過去

都内有数の有名大学病院の一室に高橋の目的場所がある。ここは他の一般の病棟の離れとして建設され、新棟として2年前程に建てられたという。有名人や政治家などが入院するらしく個人のプライバシーも最大限に守られている。

愛車を駐車場ではなく新棟への連絡口の真下の道路に停めると、大きく目立ってしまうボストンバックではなくアタッシュケースを持ち病室に向かう。

ロビーにある大きな振り子時計を見ると夜の7時を回っている。調べによると今はスタッフは準夜勤帯であり、警備員の人数は一人で3フロアとなっているようだ。一階は既に今日の入院患者の受付が終了しているらしく警備員はいない。コツコツと床を歩く自分の足音がやけに大きく感じる。外がまだ騒がしくない事を考えるとまだ自分を追って来るやつはいないようだ。


受付の横にあるエレベーターに乗ると最上階である6階のボタンを押す。エレベーター内で愛用の本革の黒の手袋をはめる。大きく息を吐くと身体の緊張が少し和らいだ。

(これで最後だ)

長かった今までの道が走馬灯のように蘇る。目を瞑ると様々な顔が思い浮かんだ。しかし今は感傷に浸っている場合ではない。チンと到着を告げる音と共に高橋は病室へ歩き始めた。

右へ行くとナースステーションの目の前を通る事になるので、左手に進みつつ監視カメラの死角を狙いながら廊下の端を歩いて行く。このフロアには病室が10部屋のみで全て個室らしい。この一番奥の窓際の部屋に最後のターゲットがいる。

部屋の前に着くと耳をそばたてて部屋の中に誰もいない事を確認する。

静かに扉を開くと部屋は電気が付けられていなく、頼りになるのは外の月明かりのみ。静かにドアを閉め、足音を殺し部屋の奥へと進む。

ベッドの上を見ると何本もの点滴に繋がれた抜け殻のような老人が姿を現した。彼はまだ60代後半のはずだが病気の所為だろうか。外見は全く年齢相応には見えない程年老いている。余りの静けさに医療機器の電子音がやけに大きく聞こえる。ピピピと定期的に電子音が鳴り、ベッドの横にバイタルサインがモニタリングされ、人工呼吸器が付けられている様子を見ると、相当な危篤状態だと素人の目からも判断出来る。ヒューヒューと空気が漏れる様な呼吸音も聞こえ、この老人が人を何人も殺めた組織のリーダーであり、自分の家族を殺した中山燈也だと信じる事が出来なかった。

「中山、お前を殺しに来た」

月明かりの中、高橋の勝ち誇った顔が浮かんだ。



目を開けると白い天井、そしてカーテン。ベッドのようなものに仰向けに寝転がっているようだ。むくりと起き上がってみると額の上が刺すように痛む。爆風で切れた額の部分の他にガーゼが巻かれていた。どうやら自分はここで寝ていたらしい。最後に覚えているのは高橋を止めに行き、彼から返り討ちにあった事だ。最後は腕を後ろで拘束されて……そこからは記憶がない。

「深山くん、気付いた?」

医務室担当の立山医師がカーテンから覗き込んでいた。短髪の白髪はいつ見ても綺麗にセットしてあり、実年齢よりも10は若く見える。昔災害医療センターのDMAT(災害派遣医療チーム)の一員として働いていたらしいのだが、2年前東京支部救護班の班長として任命されたと聞いた。先程の資料室爆破での怪我人の処置も、班長である彼が先人を切って指揮していた。少し皺のある優しい顔がこちらを心配そうに見つめている。立山がいるという事はここは医務室のようだ。

「君が駐車場で倒れていたって聞いてね、さっきの爆破事件で頭を打ったと聞いていたからそれが原因かもとヒヤヒヤしたよ」

「そうだったんですか…」

そうだ。高橋を追って腕を拘束され、頭を掴まれたかと思いきや力任せに壁に叩き付けられたのだ。自分が彼を止められる最後の砦だったのにも関わらず、高橋を逃がしてしまった。悔しさで拳を握る。

「立山さん、今何時ですか?」

深山の唐突な質問に驚きながらも立山は腕時計を確認する。

「夜の7時ちょっと過ぎかな」

夜の7時という事は失神していたのは約2時間程。高橋が目的地まで着くのに1時間半。まだ間に合うかもしれない。そう思い立つと行動までは早い。ベッドの横に置いてあった血が付いたワイシャツを着ると、急いで靴を履く。

