第10話 戦況確認

 ウェイシングトンの西側に広がる魔族支配下の土地は、東西に大きく伸びる楕円形をしている。王の棲まう城がある中心部に近づけば近づくほど、森どころか山も一切ない荒れ地のみが広がっている。ところどころに魔族が拠点としている街があるが、それは過去に人間から奪い取った街である。魔族は建築という文化を持たず、既にある物を他から奪うことで足りないものを得ている。


「なるほどな。魔族は根っからの略奪者ってわけだ」


 異世界に来てから二日目の早朝、アクロはオリヴィアの部屋に訪れていた。

 アジュール姉妹の様子を見て、打倒魔族に燃えているアクロはまず状況を把握すべきだと思ったからだ。オリヴィアも共に戦う仲間として、情報提供を惜しむことはしなかった。テーブルの上に地図を広げ、魔族の棲む地域についての説明を最初に行っていた。


「その通り。奴らは奪うことしかしない。奪うことは生理現象の一部で、ただ本能的に行っているだけだ。奪ったものが自分たちの得になるかはその後になって考える」

 

 魔族の恐るべき生態にアクロは絶句する。

 オリヴィアは再び地図に目を落とし、魔族の領地の中央を指差した。


「中心部は何の障害物もない荒れ地だ。馬鹿正直に真正面から突撃したとしても、狙い撃ちされるのがオチだ。未だどの国も魔族を攻め落とせない理由でもある」


 遮蔽物がなさすぎるため、遠距離魔術の格好の餌食となる。かといって、砂嵐によって視界が制限されるため、人間側から遠距離魔術を使用したところで当たるかどうか分からない。

 魔族城まで進行できた例は過去に一度しか無い。それ以外の殆どは魔族幹部の妨害で、途中撤退を余儀なくされていた。


「だが……圧倒的な突破力があるアクロの“紺龍の暴流”ブルマリーノ・ヴィオレンツァであれば、城からの遠距離攻撃を防げるかもしれない」


 “紺龍の暴流”ブルマリーノ・ヴィオレンツァはその圧倒的な魔力密度により、大抵の攻撃を防げることは分かっていた。精神攻撃のような物理的性質を持たない魔術は防ぎようがないが、それ以外であればぶつけることが出来る。


「つまり俺は盾になれということか」

「盾と剣、両方を兼ねて欲しいところだ。しかし、アクロのその能力はまだ一度しか発動したことがない未知の術。それまでに何度か使用して、性質や使用回数上限などを見極める必要がある」


 意図せぬ副作用で、軍を壊滅させるわけにはいかない。そのためには、魔族の王と戦う前にアクロの術を把握し尽くす必要がある。アクロ自信、力を把握できていないため、オリヴィアの考えに異論はなかった。

 ラズは地図上の、ウェイシングトンの西方にある地点を指差した。


「魔族の王が棲まう城……我々は“魔族城”と呼んでいるが……とウェイシングトンの間にある街“アルアスカ”。ここの奪還が次の目的だ。ここを拠点とし、近くにある街も奪還。その後、複数の方向から城へと攻めこむ……これが王討伐のシナリオだ」


 アルアスカの周囲には、小さい街が5つある。その全ての街を抑えることで、魔族城から見た東側は制圧出来たことになる。


「問題は、これらの行動を手早く行っていかなければならないことだ。先にアルアスカを奪還するということは、周囲5つの街に囲まれた事にもなる。さすがに5方向から攻められては、第4師団が持つかどうか分からない。少なくとも損害は出てしまうだろう」


 先にアルアスカを奪還する理由はこの街が魔王城の東方にある街で一番大きいため、不意打ちによる攻撃で落とすためであった。もし他の街を先に進行してしまったら、人間が攻めている情報が魔族全体に知れ渡り、アルアスカの防御を固められてしまうだろう。


「敵の兵力は?」

「多くてアルアスカに5千体だと睨んでいる。が、正直な所ここ最近アルアスカへの視察が出来ていないため、正確な数は把握しきれていない。視察に出したところで……キムランに殺されてしまうのだ」

「……そいつ、そんなに強かったのか?」


 アクロはほぼ無意識の内に倒してしまったため、あまり強いという実感が持てなかった。そもそも自分の力を把握していない以上、相手の力量を測ることなど出来なかったのだが。


「ああ。私でも対等に戦えるかどうか分からない。幹部の中でもかなりの手練だ。だからアイツは東地区の全ての管轄だったと言われている。ここ数年、第4師団はあいつにしか幹部クラスに出会えていないからな」

「じゃあ、キムランを失った今、東地区は手薄ってことか!」

「そういうことだ。だからこそ、侵攻作戦の決定が決まったんだ」


 いくら不意打ちとはいえ、オリヴィアに苦汁をなめさせた強い魔族をアクロの“紺龍の暴流”ブルマリーノ・ヴィオレンツァで倒すことが出来た。使い方さえ間違わなければ、大半の魔族に効く可能性がある。

 アクロの中に僅かな自信が生まれた。


「これらの街は、元々スタライプ共和国の土地だった。生まれがこの街である兵も多く、高い戦意で臨むことができる」

「一つ聞いていいか?」

「なんだ?」

「どうしてこの作戦を今まで実行しなかった?」


 地図を見る限り、アルアスカはウェイシングトンから100キロメートルほどのところにあり、魔術を駆使すれば1日弱で着くことができる。その力であれば、ゴリ押しで攻め落とすことはできなかったのだろうかと疑問に思った。


