崩壊
彼に憧れて特別捜査部に立候補したと行っても過言ではない。
頭脳明晰、指揮官としての素質もある。
実践では常に前線を走って来た彼は特別捜査部の男の中の男という人物だ。次期所長の名も挙がっている彼は異例のスピードで特捜捜査部のスペシャルチームに配属されていった。
疲れた顔は一切見せず、部下からの信頼も厚い。特捜で絶対のボスと呼ばれる「あの」神田でさえ「捜査を一心に任せられる者は他にはいない」と仲間に語ったという。
特捜の名に掛けて難事件を解決しようという強い意志が、彼を動かしているのだろう。追いつきたい一心で捜査に励んだ結果、自分は高橋蓮 特別捜査官の下に付いた。はずだった。神田所長にある事を命令されるまでは。
『高橋蓮の監視を頼みたいんだ。新藤 翔クン』
『か、監視…..?』
広い所長室に大きな書斎用の机と対人用のソファ。
神田所長に呼び出されたのはアテーナ幹部連続殺人事件の3人目の被害者、谷広太が殺害された翌日であった。
連続殺人事件であり、しかも1人目の須藤俊介、2人目の笹野信二と同じように頭を2発拳銃で撃たれ、腕にはアテーナの象徴である三日月のマークがあった。この事から全ての捜査を東京支部に委託し特捜部が一括で捜査する事になった。
神田所長に呼び出される事は滅多にない。前回呼び出されたのはこの特捜部の高橋さん率いる一科のチームに配属が決定した時以来である。そして命じられたのが…..
『チームリーダーの監視、という事でしょうか』
『そうだ』
『業務上の監視という事ですか?』
『いや、業務上ははっきり言って無視して構わない。私が言っているのは彼のプライベートの時間だ』
僕は耳を疑った。意味が分からない。高橋リーダーの監視、しかも業務外の彼を監視しろというのだ。意味は?目的は?法律上の問題はないのか?聞きたい事が山ほどある。
『あの、意味が分かりません。監視する目的も意義も』
『君は知らなくてもいいんだ』
神田所長は多くは語らない。捜査に関しても直接的に要望をしたり、部下に命令する事は殆どしない。部下が線路を外れた時だけ的確な助言する。そんな陰の立役者的な存在である事は東京支部に入社した時から聞かされていた。しかし、これは余りにも酷い命令だ。そして”語らなくて済む問題”で済まして言い訳がない。
『これは違法です。高橋さんの人権を阻害するものです。目的と理由を全て教えて頂かない限り私は従いません』
いくら所長の命令でも全て従うつもりはない。それを断固として伝えたかった。
自分が長年憧れにしていた高橋リーダーを特別捜査部一科に配属されて間もない自分が監視をするなど言語道断だ。そんな自分の気持ちが少しでも伝わればと思い神田所長の目を見つめる。
しかし神田所長の口から出た言葉は予想外であった。
『全てを教えるのは構わない。が、お前は殺される事になる』
脳内がショートを起したように動かない。
殺される?
神田所長が言った事は自分の理解の範疇を大幅に越えていた。
『見るもの全て信じるのは構わない。人をすぐに信用するのも構わない。しかし人間は誰でも多面相を持っているものだ。それだけを忘れるな』
神田が何を言いたいのか分からない。高橋リーダーを信用するなという事なのだろうか。高橋リーダーが何か隠しているのだろうか。自分に何を暴いて欲しいのだろうか。
神田の目はいつになく鋭い眼差しをしている。
『新藤クン、君にしかお願い出来ないんだ』
自分は誰を信じればいいのだろうか。何を知らなければならないのだろうか。
この26年間、自分は他人を疑う事なく生きて来た。入社して憧れの先輩の元で働きたいという一心でここまで来た。それが虚構のものだったら……?
