第8話 ワンサイドゲーム
このようになることはミシュリーが負けず嫌いであることから予想が出来た。いや、その性格を知った上でカイリが誘導したのだ。
――すべては、神託のために
けれど、今日が平日で普通に授業があることはカイリも知っていたのですぐに戦うつもりはなかったが、
「授業? あれはサボるためにあるのよ」
「出ても寝ちゃうから結局は一緒かなー」
「一回ぐらい独学でなんとかなる」
と、すぐに戦いが始まることになったしまった。ディディエも参加することになったが、理由は聞くまでもない。
なにより驚いたのは、ギスランが審判役を買って出てくれたことだ。それはつまり、校長ともあろう方が生徒のサボりを認めるということになる。
「教え子のサボりを無視していいのかよ」
「ワシは何も見てなかった」
「おい!」
「まあ、あれよ。カイリくんの成長具合を見たいと思っておったからなー」
「なんか俺のせいにすり替えようとしてないか?」
「気のせいではないのか?」
しかし、これはとてもありがたかった。校長たる彼のジャッジならミシュリーも納得するだろう。
試合会場は第五闘技場。いくつもの闘技場の中でも屈指の広さを誇る。また何の障害物もなく、特徴を挙げるなら草原であることと土が少し柔らかい。
『面倒な障害物無く、シンプルに力をぶつけたい』と申し出たのもまたミシュリー。確かに障害物が無ければレティシアの高火力も活かせるし、人数の少ないカイリらを囲み討ちやすいだろう。故に、このフィールドがカイリの勝利を確固たるものにしているとは全く持って思っていないだろう。
カイリは大剣を地面に突き刺して、壁に持たれていた。
「戦闘形式は二対三、装甲が使えないカイリの退場条件は『体にダメージを与えられること』でいいか?」
対側で待機しているアンリエトが、カイリに怪訝な表情で尋ねた。ただでさえカイリのチームは人数が少ないのに、カイリの退場条件が簡単すぎることに疑問を持ったのだ。
「ああ。代わりにこの大剣を使う許可をくれたからな。大丈夫、俺は勝つ気でいる」
本来、騎士戦は粒界装甲によって生成した武器以外の仕様は認めていない。だが、カイリは粒界装甲が使えない為に、愛刀の使用許可を得たのだ。
「自分らも舐められたものだな。本気でつぶしにかかるが、構わないか?」
「当然それでいい」
ハンデを負ってなお自信満々のカイリ。いや、カイリが神遣いであることを考えるならば逆にこれで対等に近くなったといえる。
それを知らない、言ったところで信じないだろうアンリエトはツンとした表情で踵を返した。
「双方、位置につけ」
ギスランの声にカイリは壁から背を離し、右手で大剣を引き抜いた。
「ディディエ、本気になれよ」
隣に立つディディエに念を押した。彼が機能するかどうかで、カイリにとってのこの戦いの意味が変わってくる。
「俺は戦闘になるとまるで別人って言われるくらいに強いぜ」
「それが本当ならいいけど。あと、作戦を忘れずに」
「あれって作戦っていうのか? まあ、言われた通りにやるけどよ」
試合前に、カイリはある作戦をディディエに指示した。作戦といえるかどうか分からないぐらい単純なものなのだが、カイリの考えには不可欠なものだった。
「
カイリ以外の四人が粒界装甲を装備する。公式の騎士戦では戦闘開始と同時に展開するのだが、カイリがいるために戦う前に行うことになった。
「そういや、俺の装甲を見るのは始めてだな。どうだ? かっこいいだろ?」
そういえば、と思いカイリはちらと見た。
ディディエの装甲は、とても禍々しい鎧と刺々しい装飾。腕、腰、脚、肩には攻撃につかえそうな刃がついていた。装甲の色はミシュリーらと同じく白色。装甲は人によって形が違うが、色は同じらしい。狂った殺人者のような装甲にカイリは思わず吹いてしまった。
「普通だな」
「つまんねえな。誉めてくれよ」
カイリは相手チームに目を向ける。三人とも本気の目でこちらを見ている。
瞬間、ホイッスルが鳴り響く。
戦闘開始の合図だ。
「
ディディエは脚力補助の粒界を唱え、獲物を見つけた猛獣のごときスピードで走り抜けた。右手にくねくねと曲がった剣を出現させ、標的を捉える。
それを受けたのは予想通り、ミシュリー。強力なディディエの一閃を、細い腕で受け止める。
「さすがだな。……っと!」
顎に向かって放たれた拳をディディエはバックステップで回避。空いた脇に向かって剣を叩き付けようとしたときには既に、ミシュリーの体勢は戻っていた。彼女の拳は大振りなように見えるが、うまく力を加減してすぐに戻すことが可能だった。
「速いなー、おい!」
続けてミシュリーから放たれた二撃目を、叫びながらディディエは剣で受け止めた。互いに睨み合いながらの、手甲と剣の鍔迫り合い。筋力ではディディエが勝っているが、粒界装甲の力により二人の力は拮抗していた。
不意に、ミシュリーはニコリと笑った。
「「
その声が聞こえたのはミシュリーの後方。控えていたレティシアとアンリエトが、ディディエに向けて衝撃波を飛ばす。ミシュリーを囮、足止め役として後方からの遠距離攻撃で刺す作戦はこのチームの常套手段だった。
しかしディディエは構わず、さらに力を込めた。
「知るかよっ!」
「きゃっ」
予想外のタイミングでの弾きに、ミシュリーはよろめく。
――なんで、援護が来ない!?
