第8話 対魔族専門部隊 第4師団

 オリヴィアが籍を置くスタライプ共和国は人口1000万人を超える大国である。軍が国を収めている軍事国家であり、この国のあらゆる行動は軍の行動を軸に構築されている。政治、工業、農業、土地の開発まで全て軍の都合を再優先に考えられている。だがこれには理由があり、この国の周囲は魔族を始めとして、人間を忌み嫌う種族が多く住んでいるためである。

 アクロらが泊まることとなったウェイシングトンは、スタライプ共和国の中で最も魔族の領地に近い都市である。首都へと避難しやすい東側に住宅街が広がり、その周囲に工場や店が、さら外側に軍の施設が展開している。

 昼夜問わず人が大勢行き交う賑やかな街であるが、半壊した民家や大きく抉られた街道から、必ずしも平和な街ではないことが伺える。


 ウェイシングトンに帰ってきたアクロらは、オリヴィアに街の宿へと案内してもらっていた。色々な話をしている内に、アクロの世界とこの世界の文化に大差がないことに気がついた。そもそも、アクロの稚拙な翻訳魔術が働くくらいに言語が似通っている。魔術という名称も変わらず、魔術師が中心になって政治を動かしているところまで同じであった。


「この街はもう限界だ」


 その道中、オリヴィアはぼそりと弱音をこぼした。


「魔族はおおよそ10万体ほどであるが、人間より頑丈な体に飛び抜けた身体能力、強力な魔術を有している。それに引き換え、この街にいる軍人は5万人程度。守ることは出来ても、攻めることが出来ない。結果、私たちは後手に回ってしまってばかりになっている」


 オリヴィアの隣を歩くアクロは、彼女の表情を見てことの深刻さを感じていた。


「特に厄介なのは……魔族幹部の存在だ」


 アクロの頭に浮かぶは、先ほど倒したキムランという魔族。瞬く間にセフィアとラズを倒された恐怖感がじわじわと蘇ってきた。


「キムランは敏捷性に特化した魔族で、団体で動く我々の天敵でもあった。互いの弱点を数でカバーしているものの、あの速さで各個撃破されてしまい為す術がなかった」

「ここにはあいつの相手ができるような魔術師はいないんですか?」


 アクロの世界では“護衛騎士”と呼ばれるような、近接戦も遠距離戦も熟す万能な兵士がいるのではないかとアクロは思った。仮にもここは魔族に面している街である。魔族が街に攻め入った時、近接戦闘に特化した兵が主になることは戦争経験のないアクロでも容易に想像がつく。


「この街には私しかいないな。遠距離戦で強い魔術師はいるが、近接戦に強い魔術師は殆ど都市へと持って行かれている。魔術戦は基本遠距離での戦いになることを考慮しての人員だろうが……魔族は近接戦も得意な奴が多い。この国の偉い奴らは、それを視野に入れられていない」


 これはアクロの世界でも同じことが言えた。アジュール家が近衛騎士など王都付近の守りに配置されたのは、近接戦も遠距離戦もできる魔術師であったためだ。

 だが、ここまで極端ではない。敵の戦力を考えた上で、前線には人員配置がされる。近接戦に強い魔術師が一名しかいないなど、足止めにもならない。


「ところで……後ろの方々は大丈夫なのか?」


 二人の後ろをのっそりと歩くアジュール姉妹は、魂の抜けたような表情で歩いていた。一言も話さず、目は虚ろで、足取りもおぼついていない。

 アクロは一瞥して、すぐに前を向いた。

 今の二人はあまりに痛々しくて直視できない。


「……気にしなくていいと思います。直に元に戻るでしょうから」


 込み上げる思いを飲み込み、アクロは振り絞るように声を出した。

 先の戦いから三時間は経ったが、一向に魔力が回復する気配がない。オリヴィアや師団の医師が魔術で診察したそうだが、原因が分からずじまいだった。


「そうか。アクロ殿の体調は大丈夫なのか?」

「ああ。むしろ力を増してる感じがする」


 対して、アクロの魔力量は転移前に比べてかなり膨大になっている。魔力の流れが見えないアクロでも体感できるほど、アクロの中の魔力は膨れ上がっている。状況から考えるとアクロの覚醒が姉妹の不調と関係性がありそうだが、同じく原因が分からないため解決には至っていたなかった。