『ではこちらからも一つ。この命令を受けるに当たって条件があります』
『なんだ?』
神田を睨みつける。新藤の眼差しは刑事としての誇りを持ち、強い精神を持つ者の目であった。
『高橋リーダーに不審な動きがなかった場合、あなたは責任を持って辞任して下さい』
その言葉を聞いた神田は何故か嬉しそうな表情をする。
自分を選んだ己の目が間違っていなかったとでも言いたげだ。
『宜しい。承諾しよう。では任務内容を説明する』
『了解しました』
*
最近、高橋リーダーは例の監察医と供に行動する事が多い。今日は午前中あの地下のラボに行くと言ってから4時間帰って来ていない。現場は自分達のような部下に任せ、ラボで死体の検証などを行なっているようだ。
『何でもいいから証拠を拾え』
遂にそんな事を言いだした。切羽詰まっているのも無理も無い。日本で一番の捜査官を率いて装備も設備も充実している東京支部が、未だに容疑者を捕まえる所か決定的証拠も挙げていないのだ。チームは焦っていた。
神田所長や蓮さんは全ての情報についてチーム内で共有する事を徹底していた。何もかも包み隠さず報告する事。それが事件解決の近道なのだと神田は力説した。しかしそれには説得力が伴っていない。何故なら自分と神田所長の間には極秘捜査の任務があるからだ。
蓮さんの監視任務を命令され早2週間が経った。未だ不穏な動きはない。今日で3人目の被害者が出てから2週間と1日。連続殺人事件の捜査も、監視も大きな進展はなかった。
リーダーの監視は高橋が東京支部を出社するところから始まるのだが、何しろ彼は多忙なため家に帰れる事が殆ど無い。神田にはプライベートを監視しろと言われたが、彼にはプライベートも何も仕事しかやっていないのだ。支部内にいる時は特捜部のラボと科学捜査班のラボと現場を行き来するだけで家に帰るのは着替えを取りに行く程度。東京支部は宿直の設備が整っている為、寝泊まりしようと思えば何日でも過ごす事が出来るのだ。
色々と気が重い。進まない捜査の為かラボ内の空気も重い。
はぁと大きなため息をつく。自分が思い描いた特捜部はこんなであっただろうか….そう思いながら机にあった缶コーヒーに手を伸ばそうとする。
「新藤、大丈夫か?」
後ろから突然声がする。驚いた自分は椅子から転げ落ちそうになった。
「大きなため息だな。疲れが溜まっているんじゃないか?」
「い、いえ大丈夫です。高橋さんもお疲れ様です」
突然声を掛けて来たのは思いも掛けず自分の監視対象の高橋だった。
自分よりも桁違いに忙しいであろう高橋は黒のスーツをきっちり着こなし、疲れた表情を全く見せない。そこはやはりリーダーだからなのか、それとも彼自身の器が大きいからなのか。やはり凄い人なのだと再び尊敬の念が彷彿する。
「今日は皆早く帰すからお前も早く帰れよ」
その言葉に新藤の表情が一気に明るくなる。
「え、定時でいいんですか?」
「ああ、そろそろ皆疲れてるしな。今日は早く帰れ」
心の中で大きなガッツポーズが生まれたのは言うまでもない。さすがに休みも取らずに走り続けるのは大変だろう。嬉しいサプライズだ。
蓮さんがラボ内にいるチームの皆にも早く帰るように言って回る。志摩さんと雑談をして楽しそうに笑っている彼を見ると高橋リーダーも普通の人間なのだと思う。普通に仕事をして普通に家族がいて普通な日常だってあるはずだ。
そんな彼のプライベートを自分が侵害しているのだ。
そして同時に新藤は気付いていた。
彼が皆を早く帰らせるという事は彼自身も出社する可能性がある。そうなると何か動きがあるのではないかと。
神田所長は今日は防衛省と警察庁に出張に行っている。
所長に動きがある可能性がある事を伝えるべきか悩んだが、まだ不確定要素が多い。実際動きがあってからでも遅くないだろう。
少しチーム皆の様子を見てから帰る事にした。
1時間もすると上司の命令として早く帰れるからか、殆どチームのメンバーはいなくなった。誰もいないラボを一周見、帰る支度をし始める。
リーダーは今はラボにいない。デスクの上には「地下科学班」と書いてあるから、今はそこにいるのだろう。一度深山の研究室に寄ってからここへ戻ってくるつもりのようだ。現に彼の常備している携帯はまだデスクの上に置いてあった。
そんな常時監視しなくても大丈夫だろう、そんな思いが浮かぶ。実際自分もチームと同じく毎日過酷な業務内容をこなしているのだ。疲れているのも当然だ。
今日は自分を見張る神田もいない。少しくらい休息があってもいいのではないか。
「今日は帰るか」
そう思いパソコンを閉じると鞄を持ちコートを羽織った。
到着を告げる音と供にエレベーターが一階に到着する。
1階で降りると地上3階まである吹き抜けの広いロビーが見える。広い玄関ホールの上にはシャンデリア。セキュリティの高い出入口。そして床には東京支部の鷹のマークのロゴが飾っており、このマークにTOKYO HAWKという名前がある事を知ったのはつい最近の事だ。
特別捜査部以外は定時で帰る事が多い為、夜7時を過ぎるとすっかり電気も落ちている。広い吹き抜けにコツコツと自分の足音だけが響き渡る。
どうやら今日は警備員も業務を終了したらしい。いつもより静かなホールを闊歩する。
帰りにどこか寄って行こうか、そんな事をぼんやり考える。
エントランスに向かう為ロビーを横切っていたその瞬間、目に何かが映った。
「あ、あれ?」
見慣れた人影。日本人にしては高い身長に黒のスーツを羽織っている男。
「たかは….」
声を掛けようとしたが何故か思いとどまる。
眉間に皺を寄せ硬い表情の上司。何となく蓮さんが纏う空気が声を掛けられる雰囲気では無いのだ。しかもこちらのエレベーターホールに来ると思ったのだが、彼は予想外にも地下へと繋がる階段の方へ向かって行く。何やら急いでいるようだ。
(蓮さん、何処へ行くんだ?)
