第6話 伝統行事-騎士戦-

 ――君の力は、才能から生まれない。

 ――君の力は、思いから生まれる。




 サリュー=ド=ラム騎士学校は、二千メートル級の山々が連なる山脈の麓に建てられている。

 理由としては土地が余っていたからとか教育に適した地だからではなく、非常時に山から攻めてこられた際の防衛拠点という血生臭いもの。

 ここは騎士国家。自ら戦争を仕掛ける気はなくとも、仕掛けられた時にあっさり陥落では騎士の名が廃る。それは学校だけでなく、ありとあらゆる建物……いや、文化の根底に戦争が根付いてしまっている。『戦争のための文化』『戦争国家』と他国に言わしめる程の徹底ぶり。

 そうであってこそ、貴族や王族ではなく騎士が支配する『ノルベージュ騎士国』だとギスランはカイリに話した。

 そんな話を聞くと平和とは無縁にみえる国だが、心休まる鳥のさえずりを聞くと本当に戦争国家なのかとカイリは疑問に思ってしまった。

 さて、とカイリは眠気を払って校長室のソファーから立ち上がる。結局、昨日はミシュリーを怒らせて解散という結果に終わってしまった。全てはミシュリーを心底慕っているディディエ=ヴィクスとかいう男のちょっかいが入ったからだ。とはいえ、役に立つかどうか分からないヒントを得たのと、ミシュリーたちを身近で見たことがある人を見つけたと思えば、少なくない収穫だった。

 簡単に顔を洗い、ギスランから借りた服を着た。カイリの髪は寝癖のつきにくいさらさらな髪なので、支度に時間をかけることはほとんどない。壁に立てかけている愛刀を一瞥してから、部屋を出た。まだお腹が痛いが、できるだけ考えないようにした。

 向かう先は、懲りずに第二女子寮。

 目的は、昨夜放置したままにしていたディディエ=ヴィクスを回収すること。日の出から一時間も経っていない時間に起きたのは、別の誰かに発見されることを防ぐため。とはいえ、昨夜に誰かが見つけていたり、ディディエが途中で気が付いていたりしたら元も子もない。けれど、現段階で一番情報が訊きやすそうなディディエを放っておくわけにはいかない。

 女子寮に着いたカイリは辺りの様子を伺う。さすがにこの時間はいないだろ、と思っていても念のため確認した。


「はっ! はっ!」


 だがその考えは甘く、またもや昨夜二度目の顔面パンチをカイリにお見舞いしたミシュリー=シャイエがいた。

 昨日カイリを殴った手甲を両腕につけ、正拳突きを行っていた。胸に校章の入った赤いジャージを着て、何度も何度も空に拳を打っている。フェイントや蹴りも混ぜるなど、ただの筋力トレーニングには見えない。速く、しかし安定した体捌き。ミシュリーはなかなかの努力家らしかった。藍色の髪が、朝日を浴びて輝いているように見えた。

 一連の動きに目を取られていると、不覚にもミシュリーに気づかれてしまった。


「アンタもストーカーに目覚めたわけ?」


カイリに気づいたミシュリーは突きを止め、じとっとした目でカイリを見た。


「いや、散歩していただけなんだが」

「散歩で女子寮に来るのかしら?」

「たまたまだ」

「そう、たまたまなのね」


 明らか信じていませんといった返事だが、カイリは追求しなかった。


「そういえば、ディディエ=ヴィクスはどうなったんだ? あれから放って帰ったのだが」

「知らない。私が外に出た頃には消えてたわ」


 ミシュリーは首を横に振った。

 昨日の夜にディディエが昏倒させられていた場所を念のため見たが、誰もいなかった。


「ほんとにストーカー同盟組んだの?」


 気持ちの悪い虫を見るような目でミシュリーは問うたが、滅相も無いとカイリは否定。この少女、ほんとディディエを毛嫌いしていた。あそこまで言われると分からなくもない、とカイリは心の中で小さく同情した。


「ちょっと訊きたかったことがあるだけだ」

「何を?」

「色々だよ」


 ムッと眉を寄せるミシュリーに構わず、カイリははぐらかす。友の心を詮索する事を嫌がっていた彼女の事だから、ディディエから聞くと知ったらどれだけの反感を買うか火を見るより明らかだ。


「それより、さっきまで何してた?」

「何って騎士戦の練習よ」

「騎士戦……?」


 聞いたことのない言葉にカイリは訊き返した。名前的にこの国独自の文化の一つであることは想像できた。


「ああ、そういえばあなたここの学校に来るの初めてだったわね。サリュー=ド=ラム騎士学校の伝統行事の一つ、且つ必修科目の一つである模擬決闘……通称『騎士戦』よ。もちろんこの戦いにおいて、粒界の制限は存在しないわ」


