第9話 ゲームの目的
この世界にも、温かいぬくもりを感じる夕日は存在する。闇に覆われる前に一もがきする夕日が、カイリは好きだった。絶望の前に希望を見いだし、火事場の馬鹿力と言わんばかりに輝く様は幼少時からカイリの力の源となっていた。カイリがいるのは騎士学校一の高さを誇る本校舎の屋上。夕日を見るのは高い場所からに限る、とカイリはしみじみと感じた。
昨日はこの世界に来たばかりで、ゆっくりと夕日眺めるゆとりがなかった。そういえば、とカイリは回想する。ミシュリーに森へ連れていかれたのは昨日の今頃だった。そのあとで見た弱々しいミシュリーを思い出し、カイリは笑みがこぼれてしまった。
「独りでニヤニヤと気持ち悪い事この上ないな。そんなにさっきの勝利が甘かったか?」
ギスラン=ラフォルジュが階段を上がって来た。
「俺は弱いものイジメが趣味じゃない」
カイリにとってあの戦いは、勝ちを取ることが目的じゃなかった。
それはギスランも気付いていた。戦う前に成長を期待しているとカイリに言ったが、昔のカイリの実力でもあの場を退けることはできた。
「だろうな。けれど、他のやつらにしてみればそうでもない。ミシュリー=シャイエは超熟睡だそうだ。ま、あそこまで完膚なきまでに負ければふて寝も仕方ないが、ミシュリーの性格上、それは余計に闘志が湧いたという事だ」
校舎の屋上でたそがれていたカイリの横に、ギスランがフェンスに腰をかける。
「俺にはもう、関係ない事だけど」
「果たしてそう言えるかな? ま、それはさておきだ」
ギスランは腰から小さい紙切れを一枚取り出した。
「アンリエト=リリューは軽く火傷、レティシア=フォンティーヌは腹の骨にひび。さらにミシュリー=シャイエは大きなたんこぶができたそうだ」
読み上げたのは今回の戦いにて負った怪我。しかもその全てが相手側だった。
「ディディエは何も無かったのか」
「あいつは保健室が嫌いだからと言って逃げたらしい。まあ、いつものことだがの」
子供かよ、とカイリはツッコミを入れた。ホントに、ディディエという人物は訳が分からない。
「で、何が言いたい?」
「女に対してよくまあここまでできるものよ」
「女である前に『騎士』であると思っていたのだけどな」
三人とも粒界による治療を受けたことにより既に擦り傷すら残っていない。この世界における治癒は、基本的に自然治癒力の強化。カイリが負わせた傷はどれも自然治癒で治るものなので、心配はしてなかった。
ギスランはそれを知っているが、カイリのリアクションを見たかったのだろう。思ったよりかなり反応の薄いリアクションに、ギスランは頭を抑えた。
「まあそれもいいとして……カイリくんは先の戦いで、ミシュリーらに教えながら闘っていたのかな?」
「なんのことでしょう?」
短く言い捨てたカイリ。だが、ギスランはその言葉が本当だとは思えなかった。
カイリが勝利の為に戦ってないことは本人も認めているし、他から見ても火を見るより明らかな事実。ギスランはカイリがミシュラと戦った本当の理由を、戦闘における未熟な点の指摘のためだと推測した。
「アンリエトでいうなら、己の采配が如何に単純であるかを気付かせたのではないのか? 儂もつくづく思っていたのだが、アンリエトの指示する動きは理には適っているのだが似通ったものが多い」
ギスランの推測にカイリは眉間にシワを寄せた。
「……頭脳のよさで誤魔化していたあいつの戦力不足を見せつけた。あいつのワンパターン戦法だってその産物だ」
アンリエトの組み立てる陣形をカイリは二回しか見てないが、どちらもアンリエトが後方でサポートに回るものだった。最初の一戦において特別秀でた力を持っていないと知ったカイリは、あの三人の中では一番戦力にならないのではと考察した。
もちろん、アンリエトが何らかの都合で力を制限していた可能性だってあった。しかし、ここの学生にとって騎士戦は大切な行事である。力を出し惜しみするのは相手を侮辱する行為であり、出し惜しみして負けてでもしたら在学中ずっと恥として心に残るだろう。騎士という無駄に誇り高いプライドが、カイリの考えを裏付けた。