地下へは地上25階以上にいればエレベーターで行けるのだが、それより下階であると一階からの階段で行かねばならない事になっている。地下には科学捜査班のラボ、死体安置所、司法解剖室、銃器武器倉庫、駐車場があるが、今は全職員が帰宅している為、対応できる職員はいないはずである。
しかし、彼はそのまま地下へと消えて行く。
ふと脳裏に神田のあの言葉が浮かぶ。
『高橋が不審な行動をしたら必ず知らせろ』
この時間に何をしているのだろうか。
後ろ髪が少々引かれるが、神田からの命令を今遂行すべきなのは確かだ。
高橋の後ろ姿に好奇心が掻き立てられ、多少の罪悪感と共に彼を追って地下への階段へと向かった。
*
蓮さんは地下3階まで行ったようだ。何故この時間に、しかも地下3階に行くのかという疑問が頭の中に浮かぶ。
少しでも音を立てないように細心の注意を払いながら後ろを着いて行く。
夜の地下階は一層不気味に見える。ただでさえ地下と言う空間に科学班の部署やら安置所やら不気味な部屋がたくさんあるのだ。今は電気も足下の照明だけで十分な明かりも得られないので更に不気味さが際立つ。とにかく視界が悪い中でも気付かれない事が最優先だ。長い廊下を前を歩く高橋の靴音に合わせて息を殺しながら歩いて行く。
(これじゃ完全な尾行だ…..)
そう思ってしまうと多少の罪悪感が残る。上司を尾行するとは何事か…
尾行自体は講義でも習い実践でも行なって来た為、割と慣れている方だと思うが今回の相手は特捜のトップだ。尾行するにも非常に神経を使う。
少しペースの早い蓮さんの後ろ姿を懸命に追って長い廊下を歩いていく。息を殺している所為か少し疲れて来たが、休んでいる暇はない。新藤は廊下に物が転がっていないか一歩一歩確認しながら歩を進める。
通り過ぎた部屋のドアには「検死解剖室1」と書かれていた。背筋が寒くなるのは空調が利き過ぎているだけではないだろう。
(気味悪いな….)
心の中で悪態を付いていると、ピーという機会音が聞こえた。少し先でIDパスを扉に通したようだ。つまりどこかの部屋に入った事になる。
(どの部屋に入ったんだ?)
長い廊下を進んで行く。地下3階にはあまり部屋がないらしい。廊下と壁だけが無意味に通り過ぎる。
すると一つの扉が見えて来た。大きな鉛で出来た重厚の銀の扉。新藤は一度ここに来た事があった。
「銃器武器倉庫室」
彼が入ったと思われる部屋の扉にはそう書かれていた。
銃器管理室はいわゆる東京支部の「武器庫」だ。
銃器武器庫には名の通り戦闘に必要な銃器や武器画収納されている。マシンガン、マグナム、ハンドがン、防弾チョッキ、RPGまで揃っており、捜査員や特殊突入部隊はここで準備をし、地下から専用のバンに乗って直接現場まで行く事が出来るのだ。
前に一度入った時武器の多さに驚愕した。噂に聞いてはいたが、AKやドイツの主力マシンガンUMP45、有名なMP5、22m口径以上の物の所謂機関砲と呼ばれる類いの物が壁一面に展示してあるのだ。これらを見た時は身体が妙に緊張して硬直した。いつかこれらを使う必要がある時が来るのだろか、と思った事が随分昔のように思える。
が、しかし何故今リーダーは武器庫に入る必要があるのだろうか。更に疑問が募る。
先程までの好奇心が徐々に懸念に変わっていく。神田が監視して欲しいと言った理由は何か。そして高橋リーダーの目的は何か…
18時後はここの管理を任せられている担当者がいなくなってしまう為、管理は甘くなる。敢えてそれを狙っているとしたら、ここで何をしたいのかという疑念が増々募った。
(蓮さん、何をしているんだ?)
