第13話 第4師団副師団長就任

 アクロがアルアスカへ戻って間もなく、次の奪還戦が開始された。

 アルアスカ周囲にある5つの街の内、魔族城から遠い3つの街を一気に攻めることになった。戦力が比較的少なく、且つアルアスカの東方を全て制圧できることから、3つの街がターゲットになった。


 百数人ほどの兵を率いて街へと進軍した第4師団だったが、街の奪還はアクロ1人の手によって完遂した。

 もちろん、第4師団の調査による魔族の戦力や配置の情報に助けられてもいたが、それ以上にアクロのデタラメ的な強さを誇る魔術が魔族に反抗を許さなかった。

 アクロのおかげで、第4師団に血は流れていない。ここまで圧倒的な勝利が続くことは今までないらしく、第4師団の戦意は振りきれるほど上がっていた。誰もが魔王討伐が出来る日の近さを確信していた。アクロも士気高揚としている人の中の一人だった。魔術がコントロール出来るようになり、意識した場所へ素早く正確に魔力を送り込めるようになったことにたいして嬉しさを覚えないわけがない。また自動追尾できる龍の数も5から10に増え、アクロの魔術は格段に強くなっていた。

 

 アクロは続けて残り2つの街の制圧に行きたかったが、オリヴィアから休息を取るよう命じられた。

 そろそろ、魔族が何かしらの行動に出てもいい頃で、攻める前には敵の調査を行ってからというのがオリヴィアの方針だった。

 アルアスカにある簡易宿舎で横になりながら今までの戦闘を追憶していると、フィルの穏やかな声が耳に入る。


「どうですか、ご気分のほどは?」


 第4師団で一番戦場に似合わない男は、優雅な足取りでアクロの隣に立つ。


「最高だ。早く次の街に行きたいくらいにな」

「なんとまあ血の気の多い……出会った当初とはまるで別人ですね。しかし、貴方には感謝の言葉しかありません。ここまで早くアルアスカを復興できたのは、あなたのおかげなのですから」


 アクロがほぼ一人で戦闘を行っていたため、フィルはアルアスカ復興に注力できた。そのおかげか、街からは魔族の魔力がほとんど無くなり、人間が棲むことが出来る街になっていた。それだけでなく、魔族に攻めこまれた場合を想定した魔術の罠の設置や逃走ルートの確保などの対策もほぼ終えていた。


「で、何のようだ? 暇だから遊びに来た、というわけでもないだろう?」

「師団長みたいなことを言いますね。まあ、確かに暇つぶしだけではありませんよ」


 フィルは髪の毛先をいじりながら言葉を続ける。


「オリヴィア師団長から伝言です。本日昼ごろに、作戦会議室に来て欲しいと」

「俺に、か?」


 アクロは首をひねった。今までアクロはその部屋に入るどころか、作戦に関する話し合いに参加したことがない。アクロが行うのは視界に入った敵を鏖殺することのみであったため、作戦を聞いても仕方がなかった。


「私も内容は聞いていません。ただ連れて来いとしか言われていませんので」

「オリヴィアのことだから、何か考えあってのことだろうが……」


 考えられるとしたら、事前に打ち合わせが必要になるくらいの問題が発生した場合だ。いつもであれば戦闘前に軽い情報共有で事足りていたが、それでは済まない事態になっていれば事前に会議を行うことも考えられる。

 いずれにせよ、いつもと違うことを行うということは、いつもと違う何かが起きている。


「さすがに作戦会議室に連れ込んでにゃんにゃんするとかではないですよね」

「とりあえず、行くしか無いな。拒否されれば毒殺だからな」

「無視ですか……寂しいですね」


 わざとらしく肩をすくめるフィルを横目に、アクロは腕に取り付けられた腕輪を見る。

 命令を背いた瞬間に致死性の毒を注入される、国への順守を強いられる腕輪。

 アクロだけでなく、兵には例外なくこの腕輪がつけられている。しかしそれは不思議なことではない。魔術は、ただイメージを抱くだけで人を殺すことも出来る凶器にもなる。アクロのような飛び抜けて秀でた魔術師は力強い味方であるとともに、一度敵に回せば大きな障害にもなり得る。