「ところでアクロ殿。私に対して畏まらなくとも、気軽に話してもらって構わない。貴方は客人であり恩人なのだ。名前を呼ぶ時もオリヴィアで構わない」

「じゃあ、オリヴィアも俺は呼び捨てにしてくれ。どうも敬称で呼ばれるのは苦手でね」

「分かった……アクロ」


 オリヴィアは静かに顔をアクロから背けた。濃い緑色の髪の浮間から、若干赤くなった頬が覗いている。

 ふと視線を感じ、アクロは顔を前へと向けた。前方にいる綺麗な姿勢で起立している軍人が、微動だもせずアクロの方を見ていた。かなりの高身長で細身の体をしており、顔も整っているためアイドルかと錯覚してしまうほどであった。


「無事帰還していたようで何よりです、オリヴィア師団長」


 彼は恭しく頭を垂れた。人工物かと思ってしまうほどの美しい金髪の髪が、さらりと彼の顔を覆う。

 彼の声は容姿にふさわしい甘くて透き通っていた。どこを取っても軍人から離れた要素しか無い彼は、身に纏っている軍服が酷く不釣り合いに見えた。


「どうした、フィル。お前の持ち場はここじゃないだろう?」

「ちょっとした休憩です。いやー、それにしても相変わらず強い殿方には弱いですね」

「ふぃ、フィル! 余計なことを言うな! 首を跳ねられたいか!」

「はじめまして、アクロ様。私はフィランダー=ベレスフォード。第4師団の参謀をさせて頂いてます。お気軽にフィルとお呼びください」

「貴様! 無視するな!」


 師団長を無視して、フィルはアクロと握手をする。彼から爽やかな香水の香りが漂ってきた。生まれた状況が少しでも違えば、軍人ではなく俳優や歌手になれただろうにとアクロは思った。