廊下に設置されているロッカーの近くに身を隠し、高橋が部屋から出て来るのを待った。
蓮さんが武器庫に入って2分程。
大きな動きはない。息を殺して彼を待つ。
3分経った。未だ中で作業をしているようだ。扉は厳重なため中の音は全く聞こえない。誰か他に中にいるのだろうか。それさえも廊下からだと全く分からない。
様々な疑念の中、廊下の角で彼の上司が出て来るのをじっと待っていた。
10分程経っただろうか。ピーという電子音と供に武器庫の自動スライドドアが開いた。
出て来た彼に見つからないようロッカーの隙間から少し顔を覗かせる。武器庫の入り口を凝視していると中から黒いボストンバックを持った高橋が出て来た。ボストンバックと言ってもそこまで大きくなく、身体の大きい高橋なら片手で持てる物である。
中身については武器庫から出て来た事で、ある程度推測される。しかし新藤は今は敢えてその可能性を脳内から消去させた。無許可に武器を持ち出す事はない。そう信じていたかった。
『見るもの全て信じるのは構わない。人をすぐに信用するのも構わない。しかし人間は誰でも多面相を持っているものだ。それだけを忘れるな』
神田の言葉が脳裏を過る。
信じていたかったのは自分のエゴだったのかもしれない。そんな事を思いながら高橋の足跡を辿る。
バッグを持ったまま高橋は長く暗い廊下を戻って行く。カンカンと階段を上る音が先から聞こえる。どうやら階を上がっているらしい。音の回数からすると高橋は一階へ向かったようだ。
(駐車場か…?)
目を凝らすと黒いジャケッドを着た高橋が駐車場までの廊下を歩いているのが見える。
駐車場へ向かう廊下は地下3階よりも照明が落ちている。充分距離を取っている為、彼の姿を肉眼で確認するのも目を凝らさないといけない。自分には足灯だけが頼りだった。
約30m先を歩く高橋は時折時計を気にしている様だ。時間を確認する度に時計のライトで彼の顔が一瞬照らされる。
前方を歩く高橋が地下の駐車場に繋がるドアに辿り着いたようだ。胸にぶら下がっているIDパスをかざして開けようとする。
(車に乗られるとアウトだ!)
車に乗られてしまえば逃げられてしまう。武器庫で何を行なっていたのか、バッグの中身は何か自分には真実を確かめる必要があった。
リーダーが扉の向こうに消えたのを確認すると、追いつく為に一気に走り扉の前まで来る。
扉に耳を付け高橋の足音が充分離れて行った事を確認する。
そしてIDを通し、駐車場へ入って行った。
*
一気に視界が開けたと思った瞬間、ガンと大きな音が耳元で響く。
後頭部に激しい痛みを感じる。
世界が暗転し、衝撃で持っていたIDを落としてしまった。
(何が起こってるんだ?!)
