事実

適当なワインバルに入るとテラス側の席に座った。車から何となくに見つけた店だったが中々お洒落な店だ。


強引に連れて来られ初めは少々困惑していた深山だったが、二人で生ハムとバジルのソースの前菜やチーズを頼むと場が和み、学生時代の話などで会話が弾んだ。自分は車を運転しなければならなかったのでノンアルコールのスパークリングワインを頼む。

男二人でワインバルで食事している絵は他の客にはどう見えているのだろうか。そんな事を思いつつ目の前で異様にワインが似合う男を観察する。生ハムの前菜が運ばれて来たのでそれを口に運び、二人は秋の夜風に当たりながら食事を楽しんでいた。


「蓮さんと食事が出来るなんて思っていなかったです」

深山がワインを口に含みながら言う。

嬉しそうに見えるが、何があってもポーカーフェイスの男は冷たい仮面の裏に何を隠しているのか。そればかりに気が行ってしまう。それを少しでも理解出来ればと彼を強引に飲みに誘ってみたが、彼もお酒の所為にして自分を曝け出すつもりはないらしい。

しかし隙を見せないのはお互いかもしれない。あまり口に合わないノンアルコールのワインで前菜に手を付ける。


「お前あんまり同僚と飲みにいかないのか?」

「同僚というか日本に帰って来てからは誰とも会ってないですね」

「友達いないのか」

「僕、本当に友達少ないんですよ」


ふふっと苦笑いしながら深山が答える。そういえばこいつは数ヶ月前までアメリカにいたのだと気付かされる。日本に来てすぐに科学捜査班としてヘッドハンティングされ、現場の捜査班としてチームに入れられ今に至るという。多忙なスケジュールの深山に少し同情する。


「帰国してすぐ捜査班に入れられて大変じゃないか?」

「そうですね、でも今こうやって蓮さんと一緒に仕事出来ているだけで嬉しいので辛いとかはないですよ」

そうやってメガネの裏で笑う彼は本当に腹の裏では何を考えているのか分からない。

しかし実際、こんなに疑心暗鬼になっているのは高橋だけであって、捜査班全体の彼の評価は素晴らしいものがある。隙を見せないのは捜査員皆そうであるし、表情が作り物のようなのも深山だけに限った事ではない。

もしかすると自分は深山に何処か同族嫌悪をしているのかもしれない。そう思うと少し気持ちが楽になった気がした。


「蓮さんのご家族はどちらに住んでるんですか?」

「弟夫婦と一緒に愛媛県の松山に住んでるよ」

「弟さんがいらっしゃるんですね」

「ああ、今何しているんだろうな」


自分の家族の話を聞かれた時は必ずそう言う事にしていた。実際愛媛県は母親の実家があった所で、高橋が中学に上がる前まではよく家族旅行で訪れていたのだ。家族が死んでから祖父母の計らいで母方の旧姓に名字も変えた為、自分の家族の事件を知る者は東京に来てから誰もいなかった。

ふと持っていたワイングラスから深山の方へ目を向ける。彼は妙に冷静な顔つきになっていたが、目が合うと微笑んだ。

「愛媛はいい所ですよね」

「まあな」

少し気の抜けたワインに無理矢理口を付けた。





「今日はごちそうさまでした。蓮さんと食事出来て嬉しかったです」

意外な事に深山は口を割ってよく話した。彼の大学時代の話や、アメリカでの生活の事、医学部時代は日本の大学でサークルに入る暇もなく勉学に勤しんでいた事など、あまり自分の事を話すのは好きではないと言っていた割りに色々な話をした。

今日は自分が深山を誘ったので自分が奢り二人で店を後にする。頑なに「これ以上は甘えられない」と言い拒む深山を車に乗せ、最寄り駅まで送る事になった。


「外食なんて久し振りだったので嬉しかったです」

「また事件が片付いたら行くか」


早く片付けないといけないですね、と言いながら助手席で微かに微笑む深山は普通の友人の様にも見える。この事件が立て続けにあったからか大学の友人などと一緒に呑みに行く機会が少なくなっていたので、今日の深山との時間は予想外に楽しい会食となった。


車が静かな住宅街に入ると深山の自宅の最寄り駅まで近くなる。職業柄か東京支部で働いている職員は自宅を明かさない。職員内から情報が漏れたりすると犯罪に巻き込まれかねないからだ。ただでさえ東京支部の特捜部は犯罪者から妬まれる対象になっている。危険因子は出来るだけ排除するべきというのが特捜部の意向であった。