本来なら先ほど唱えられた術が着弾しているはずなのに、ディディエは一切回避の動作をしていない。それどころか、技がこちらまで飛んできてすらいない。
ミシュリーは素早く間合いを開けた。
気になるが、ここで余所見をすれば間違いなく刺される。
だがディディエは余所見はおろか、考える時間すら与えない。
既に彼は眼前にいた。
ディディエは利き腕の左手で剣を抜いた。
これが、ディディエの完全戦闘態勢。普段のチャラけた彼からはかけ離れた冷たく、けれど熱い覇気が溢れ出る。
「忘れてたわ。そういや……」
ぞくり、とミシュリーの背筋に寒気が伝った。
「本気だったなぁーっ!」
「
カイリは静かに唱えた。任意の箇所に物理的結界を出現させる粒界。防御力は装甲に劣るが、ディディエに放たれた技を相殺させるには十分の術だった。
それを感知したレティシアが、カイリに向かって飛翔する。
「序盤は予想通り。さて、どうしたものか」
レティシア=フォンティーヌ。三人の中で一番、戦闘力が高いであろう少女。
カイリの中で一番の障害だった。だから、彼女の力を見定めるべく一対一になるように誘導した。
「
氷と化した魔力が、霰より遥かに大きい礫となり降り注ぐ。土の上を滑るようにカイリは躱す。一撃を与えればいいというルールの弱点を狙った攻撃に、カイリは少しだけ後悔した。
にしても、とカイリはレティシアの才能に驚いていた。その理由は『自己変換』。
『天啓授与』が身辺の属性を利用して使うのに対し、『自己変換』は無条件に魔力の属性を変化させられる。これは一人につき一つの属性を得られるかどうかのもので、未成年で使えるのはさらに稀。
レティシアは地上へと降りた。
「
レティシアからカイリの足下へ、文字通り浸食するように氷づき始める。だがそれに構わず、カイリはレティシアを見る。
「私、近距離もいけるんだよ」
くすっと笑みをこぼし、急突進するレティシア。途中で空に飛び、続けて急降下。
左腕と一体になっている剣を上から下に振るった。
「くっ」
重力を味方に付けた一撃を大剣で受け止めたが、カイリの膝がわずかに曲がってしまった。レティシアの左手である大剣はカイリのそれに比べ短いが、厚さがあった。斬るというよりは叩き割ることに向いている剣は、カイリの予想を超えた重みがあった。
怯んでいる隙にレティシアは再び上空へ飛んだ。
「
今度は自己変換なしの弾丸。すでに体勢を立て直していたカイリは難なくそれらを回避する。
「カイリくんも自己変換出来るんだ」
「……ほう」
上空で余裕げに、レティシアは告げた。カイリはまだレティシアの前で粒界を使用していない。カイリには何故分かったのか分からなかったが、足下を見て気付いた。
「その為の氷だったのか」
「確証はなかったけどね」
この少女はただものではない。
彼女らが常に装甲をまとっているように、カイリも常にある術を発動していた。ずっと気付かれぬように振る舞っていたが、レティシアにはお見通しだった。
「なんだろう……
カイリは答えなかったが、それが肯定だとレティシアは受け取った。
レティシアの言う通り、カイリの自己変換は魔力を風へと変化させる。
レティシアが下を凍らせたのはカイリの不自然な移動が風によって行われたものなのか、砂や草の力を借りたものなのか見切るためだったのだろう。
一瞬でカイリの能力を判断する洞察力。そして、粒界の才能を併せ持つレティシア。ここまでポテンシャルが高いとは思わなかった。
「ねえねえ、呑気に話してていいの?」
「ああ。レティシアはどうなんだ?」
「私は時間稼ぎしろって言われただけだから」
「……そういうことか」
「さすがのディディエくんも、ミシュとアンリ二人の相手はキツそうだね」
対ミシュリーだけだと圧倒的に余裕があったディディエだが、そこにアンリエトが加わったことにより苦戦していた。アンリエトの巧妙なちょっかいがディディエを戸惑わせ、ミシュリーの攻撃を活かしていた。
つまり、ディディエを倒すまでレティシアがカイリをマークし、倒してから三人がかりでカイリに挑もうという作戦なのだろう。
確かに、その作戦はカイリの中ではあまりされて欲しくなかった策ではあった。
だが、カイリの作戦には何ら支障がない。
「それでもあの二人相手にあそこまで耐えるって、凄いよね」
「全くだ。俺の予想以上だな」
「でも、そろそろ限界かも」
ディディエの動きがどんどんと悪くなっていっている。さすがの彼も体力の底というものが存在していたようだ。
そしてついに、ミシュリーの一撃がディディエの装甲を撃ち破る。
ギスランがさっと白旗をディディエに向けた。
「あらら、終わっちゃった。次は君の……あれ?」
視線を少し外しただけなのに、カイリの姿がなかった。何の音もなく、影もなく。