 髪をかきあげながら、誇らしげにミシュリーは言った。


「仮にも『騎士学校』と名乗るくらいだから、あって当然よね。いい成績を残せば馬鹿でも卒業できるかもだし。あ、私の事じゃないわよ!」

「何も言ってないって」


 こぶしを構えるミシュリーにカイリは力なく言い返した。自爆のうさを他人で晴らすのはやめてほしいなと、ミシュリーのパンチを思い出しながらカイリは切に願った。


「訊きたいこと訊いたなら、行ってくれる? 集中できないんだけど」

「ああ、ごめん。最後にディディエがどこにいるか――」

「知らないし、知りたくもない」


 きっぱりとミシュリーは質問を拒絶した。

 よほどディディエの事を嫌っているのだろう。確かにディディエは極端なところがある。それはあったばかりのカイリでさえ思ったのだから嫌いもするだろう。カイリはありがとうと礼だけ言って、女子寮に背を向けた。これ以上ミシュリーの邪魔をしても情報は得られまい。校長室に戻ろうと右足を一歩だけ進めた。


「あ、そうだ」


 カイリは出したばかりの右足を引いてミシュリーの方へ顔を向けた。


「今度は何よ? さっきの質問が最後じゃなかったの?」


 再び神経を集中させようとしていたミシュリーは苛ついた口調で尋ねた。が、カイリは構わず澄ましたような口調で言った。


「あくまでアドバイスなんだけど……体重移動は、前後左右だけでなく上下も考えるとより効率的に動ける」


 カイリからのアドバイスにミシュリーは目をぱちくりさせる。


「何かの考えをあってしているなら別だけど」

「う、うるさいわね! 余計なお世話よ!」


 プライドを刺激してしまったか、とカイリは反省する。小さい頃から体術を学んだものとして、カイリは言わずにはいられなかった。

 これ以上いると本当に殴られかねないので、そそくさとその場からカイリは退場しようとした。


「ちょっと」


 次はミシュリーから静止の声がかかった。聞き間違えかと思い振り向くと、顔を俯けたミシュリーがカイリの方に体を向けていた。


「えっと、何でしょう?」


 思わず丁寧語で応えてしまったカイリ。彼女に怒りしか買ってないカイリは、反射的にまた殴られるのかと思った。だが、ミシュリーの絶えずカイリを睨んでいた目は伏せられていた。


「アンタ、戦い慣れしてるの? 昨日の時も思ったんだけど……あの変態にいきなり仕掛けられたくせに、すごい冷静な対応だったし。ディディエの動き、すごく読んでたし」


 認めたくないけど、認めざるを得ない。そんな口調でミシュリーは言った。朝から真剣に体力作りをするほど真面目なミシュリーだから、何か感じることがあったのだろう。


「そこまで深く行動を読んだわけではないけど……。それに実戦経験は皆無だ。そっちでいう模擬戦をちょいとこなしただけで。どうして?」

「今日の十時。第一闘技場で私たちの騎士戦があるの。どうやらアンタ、私を見下してるようだからちっとばかし本気を見せてあげるわ」


 少しでも『尊敬されたのか?』と期待したカイリが馬鹿だった。


「というか、見下すって何だ? 俺は一切そんなことした記憶はない」

「見下してるわ! さっきのアドバイスと言い、小石といい、そのへらへらしてる余裕な顔といい!」

「へらへらなんてしているつもりはないんだけどな」


 ディディエの時といい、何かとカイリの顔は難癖をつけられる。至って特徴がない平凡な顔だと自負をしていたが、実際はどうなのだろうと不安になってきた。


「俺の顔って変か?」

「どうでもいいわよ! とりあえず、来ること! 拒否権はないわ」

「……まあいけど」


 カイリの話は完全にスルー。ミシュリーもどこかの変態さんと同じで、暑くなると周りが見えなくなるタイプなのだろう。


「レティとアンリはもちろん、ディディエも来ると思うわ。ほら、もう来ないわけにはいかないじゃない」

「確かに魅力的な条件だけどな……どんだけ俺にムキにさせて来させたいんだよ」

「ムキになんかなってない! そのへらへらっ面を驚きっ面にしたいだけよ!」

「もし行かないって言ったら?」

「来ないはずがないわ」


 ミシュリーは意地悪な笑みを浮かべ断言した。

 ミシュリーら三人の戦いを見ることができ、さらにディディエにも会えるとなればミシュリーの言う通り行かないはずがない。千載一遇のチャンスと言っても過言ではないからだ。