「そうしましょう。私もあなたも、従うしか無いのですから」


 それからオリヴィアに呼び出された時間までは、フィルとの会話で暇を潰していた。オリヴィアの元で働くようになってから見てきた彼女の数々の失態を聞き、男二人で笑いあった。会話の中で分かったことは、フィルが人の行動をよく観察していることだった。彼は人の価値観や性格から次にどのような行動をするか、かなり正確に予想出来ていた。オリヴィアが『第4師団の生存率の高さはフィルのおかげ』と言っていた言葉が事実であると知った瞬間であった。

 そして時間になり、アクロとフィリはアルアスカの作戦会議室が置かれている建物へと足を運ぶ。

 そこは昔図書館だった建物である。灰色のレンガで積み上げられた壁に包まれており、立ち入り難い雰囲気を醸し出していた。

 フィルは壁と同色の扉を開け、中へと入る。内壁は木で作ったかのような黄土色の壁をしており、外装とは正反対の暖かみがあるデザインをしていた。壁には木製の本棚が多数並べられていたが、中には一冊の本も入っていなかった。


 二人は黙々と歩き続け、二階の奥にある部屋へと入る。


「この建物のデザイナーはとてもひねくれ者でね。全く正反対の要素を、表裏一体に描くのが好きだったんだ」


 部屋の中央で待ち構えていたのはオリヴィアではなく、白ひげを蓄えた中年の男性だった。豪勢な服を纏い、胸には十もの勲章をつけている。体はぷっくらと膨れており、典型的な人生を謳歌している貴族の成りをしていた。オリヴィアは彼の後ろに立ち、アクロたちを見ていた。

 アクロが固まっていると、隣に立っていたフィルが恭しく頭を下げた。


「お久しぶりです、クリフトン=ギャルヴィンさん。まだかあなたがいらっしゃるとは思いませんでした」

「フィルか。元気そうで何よりだ。そして君が、アクロくんか。私の街を取り返してくれてありがとう」

「いえ……どういたしまして」


 クリフトンはアクロに近寄り、大きくて丸い手で握手を交わす。


「私は、元々この街を治めていたんだ。取り返してくれて本当に有難う」


 自分の力で残した結果に褒められたことなど一度もなかったアクロは、気恥ずかしくなり俯いてしまった。今まではアクロに聞こえていた賛辞はアジュール姉妹の成果に対するもので、アクロは何の成果を生み出したこともなかった。


「俺は別に……」

「あれだけ魔族を倒しておいて、謙虚にも程が有るぞ」


 クリフトンの背後でくすくすと笑うオリヴィア。


「アクロくんのお陰でこの街が救われたのは事実だ。オリヴィアの話を聞く限り、魔族の脅威はほぼこの街には及ばないらしいではないか。私にとっては、まさに救世主だ。いや、私だけではない。この街出身の全ての民にとって、救世主になるだろう。そこで、だ」


 クリフトンはアクロに歩み寄り、手をにぎる。ごつごつとしながらも暖かさを感じた。


「第4師団の副師団長になってもらえないだろうか? といっても、やることはさほど変わらない。ただ、兵を扱う資格を得たということだ」


 師団長・副師団長・参謀など、師団における役職者は総じて兵を指揮する権利を得る。役職はオリヴィアのようなカリスマ性がある者や、フィルのような知恵が豊富で機転の効く者が任命されやすいと言われている。しかし、アクロはその両方に属しない。経験は未熟で、カリスマ性があるわけでもない。あるのは魔術の才だけだ。