 そして堂々と上司を無視する性格も、軍人には向いていない。


「あ、ああ……こちらこそよろしく」

「アクロ様の後ろにいる死んだ魚の眼をしたご両人はどちら様で?」

「えっと、俺の幼なじみです」


 アクロは頬を掻きながら、セフィアとラズを紹介する。二人は話どころか会釈すらしなかった。ラズはともかく、名家としての礼儀を重んじるセフィアまでも動かなかった。

 苦々しい表情のアクロを気遣ってか、オリヴィアが話題を変える。


「おい、フィル。いい加減に要件を話せ。からかうためだけに持ち場を離れた訳じゃないだろう?」

「いえ、それだけのためですが」


 屈託の無い笑みで、フィルは堂々と言い切った。

 素っ頓狂な返事に怒りを通り越して呆れしか生まれなかった。


「そういえば、お前はそういうやつだったな」

「ご理解いただけて何よりです」


 自分の上官に次々と軽口を叩く度胸は大したものだった。とはいえ、アジュール家当主に対して好き放題言っているアクロも人のことは言えない。


「おっと、思い出しました。アクロ様にお願いしたいことがありまして」

「一体どっちなんだ? 用があるのか無いのか」

「用はありました。アクロ様に腕輪をお願いしようと思ったのです」

「腕輪?」


 アクロは説明を求めるためオリヴィアを見る。彼女は辛辣そうな面持ちで俯いていた。


「師団長、説明ならば私がやります」

「いや、そこは長たる私の役目だ。フィルはその二人を宿まで送ってくれ」

「分かりました。ほらほら、宿まで行きますよー」


 ぱんぱんと両手を叩くと、二人の顔がよりとろんとした表情になる。なんらかの幻術をかけたのだろうか、ふらふらしながらもフィルの方へついて行った。


「……あの二人、魔力がなさすぎていとも簡単に幻術に引っかかっている。魔族どころかこの街のならず者にすら酷い目に合いかねん」

「酷い目に、か……信じられない。あれだけ強かった二人が」


 どのような相手でも倒してきたあの二人が、よもやこのような状況になるとは思わなかった。

 この世界にいる間だけならともかく、もし今の現象が元の世界に戻っても続いていると考えると怖気が走る。

 あの魔術才能主義の世界で、二人は生きられるのだろうか?


「その話を含め私の部屋に来てもらえないだろうか? わ、私の部屋と言っても師団長として与えられた部屋だが!」

「お、おう……分かった」


 なぜか早口になったオリヴィアに、アクロは気圧されながら頷いた。

 ウェイシングトンの中心部には赤いレンガで作られた三階建の建物がある。そこが、オリヴィア率いる第4師団の本部だった。

 明らかに目立つ外装をしているが、この建物の壁には頑丈な魔術障壁が幾重にも展開され、遠くからの狙撃では打ち破られないような造りになっている。その三階の東側に師団長部屋があった。部屋の壁は本と地図で埋め尽くされ、魔族の動向に関する本が並んでいた。

 部屋の中央にあるソファに、オリヴィアとアクロは対面するように座る。二人の間にあるテーブルには紫の宝石が埋め込まれた銀の腕輪が置かれていた。


「さて、アクロ。心苦しいが、まずは師団長として君と対話させてもらう。……君の目的は何だ? それほどの力で一体何をしようとしている?」


 率直な問に対し、アクロは答えに窮してしまう。

 今目の前にいるオリヴィアは、初めて会った時と同じ師団長としてのオリヴィア。兵士の命と国の平和を背負って生きている百戦錬磨の将。スタライプ共和国に対してアクロがどのような存在か見定めようとしている。

 アクロにはどう答えるべきで、何を言わぬべきなのか検討がつかなかった。このような場を幾つも潜り抜けてきたアジュール姉妹なら、どう答えるのがベストか直ぐに分かったのかもしれない。


「どうした? 答えられないか?」


 表情も声音も姿勢も何も変わっていないのに、オリヴィアのプレッシャーだけが増している。焦燥から来る熱がぴりぴりと胃を傷めつける。

 アクロは数回深呼吸し、腹をくくる。

 どうせ嘘をついたところでボロが出る。

 それならばいっそ、真実を全て話すべきだと。


「俺らの目的は……魔族の王を倒すことだ」


 オリヴィアはきょとんとした表情を見せた。ここまでスケールの大きい答えは予想だにしてなかったのだろう。しかし、アクロの表情を見てそれが冗談ではないことを悟り、すぐさま元の表情に戻す。


「王を? たった3人で? 冗談にも程があると言いたいところだが理由を聞かせてもらおう」

「それは、元の世界に帰るためだ」


 アクロは一から経緯を説明する。アクロたちが異世界から来たこと、成績を得るための手段として魔族の王を倒しに来たこと、そしてこの世界でオリヴィアに出会うまでに起きたこと。全てを偽りなく、包み隠さずに伝えた。

 オリヴィアは表情を動かさずに静かに聴き続けた。


「なるほど。授業の一貫でしか無かった筈の魔族退治が、ここまで大事になるとは思わなかったということか」

「ああ。セフィアとラズは魔術が使えないから、元の世界に帰ることも出来ない。かと言って待っても助けに来るか分からないとなれば……当初の目的を達成するしか無いんじゃないかと考えてる」


 もし今が緊急事態であるなら、とうの昔にバルトロが助けに来てくれているはずだ。それなのに来ないということは、この事態をまだ知られていないか、魔族の王を倒さなければ助ける気がないかのどちらかになる。