「要因は2つ。1つ目は前にも話したがキムランのような接近戦特化の魔族に対して弱いことだ。そしてもう1つは……火力不足だ」

「でも、あの魔族を一瞬で焼き払った収束魔術はかなりの火力だったのではないのか?」


 魔族四人を一瞬で焼き払った収束魔術。

 セフィアも認めた魔術を持っていて、火力不足と言えるとは思えなかった。


「確かにあの雷魔砲は我軍唯一の高火力魔術である。が、あれは準備時間が長く、発動時は術者が動けないというデメリットがある。混戦になってしまった暁には蹂躙される以外の展開が見えないんだ」


 収束魔術は複数人の魔力を扱うためかなり精密な魔力コントロールが要求される。少しでも動いてしまえば魔力の均衡が崩れ、不発に終わってしまう。

 オリヴィアはとんとアクロの肩に手を置いた。


「だからこそお前の力が必要なんだ、アクロ。近接戦力も火力も、同時に底上げできるお前がな」


 その点、アクロの能力は即座に発動でき、効果力で、効果範囲も広い。今の第4師団の欠点を補う最高の人材だったのだろう。

 今更ながら、アクロは自分がこの作戦でかなり重要な立ち位置にいることに気付く。

 言いようのない不安が、アクロの心の中に渦巻く。ビビリ症がアクロの胃を締め付ける。俯きそうになる身体を、アクロは必死で堪える。戦いが始まる前から下を向くなと自分を激励する。あの姉妹がいたら絶対笑われる、と。


「これも前に話したが、この街は首都に近いながらも戦略的価値が低いということで、才能のある兵士があまり配備されていない。経験も浅い兵士も多いんだ。だから長期戦はリスクが大きく、個人の能力頼みになるような作戦は立てられない」


 しかし、逆に考えればアクロが上手く立ち回れば作戦は成功できるということ。つまり、アジュール姉妹を元に戻すことにも繋がる。


「明日は、私とアクロのツートップで攻めよう。流石に、命がけの戦闘経験のないアクロを一人で戦わせるような鬼ではないからな」

「それは助かる。俺はバカだから、何をすればいいか分からなくなるだろうかなら」

「やることは簡単だ。“視界に入った敵を殺す”ただそれだけだ」


 オリヴィアの殺意の篭った笑みに、アクロは鳥肌が立った。

 殺されるはずがないのに、殺されると感じてしまった。それほどまでにオリヴィアの殺意は並外れたものであった。おそらく彼女も魔族に対して何らかの因縁があるのだろう。そうでなければ、わずか二十前半で退魔族専門の師団長をやりはしない。


「って、明日!? 明日に攻めるのか!」


 昨日に“近々大きな侵略戦を行う”とは聞いていたが、明日の話とは聞いてていなかった。


「そうだ。キムランが倒された魔族が、新たな戦力をこちらに配置するまでに叩きのめす。……どうした? 怖気づいたのか?」

「いや、もうちょっと簡単な作戦から参加するのかなと思ってたから……」

「まあ不安になるのは分かるがな。だからこそ、私がお前の背を守る。魔術の発動にだけ意識できるようにな」


 再びビビり症が出てしまうアクロ。今回は今ままでとは違い命の保証がどこにもない。

 セフィアに相談したい気持ちでいっぱいになったが、今回ばかりは自力でどうにかしなければならない。

 アクロが黙り込んでいる間、オリヴィアは地図を片付けてコートに手を伸ばす。

 

「さて、一通り話し終わったからデートにでも行くか」

「……は?」


 予期せぬオリヴィアの発言に、アクロは思わず聞き返してしまった。


「なんだ? デートという言葉を知らないのか? あれだけの美人で両脇を固めておきながらか?」

「知ってるに決まってるだろ! そうじゃなくて、明日の作戦のことをあのフィルとか他の奴らと打ち合わせしなくていいのか?」

「フィルには既に全てを伝えていて、あいつに伝達は任せている。そもそも明日兵の指揮を取るのはあいつだ。私はお前を生かすことだけを考えなければならないからな」

「あいつが……?」


 アクロには、フィルがそこまで信頼に値する人物だとは思わなかった。

 常に人を小馬鹿にするような態度で、掴みどころのない飄々とした性格。そんな彼が全軍の行動を委ねられるほどの信頼を置いているオリヴィアが不思議で仕方なかった。


「ああ見えて、フィルはなかなかの策士だ。幅広い視野を持ち、いざという場面では情に流されない判断ができる。第4師団の負傷率の低さは、彼のおかげと言っても過言ではない」

「人は見かけによらないんだな」

「あいつは本当にその言葉を証明できる存在だ。私の言葉の真偽は、明日証明できるだろう。って、話を逸らすんじゃない」


 オリヴィアはアクロの腕を掴み、無理やり立たせる。アクロはそのままオリヴィアに引っ張られて部屋の外に連れ出される。腕を振りほどこうとしてもびくともせず、掴まれていない手で指を話そうとしても微動だにしない。


「もしかして、ラズ並の力があるのか……」

「私は近接戦を主にしてるからな。これくらいの筋力、あって当然だ」

「そういうもんか」

「そういうもんだ。諦めろ」


 意地悪そうな笑みを浮かべるオリヴィアの顔が、ラズの顔を連想させる。途端に宿での出来事を思い出し、慰められなかった自分への腹立たしさが湧き上がった。

 だが、立ち止まって入られない。言葉で示せないなら、行動で示す他無いのだから。


「どうした? 何か言いたそうだな」

「胸、当たってるなと思って」

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