「立山さん、処置ありがとうございました。お礼は後日させて頂きます」

「え、深山くん!」

慌てる立山を置いて深山はそのまま特捜部のラボに走り去って行った。



「深山さん、大丈夫ですか?」

33階のラボに着くと数名の捜査官が心配そうな表情を向けてくる。特捜部にも自分が倒れていた事は情報として入っていたようだが、ラボ内はそれどころではない事は深山も十分承知している。今は自分がこのチームを率いて行かなければならない。チームを集めると深山は皆を見渡しながら、口を開いた。

「今から東京都新宿区の慶愛病院への突入を行ないます。慶愛にはアテーナの組織長の中山が入院しており、そこへ今回の爆破に関与した幹部役員が集まっている可能性があります」

ラボ内は一気にざわつき、困惑の空気が漂った。今から作戦を決行するのか。そんな声も飛び交う。

「先程のテロで突入部隊が壊滅状態である今、病院への突入は特捜部一課が行ないます」

捜査員が懸念の表情を深山に向ける。特別捜査部も捜査員を既に2人も失っているのだ。これ以上犠牲を出したくないのはチームも深山も同じ思いだ。そして今の状況は指揮を執るべきチームのリーダーは不在であり、その相棒と呼ばれる監察医が今チームの指揮を執っている。チームの中に不穏な空気が漂うのを深山は感じた。

「高橋はどうした?」

志摩が皆を代表するかの様に口を開く。皆、静かにこの状況を見守っている。

「蓮さんは一人で病院に向かっています。時間がありません。説明は後にしてもらってもいいでしょうか」

「あいつは単独で行ってるのか?」

「そうです」

「なぜ?」

「それは今は説明出来ません」

捜査員達が顔を見合わせる。こんな説明でチームが着いてくるとは深山も思ってはいない。チーム内に沈黙が走る。新藤が殉職した事が頭をよぎっているのだろう。ここにいるチーム皆アテーナを相手取るとは何を意味するのか、仲間の死をもって痛切に理解していた。神田もいない、高橋もいない今、信じられるのは自分自身であり、行動を起こすか起こさないかという決断も全て自身に託されている。

「僕と一緒に来てくれる人だけでいいです。5分後に装備をし駐車場のバンに乗り込んで下さい」

深山は皆の心境を充分理解した上で敢えて彼等に選択肢を与えた。自分は高橋のような皆を引っ張れる器ではないことは充分分かっている。それ故、皆の決断を委ねる事にしたのだ。深山は静まりかえる特捜部のチームを後に高橋を追うべく地下室の銃器庫へと走り去って行った。



呼吸音と機器の電子音しか聞こえない静まり返った部屋。目を瞑りながら静かに横たわる中山を、高橋は静かに見下ろしていた。中山の腕には複数の点滴が刺さっている。先日病院の電子カルテのサーバーにハックした所、中山は昨日の夕方4時に腹腔鏡のがん切除術を行なっている。彼を殺すのにこの日を選んだのも全て高橋の計算の上であった。

警察までも恐れるアテーナのリーダー中山はベッドの中ではとても小さく見える。こいつが自分の家族を殺した。そう思うとナイフで一気に喉元をかき切ってやりたい衝動にかられる。

寝ている中山を起さないよう細心の注意を払いながら、足下のアタッシュケースから高カリウム液が入っているアンプルを取り出す。箱から注射器を出すとアンプルの先を折り、注射器に輸液を注入する。これを中山の点滴に直接注入すれば血液内の電解質の異常が起き、血漿中のカリウム濃度が上がる事で不整脈、瀕脈を引き起こし死に至る。高カリウム血症で死亡に至るまでは時間がかかる。よって証拠を消し、ここから逃亡するだけの充分な時間が取れるのである。

誰も病室に来ない事を再度確認すると、注射器をサイドテーブルに置いて点滴の滴下数を確認する。滴下されている部分からラインを辿っていくと、突然ガシッと腕が掴まれた。

息を呑み中山を見る。自分の腕を掴み、目を真っ直ぐ見つめてくる中山の顔がこちらを向いていた。

手が無意識に震える。キーンと耳鳴りがしたと思うと、耳元でバクバクと大きな音を立てて心臓が鼓動しているのが聞こえた。

(ダメだ。失敗だ。逃げろ)

頭の中で声が木霊している。中山の目はこちらをしっかりと見つめている。しかし今逃げてしまったら二度とチャンスはないだろう。万事休すか。

(こいつだけは殺さなければ)