 いずれにせよ、このままの状況で立ち止まるのは御免被りたいところであった。これ以上予期せぬ出来事が起きないとは限らない。


「しかし、よく授業の一貫と堂々と言えたな。私達は国の存命を賭けて戦っているというのに。殺されても文句は言えないぞ」

「俺は馬鹿だからな。嘘をついても見破られるだろう。そもそもどういう嘘を付けばいいのかすら検討もつかないんだ」

「ぷっ、あはは! なるほどな。いやいや、まさかここまで単純な人間がいるとは……」


 オリヴィアは呆れながらも笑う。

 これがアクロにが出来る唯一の回答だった。どういう展開になろうと、真正面から乗り越えていくしか無い。

 だがアクロの不安は杞憂だったようで、オリヴィアから感じていたプレッシャーは消え失せていた。


「さて、では君という人間を少しばかり理解したところで、こちらの情報も開示しよう。まず、君たちが異世界から来た人間というのは直ぐに分かっていた。君たちの魔力回路でな」

「魔力回路……って、オリヴィアには見えるのか?」


 魔力回路とは字の如く、魔力が通っている管のこと。アクロらの世界ではその存在は確認されているものの、視覚的に見ることは出来ないとされている。


「私というかこの世界の人は、だ。それで、君たちには私たちの回路には見受けられない特徴があった。それは遺伝や育った環境では生まれ得ない特徴……故に、異世界から来たのだと確信した」

「魔族の魔術回路はどうなっているんだ?」

「魔族の回路は私たちには見えない。体の構造が根本的に人間と違うのだろう」


 人間が魔族に苦戦している理由の一つが、魔族の魔術特性が解明できない点であった。

 人間であれば魔力回路を見れば、体のどの部位から魔力が出せるのか、どういう性質の魔術が得意なのか、どの程度の魔力量を保持できているかなどの情報が得られる。しかし、魔族は回路が全く見えないため、それらの情報が得られないのだ。また魔力回路はその生物が死ぬと消えてしまうため、殺した後で解剖することもできない。


「話を戻そう。もう一つの情報だが、私達は近々大きな侵略戦を行う。魔族の領土の二割を奪い取る作戦だが、アクロがいれば五割に届きうるかもしれない」

「……つまり、その作戦に参加しろと?」

「無理強いはしないが、王の首に大きく近付くことができる。領土を半分まで減らせられれば、王も黙ってみては居ないだろう」


 オリヴィアに手を貸すことが王を倒す一番の近道になる以上、その言葉は無理強いに等しい。

 それに、オリヴィアはあのセフィアにすら匹敵する魔術師。仲間にしておくに越しておくことはない。


「分かった。参加しよう」

「待っていた。その言葉を」


 待っていたという言葉とは裏腹に、オリヴィアは渋い顔をしていた。

 そしてオリヴィアはテーブルの上に載せられた腕輪に視線を落とす。


「だが、そのためにはこれを……腕輪を付けてもらわないといけない」

「さっきから気になっていたんだが、それは何だ?」

「毒素術式が仕込まれた腕輪だ。もしアクロが国に歯向かうような行動をしたら、即死性の毒が体中に染み渡る」

「物騒だな……」

「ああ、本当にな」


 オリヴィアは顔を伏せながら、右腕の裾をめくる。そこには、同じ腕輪がはめられていた。


「なっ! なんでそんな危険なものを!」


 アクロのような余所者であればともかく、1師団を任せている人間に対しても疑いの目を向けるなど、人間として狂っている。アクロの中に怒りが湧き上がるが、オリヴィアは涼し気な顔をしながら裾を戻した。


「かつて魔族には外見を変えられる能力を持った者がいた。かつて魔族に与した人間がいた。かつて命を求めるあまり仲間を売った人間がいた。……そうなればどうなったと思う? 私たちはまず、敵より先に味方を疑うようになってしまった。倒すべき魔族ではなく、守るべき人間を」


