに強く発光する。それが一体どんな術かは知らなくとも、あと一回鍵(タクト)を振れば発動するぐらい容易に予想出来た。


「ねえ、カイリ! それも依頼の内に入ってるの!?」

「ああ。お前らが知らなかったように、神遣いの存在は公にしてはならない」


 足下から沸き上がる粒子の中、カイリは容赦なく事実を叩き付ける。

 早く終われ、とカイリは強く願っていた。この限定記憶忘却術式は前準備として、軽く百を超える術が発動している。カイリはそれらを行えないため、鍵に神の魔力『ディンギル』を込めるだけでそれらの術を発動するようになっている。

 カイリ程度の力でその大魔術を行えるように、極限まで効率の良い術式のみで組んでいる。そのデメリットとして、数十分間の時間が必要になったのだ。


「カイリ!」

「カイリくん!」


 アンリエトに、レティシア。これだけの光が放たれていれば日中でも目立っているので、彼女らが来るのは半ば当然ではあった。

 だが直後、カイリは鍵を振り下ろした。ガチッという鈍い解錠の音が響き渡る。


「その依頼は、アンタの心に沿ってるの!? アンタの望みが叶えられるの!? 散々私たちをかき回しておいて、そのまま逃げる気!?」


 ミシュリーはカイリの腰へとしがみつく。岩のように動じず、鉄のように冷たいその体にミシュリーはぐっと腕に力を込める。


「……」


 カイリは一度彼女を見て、目を閉じた。


「ありがとう、ミシュリー。君の師匠になれて、俺は良かった」


 その言葉を引き金に、術は発動を開始する。

 ミシュリーは必死に脳を回転させる。今の自分に彼を止めるすべがあるのか、何ができるのかを必死に模索する。

 けれども、何も思いつかない。


――彼は救いを求めてる

――でも、君もまた彼を守る事が出来ない

――ならば、どうすればいい?


 心の奥から聞こえる声。困ったときには自らに指針を与えてくれる存在。

 だから彼女は心の底から求めた。


「助けて……『エラー』!」

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