第12話 少女たちの戯れ
エラーの消滅を確認したカイリは、校長室へ向かった。すでに日は落ちていおり、学園内は静寂に包まれていた。
カイリが校長室に戻ると、三人の少女が彼を迎えた。代わりに部屋の主であるギスランがいなかった。
「なんでここに揃ってるんだよ……」
制服の三人はまるで自分の部屋であるようにくつろいでいた。ミシュリーはソファーに体を横にしながらお菓子をほおばっていて、アンリエトは畏れ多くも校長の椅子に座って分厚い本を読んでいて、レティシアは歴代校長の写真を眺めていた。
「『アンリの悩み解決おめでとー! ついでに悪霊退散おめでとう!』パーティーだよ」
「俺のはおまけかよ! いや、だからといって期待はしてたわけじゃなかったけど」
「まあまあ、自分のおまけとして、楽しみたまえ」
「……別に俺、要らなくなかったか?」
好き勝手に言うレティシアとアンリエトに項垂れた。
「ふふっ、冗談だ」
アンリエトは校長椅子から勢いよく立ち上がり、カイリの傍へと歩み寄る。
「今日は本当にありがとう。私は忘れてはいけないことを思い出せた」
「それは構わないんだが……その腕は何だ?」
カイリの右腕に、アンリエトは自分の左腕を絡めた。ミシュリーhsお菓子を頬張っていた口を止めた。
「気にするな。ちょっとしたご褒美だ」
と、頬を少し赤くしながらぐいぐいとカイリを引っ張った。ミシュリーが「爆発しろ!」という訳のわからないことをみたいが言っていたが無視した。ミシュリーの座るソファーの真正面においてあるソファーに、アンリエトとカイリは腰を下ろした。座る前に背負っていた大剣は床においた。
「何やってんのよ!?」
ようやくお菓子を飲み込んだミシュリーは、部屋に響き渡る怒声を放った。
「ソファーに座っただけだが」
「なんでそんなにべっとりくっついてるか訊いてるのよ!」
カイリから離れないアンリエトに、がるると唸るミシュリー。カイリは口を挟むと噛みつかれる気がしたので、何も言わないことにした。
「レティがこうしたらカイリが喜ぶって言ってたが」
「な!? そ、その、あれよ! 男は狼なのよ! いつ食べられてもおかしくはないわ! あとレティ! 変なことをアンリに吹き込まないの!」
酷い言い分だな、とカイリは思った。歴代校長のふさふさ率を数え終えたレティシアがミシュリーの背後に周り、そっと囁いた。
「代わりたいの?」
ポン、という効果音が聞こえそうなぐらい、一瞬でミシュリーの顔が赤くなった。
「か、かかか代わりたくなんかなななないわよ!」
「かっわいいー」
「うっ! うるさい! ほほほほんとに代わりたくないわよ!」
手をあたふたさせながらミシュリーは必死に否定した。途中から呂律が回ってなく何を言いたいのかよくわからなかったが、もへじと聞こえたのでカイリの悪口が挟まっていたことは間違いがない。
「ミシュって本当に嘘が下手なんだよな。カイリもそう思わない?」
「あ、ああ。そうだな。ところで、ミシュリーも言ってたがその、くっつきすぎじゃないか?」
そうカイリが指摘すると、アンリエトはさらにカイリへともたれかかった。きめ細かい髪の毛と甘い匂い、そして官能的な胸の感触にカイリの感覚を痺れさせた。
「ちょ、おい!」
しかし、アンリエトの表情を見たカイリはそれ以上言葉を紡ぐことができなかった。
「自分は今、まだ不安なんだ。自分に力以外の可能性が、建国騎士と認められる可能性があるのか。お前は、似た者同士と言ってくれたよな? なら、この心細さ……分かってくれるだろ?」
アンリエトの体が微かに震えているのを、カイリは今更ながら感じ取った。言葉からでは一切感じ取れない、アンリエトの心情。もちろんその気持ちは痛いほど分かる。
