第7話 カイリの挑発

「今回も楽勝だったわね」


 試合が終わり、待合室に戻った三人はさっさとシャワーを浴びてすぐに制服へと着替えた。冬なので汗はあまりかいていないが、全身に砂埃を浴びていた。誰もいないことをいい事に、ミシュリーは堂々と横たわってベンチ一つを占領していた。


「自分的には少しミスが生じてしまったから、快勝ではなかったな」


 最後、アンリエトの装甲が思ったより早くに限界を迎えてしまったがために、連携が崩れてしまった。

 肩を落とすアンリエトの背中を、レティシアが撫でる。


「そう? 私的にはアンリよりミシュの方が怖かったなー。倒さずに援護行っちゃったもん」


 レティシアはじっと責めるような瞳でミシュリーを見つめた。


「うっ。相手の盾がなかなか壊れないのが悪いのよ!」

「私の羽が無ければどうやっていたことやら」

「ここぞとばかりに……ごめんってば!」

「ふふ、やっぱミシュを困らせるの楽しいなー」

「黒い! 黒いわ!」

「でも、悪いのはミシュ」

「何も言い返せないのが悔しーーっ!」


 ミシュリーは陸に打ち上げられた魚のように、ばたばたとのたうち回る。その様子にくすっと笑うレティシアとアンリエト。試合の後はこうした反省会を兼ねたおしゃべりをするのが習慣になっていた。その日の反省は忘れず行う、というアンリエトの言葉から始まった今日の反省会は、勝利の喜びに溢れたものになっていた。

 仲良し三人の和やかな雰囲気を破るように、扉が開かれた。

 入ってきたのはいつもの仏頂面のカイリと嬉々とした顔のディディエ。


「げっ、変態一号二号!」


 ミシュリーが頬を引き攣らせながら身を引いた。


「こいつと一緒にするな!」


 即座に発現を否定するカイリ。警戒してるのか、アンリエトはカイリをキッと睨みつけた。


「そっちの変態はともかく、お前は何の用だ」

「アンリも相変わらずの冷たさだぜ……骨の芯まで染みるぜ」

「馴れ馴れしく呼ぶな」


 ミシュリーだけでなくアンリエトにまで拒絶されたディディエはついに地に伏してしまった。が、構わずにミシュリーはびしっとカイリに人差し指を向ける。


「で、ここに来たって事は私たちの凄さに目から鱗が落ちたって言いに来たんでしょ? 分かってるわよ、皆まで言わなくともいいわ」


 ミシュリーは偉そうに胸を張る。だが、カイリは首を横に振った。


「あまり良くないように見えた」


 ぴくっとミシュリーの眉が動いた。レティシアは首をかしげ、アンリエトは無言でカイリに視線を送る。

 しばらくして、地に伏していたディディエが起き上がり、カイリにつかみかかった。


「は? お前、華麗で可憐で素敵なミシュの戦いのどこにケチつけるって――」

「お前は黙ってろ」

「馴れ馴れしく呼ばないで」

「……すいませんでした」


 カイリとミシュリーの双方向から攻撃を食らい、ディディエは頭を垂らしながら黙った。

 そして、ミシュリーはカイリに問う。


「ふーーん。具体的に教えていただいてもいいかしら? あの圧倒的勝利のどこがご不満だったかを」

「もちろん」

 

 ミシュリーはカイリから離れ、近くにあった椅子に座った。


「優れた状況判断能力を持ったアンリエトを軸に、攻防安定しているレティシアを盾に、速攻に優れたミシュリーを剣にする作戦は各々の能力を十分に生かせる陣形で悪くはないと思う。安定もしていたし、うまく連携もできていた」

「ならいいじゃない」

「ただ、ワンパターン戦法。もしその陣形に対して今日以上に対策された場合、手も足もでなくなるだろう」


 今日の戦いで既に、相手はミシュリーらの連携を崩すように攻撃していた。攻撃要因であるミシュリーを一人がひきつけ、残り二人でアンリエトを狙ったのがいい証拠だ。ディディエのよく調べているという言葉はそこから生まれたものだろう。だが、今回は相手の実力・戦術がよくなかったために勝ちに至ることはなかった。