「でも、俺はただ魔術を使って敵を倒すしか出来ません」

「なに、君の魔術の才は圧倒的だ。それは実績として証明されている」


 アクロの言葉を、クリフトンは笑って跳ね除ける。

 どれだけ経験があろうが、知識を積もうが、機転が効こうが、魔族を倒せなければ意味がない。結果的に必要なのは、魔族を退けるための暴力なのである。


「君の力はどの兵も理解し認めている。認めざるをえない結果を出しているのだから、誰を手下にしても快く受け入れるだろう。むしろ、生き延びる確率が高くなると、喜び叫ぶやもしれんな」


 あははとアクロは愛想笑いで返す。ここまで褒められたことが無かったため、頭が麻痺してしまっていた。オリヴィアやフィルには前々から評価されているが、未だに慣れていない。


「アクロ。悩むのは分かる。いきなり重い荷を背負わせようとしていることは分かっている。しかし、これは必要なことなのだ」

「必要……?」

「ああ。お前は何故今になって副師団長という立場が増えたのか疑問に思っているだろう。私がそれを解消してやろう」


 オリヴィアの言うとおり、そもそもなぜ副師団長という立場がいるのかアクロには疑問だった。第4師団をまとめる人ならオリヴィアとフィルだけで十分なのは幾度かの戦闘を通して感じていた。人数の増強を図るわけでもないのに、なぜ副師団長というポジションがいるのか検討もつかなかった。

 オリヴィアがアクロの元へと歩み寄り、手を前に突き出す。そこには地図が握られていた。

 アルアスカの周囲に2つ、そして地図の中央に1つ赤いペンで丸が付けられている。


「残り2つ、奪還すべき街がある。そして、最後には魔族城が残されている。今までのように簡単に奪還できるとは私も思っていない。少なからず被害が出るだろう。長期戦にだってなりうる可能性がある。そこで必要になるのは……兵の戦意を維持する存在。“救世主”や“英雄”、“ヒーロー”と呼ばれる存在だ」


 オリヴィアは地図を持つ手をおろす。そして、真正面からアクロの目を見る。


「魔族との戦いで、救世主になれるのはアクロ、お前だけだ。たとえ魔族に優位を取られたとしても、お前が生きていればどうにかなるかもしれないと兵に思わせることが出来る」

「……だから、俺に副師団長になれということか」

「そういうことだ。人の心は脆い。恐怖で簡単に使い物にならなくなる」


 その言葉に、アクロはアジュール姉妹の姿を重ねていた。

 あれだけ強かった二人が、常勝無敗を誇った騎士が今は影も形もない。


 二人の姿を思い出して、アクロは気づく。

 自分が本当に何をすべきだったか。


「……何をしているんだ俺は」


 アクロは情けなくなった。一体何を躊躇っているのかと、自分を殴りたくなった。


「1日でも早く、セフィアとラズを元に戻す。そのためならなんだってする。副師団長にだってなってやる」


 今アクロのいる世界は、今までの世界と違う。

 自分が動かなければ、何も起きない。求めている結果が自動的に降ってくることは起こりえない。

 ならば進むしか無い。


「よく言った! その勢いで魔族の王の首すらも引っ掻いてこい!」


 クリフトンはばんばんと強く背中を叩き、激励する。痛いはずのそれはどこかこそばゆかった。


「言っとくが、我々もただ黙って見ていたわけじゃない……今日はそれを君たちに伝えに来たんだ」


 クリフトンはテーブルの上に大きな地図を広げる。中央に魔族城が描かれ、その周囲には魔族が侵略した土地が、更にその外側には隣接する国々が描かれていた。先ほどオリヴィアが持っていた地図をより大きく、詳細に描かれたものだった。

 東側に大きく面しているのが、アクロらのいるスタライプ共和国。北側と南西に大きな国があり、それ以外は小国が面していた。


「この作戦は魔族の土地を二割削ることが目的であったが、アクロくんの活躍により全土奪還にまで目的が昇華された。北・南西の大国を含む軍事力がある国全てが今、魔族に攻撃をしかけている」