力という手段から切り離れ、在るか分からない希望を求める。それは闇夜の中を歩き進むぐらい、不確かで心細い。
カイリは渋々と今の状況を受け入れた。闇夜の中へ放り込んだカイリにも、責任はあったから。
「分かるさ。けれど、それとこれは関係ない」
カイリは無表情になって、ぐいとアンリエトを離した。彼女は一瞬ムッと眉をしかめたが、すぐに意地の悪い笑みを浮かべた。
「……じゃあ、」
アンリエトはカイリの耳へと顔を持っていき、
「私の希望探しを、手伝ってくれないかな?」
アンリエトから聞いたことのない、可愛らしい声にカイリの鼓膜が震えた。本来の凛々しい雰囲気は何処にもなく、アンリエトのイメージとは程遠い甘さが言葉に浮かび上がっていた。失礼なのは承知だが、言うなれば『神様』の声に似ていた。
「何を馬鹿らしい顔をしているんだ?」
いつもの口調に戻ったアンリエトは、くすっと笑った。どうやらからかわれていたらしい。
「……って、近い! ちょっと目を反らしてる内にイチャイチャするんじゃないわよ!」
レティシアの呪縛から逃れたミシュリーは実力行使に出た。自慢の目にも止まらぬ早さで、アンリエトをソファーから引っこ抜いた。されるがままに引っ張られ、ソファーから退いたアンリエトは、ミシュリーの裾をくいっと引っ張った。
「ここ空いたが、座らないのか?」
「座らない!」
アンリエトの提案を断固として拒否し、彼女をミシュリーが先程まで座っていたソファーに座らせた。カイリとしても、怪訝なほど積極的なアンリエトから解放され、内心安堵していた。
「それよりも!」
話題を反らすためか、ミシュリーは大声を張り上げた。カイリとしてもこの空気を断ち切りたいがために、うんうんとミシュリーの方を向いた。彼女はある一点を指差した。指した方向を辿っていくと、そこにはカイリ愛用の剣があった。
「これがどうした?」
「なんなのよそれ! ビーム出るし、変形するし、花になるし、なんか触手伸びるし!」
「なんか近代的人食い花みたい」
「そういえば、まだ言ってなかったか」
「私も気になる。実際問題、何なんだ?」
アンリエトも興味満々なようだった。仕方ないな、とカイリは咳払いを一回挟んで説明を始めた。
「まあ、さっきも説明すると言ったしな。これは魂を喰らう生きた大剣。正式には、“
早口言葉のような単語に三人は頭の上にはてなマークを浮かべた。
「無駄に長いわね」
「いみふめーい」
「どこの言語だ、それは?」
「悪い悪い。これは俺の育った世界の言葉でな。お前らの知る言葉でいうと、電熱科学砲が付いていて、両刃の大きな剣の形をした、魂を食べる花だ」
意味が通じるように言い直しても、頭を捻る三人。ミシュリーが口を開こうとしたが、アンリエトはそれを止めた。
「色々と突っ込みたいことがあるのは、三人とも同じだが自分がまず順序だてて聞かせてもらおう。それはもともと生きていたのか」
「これは最初から生きてはいない。俺が生命を与えたんだ」
カイリの持つディンギルによって、ただの剣を花へと変化させた。
それの力は言えないが、とカイリは付けた足した。言えないのではなく、言っても理解出来ないからだ。神の粒子(ディンギル)の仕組みなんて、カイリですら完全な理解に至ってはいない。
カイリは大剣を拾い、机の上に置いた。
「でも、今はただの剣にしか見えないが?」
「それは外見の話だろ? ちゃんと生きてるし、能力を使えば外見的にも花になる」
ほうと、アンリエトは関心深そうに大剣を見つめた。隣から覗き込んでいたミシュリーは体を起こし、「あっ!」と声をあげた。
「もしかして、メモ帳が鳥になって飛んでったのも……」
「その通り。だからといって、何でもかんでも生命を与えることはできないけどな。ミシュリーにしては珍しくいいとこ突いた質問だな」