「実際の戦いでも前衛、後衛などきっちり分かれるじゃない」

「役割がはっきりと分かれるのは規模が大きい軍の時だけだよ? 少数の際は機転が効くようにもっと別の分け方をしないといけないよね」


 レティシアの言葉にミシュリーは言葉を詰まらせた。


「レティはどっちの味方なのよ! 不利になる的確な発言をしないで!」

「えへへー、的確ぅ~」

「褒め言葉で使ってないから!」


 レティシアという思わぬ伏兵にの正論にミシュリーは頭を抱えた。


「あと、もう一つ」


 カイリはアンリエトの方へ向いた。


「アンリエト=リリュー。気付いているかもしれないが、他二人に比べて君は圧倒的に力不足だ」

「それで?」


 アンリエトは足を組み直し、無表情で淡々とことを述べるカイリを見上げた。


「素早さとパワーを兼ね備えたミシュリー、硬さと飛行能力を有するレティシア。しかしアンリエトの秀でている部分といえば頭脳面だけ。三対三の戦いでは、参謀はいらない。ある程度戦力になるなら別だけど」


 要するに、アンリエトへの戦力外通告。それを聞いて、アンリエトは微かに笑った。


「ああ、分かっている。自分に粒界の才能がないくらい」


 素直に認めると思わなかったカイリには意外な反応だった。この反応はミシュリーも意外だったらしく、


「ちょ、アンリ。そんなネガティブにならないでよ」


 馬鹿なことを言ってるんじゃないとおちゃらけるように言ったが、アンリエトの目は真剣だった。


「だが、彼の言ったことは事実だ。ミシュも気付いているだろう? だから私は頭で敵を翻弄する事に決めた」


 自らを嘲るようにアンリエトは苦笑した。ミシュリーは思いっきり首を横に振り、


「そんなことない! 私やレティと違ってアンリはたくさんの種類の粒界を――」

「実戦で使えないレベルでは、それは使えないに等しい」


 特に相手が強ければ強いほど、数だけ使えても何の意味がなくなる。付け焼刃は錆びた鉄と同じ。いや、それ以下になるかもしれない。

 ミシュリーのフォローを、カイリは冷淡に突き放した。


「カイリ、君はストレートに言ってくるな」

「気に障ったら謝る」

「意見を求めたのはこちらだ。例え変態でも、第三者の味方としてありがたく参考にさせてもらう。一つだけ反論を言わせてもらうと、戦術に関してはちゃんと相手の力を測った上で行っている」


 カイリはアンリエトに対して頭の固い頑固者というイメージをもっていたが、それは間違いだったと思った。彼女は賢い。気に入らない相手の意見でも、それが合理的ならば自らの視野に入れる。変態というのは余計だが。

 黙っていたミシュリーに、カイリは告げた。


「ミシュリー、これが俺の素直な意見だ」


 カイリをぎゃふんと言わせるために試合を見せたら、逆に言われてしまった。ミシュリーは返す言葉もなく、ただ震えていた。


「……納得しない」


 ミシュリーは思いっきり立ち上がった。

 ゲームに負けた子供のような諦めの悪さ。帰りたくないとねだる子供の粘っこさ。

 自分よりも二十センチ以上身長の低い少女に、挑発的に尋ねた。


「じゃあ、どうする?」

「勝負しなさい!」


 ありったけの敵意を込めて、ミシュリーは宣言した。


「どうしてそうなる!?」


 一番先に驚いたのは、アンリエト。気に食わないから戦えなんて、子供の理論だ。


「アンリ、あそこまで言われて悔しくないの? 自分の信じた戦い方を批判されて、悔しくないの?」


 思ったよりもまっとうな意見に、アンリエトは返事に困った。


「それは悔しいが……」

「なら、行動で示すべきよ! カイリの意見が口からでまかせだってことを!」

「私もミシュに賛成ー」

「レティまで……。というわけだが、かまわないか?」

「ああ。嫌だと言っても聞いてくれないだろ?」

「分かってるじゃない」


 ニヤリと笑うミシュリーにカイリは肩をすくめた。


「それよりお前こそどうなんだ、アンリエト。他二人に流される必要はない」

「二人は後押ししてくれただけだ。確かに思い返せば、お前に一方的に言われているだけでは快くない」


 一触即発の雰囲気。ミシュリーらは戦い終わった直後だというのに、再び闘志の火を燃やしている。


「私たちが勝ったら、今までやったことを土下座して謝りなさい!」

「俺が勝てば?」

「あり得ないわね。ま、アンタの『手伝い』をしてあげてもいいわよ?」


 カイリはニヤリと微笑んだ。


「いいだろう。引き受けよう」

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