「分かった。行こう」




 闘技場といえば、円形型のコロシアムで土が敷き詰められているイメージがカイリの頭に浮かんでいた。ミシュリーらの騎士戦が行われる第一闘技場の外見はカイリの想像通りの円形なのだが、舞台は全く違うものだった。

 例えるなら、荒れた山岳地帯。ごつごつとした不安定な岩場があちらこちらにあり、端の方には洞窟のようなところまである。戦闘を行うにはあまりに足場が悪く、視界が狭い。

 じっと会場を眺めるうちに、観客席に人が集まってきた。その大多数は制服を着た学生で、今か今かとはしゃいでいる。他には、ローブを羽織っている偉そうな方や白衣を着た老人までいる。将来有望な騎士でも探しにきているのだろうか。

 この騎士戦は騎士学校だけでなく、国としても重要な行事なのかもしれない。

 開始まであと数分。朝一番という事もあり会場全てが埋まっている訳ではないが、それでも総収容人数の五割にあたる六百人近くはいるような気がした。

 ――やはり、彼女らは特別な存在なのだろうか。


「おう、もへじじゃねえか」


 肌寒い朝の空気にそぐわない、厚かましい声がカイリの頭上から降ってくる。


「ティディエ=ヴィクスか」


 ミシュリーの言う通り、ディディエは本当に現れた。


「どうした? 朝からもへじみたいな顔をしてよ」

「もへじじゃねえよ。朝っぱらからよくまあ見に来るなって思ってさ」


 ディディエは何を詰まらぬ事をと吐き捨てて、カイリの隣に腰をかけた。


「ミシュが出るからに決まってんだろ」

「全員が全員、お前と同じ思考してる訳じゃないって。あそこのしわしわの爺さんもそうだっていうのかよ」

「おい、もへじ。爺さん舐めんなよ。ああいう世代にこそファンがつくんだよ。『あの子のナース服拝みながら昇天したい』ってな」

「それもお前だけだ!」


 ディディエの話は相変わらず一方通行で、カイリは無駄に精神を摩耗していった。

 試合開始まで五分を切った。

 会場のざわめきは少しずつ収まりかけてきている。先程まで雄弁にミシュリーの事を語っていたディディエさえ黙る始末。カイリもこの空気に飲み込まれていて、ディディエにエラーについて訊こうとしていた事をすっかり忘れていた。

 そしてついに、ミシュリーらと対戦相手が姿を表した。

 西側の入退場口からアントリエ、レティシア、そしてミシュリーが入場した。反対の東側からは相手となる男三人が入場した。


「騎士戦ってチーム戦なのか?」


 騎士というのだから一対一で真正面からぶつかり合うと思っていたカイリは、意外そうに尋ねた。


「何言ってんだ? 実際の戦いだと一対一(サシ)で戦う場面なんか指で数えられるしかねえだろ。舞台が真っ平らじゃなくてごつごつした岩石地帯なのも、同じ理由だ」

「まあ、それはそうなんだけと」

「この騎士学校はいつ起きるか分からない戦争のためなんだぜ、もへじ」


 ディディエの正論にカイリは驚いた。いや、この騎士国では当たり前のことなのかもしれない。常に本物の戦を想定してこそ、模擬戦の意味があるのだろう。

 だが、それでも説明できないことが一つあった。

 六人とも、防具を何一つ身につけていない薄着だったのだ。カイリの知識上では『体操服』に近い服装だった。戦場に体操服だけで出撃する兵士がどこにいる? 見たところその服には魔術的な模様が施されている様子は見られなかった。


「じゃあ、あの薄着ってのにも理由があるのか?」

「あたりめえだろ。甲冑着てたら逆に笑い種にされるってのは、馬鹿の俺すら知ってるぜ」


 ディディエは足を組み直して、戦闘の舞台を見下ろした。


「百聞は一見になんとやらだ!」


 言い終わったと同時につんざくようなホイッスルが鳴り響く。

 『装甲展開イグザース・ユナーミル!』

 六人全員か同じ術を宣言する。

 白い光が各々を囲い、そして光が霧散する。全員、先程までには身につけていなかった白色の何かを纏っていた。甲冑でも服でもない、何か。

 ミシュリーでいうと背からマントのようなヒラヒラしたものが出ていて、肩は楕円形の殻がついていた。肘から手にかけてはカイリも見たことがある手甲で覆われていた。もちろん、左右どちらの腕も。