レティシアぐらいのレベルになったら、加減しても不思議ではないが。
「見せつける、か。まるで心も挫けさせるような言い方だな。……ああ、忘れておった。お前はエラーのためにここに来たのか」
「この世界に来て、俺はエラーのことを考えない時間がない」
「カイリくんらしい生真面目さよの」
ギスランは笑いながら、顎に手を当てた。
「ふむ……じゃあ、レティシアは? 儂は洞察力のなさを指摘したとおもったのだが」
「己の力に過信していたからそれをぶち壊しただけだ」
レティシアに関して、カイリは特に欠点を見つけられなかった。彼女の圧倒的なセンスと素質に隙がなかった。だから一度、圧倒的なる力を持って負かしてみようと思った。
「まあ、さっきの戦いを含め二回しか見てなかったからな。もうちょっと見る機会があれば何か掴めたかもしれない」
「いや、カイリくんの推測は正しい。レティシアの戦闘技術は現段階で既に、この国でもトップクラスのものになっている」
「そうなのですか」
ギスランはこれ以上レティシアの事を言おうとしなかったし、カイリも言及しなかった。だが、その力に何か秘密があるのではとカイリは勘繰らずにはいられなかった。
「アンリエトとレティシアについては分かった。しかし、ミシュリーに関してはとうして降参させるまで闘った? それこそ、接近戦のレクチャーかと思ったのだが」
一撃で葬った二人とは違い、ミシュリーにいたっては降参に追い込むほどいたぶり続けた。自分の力に、特に接近戦に関して自信を持つ彼女こそ力を見せつけるべきではなかったのか?
だが、カイリは首を横に振る。
「今朝の戦いで気付いたんだが、ミシュリーは他二人を庇うように闘う。最初に相手をしていた奴のとどめを刺さずに、アンリエトの援護に回っただろ? だからその二人を一撃で退場させ、揺さぶってみた」
結果的に、ミシュリーは激しく狼狽し、戦いもままならずに負けてしまった。
力なき指揮官に力だけの兵士に、過保護の戦士。先の一戦でカイリはその欠陥を見抜き、非情になりその欠点を蹂躙したつもりだった。ディディエを倒させて勝利への希望を持たせるというシナリオも組み込んだ。
彼が戦ったのは勝ちの為でも、教育の為でもない。
すべては、神託のため。
この世界における彼の行動は、全てそれに準ずるものだった。
彼にとってミシュリーらは、ただそれを成す為の存在にすぎなかった。
「だが、エラーは現れなかった!」
ギシッとフェンスが軋む。
「ここが騎士学校で騎士国家である以上、あいつらの戦闘に関する弱味が『心の隙』だと思ったが……浅はかだったのか? 逆に、考えすぎていたのか……」
カイリはギスランがいることを忘れ、エラーについて考え始めた。
彼は明らかに焦っている。『神託』をどれだけ早く終らせるかに気をとられている。
神に対する忠誠がカイリを責めるのか? いや、それだけでないことをギスランは知っていた。
「……ごめん、もう落ち着いた」
フェンスから体を離し、ゆったりとした足取りでカイリは階段に向かっていった。
「俺にはまだ、ミシュリーとした約束がある。それで必ず終わらせる」
勝てばミシュリーにエラー探しを協力させる。騎士戦でエラーが見つけられなかった時のために備えてた策。ミシュリーが先に『アンタの『手伝い』をしてあげてもいい』と言ったのだから、特に強制力が働くだろう。
「そうか。最後に一つ、助言をしてやろう」
ギスランの言葉にカイリは足を止め、振り向いた。
「騎士である前に、あいつらは『女』であるということを忘れるな」
「よく分からないが」
「まあ、頭の片隅にでも置いておけ」
カイリは釈然としない面持ちで屋上を後にした。
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