中山が見つめる中、彼がナースコールをするのだけは防ごうと、コールのボタンを見つけると彼の手の届かない所へ落とそうと手を伸ばす。しかしベッドの反対側にある為、導線を外そうと思ったが、手を伸ばしても届かない。しかも腕は中山の取られている。掴まれている手を振り払おうとするが、焦っている為か上手く出来ない。予想外の展開に固まる高橋を傍目に、当の中山は冷静であった。中山が人工呼吸器を外すと徐に口を開く。

「そんな慌てるな。ナースコールは押さない」

反対側の手を見てみるとナースコールのボタンを握っていない事に高橋は気付く。相変わらず腕は拘束されているので高橋は中山のベッドの横に立ち尽くしたままで背中には冷や汗がどっと流れた。

「俺を殺しに来たのか?勝木蓮くん」

緊張している事が相手にバレないように出来るだけ冷静な表情をし、手の震えを全神経を使って阻止する。それを察知したのか中山はふと表情を和らげるとゆっくりと話し始めた。

「暫く見ないうちに大きくなったな」

こいつは何を言っているのだろうか。高橋の意味が分からないといったような表情を見ると、中山は握っていた高橋の腕を静かに放した。

(チャンスだ)

離された腕を素早くベッド柵から退けるとサイドテーブルに置いてあった注射器に素早く手を伸ばす。点滴の管を辿り分液を分ける為の三角栓を素早く見つけると一本の点滴管を抜いた。あとは注射器の中身をこのライン内に入れればいい。しかし、中山に見つかった事から来る動揺からか手が震える。鼓動に合わせて手が震えるので上手く注射器の先のプラスティックキャップが外せない。

「くそっ!」

思わず悪態を付く。ベッドに横たわり何も言葉を発しない中山を見ると、彼は静かに目を開け高橋を見ていた。

何をしているのかこいつは。何故中山はすぐに助けを呼ぶ事が出来るのにしないのか。自分が殺されると知っていて何故何もしないのか。

こいつを殺せば、家族と自分の人生を奈落の底に落とした奴等への復讐が終るのだ。最後の最後で躓く訳にはいかない。

「君は君のお父さんにそっくりだ」

中山がぽつりと言った。手がぴたりと止まる。

「どういう意味だ?」

「行動力もあるし聡明だが、感情だけで動いてしまい、それ故誰かを巻き込んでしまう。君の父親そっくりだ」

怒りで頭の中が真っ白になる。次の瞬間、自分でも気付かぬ内に中山の首に手を掛け、上半身の体重をかけながら彼の首を絞めていた。

「軽々しく父さんの事を言うな」

呼吸が出来ない中山の顔がみるみるうちに赤くなりうっ血していく。それでも力を緩めない。

「お前に何が分かるんだ」

バイタルサインが呼吸数が感知出来なくなり、脈拍数が急激に上がった事からピピピと大きな音を出し始めた。看護師に気付かれては困る。バイタル測定の機械の電源をコンセントから抜いた。

「お前は父さんと家族を殺した」

中山が酸欠によりうつろな表情を見せる。すると中山が擦れた声で言葉を発した。

「私と君の父さんは高校以来の親友だったんだ」

自分の耳を疑った。信じられない。

首から手を離すと、中山はごほごほと大きな咳をしながら身体をくの字に曲げる。やっとの思いで呼吸を確保する彼を、呆然と見ていた。

「どういう事だ?」

「君の父さんと私は都立の進学校で同じクラスだったんだ」

目の前が一瞬暗くなった気がした。




歩くとまだ頭痛がする。しかしこんな痛みに構っている暇はない。

防弾チョッキと東京支部のエンブレムが入った拳銃を装備し、深山は駐車場に来ていた。チームには病院へ出動する意味をアテーナの捜査として示したが、深山にとってこの作戦は高橋を救う為のものだった。単身でアテーナの組織長の病院に乗り込むなど自殺行為と同じである。テロの現行犯としてアテーナの確保も作戦の中には入っていたが、高橋を無事救出する事が今の特捜部のリーダーにとって先決だと深山は感じていた。これ以上、犠牲を出してはいけない。

案の定バンの周りには誰もいない。捜査員が殉職した中、敢えて危険な場所に自ら飛び込むやつもいないだろう。予想はしていたが少し胸が痛い。バンに乗り込むとキーを刺す。自分で運転するのかと思うと虚しさで少し笑えてきた。最短で慶愛病院までのルートを検索する。するとガタンと音がし、助手席のドアが開いた。

「深山、俺達も連れてけ」

「志摩さん!」

助手席に乗り込んできたのは情報分析官の志摩と捜査官2人であった。彼も既に防弾チョッキを着用し、ホルスターには銃が装備されている。捜査官の二人は高橋が教育係として就いていた若い青年だ。頼りがいがある。