 騎士戦では粒界の制限を無くしているという話をミシュリーが言っていたが、正しく言うと闘技場の中では自由に力を発揮してもよいということだ。


「なんだあれは……『装甲ユナーミル』ってこんなのじゃないだろ……」


 カイリは絶句した。本来の粒界における装甲という術は、凝固させた魔力を出現させるだけのもの。単純な盾代わりにしかならないものが、何のリスクもなしに複雑な形状をとるはずが無い。ましてや、使う人によって形が違うなんてあるわけが無い。


「おいおい、ほんと初心者なんだな。面白すぎて逆に笑えねえわ。装甲は装甲でも、あれは粒界装甲ユナーミル・サクレだっつーの」

粒界サクレ……?」

「俺らノルベージュ一族にのみ使える秘技であり、騎士国の建立を可能にした奥義だ」


 カイリはこの騎士国の異常さに鳥肌が立った。たかが血筋でこんなにも特異な事があるとは思えなかったからだ。

 視線を舞台に戻すと既に戦いは始まっていた。装甲について追究をしたかったが、気持ちを切り替えてカイリは戦いの観戦に移った。舞台の中央ではすでに激しい火花が散っていた。


「おりゃー!」


 まず飛びしたのは、ミシュリー。

 両腕の手甲で女らしからぬ猛攻を行っていた。その対象となった相手は、歯を食いしばりながらそれに耐えていた。相手は甲冑に剣と盾というまさに騎士の装甲。盾で塞いでは剣で攻め、盾でいなして剣ではじく。動きは早いがミシュリーの威力に押され、イマイチ攻めきれていない。今朝の鍛錬のおかげか、動きがとても滑らかで無駄が少なかった。指摘した重心移動も、きちんと行っていた。

 ミシュリーチームのリーダー格であろうアンリエトは、ミシュリーの後方でレティシアと待機していた。

 アンリエトの装甲は身軽そうなミシュリーの装甲に比べると、かなりの防御重視。体は鎧で覆われ、腰から下もスカートのようなものでガードされている。両腕には細長い菱形の盾がついており、防ぐだけでなく殴る事もできそうだった。

 腰まであるアンリエトの赤紫の髪は、ゴムでくくられていた。

 ほわほわとした表情を浮かべているレティシアの装甲の特徴は、なにより天使のよう六枚の羽がついていることだろう。天使のような形をしているだけで、はっきりとした輪郭があるわけではなく、羽の先は炎のように揺らいでいた。体はローブのようなものに覆われている。左手はまるごと装甲に覆われていて、盾にも使えそうな太い片刃の剣になっていた。

 作戦なのか、二人は動こうともしない。

 待機している二人に、岩の影に潜みながら近づく男が一人。背中と両腕から槍を生やしたその男は、誰にも気付かれずに回り込もうとしていた。


「こいつら、ミシュらの戦法をずいぶんと研究してきたな。ま、そんな小細工で倒せるかどうかは別だけどな」


 ディディエが楽しそうにくくくと笑った。

 その男が足を止めると、三人目の仲間だけに見えるように右手を挙げた。三人目の男は初期位置……東側の入退場口から舞台の中央上空に向かって手をかざした。


霜矢フレッシュ・ジェレ!」


 彼の手から矢の形をした魔力が数発飛ぶ。レティシア、アンリエトがそちらに顔を向ける。


「攻めて来たよ?」

「待て。まだ反撃の時じゃない」


 笑みを浮かべあった。

 矢は空中でバラけて、倍以上の数となりアンリエトらの方へ降り注ぐ。レティシアは剣を、アンリエトは両腕の盾で防ぐ。二人の視点は空。それを確認し、岩影に潜んでいた男が粒界を発動する。

 二人の注意を上に集中させ、下から不意を突く作戦だ。


天啓授与レベラシオ・パッシフ噴出ジェ!」

 潜んでいた男は矢の着弾音で詠唱の音を消し、両腕の槍をアンリエトたちに投擲。射っては新たに生み出し、射っては新たに生み出しの連続。ふと後ろを見たアンリエトがとっさに防御へ移る。不意を突かれたということもあったが、どれもが二人からは狙いが外れていたために防がなかった。

 しかしその槍は、二人を狙ったわけではなかった。投擲された槍は地面に着弾したと同時に、周りの岩を隆起させた。一発目が放たれてから約十秒で、直径二メートル高さ三メートルにおよぶ岩製の檻が出来上がる。

 ヒュー、っとレティシアは口笛を鳴らした。

 『天啓授与』とは身近にある自然を利用し、自分の魔力属性を変化させる技。

 