状況を確認しようと思うが頭が今の状態に頭がついて行かない。頭部に激痛が走る。
息を吸おうと思うが痛みの為か空気が入って来ない。頭がガンガンする。
どうやら胸ぐらを掴まれているようだ。首が絞まるのを出来るだけ回避しようと、壁に釣らされている状態でつま先を立ちになる。はあはあと自分の荒い息遣いだけが聞こえる。目が暗闇に慣れて来たのか、目の前で自分を壁に張り付けている相手が見えた。
「お前俺を付け回して何してんだ?」
「え……」
蓮さんだ。高橋が自分を壁に押さえつけワイシャツの首元を絞めている。
「れ、れん….」
「答えろ」
質問されても首が絞められているため声が掠れてしまう。
「何故俺をつけているのか聞いてんだ」
ダメだ。苦しい。両手で自分の首を絞めて来る高橋の腕をバンバンと叩く。体格の差がありすぎる。段々と目の前が霞んで来た。
もうダメだ、そう思った瞬間、身体が浮いた。ガンと大きな音と共に肋骨に痛みが走る。今度は身体ごと床に叩き付けられたようだ。高橋が馬乗りになる。
首が離され、息がようやく出来るようになったが今度は肺が痛い。胸も痛い。首も痛い。
腕に力を入れて四つん這いから身体を起こそうとするが、高橋に片方の腕を掴まれた。無理矢理肩を逆関節に引っ張られる。そして力任せに乱暴に床にぶつけられた。
「いっ‥」
「おい、新藤。何か知ってるのか?」
知っている?こっちが知りたいくらいだ。こんな暴力を振るわれる理由などこちらには見当たらない。さすがに自分も堪忍袋の緒が切れた。
「何の事ですが!!私は貴方が不審な動きをしていたから追っていたんです!!」
ちっと大きな舌打ちをする。明らかにいつもの温厚で部下から信用される高橋ではない。
「貴方こそ銃器庫で何してたんです?そのバックの中身は何なのですか?」
立ち上がりながら畳み掛けるように聞く。そのボストンバックの中に何が入っているのか。武器庫で何をしていたのか。またこれから何をしようとしているのか…..こちらは聞きたい事がたくさんある。
「お前には関係無い」
「関係無くて暴力振るう人がいますか?」
「見なかった事にしろ」
「見なかった事?ふざけないで下さい!これから何をしようとしてるんです?」
「黙れ!」
怒声が静かな駐車場に響き渡る。そんな彼の声に思わず息を呑む。
いつも部下から信頼され、慕われる上司。捜査のセンスは素晴らしく、いつも難事件を解決に持って行く素晴らしいリーダー。
こんな蓮さんは本当に見た事がなかった。何かに追われている様な、そして切羽詰まっているように見える。
『高橋に不審な動きがあればすぐに報告してくれ』
神田所長の言葉が脳内で響く。この言葉を聞いた時、自分は半信半疑であった。いや、信じたくなかったというのが正確か。
しかし今の彼の言動を考えると神田所長の言った事が実感を帯びてくる。
「余計な事に首を突っ込むな」
高橋が背中側から睨みつけながら言った。すると急に身体が軽くなる。そしてボストンバックを肩に掛けると、蓮さんがその場を立ち去ろうとするのが見えた。
逃げられる!逃がしてはダメだ。
「ちょっと待って下さい!」
引き止めようと痛みに耐えながら起き上がる。そして咄嗟に彼の腕を掴んだ。
「蓮さん、今なら--」
掴んだ自分の手がが逆に大きな手に掴まれる。肩を後ろにされ、関節を曲げられ痛みでつい声が出る。再度背中に衝撃を受けるとまた壁に貼付けられてしまう。腕を掴まれたと思ったら、ぐるりと視界が変わった。床に叩き付けられうつ伏せにされ、腕が在らぬ方向へ曲がっている。
「お前、これ以上俺に構うと殺すぞ」
「あなた異常ですよ!」
そう言うとグググと腕が締められて行く。痛さの余り呼吸が浅くなる。
「お前今日の事は誰にも言うな。神田にもだ。言ったら殺す」
「神田さんは気付いてますよ。あなたの不審な行動」
「何っ」
馬乗りになっている高橋がどんな表情がしているのか分からないが一瞬、息を飲んだのが分かってしまった。
「あなた……何か事件に関わっているんじゃないですか?」
「これ以上何も喋るな」
「発覚するのも時間の問題だと思いますよ!」
「うるさい、黙れ」
その瞬間、新藤の首に冷たい何かが突きつけられる。
この冷たさ、そして首に走るピリっとした痛み。サバイバルナイフだ。
「今日の事黙っておけ。誰かに他言したらお前を殺す」
「……….」
何も言えなかった。憧れ続けた人に刃を向けられる事になるなど想像出来ただろうか。
何も言えないのを了承と取ったのか、彼はゆっくりと新藤の上から退いた。自由にはなったが、身体の節々が痛く、立つのには時間がかかりそうだ。
サバイバルナイフをしまい、ボストンバックを肩に掛けると自分に向き直る。
「今日の事を誰かに言ってみろ。お前の命はない」
そう言い放つと彼は自分の愛車に乗って駐車場を後にした。
「僕が見ていた蓮さんは誰だったんですか……」
信じていた物が崩れさる音を、初めて聞いた気がした。
涙で頬が少し濡れていた。
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