接触

突然ラボ内に着信を告げる電子音が鳴り響く。

「蓮さん、コールです」

「どこからだ?」

壁にある大型テレビの映像が切り替わり「Call 2階メディア担当」とのメッセージが書かれる。東京支部では外部からの直接の接触や探知を回避するため2階で一度受け取り、安全だと判断されると部署の方に回線が回される事になっている。近くにいた一人が「着信」と書かれたボタンを押すと画面から声が聞こえた。


「高橋特捜官に新藤刑事から緊急でCallが入っています」

「繋げ」

高橋の声にチームに緊張が走る。


「志摩、発信地表示システムを機動し逆探知が出来る状態にしてくれ!残りは電話が傍受できるよう回線を繋ぐ作業に取りかかれ。IPアドレス探知、GPSも忘れるな」


情報処理チームが慌ただしく動き始める。目で深山に一度合図し、二人は電話の傍受の為ヘッドホンを付ける。深山に再度合図を送ると高橋は「着信」のボタンを押した。


「高橋だ」

チーム内の皆が息を止めたように静まり返る。暫くしてノイズが聞こえた。

「やぁ、高橋特別捜査官」

新藤ではない男と思われる声。声を電子音で変えているのだろう。やけに低く母音が聞き取り難い。

「新藤はどこだ」

「そう焦るなって」

「新藤は無事なのか?お前等の居場所はすぐに分かる。突入されるのも時間の問題だ」

志摩が探知に成功したらしい。こちらに合図を送ってくる。さすが彼は仕事が速い。

声紋分析は電子音で変えている所為か時間がかかっていた。

「突入か。東京支部様には突入部隊もいるのだろう?物騒だね」

相手の妙に落ち着いた声に高橋は不安を覚える。

「ここの技術をなめるなよ」

「そんな事をしていると足下をすくわれるよ、高橋リーダー」

足下をすくわれる…….本当にその通りだ。いつ自分の悪事が発覚してもおかしくはないのだから。すると横で志摩が息を呑んだ。

「何だと….」

志摩だけでなく情報分析班が皆、PCのディスプレイを見て固まっている。

「どうしたんだ?」

「これを見ろ」

探知で割り出した住所を志摩がスクリーンに映し出す。その住所を見て高橋は唖然とした。


「なに…..!」

ディスプレイに出された住所は『東京都副都心区南 東京支部』

皆目を疑う。この電話は東京支部から発信されているとシステムでは出たのだ。

「もう一度探知し直せ!」

高橋の怒声がラボに響き渡る。電話の主が東京支部にいるのか、あり得ない。セキュリティーは日本一を誇る機関だ。新藤の携帯から第三者によって信号が発せられるなど考えられない。

高橋の声が聞こえたのか電話先で犯人と思われる男がくすくすと笑う。

「何がおかしい?」

「いや、情報の通り、あなたは少し短気なんだなと」

「何だと」

「あなたの情報はかなり漏れている事をお忘れなく。そうそう、あの事もね」

『あの事』

高橋の背中に冷や汗が通る。


「何度探知しても同じだ。どうなってるんだ!」

志摩が声を荒げる。ラボ内はパニックに落ち入っていた。犯人がここに潜伏しているのか。それともシステムにハックされているのか。高橋も相手の挑発と相俟って頭が混乱していた。すると深山がヘッドホンを置いてPCを動かし始めた。