「監察医と情報分析官と青二才2人で大丈夫かね」

最短経路を割り出すのに苦労していると、横から志摩が手を出しパネルを操作しながらそう茶化す。

「僕はアメリカで銃の訓練受けてるんですよ?」

「うわ、嫌味かよ」

そう言って笑いを誘う志摩は、このチームの大黒柱的存在だ。彼はどんなに過酷な状況でも周りを見て適切なアドバイスをし、チームを陰ながら引っ張ってくれる。彼の存在は深山にとってとても頼りになるものであった。

「さて、行きましょうか」

深山はギアをチェンジさせると黒のバンを発車させた。



「君の父親、雅史とは将来の事とか色々正直に語り合える仲だった」

自分の知らない父をこの家族を殺した男が知っている。その事実は受け入れ難かったが、高橋は黙って中山の話を聞く事にした。

「君の父さんと私は同じ大学のそれぞれ法学部と医学部に進んだ。どちらも学部的に忙しかったが休日は一緒に勉強会に参加してたりしたんだ」

ゴホゴホと中山が大きな咳をする。昔を思い出すのが辛いのか、ふうと大きな息を付く中山の首にはうっすらと先程高橋が締めた跡が残っている。外はまだ騒がしくないようだ。いつ深山が自分を追ってここまで来るか高橋は気になっていた。時間はあまり無い。

「私が医学部6年の春に学生結婚をすると、君の父さんもロースクール2年の冬に君のお母さんと学生結婚をしたんだ。そして卒業後も僕達は夫婦同志で仲が良かった。一緒に鎌倉までドライブに行ったり北海道旅行も行ったんだ。そして二人とも同じ年に父親になった」

どこまでも一緒だろう?と中山は高橋を見ながら言った。高橋は何も答えずに中山の言葉を待つ。

「しかし私が大学の医局に入った時から私達の絆にヒビが入り始めた。私の医局のトップがアテーナの組織の幹部だったのだ」

『アテーナ』という言葉に身体が無意識のうちに強張る。中山は時折重い咳をしながら話し続ける。

「私は彼の口上手さに組織に心酔していった。しかしそれを止めたのが君の父さんだった。君の父さんはロースクールを首席で卒業すると弁護士や検事にはならず、東京支部の特別捜査科にヘッドハンティングされた。彼は忙しい中でもよく私に会いに来てくれていた。そしてアテーナという知能集団に入り込んでいく私を何度も助け出そうとしてくれたんだ」

ベッドに横たわる中山の目から涙をこぼれた。予想もしなかった展開に、無意識の内に「中山を信じるな」と思い聞かせている自分に気付く。同情するな、目的を果たせと高橋は頭の中で何度もその言葉を反芻した。

「海外に研究をしに行ったりと私は家族を置いて毎日の様に飛び回っていた。その忙しさを紛らわす為にも私にはアテーナのような信仰する物が必要だったんだ。そして気付いたら私は医局のトップまで登り詰め、そしてアテーナの幹部になっていた」

「幹部になったのが不本意みたいな言い方をするんだな」

「当時はとても嬉しかったよ。君の父さんに何度も自慢をしたんだ。しかし君の父さんは理解してくれなかった」

何かを慈しむ表情で下唇を噛むと。ヒューヒューという呼吸音をさせながら、中山は苦しそうに言葉を続けた。

「その頃からアテーナは資金面でも人材面でも私の研究のサポートをするようになった。私は心理分析や犯罪心理学、精神医学を専門としていたので、それに適する実験材料になる人材を確保する為に手段を選ばなかった。組織勧誘からの検体実験から更にエスカレートし、拉致、誘拐にも手を出すようになった」

東京支部の資料庫にあった、当時の誘拐事件や拉致事件による行方不明者の報告書を見た事を思い出す。当時もアテーナが容疑者として挙ったのだが、既に検挙し逮捕が出来ない程にアテーナという組織は社会的影響を世間に晒していたのだ。

「そしてその行方不明者の捜索とアテーナの関係を捜査していたのが君のお父さんだった。彼はよく幹部である私の元に旧友として会いに来ていた。もし他の組織員に見つかったら大変な事になるが、彼はその頃になっても私が事件に関与しているとは信じる事なく、友達として会いに来ていてくれていたのだ」

