第12話 報告
アルアスカ奪還から半日。
アクロはアジュール姉妹に報告すべくウェイシングトンに戻っていた。少しでも目的に達成に近づいたと、報告せずにはいられなかった。街に戻ることに関して、オリヴィア反対しなかった。戦に慣れていないアクロは、戦慣れしている兵よりも精神の摩耗が激しいと考えていた。そのため、アジュール姉妹と話をさせることで精神的な回復をさせるという狙いがあった。
アクロとアクロの護衛兵以外の第4師団は、アルアスカにて魔族の魔力を払う作業についていた。アルアスカ周辺の罠は全て解除され、建物から赤い砂を払っている。そうして魔族の術を街から拭い去り、元のアルアスカに戻すとともに、攻めてこられた時のための術式を展開している。周囲に5つも街があるため、いつ襲われてもおかしくはない。そのため、防御を固めることは急務であった。
宿に向かうアクロの足取りは軽かった。元の世界への帰還に近づいたと知れば、二人は喜んでくれるだろう。その顔を想像しただけで、先の戦闘の疲れが全て吹き飛んでしまった。
セフィアの部屋の前に立ったアクロだが、いざ部屋にはいろうとすると緊張してしまっていた。セフィアのあまりにもいつもと違う態度が、少しばかりトラウマになっていた。意を決して、アクロは口を開く。
「セフィア、起きているか?」
セフィアのいる部屋に何度もノックしたが反応がない。
また酒に呑んだくれているのかと思いながら、ゆっくりとドアを開ける。
「あ、アクロ……あいたた」
ベッドの傍に近寄らなければ聞こえないほどの小さい声で、セフィアは微笑みかける。
「セフィア!」
アクロはベッドの傍にしゃがみ込み、セフィアの容態を確認する。セフィアの顔は真っ白で、唇は真っ青になっている。頭痛が酷いようで腕で頭を抑えているが、この世界に来た時に感じていた頭痛よりは酷くなさそうだった。
「どうやら、二日酔いになったみたいで……お恥ずかしい限りです」
「むしろあれだけ呑んで、二日酔いしないほうがおかしいぞ。魔術の方はどうだ?」
「そちらは、からっきし使えませんね」
「そうか……けど体調は少し良くなっていそうで何よりだ」
アクロは心底安堵していた。落ち着いた丁寧口調で、上品な雰囲気が戻っている。
まだ弱々しくあるが、目の前にいるのは紛れも無くセフィア=アジュールだった。
「でもお酒ってこんなにも美味しいものだったんですね……少し癖になりそうです」
「勘弁してくれ……セフィアは酔うと絡んでくるから、相手をするのが大変だ」
「そうですか? その割には、まんざらでもなさそうな顔をしてましたけど?」
「し、してないから! いつもと違うセフィアに戸惑ってただけで……」
くすくすと小馬鹿にするように笑うセフィア。
この調子を狂わされる感じが、セフィアの調子が戻ってきた何よりの証拠である。
「あ、そうだ。セフィアに伝えたい事があったんだ」
アクロはアルアスカ奪還の一部始終をセフィアに説明する。
セフィアは頭を抑え、目をつぶりながら静かに話を聞いていた。全てを話し終えた時、セフィアはただ一つだけ質問した。
「魔術を使ってみて、どう思いました?」
セフィアは単なる興味で聞いただけだったが、アクロには重い質問のように感じた。
アクロは自分の手のひらを見つめ、答える。
「俺では出来ないことが、出来るようになった。役立てなかった俺が、役立てるようになった。うまく言葉に出来ないが……感動したな」
魔術の才能が無かったアクロは、心の何処かで諦めを感じていた。アジュール姉妹のように味方を守り、敵を倒し、誰かを救えることなど出来るようになるとは思わなかった。だが“諦め”という感情を抱けるということは、必ず“憧れ”という感情を紛れも無く過去に抱いていた証拠である。
故に、心が震えた。諦めていた憧れを手中に収めたのだから。
「あと、怖いとも思ったな。自分が自分で無くなりそうな気がしたんだ」
しかし同時に、その強力すぎる力はアクロ自身の心を麻痺させた。魔族とはいえ、人間と同じように感情も知能もある生物を無情に葬った。
人を殺した経験のないアクロでも、そのようなことが出来てしまった。殺すことだけではない。アルアスカが死と隣合わせの戦場である感覚もなく、すぐ背後に仲間がいたことすら忘れていた。
ただ魔術が使いたい。その衝動にアクロは支配されてしまっていた。
「ふふ……あいたた」
その様子を見て、セフィアは痛みをこらえながら笑っていた。アクロは真剣に答えていた自分に恥ずかしくなり、そっぽを向いてしまう。
「な、なんだよ」
「ごめんなさい。アクロ……あなたは強いですね。“魔術に使われる”ことを自覚できる人間はそう多くありません。私も、始めは自分の力に飲み込まれ、魔術とどう向き合うべきか悩んでいた時期もありました」
「あのセフィアがか!」
セフィアが魔術について悩む姿をアクロは見たことがなかった。驚くアクロを見て、セフィアは再び微笑んだ。
「ええ。でも、それを乗り越えているからこそ今の私がいるのも事実です」
セフィアの新雪のように白い腕が布団から伸び、アクロの頭にぽんと置かれる。
「だから、アクロ……あなたはあなたの信じる道を進みなさい。私はもう大丈夫だから」
その言葉に、アクロの中にあった靄が吹き飛んだ気がした。
魔術が使えなくなったセフィアに対して、引け目を感じていた。魔術を使うことに対するアドバイスよりも、純粋にセフィアが背を押してくれたことが大きく響いていた。
「……分かった。俺、頑張るよ」
「はい。私の分まで頑張ってくださいね」
「もちろんだ」
アクロは立ち上がり、頬を叩いて気合を入れた。
「そういえば、ラズがどこに行ったか知らないか? さっき部屋に寄ったんだがもぬけの殻でな」
部屋は相変わらず真っ暗だったが、布団の中にもラズは潜んでいなかった。あの状態で、外に出ているとは思えない。となると、いる可能性があるのはセフィアの部屋だけだ。
「さあ……私も見かけてません」
「そっか。まあ、ラズに限って無茶をすることはないだろうからいいけど……」
ラズは無鉄砲に見えて、論理的な思考の持ち主だ。敵わない相手とは戦わなず、拮抗する相手には思考を巡らせ戦う。
それにラズは、青い魔剣がある。剣自体が魔術そのものであるため、ラズが力を失ったとしても機能するはずである。
「もう行くの?」
「ああ、行ってくる。ラズがここに来たら伝えといてくれ。絶対元に戻すとな」
アクロが部屋に出ていき、セフィアは視線を窓の外に向ける。
大きな侵攻が始まっていることを知らない町の人々は、平和そうに過ごしていた。
「絶対、元に戻す……絶対……」
アクロの残したそのセリフを、セフィアは何度も何度も口にした。
うつらうつらと頭を揺らしながら、味わうように。
そしてゆっくりと目を瞑る。
「こんな私を見舞いに来てくれるなんて……いい夢ですね」
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