「支部のカメラ映像出して下さい!」

深山の声に反応し、情報班が東京支部内の監視カメラの映像を2つめのスクリーンに映し出す。33階から地下3階まで全ての監視カメラの映像がスクリーンに映っていた。

「何をしている?」

「本当に彼等は東京支部から電話をかけているのかも」

「何?そんな事無理だ」

「彼等ならセキュリティーを潜る可能性がゼロではありません」

深山がカメラの映像に目を通していく。すると彼が何かを見つけた。

「見て下さい!ここ!」

深山が指を指したのは地下3階の映像だ。そこには黒いジャケットを羽織る二人の男の姿が映し出されている。そして一人は携帯を耳に当てている。

「まさかっ!」

「地下3階資料庫周辺です!」

高橋はデスクにある緊急の電話に手を伸ばした。

「緊急だ!特殊部隊を至急配備!全員地下3階に急げ!黒いジャケットを着た二人組みを見つけ次第拘束しろ!急げ!」

ラボの扉がバンと開く。銃を持った捜査員が何人か出て行き、地下3階に向かって走って行った。支部内に緊急のアナウンスが流れ、特殊部隊チームが出動する放送が流れる。

「さて、この辺でお暇かな」

電話の相手は全く焦る素振りも見せない。焦るどころか歩みはゆっくりで廊下を何事もなく闊歩して行く。その態度が増々苛立たせる。

「新藤はどこにいる」

「大丈夫。もうすぐ会えるよ」

「なに?どういう意味だ」

「さあ、そろそろタイムアップだ」

その声を最後に電話がブツリと切れた。

「くそっ!!切れた!」

ラボ内は緊急のサイレンが鳴り響き混沌と化していた。

「今すぐ地下3階に突入部隊と捜査員を総動員しろ!」

新藤をさらった犯人がこの建物内にいるのだ。そして自分の犯行を知っている者が。

奴等は知り過ぎている。取り逃がしてはいけない。

「蓮さん、映像が」

深山の声と同時に地下3階の映像が乱れ始めた。ノイズが入り映像が確認出来なくなる。砂嵐が画面を包む。

「志摩、地下3階の映像を!」

「ダメだ。電波妨害が生じている」

「ちくしょう!電波妨害か?」

志摩と情報処理班が懸命にジャックされた原因を探す。今は無線からの音声だけが頼りだ。

「突入部隊です。現在地下の資料室に向かっています。そちらから指示を願います」

「了解。こちらの映像が乱れている。よって状況が無線からしか確認出来ない。無線はオンにしておいてくれ。資料庫に配置完了したら報告願う」

「了解です」

パソコンから顔を上げた志摩がスクリーンを指さす。障害を突き止め解除出来たらしい。

「映像が復活した。スクリーン1から3に映すぞ」

映し出された映像を食い入るように見つめる。駐車場、資料室の廊下、階段、全てに目を通すが黒いジャケッドを着た男は見つからない。黒いジャケットを着た二人組が姿を消していた。

「どうなっているんだ……」

姿を消したという事は逃げたという事だろうか。しかしこの数分で外に出るには、一番早い方法でも駐車場を横切って行くには資料庫から約5分は必要だ。今通信障害があったのはほんの1分にすぎない。何かがおかしい。そう思っていると携帯に地下3階に着いた捜査員から内線が入る。

「突入部隊。地下に到着しました」

「了解。突入部隊に告ぐ。資料室のロックはこちらから解除した。突入部隊は資料庫に突入。捜査員は逃げた2人の男を追え!駐車場に向かった可能性がある」

まだ間に合うかもしれないと思いつつ、逃走経路に使われる可能性の高い駐車場に送る。しかし、肝心の駐車場内の監視カメラには男は映っていない。すると映像を見た深山が口を開いた。

「蓮さん、犯人を追うのは今は得策ではないかと。非特定の場所を探すより、今は資料室に捜査員を派遣した方がいいのではないでしょうか?」

悔しいが深山の提案はもっともだ。監視カメラで男二人の居場所が特定出来ていない今、捜査員に容疑者を捜せと言っても無理な話だ。それよりも突入部隊の後に続き、資料庫から発せされていた携帯の電波の場所を探す事で新藤の居場所に繋がる手掛かりを発見した方が得策だと思える。高橋は無線インカムを再びオンにする。

「駐車場に向かっている捜査官に告ぐ。すぐに資料庫に行き、突入部隊の後に続け。探知で何故その場所が特定されたのか証拠を探せ。犯人がそこにいた事は分かっているんだ。犯人に繋がる証拠を徹底的に洗え」

「了解です」

三番スクリーンを見ると、突入部隊が電波の資料庫に突入したようだ。廊下からの映像と無線から突入し、指揮官が指示を出しているのが聞こえる。クリア!と隊員の声が飛び交う。

「電波は資料室のルーム4から来ていた。その付近を見てくれ」

「了解です。今ルーム2まで来ましたが、どこにも異常は見られません」

新藤の携帯は資料庫のルーム4から電波が発信されていた。ここに何もないとなると、探知結果が間違っていたか、支部のシステムがハッキングされていた可能性がある。奴等は何か残しているはずだ。そう確信しつつ捜査員からの報告を待つ。