つまり父はアテーナと行方不明事件の関与を疑いつつも、親友である中山が事件に関わっていると信じたくなかったのだろう。何とも父らしい行動だと思う。

「しかし私が特捜の刑事と会っているという事実が仲間にバレてしまった。君の父さんが私を使ってアテーナの情報を聞き出していると思ったのだろう。君の父さんの命が危ないと思った私は、彼にもう自分とは会わない方がいいと言った」

君が小学生の頃だった、と中山は言葉を付け足す。

「アテーナの事件からは身を引いた方がいいと助言をしたのにも関わらず君の父さんは捜査を辞めなかった。一方私はその頃研究に没頭していた。アテーナに興味を持つ若者を検体として使っていたのだ。その検体が行方不明者としてリストに挙っている事も知りつつ私はその邪念を振り払うかの様に研究に没頭した。そして事件が起こった」

大きな息を付きながら目を瞑る中山は話すのが辛そうに見えた。

「君の父さんは既にアテーナが複数の行方不明事件に関わっているという有力な証拠を掴んでいた。そして殺された。君の家族を、幹部が中心になって殺害したのだ」

幹部……高橋の頭の中には笹本、須藤、谷の憎い顔が浮かぶ。今は何も言わず、中山の話を黙って聞いているしかなかった。

「親友が殺されたと知ったのは夜のニュースからだった。幹部は誰も私に報告もしなかったのだ。私は半狂乱になった。何故親友を殺す必要があったのかと幹部に詰め寄った。私は研究もろともアテーナから脱退しようと思った。しかしそれも幹部の罠だったのだ。私が君の家族の殺害の容疑者の一人として名前が挙がっていたのだ。そしてもし私が脱退するものならアテーナの一員として弁護をしないと言われた。君はこの意味が分かるだろう?アテーナとして弁護されない限り私は有罪になり一生牢屋の中に入れられる」

無意識なのだろう、中山が皮膚が白くなるまで拳を握っているのが見えた。

「しかも幹部は私を逃がすまいと思ったのだろう、私を次期アテーナの組織長に推薦し、私はボスになった。ボスと言っても事実上だ。そして裁判ではもちろん無罪になった」

組織長として長年に渡り君臨してきた中山が、このような経緯でアテーナを引き継ぐ事になった事を初めて知った。複雑な心境が渦巻く。父親の親友であり、家族を死に追いやった張本人。彼はアテーナの幹部として家族の殺害を事前に止めようとすれば出来たはずだ。それにも関わらず、親友と無実であるその家族までも殺害した。そして新藤までも。高橋は迷いを打ち消す為に必死になっていた。

「しかしお前は止められたであろう親友の殺害に加担した。そう思われても仕方ないのは分かっているはずだ。お前は今までに何人も人を殺してきた。それは拭いようのない罪だろう?」

中山が何かを言う為に口を開いたが、その声は外からの音でかき消された。聞き慣れたサイレンの音。深山だろう。自分を追って来たに違いない。

「蓮くん、最後に言っておこう。当時君の父さんと家族を殺した主犯の幹部はまだ生きている」

中山が静かに言った言葉に耳を疑う。家族の殺害に関与した幹部がもう一人いるのか。呼吸が荒くなり、中山に詰め寄る。

「誰だ?そいつの名前は?居場所は?」

中山が力の限り口を開こうとするが、呼吸が辛いのか彼の声が聞き取れない。

「教えてくれ。誰だ?誰なんだ!」

廊下が騒がしくなってきた。病棟内に捜査員が突入したのだろう。もう時間が無い。中山の殺害は無理に思えた。高橋は持っていた注射器をしまおうとアタッシュケースに腕を伸ばした。しかしその瞬間、中山が素早く高橋の持っていた注射器を奪う。そして自分の首の頸動脈に注射針を刺した。

「お前!何をやって……..」

「死を持って今までの事を償えるとは思っていない。しかしせめてもの償いなんだ」

手袋を外す暇も無くアタッシュケースから愛用の銃を取り出すと、ジャケッドの中のホルスターに入れる。

「早く逃げろ。このサインが切れるとアテーナの監視に警告が行くようになっている。君がさっき電源を抜いたのを知って、きっとアテーナの部下が何人かもこちらに向かっているだろう」

先程感情に任せて中山の機械の電源を抜いた事を思い出す。それから約5分。逃げる時間は余り無さそうだ。この病室に捜査員が来るのが早いか、それともアテーナの部下が来るのが早いか。どちらにしても自分にとって逃げ道は無い。

病室を出ようとベッドから離れた高橋に、最後の力を振り絞って中山が口を開いた。

「君は生きれくれ」

その言葉と供に高橋は病室を後にした。

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