要望

日本の警察組織は国の機関としては内閣府の外局である国家公安委員会の特別の機関として置かれているが、東京支部は防衛省公認の警察機関であり、公安機関として特別な警察組織として設置されている。

設置されている本部内容としては国家秘密本部、情報本部。科学技術本部、行政本部となっていて特別捜査部は国家秘密本部に含まれ、支部内では花形とされている。支部に入るには国家公務員一種の試験を受け、その上幹部候補として採用され特別捜査班には入る事になっている為、狭き門として有名であった。

原則バイオテロなどを含む科学技術部、通称科学捜査班には応用化学や生物科、医学部医学科などを卒業した者、検死官班なら医学部を卒業しまた法医学にも精通している者でしか入れないなど様々な規約がある。特別捜査班は法学、政治学に精通しつつIQテストにおいて130を越えないと入社試験も受けられない。また東京支部は全国でも特殊の形態をとっており、東京支部だけで独立した捜査が出来るよう特殊な形態を作り上げている。これは全国でも初の試みであり、アメリカのCIA,イギリスのMI6などの犯罪捜査本部を日本でも作ろうとした結果作られた組織となっている。その本部は新宿区の東京の一等地に立っていて地上33階、地下3階の計36階で構成されている。

高速道路を走って20分、その荘厳な建物が段々と見えて来る。このそびえ立つ鉄骨の鎧のような建物を初めて見たアメリカの友人は「宇宙船のようだ」と皮肉った。夕日に輝く東京支部の高層ビルを横目に、高速を降りるべく高橋は静かにハンドルを切った。



駐車場から直通エレベーターで上がり、33階の自身のデスクがある特捜部のラボ内に入ると先程の事件の話でフロア全体がざわついていた。

広いフロアの真ん中にガラスでサークルに区切られた所があり、その周りに情報処理班と特別捜査部のデスクが設備されている。このフロアを高橋のチームだけで貸し切っているので、人員の割にはかなり広くなってはいるが、事件の資料などが所狭しと置かれているので、その十分な広さも今では足りなくなり他のフロアに委託する状態である。


特捜部で特徴的なのが、真ん中にあるガラス張りのサークル室である。この場所は特別捜査班のラボであり、毎日会議や捜査の進行の監視を行なっている。内部は会議室のような作りになっており大型のHDスクリーンが三つ鎮座しておりパソコンも十分な数を揃えている。

中を見てみると捜査が行き詰まっているのだろうか、覗き見した限り中の空気は重たそうだ。

ガラスの扉には認証センサーがありIDパスをスキャンさせる。中に入ると上司である神田の姿が目に入った。

腕を組みながら仁王立ちをしている神田は特捜部の影のボスと言われている。それもそのはず、彼は高橋がここのリーダーに就任するまで約15年の間この特捜部で先導を切って来た人物であった。

何度か警視庁ならず国家機関から表彰されており、歴代の首相とも面識があると噂が流れる程である。彼がここに就任してから何件もの未解決の事件を解決に導いており、高橋をリーダーとして最年少で抜擢したものこの人物であった。しかし優秀な事の裏返しなのか、あまり多くを話さず表情はいつも堅く特捜部の部長に上がってからは増々口数も少なくなった。一方高橋の先導者としての才能は認めていて、彼に絶対の信頼を置く故か最近は積極的に捜査に関わらず遠くで進行を見守っているというような形である。実際今も時折モニターを確認しながらも一言も発さない。


神田はいつも何を考えているか分からない。頭がキレ過ぎる所為か、思考が余りにも飛躍し過ぎていて捜査員も時折彼の意図している事が分からないといったレベルだ。そんな彼がじっと捜査員の進行を見ている時は何かしら考えているのだ。長年尊敬出来る上司として彼の元で働いていた自分には何となく分かっていた。

「鑑識と検視からの連絡は?」

「今の所ありません。検視も他の捜査での検体が多いらしくこちらを優先にするよう言ってはいるのですが….」

「そうか、物的証拠は?」

「今の所、血液などの検体もまだ出ていません」

新藤に聞く限り捜査はかなり行き詰まっているようだ。今回の3ヶ月間に及ぶ連続殺人事件は余りにも物的証拠が無い事で有名であった。特捜部が介入しても解決出来ない事件として昼のワイドショーなどでも話題になるほどだ。



3人目の犠牲者を出した今回の事件は「アテーナ幹部連続殺人事件」として新聞などメディアにも名前が通っていた。

「アテーナ」とはギリシャ語で「知能」の意を持つ。そして日本で今一番有名である特定の宗教法人でもない非営利団体、また組織であり、人口上位0.2%しか有さないIQ150を越える知能犯の集団である。

その者達を集めたの非営利団体としてアテーナは日本だけではなく世界にも名を知られていて、実際著名人も数多く加入しており、弁護士、検事、医師など社会的地位が高い人が多く、日本を影で牛耳っているとまで言われている。そして国も彼等の存在に脅威を抱いているが、組織自体は違法ではない為、取り締まる事が出来ないでいる。しかもアテーナは殆どのメンバーが大学の教授や医師、弁護士、研究職員など社会において高い地位についている者が多く、しかもメディアなどに露出している者もいる為、公共の場で組織を罵倒する事などは暗黙の禁止事項となっている。

『「アテーナ」という組織だけに逆らえるのは東京支部だけである』と警視庁長官が国会で発言した言葉も今は迷信になってしまいそうである。それを解決に導くのに期待されているのが高橋が率いる特別捜査部捜査一科のチームであった。

「何か些細な事でも分かり次第、ディスプレイに書き出してくれ」

「了解です」

皆懸命に働いてくれているのは十分承知である。しかし何せ証拠が出ないのだ。これでは東京支部特捜部の面目が立たない。


「高橋少しいいか?」

横から低い声が聞こえた。この特別捜査部部長の神田である。

「行き詰まっているようだな」

「ええ......」

まさしく図星を付かれた一言に思わず苦笑してしまう。

「申し訳ありません。捜査が行き詰まっているので今は被害者の交友関係や家族背景から捜査を進めている所です」

「あまりにも物的証拠がないからな。被害者の生活背景から探って行くしかないだろう」

「ええ、全力を尽くして参ります」

神田は表情の一つも変えず「そうだな」と言うと持っていたアタッシュケースから大きな黒いファイルを取り出す。

「実は少し提案があるんだ。聞いてくれないか」

「提案?」

神田の思いも掛けない言葉に思わず声が裏返ってしまう。神田から提案などとても珍しい事である。

「ああ、少し付き合ってくれ」

「分かりました」

そう言って二人はラボから席を外した。

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