「うっさいわね。それより、そんな粒界あるの? 出来たとしても大規模な儀式が必要なはずよ!」
「これは粒界じゃない、特殊な粒子を用いている」
「どんな粒子よ?」
「それは俺にも分からない。言うなら、『神の粒子』なんだ」
カイリの言っていることは嘘ではない。
「その粒子のこと、もう少し訊かせてくれないか? 全部は分からなくても、もう少し細かくは知っているだろう?」
アンリエトは大剣の表面を指でなぞりながら尋ねた。
「いや、言ったところで理解できるかどうか……」
「私も知りたいな。どっちかというと、こっちの剣のことを知りたいけど」
カイリが言い切る前に、レティシアの好奇心丸出しのきらきら輝いた瞳が覗きこんできた。
「私も!」
「理解できるのか?」「分かるのー?」
「ふ、二人して何よ! 私そこまで馬鹿じゃないわよ!」
「分かった分かった! 教えるから!」
騒ぎ立てようとしたミシュリーをなだめ、しぶしぶカイリは説明を始めた。簡単なディンギルの説明だけで終わらせようとしたのだが、アンリエトの要望から悪霊を喰らうこと、電熱科学砲の仕組みも説明した。魔力を絡めた化学反応のおこし方を説明した時はアンリエトが様々な疑問を容赦なく吹っ掛け、時にはカイリすら答えられないレベルだった。レティシアとミシュリーはどちらかというと『花』であることに気が向いていて、子供のようにねだる二人に負けて能力を発動し、生きていることを証明した。
「いやー、大したものだ! レティの翼を一撃で吹き飛ばした時も思ったが、とんでもないハイテクが仕込まれてるな!」
満足げな表情をしているが、アンリエトは貸した大剣をまだいじくり回していた。彼女が何度も何度も頼むので、今は開いて八・八砲身を出している状態にしている。その横でレティシアがアンリエトの頬をつんつんと突いていた。
「知らないものを見つけるとこうなっちゃうのがアンリエトの悪いとこだよね。何も回りが見えなくなるし」
つっつこうが捻ろうが、アンリエトは何も動じなかった。思わぬ側面を見つけてしまい、カイリは思わず笑ってしまった。
「……む? 何が可笑しい?」
運悪くアンリエトが顔をあげた。
「いや、なにも」
カイリは笑みを浮かべぬよう努めて頭を振ったつもりだが、アンリエトはムッとした表情を向けた。だが、すぐに大剣観察を再開した。
「ねぇ、カイリ」
「どうした?」
「……やっぱ、何もない」
ミシュリーはそのままソファーにもたれ掛かった。彼女の意図が分からずに戸惑っていたカイリに、レティシアが後ろからもたれかかった。
「重い」
「女の子にその言葉はご法度なんだけどな。あ、胸が重いってこと?」
ちなみにレティシアの胸は標準サイズなのでそこまで重くはないが、それを言ってはさらにからかわれると思い答えなかった。
「いいから、退いてくれ」
「いーや」
レティシアが更にカイリへともたれかかり、ベージュの髪がカイリへと垂れる。
(ねえ、気づいてないとでも思ってる?)
カイリだけに聞こえる小さい声で耳打ちした。しかし、それはいつの日か聞いたような、ふわふわとした感じがしない声。
(ミシュは少し気づいたようだけど……カイリくん、今日何かおかしいね?)
カイリは答えない。だけれども、表情はこわばった。それをレティシアは肯定と受け取ったのか、「そう」とだけ言って、カイリから体を離した。
「レティ! あんたも何してんのよ!」
「ただのスキンシップだよー? ミシュもやる?」
「やんないわよ!」
普段のレティシアに戻り、ミシュリーの胸元へと飛び込んでいった。きゃっきゃと戯れる二人を横目に、カイリはソファーに肘杖をついた。
その顔に、先ほどまでの笑みは残っていなかった。
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