 この世界の人間の体内には、魔力は存在する。

 しかし、それは単なるエネルギーでしかない。たとえば先程の『霜矢』という術は体内の魔力を矢の形に変形して放つものだが、何も行わなければただエネルギーを持つ矢としてしか飛んで行かない。『炎』等の追加効果を付けるには、別の作業をしなければならない。

 そこでよく使われるのが『天啓授与』。自然の中に存在する魔力から情報を借りる術である。今回の術を例にすると、着弾と同時に真上へ飛ばすエネルギーを有する『噴出』に岩石の力を付加することで、着弾時に岩を隆起する力を得た。

 

 男は岩影から飛び出し、その檻に右手をあてる。


天啓授与レベラシオ・パッシフ装甲ユナーミル!」


 粒界装甲をその檻に向かって発動。天啓授与によって岩の槍と化した装甲が二人を串刺しにする。

 が、直前にレティシアはアンリエトの手を掴んで飛翔。舞台の端から放たれる矢を器用に避けながら、岩に潜む男に向かって急降下。男は舌打ちし、地面から槍を伸ばして向かい打つ。


「アンリ!」

「任せろ。硬化スクレフォーズ


 レティシアから離れたアンリエトは、硬度を上げた盾で槍を防ぐ。着地後はすぐに間を開けた。が、相手は隙を与えんと言わんばかりにアンリエトの方へ跳ねる。


飛刺オーバイエ!」

白撃ブロー・ティフ!」


 槍の鋭い突きによって生み出された斬撃を、アンリエトは衝撃波で相殺させる。相手の動きを予知しての詠唱は脅威に値した。しかし、相手の予想以上の速さにアンリエトは顔を歪ませた。さらには衝撃波では間に合わなくなり、自らの装甲の盾で防いだ。


「お待たせ!」


 ミシュリーが全速力でアンリエトの援護に走った。相手は攻撃をやめ、素早く退くがミシュリーの追撃よりかは遥かに遅い。


「隙ありぃ!」


 槍を構えるより早く、ミシュリーの拳が腹に直撃。彼の装甲が粉々に砕かれ、尻餅をついた。試合開始のホイッスルを鳴らした審判員が、彼に向かって白い旗を降ろした。彼は退場していった。

 装甲が砕けた事が退場条件であるらしい。


「さすがミシュ! こりゃほぼ勝ちは確定だな。そうそう、この騎士戦は装甲を壊された時点で負けなんだぜ」


 ミシュリーの活躍に浮かれているディディエの熱の籠った解説を聞き流して、カイリは再び舞台に神経を向ける。

 ミシュリーが最初に相手をしていた男子生徒は、まだ装甲を破られていなかった。なんとか凌ぎきったらしい。アンリエトをミシュリーが助けにいったために、フリーになった彼は孤立したレティシアを討ちに行った。もちろん、矢を扱う後衛型の仲間とともに。槍使いの仲間には残念ながら囮になってもらい、こちらもレティシアだけでも討とうと考えた。だが、そう簡単に事は運ばなかった。


「こいつ……化け物か!」


 二対一だというのに、レティシアは顔色一つ変えずに攻撃を捌いていった。矢にありったけの力を溜めてはなった一撃でさえ、何の粒界も唱えずに装甲の羽だけで防いだ。これほどまで頑丈な装甲は規格外だった。

 攻めあぐねているうちにミシュリーとアンリエトが駆けつけた。二対三。数で負けている上に、接近戦のスペシャリストと強固な天使がいるのではどうしようもない。

 男二人は降参し、ミシュリーチームの勝ちとなった。

 会場から歓声が沸き起こる。カイリの隣からも、一際大きい歓声が沸いた。


「はっはー! 安定の勝ちだな! 向こうは先に司令塔であるアンリを闇討ちする気だっただろうが、こっちのミシュリーの速さに追いつかれるんじゃ意味がねえ!」


 まるで自分が勝ったかのようにはしゃぐディディエの隣で、カイリは険しい顔をしていた。


「おいおい、もへじ。どうしたんだ? 悪霊の気配でも見つけたのか?」

「いや……残念ながら悪霊の気配は出なかった」


 エラーに取り憑かれているものが戦った際、エラーを構成するディンギルの気配が漏れるのではと探ったが、残念ながらこれっぽっちも出ていなかった。だが、出てしまったら暴走しかけているという証拠でもあるので、そういう意味では安堵するべきかもしれない。

 しかし、カイリが悩んでいるのはそのことだけではなかった。


「なあ、ディディエ。ちょっと来てくれ」

「はあ? 俺授業あるんだけど」

「ちょっとだけでいい。ミシュリーのことで、だ」

「オッケー、もへじ。遅刻の理由は恋の病ってことにしておくぜ」

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