「特捜3名、資料室前まで来ました」

「突入部隊がルーム2まで進んでいる。彼等と合流し、状況を説明してくれ」

「了解」

突入部隊からの音声と捜査員からの音声が左右から聞こえる。緊迫した空気が漂う。すると隣で深山が持っていたインカムをデスクに置く。思わず深山に視線を向ける。

「蓮さん、僕も現場に向かってもいいですか?」

深山の突然の一言にラボ内の捜査員の視線が集まる。

「お前はここにいて一緒に指揮を執れ」

「現場に僕か蓮さん、どちらか行った方がいいと思います。神田さんがいない今、現場にも指揮官が必要なのはあなたも分かっているでしょう。ここは蓮さんにお願いします」

「おい!待て!」

「大丈夫です。実戦は積んでいますから」

そう言い捨てると深山は捜査員2人と一緒に高橋の返事も聞かず、ラボから出て行ってしまった。

「あいつバカか!」

「ああいう研究者は稀だな…いいやつじゃないか」

志摩の言葉に唇を噛み締める。ここまで実戦に出て行く研究者がいるか!と突込みを入れたくなる。今すぐ行って引きづり戻してやりたいが、自分の役目はここで全部隊の指揮を執ることだ。チームに自分が神田に劣らないという事を証明しなければ。

「突入部隊ルーム4の扉前です。突入許可願います」

「捜査官3名も同行しています」

全部隊が電波が発せられたルーム4に到着したようだ。気を引き締めるため大きく息を吐く。自分に全隊員の期待がかかっているのだ。ここで結果を出さないと意味がない。

「突入の許可並びに銃器発砲の許可を出す。部屋に犯人らしき男がいた場合迷わず発砲しろ」

「了解」

ドンと扉を開く音が聞こえる。武器を捨てろ!と突入部隊の声が聞こえるが、他の音声は分からない。いつも前線を走って来た自分には現場の様子が目で見れないのはとてももどかしい。二つ目の扉を開けたのだろうドンという再び大きな音がする。暫くざわつきが聞こえる。

すると次の瞬間、隊員が息を飲む音が聞こえた。

「し、新藤さんです!新藤捜査官を発見しました!」

突入部隊の指揮官の興奮した声がラボ内に響く。

「椅子に全身を縄で固定されています。顔に打撲があり、口にはガムテープが張られ声が出せない状況ですが、意識はあります」

「新藤の救命が最優先だ!敵はいないか?」

「敵は見当たりません。逃げたと思われます。新藤さんの膝に携帯があり、そこから電波が発せられていたと思われます」

「了解。今監察医の深山がそちらに向かっている。救急車が来るまで深山に怪我の処置をさせろ」

少し胸を撫で下ろす。新藤は生きていた。ラボ内にも安堵の空気が流れる。

「了解。新藤さんは少し混乱しているようです。今から口のガムテープを外しにかかります」

怪我は突入隊の報告から判断すると、そこまで重くない様子だ。救急車を呼ぶように捜査員の一人に命令すると、内線先を資料室に向かっている深山に切り替える。

「深山、新藤が資料室ルーム4で発見された。顔に打撲があり怪我をしているようだ。到着したら救急車が到着するまで怪我の処置を頼む」

「よかった…….今地下3階に到着したところです。応急処置を行なっておきます」

「ありがとう。助かる」

医師がいるとこんなにも心強いのか。深山への信頼感はこのチーム内で一番感じていた。自分も地下に向かおうとインカムを置こうとした瞬間、捜査員から焦ったような音声が入る。後ろには突入隊数名が慌ただしく声を掛け合っている。

「蓮さん!新藤さんが…….」

「どうした?」

音声が乱れる。後ろには誰かが怒鳴る声が聞こえる。捜査員の複数の声が入り交じり、誰が何を話しているのか分からない。何だ?何が起こっているのか?

『やめろ!外すな!みんな離れてくれ!!』

新藤の声だろうか、聞いた事のない狂気をはらんだ声が聞こえる。皆混乱しているようだ。様々な音声が聞こえ、誰が何を話しているのか判明出来ない。再びラボ内に緊張が走る。

「何があった?状況を説明しろ!」

「新藤さんが狂ったように叫んでいます」

錯乱しているのか?何か薬を飲まされているのかもしれない。

その故を深山に伝えようとした瞬間、音声から新藤の怒鳴り声が聞こえた。

『みんな死ぬぞ!俺から離れろ!早く!早くしろ!』

「どういうことだ…?」

「蓮さん!新藤…..」

音声が途切れ、ドンという破壊音と大きな爆発音がラボを包む。地面が崩れそうな程の轟音と共に地響きが起こる。ラボ内が大きく揺れ、音声からは悲鳴が響き渡る。

「何があった!説明しろ!」

物が壊れる音と爆発音が響く。

高橋の声に答える者はいなかった。

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