捜査

「現場はどんな感じだ?」

「今案内します」


現場に到着した時には既に事件の匂いを嗅ぎ付けて来たマスコミや野次馬で辺りは騒然となっていた。今回の現場は人通りの少ない県有数の波止場。路肩には警察車両だけでなく報道機関の車も駐車してあり、通行の妨げにならないよう巡査が交通整備に懸命にあたっているのが遠目で見える。白い手袋を片手ずつ嵌めながら先を歩く巡査に耳を傾け現場まで急ぐ。


「マスコミがすごいな」

「似た様な事件が起きてるから関心が上がってるんでしょう」

「確かに。昼の情報番組が如何にも喰い付きそうだ」

そう零しながらコメントを求める記者の横を素通りする。カメラに向かって事件現場を懸命に伝える女性記者が何人も見えた。


「被害者は60代男性、運転免許証などを拝見すると「あの」組織の元幹部だそうです。死因は銃撃による頭部外傷。銃痕は3つ。今までの二件と同じく、被害者の死体の腕には文字が彫ってありました」

「また元幹部の殺害か...」

「ええ、肩を一発、頭に二発正確に撃たれています。血痕色からして腕を撃たれてから致命傷である頭蓋に銃傷を負ったと現場検証で分かっています」


足場が徐々に悪くなっていき、草の多い茂道をかき分けながら進む。組織犯罪と断定された訳ではないが、少々厄介な案件が持ち上がって来てしまったようだ。少なくとも二週間はまともに睡眠が摂れない日が続くだろうと高橋は肩を落とす。

現場は人がやっと通れる草道の中にあるらしい。これでは不審な銃声や叫び声があっても近隣住民にも聞こえないだろう。事故現場を囲んでいる黄色のビニール線をくぐり抜け現場へと歩を進めるとようやく現場が見えて来た。


港でよく目にする停泊させた船をロープで固定しておく為の「係船柱」と呼ばれる鉄の柱の周りに、青のビニールシートが被せてある。ここに死体があるのだろう。その周りで忙しく鑑識をする数名の鑑識科の男と、同じ東京支部の警部が一眼レフを構えて死体の周りでシャッターを切っている。物的証拠を探すだろうか、東京支部からも既に何名か捜査員が駆り出されている様子であった。


ブルーシートの周りに置かれた現場の証拠ナンバーの付いたプレートを1から順に見て回る。番号札やロープは現場保存や証拠物を明示する為の物で、分類整理の意味もあるが捜査した書類や収集した証拠物が検察や裁判の際の明示が分かりやすいようにナンバリングをしている。

いかにも殺人事件の現場という感じなのだが、時々海が近いからか磯の香りが鼻をかすめる。空には時折ウミネコの鳴き声が長閑に聞こえるとそのギャップに思わす苦笑いしてしまいそうになる。


現場を歩いていると高橋は懸命に死体に向かってシャッターを切る見慣れた姿を発見した。

「何か進展あったか?」

声を掛けるとふと一人の若い捜査官がこちらを見上げる。

「蓮さん。お疲れ様です」


捜査中にも関わらず律儀に一礼して挨拶する彼は何処までも礼儀正しい。

カメラを構えていたのは東京支部特捜チームの一員である新藤だ。新藤は若手のホープであり特捜内でも期待されている新人捜査員である。今回の人事で特別捜査部の捜査部長であり高橋の上司である神田に抜擢され高橋のチームに入って来た。高橋に憧れて特捜への人事を希望したという噂も聞くが、自分も認める程彼は実力があり捜査に大きく貢献していた。

「お疲れ様。朝から大変だな」

「いえ。蓮さんも呼ばれてしまったんですね」

「呼ばれちゃったって?」

「え、いや。今回は‥」

と腋に抱えていた大きな一眼レフカメラを少し背中にどかしながら近づくと神奈川支部の連中の方を一瞥し小声で言った。

「3ヶ月前からの連続殺人の可能性も視野に入れる為、捜査部が立てられている東京支部特捜部に捜査の全てを委託するそうです」

「つまり神奈川県警は自分達のエリアで起きた犯罪にも関わらず東京支部に丸投げするって事か」

「そのようです….」

「そうか....」

東京支部に丸投げする程の事件なのだろう。業務が多くなるが仕方ない。睡眠時間どころか暫く休みはもらえないだろうと自覚し、大きなため息をついた。



実は今日挙った殺人事件に似た様な事件は3ヶ月前から2回起きている。

初めはちょうど3ヶ月前、お盆が終わり風に秋の匂いがし始めた頃、東京日野市の河川敷で銃殺された死体が発見された。被害者は今回と同様60代後半の男性。銃痕は頭部に二発。致命傷である。そして腕に深く抉られた傷があった。

そして二件目は今から約1ヶ月前、同じように被害者は70代男性で頭部に二発の弾丸が撃ち込まれ、身体には拘束された跡が見つかった。発見された場所が製作所の倉庫内という特殊な場所であり当時勤務していた従業員に聴取を行なったが、おかしい事に決定的な証拠は何も出なかった。しかし指が数本死亡する直前に折られていた事が検死で分かり、この事から犯人は被害者に何か情報を聞き出そうとしていたようにも思えるとの見解であった。そして3ヶ月前の事件と同じく腕にはナイフで彫られたと思われる謎のマークがあり、そのマークと彼等の所属していた組織との関連を調べている。


「本部のラボに証拠や写真は全て送るので、あとは本部で調査を行う事になっています」

「分かった。ありがとう」

新藤がお辞儀をしながら警察車両まで走って行った。死体がブルーシートを被って輸送車に詰め込まれる。検屍を行なうため、このまま東京支部にある地下の解剖室に連れて行かれるのであろう。

死体を乗せて走り去って行くバンを見ながら、少し海の風に当たってから支部まで戻ろうと決めた。

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