嫌な予感がした。レティシアは振り返り、叫ぶ。
「アンリ! カイリくんが消え――」
だが、遅かった。
アンリエトの足下が爆発する。正確には、足下の地面から突風が吹き荒れた。砂埃が舞い上がり、視界が奪われる。さらに地面は崩れ、不安定になった地面にアンリエトはよろめく。
カイリは滑彗を足元だけでなく、全身を覆うように発動し、砂の中を突き進んだのだ。
いきなりすぎて思考が追いつかない。そんな彼女に、淡々と声が届く。
「
強烈な閃光と爆音が駆け抜ける。
放たれたのは雷の属性を付加された魔力。防ぐ暇もなく、アンリエトに直撃した。
「くっ……。あ、アンリ!」
閃光が去り、目を開けて見えたものは地面に伏すアンリエトと、傍に立つカイリ。ミシュリーが呼びかけた時には、既に彼女の装甲は解除されていた。
何故、雷の特性を授与できたのか。カイリの周りには雷を生じるようなものは身に付けていない。どこかに何かを仕込んでいるのか。
レティシアはさっと思考を巡らせ、答えが見つからないと知ると己の中でも最強に値する粒界を発動する。幸いにもカイリはこちらを向いていない。
「
彼女の周りに氷の矢が数十浮かび、同時射撃。氷とは思えない速度でカイリへと飛翔する。《降雨》とは比べ物にならない速度と弾幕。さらにこの術は何らかの力を受けると散弾し、さらに着弾面を氷結させる能力まで有する。その氷結力は酸素すら凍らせるほど。
しかし、カイリは焦る様子を見せずに迫り来る驚異をただ見据えていた。
そして、大剣の切っ先をレティシアに向けた。
蕾が花開く時のように、大剣の刀身が開いた。
現れたのは口径八・八センチ、長さ一・五メートルの砲身。厚さ五センチ弱の大剣に入れられるはずのない武器を召還した。
レティシアは自身で最強の技を使った。絶対の自信を持って使ったはずなのに、底知れない不安が心に滲み出る。
砲身の根本が光り、詠唱も予備動作も無しに、一条の光が放たれた。
その光は凍結するより早く氷の矢を貫き、空を駆ける。
思考する暇などありはしない。極限の中、レティシアは無意識に装甲の羽を動かし、体を覆った。
防御の体勢をとったレティシアの装甲を、光は一撃で粉砕した。それどころかレティシアを端まで吹き飛ばし、客席と舞台を隔てる壁に叩きつけた。
大剣は氷漬けになっており、もはや使えない状態になっていた。
「二人を倒すのに要した時間は十秒弱か。ミシュリー=シャイエ、この状況でどう動く?」
カイリは殴りかかってきたミシュリーを、まだ白撃を発動している左手で抑えながら尋ねた。
「こんの……っ」
「思った以上にディディエもやるな。あのミシュリーをここまで弱らせるとは……お陰で片手で止めることができた」
ディディエへの『ミシュリーのみ狙え』という指示が機能していることを実感し、見下すかのようにミシュリーを見る。
ここぞと言わんばかりにミシュリーは反対側の手甲で殴りに行くが、腕の内側を蹴られて反れる。それによってミシュリーの重心を後ろに傾かせ、追撃の可能性がないことを確認してからカイリは間合いを取った。口では達者にしているが、決して慢心しているわけではない。
「はあぁーーーっ!」
それでも、ミシュリーは攻め続ける。右足で後ろに傾いた体を支え、それをバネにして前へ跳躍。カイリの右手に発動していた粒界が解除されていることを確認し、高速のジャブを畳み掛ける。横殴りのスコールをカイリは上手くかわす。当たりそうで当たらない巧みなカイリの動作が、ミシュリーの攻撃をさらに乱雑にする。
そして再び、カイリは素手で弾く。
たとえ硬い手甲でも、殴る場所を考えれば相手の体勢を崩すことができる。隙のできたミシュリーの腹に、居合い抜きのような蹴りを食らわす。
「あがっ……」
だが装甲は崩れない。ミシュリーは顔を歪ませながら、距離を取った。息がままならない状態とはいえ、ミシュリーは全力で後退したつもりだった。が、一瞬でカイリに追い付かれる。距離を取る事だけ考えていたミシュリーは咄嗟に防御に移れなかった。カイリは右手でミシュリーの装甲を掴み、自身の右足でミシュリーの右足を大きく凪ぎ払った。
「やあっ!」
その技の名は、大外刈り。思いっきり地面に叩きつけられ、ミシュリーは背中を強く打ち意識が遠退いた。気絶するまでには至らず、装甲は健在だった。
たが、戦意はもうなかった。ミシュリーの得意な猛攻、素早さを全てが通用しない相手に一体何ができようか。
「早く……とどめを刺しなさいよ」
「ご希望なら、お言葉に甘えて」
カイリは左手に魔力を溜め、最後の一手を打った。
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