そろそろ最寄りの駅に到着しそうという時、徐に深山が口を開いた。

「この事件が解決したら蓮さんはどうなさるんですか?」

予想外な質問に思わず深山の方を向く。

「どうって?」

「いや、実は僕はこの事件が終ったら少し大学に戻ろうかと思ってるんです。アメリカにいた大学の教授からオファーをもらっていて…」

深山が言葉を詰まらせる。想像するに神田に期限付きでチームへの参加を頼まれたのだろう。そうなれば仕方ないとも思える。

「アメリカに戻るのか?」

「まだ決定はしていないのですが、この事件が終ったら一線は一度退こうかとも思っています」

「そうか…」

深山程の学を持った者ならどこからでもオファーが来るだろう。きっと日本の大学や研究所からも要請が来ているはずだが、彼は研究の道へ進みたいらしい。深山らしい判断だと思った。そういう自分も深山に打ち明けなければならない事がある。少々重い空気の中、口を開く。


「実は俺もこの事件が終ったらチームのリーダは退こうと思ってる」


深山は幾分驚いた表情をする。

実のところ、今日の食事はこの事を深山に伝えるのが目的だった。しかし思いも寄らず食事が楽しかった為、言うのが今更になってしまった。

あの事件に関わった容疑者全てを洗い出し、制裁を下されば後は東京支部にいる必要もない。初めは憧れで入った支部も、今や自分の計画への情報を上手く取り出し、自身が捜査に関わる事で捜査員の目を欺く手段でしかない。


「チームを辞退するという事ですか?」

「もう支部の捜査官としての仕事も引退するつもりだ」

「今の事件に何か思い入れでもあるんですか?」

「いや、この事件がいい区切りだと思ったから。これ以上チームを率いて行ける自信もない。人を常に疑ってかかる職業は疲れるしな」

「高橋さんは根からの刑事なんでしょうね。尊敬します」

「尊敬される様な事は何もしてないよ」


『むしろ人を殺しているくらいだ……』.心の中でそう呟くとハンドルを握る自分の手がすごく汚れているように見えた。道路脇のライトが横を通り過ぎて行く。


「特捜部も寂しくなりますね」

「そうだな」

深山は、窓から見える景色を見ている。

人気のない最寄り駅までの一本道へ車を走らせた。



終電間際だからだろうか、駅に来ると通勤客が何人か走って行くのが見える。タクシーも少ない閑散としたロータリーに車を止めると、高橋は車のロックを外した。

「今日は送って頂き本当にありがとうございました。蓮さんと食事も出来て楽しかったです」

同い年なのに何処までも敬語を使う深山に苦笑する。

「また飲みに行こうな」

「ええ、ぜひ」

そう言うと深山が鞄を持ってドアを開ける。助手席の窓越しに立つと会釈をした。

「じゃあ明日な」

そう言って助手席の窓を閉めようとした瞬間、深山が「蓮さん」と声をかけた。


「実は蓮さんに一つ伝えたい事があります」


妙に堅い口調で言う深山に高橋も身構える。


「なんだ?」

「実は気になる事がありまして。新藤さんですが、神田さんと内密に何かを調査しているようです」


高橋は心臓が掴まれた様な感覚を覚えた。


「二人で内密に今回の連続殺人事件について調査を行っているようです」


”自分の事だ”一瞬で高橋はそう直感した。


「二人が内密に調査している事は確かなのか?」

「ええ、実は先程新藤さんを話をしていたのもその事で」

「どういう事だ?」

「神田さんが捜査の一貫でアテーナと関与しているらしく、新藤さんがそれのサポートに回ってると」

「なんだと?」


最後の一言は高橋の予想を遥かに上回っていた。神田がアテーナと捜査上に関与している可能性があるというのか…..バカな。特捜部の部長がそんな異端な捜査をしていいはずがない。しかも部下を巻き込んで。

何が真実なのか嘘なのか….頭が混乱している。


「他には?」


あの駐車場であった事を神田や深山にも言っているのかもしれない。そして今までの犯行に関しても自分を容疑者として捜査しているかもしれない。

様々な疑惑が頭に浮かび、手に汗を握る。

やめてくれ計画の邪魔はしないでくれ。


「これは私の推測ですが、神田と新藤はこの事件の主犯を既に把握している可能性があります。しかもかなり前から」


血の気が一気に引いたのが分かった。

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