「なんだと……それはほんとですか! 我が身大事で、今まで一切魔族に関して干渉をしなかった国々が……」


 オリヴィアが目を見開いて驚くほど、他の国々が動くことは考えられないことだったのだろう。確かに、手を出さなければ何もしてこないという全体があるのであれば、魔族側はどの国も侵略できない天然の壁となる。国は魔族の土地に接していない方にだけ兵を配置すればいい。


「なんだかんだ言って、どの国も不安要素であったのだろうな。しかしこの国ほど、有利に戦えているところは無い……良くて拮抗している程度だ。だがそれは同時に、敵の戦力が分散されていることを意味している」

「キムランが倒されたことで生じた守備の綻び……そして全方位攻撃による混乱……これほど魔族を乱したことは一度もありませんね」


 フィルは顎に手を当てながら嬉しそうに呟く。今起きているすべての事象が良い方向に働いている。勝利の女神が人間側に微笑んでいるかと錯覚するほどであった。


「そうだな、フィル。だからいち早く、私たちは王の寝城へとたどり着かなければならない」


 オリヴィアがチラとアクロへ視線を向ける。


「明日、やれるか?」

「もちろん」


 どの戦闘でも魔力を使い切る寸前になるまで戦っているが、その分休息もしっかり取っている。

 効率のいい戦闘の仕方も身体で覚えてきたため、あまり負荷に思う場面が少なくなってきていた。アクロの体は軽快で戦いはまだかと疼き、いつでも戦闘に出れる体制だった。


「良い答えだ。頼りになる副師団長で何よりだよ」


 オリヴィアは柔和な表情を浮かべたが、すぐさま厳しい表情へと切り替わる。


「では明日、残り2つの街を攻め落とす。私は北側の街を、アクロは西方の街を頼む。より魔族城に近い街であるため反撃も多く予想されるが……頼むぞ!」

「ああ、任された」


 第4師団から兵を二十人借りたアクロは、翌日明朝、奪還を開始する。国のために、そして、アジュール姉妹のために。




 アルアスカのとある建物の屋上に、ラズ=アジュールは立っていた。

 西に広がる赤で埋め尽くされた景色をじっと見つめる。賑やかなアルアスカとは正反対の、殺風景な世界。

 しかし、ラズには見えていた。赤い世界の奥で、紺色の魔力が迸る光景が。


「……まるで子どものようね。ただがむしゃらに振り回してるだけじゃない」


 唇を尖らせながら、ラズはアクロの魔力の動きを追う。

 あれだけ距離があるのに魔力の気配を感じ取れるということは、それだけアクロの魔術が雑で魔力コントロールに難があるということである。


「なんでこんな時に……魔術が使えなくなるのよ!」


 剣の柄を掴んでいた右手に力が入る。


「アイツの隣に立つのは、あんな堅物の女じゃないんだから……」


 この街に来てからというもの、アクロはオリヴィアにべったりである。アルアスカに行くときも隣に立ち、楽しそうな声を出しながらウェイシングトンを出発していた。その様子をラズは、唇を噛み締めながら見ていた。見送ることしか、できなかった。


「それに何回も帰ってきてお姉ちゃんに報告するだなんて、ほんと子どもよ。おつかいが出来てはしゃいでる子どもと相違ないわ」


 加えて、街一つ制圧するたびにセフィアに報告しにウェイシングトンにまで戻っている。ラズが今立っている天井の直下の部屋がセフィアのいる部屋であるため、会話内容がほぼ丸聞こえなのである。


「はぁ……ほんと私は何をしてるのかしら……」


 ため息の回数は三桁を超えた。アクロに責任転嫁をしていたが、本当は何も出来ない自分自身に苛立ちを感じていた。


「……もう一回寝よ」

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