 人間が人間を殺し合い、一時期軍は壊滅状態になった。魔族の領地が一気に拡大したのは、丁度この時だった。人間最大の敗北は、人間自身の手で生み出してしまったのだ。

 このような悲劇が二度繰り返されないよう、腕輪が義務付けられた。裏切れば即死させられる腕輪を。

 アクロは言葉を失った。否定したくてもできなかった。


「正直、私はこの国の人間ではないアクロに付けて欲しくはない。だが、我が師団と共に行動するということは、この国の命運を……」


 がちゃり、と錠の閉まる音が部屋に響く。

 オリヴィアは口を開けたまま、大きく目を見開いて数秒間静止していた。

 アクロの何の躊躇いもなく腕輪を付けた。先程まで顔に浮かべていた怒りは消え、「お、うまくハマった」などと呑気なことまで言っている。


「アクロ……怖くないのか?」

「怖いさ。けど、俺はビビリだからな。時間が経てば経つほど、付けるのが怖くなる」


 いつもなら竦んでも立ち止まったアクロの背を押してくれる人がいる。けれど今は居ない。それならば、自分は自分で御するしか無い。ビビリのアクロが怖さを感じない筈がない。だが、だからといって放っておけば怖さはより募っていく。ならば、それまでに付ければいいだけの話だ。


「……君は、一人にしては危険過ぎる」


 しかし実際、この行為は単なる思考停止に過ぎない。

 リスクも何も考えずに、ただ前に突っ走った結果だった。

 頭を押さえるオリヴィアに、アクロは乾いた笑いを発する。


「ああ、俺は一人じゃ何をしでかすか分からない。だから、オリヴィアの力が必要だ」

「身勝手だな……だが、嫌いじゃない。それに利害は一致している」


 アクロは腕輪が付けられた腕をオリヴィアへと差し伸べる。オリヴィアはそれに応じて手を握った。


「アクロ、改めてよろしく頼む」

「こちらこそ、オリヴィア」


 もはや後ろに引くことは出来ない。

 今から進もうとしている道は決して楽ではない。おんぶに抱っこで生きてきたアクロには想像もしない苦が待ち受けているだろう。それでも進むしか無い。

 大切な幼馴染を元に戻すためには。


「そういえば、他の国とは協力しないのか?」


 魔族の統率する周辺の土地にはスタライプ共和国以外にもいくつかの国がある。どの国も、魔族に対しては脅威を抱いているはずだ。

 それとも例外的に、仲良くしている国でもあるのだろうか。


「今まで何度かしたが、積極的に応じてくれなかった。魔族は刺激しないかぎり、人間には殆ど手を出してこない。スタライプ共和国のような大国でない国は兵力が少ないため、対魔族にまで回す余力がなかったんだ」

「そうか……魔族よりも人間による侵攻を警戒している国のほうが多いということなのか」

「ああ。悲しいことにな。今回も呼びかけるよう遣いを送るが、あまり期待はしていない」


 魔族の欲望より、人間の欲望の方が怖い。

 オリヴィアは悲しげな目でそう結論づけた。

 

「アクロ、最後に一つ質問がある」

「ん?」

「もし元の世界に戻り、セフィアとラズに力が戻ったとしよう。もしかしたらその反動で、お前は今の力が使えなくなるかもしれない。それでもいいのか? ずっと手にしたかった力なんだろう?」


 アクロはその問に、すぐには答えなかった。

 魔術の才能を一度も欲しなかったといえば、それは嘘になる。魔術の才能が無いせいで、惨めな思いをしたことは何度もある。いじめられたことも、贔屓されたことも。

 生まれたことを後悔したことだってある。

 だが、


「俺は楽するのが好きなんだ。だから俺は、セフィアとラズには元に戻ってもらわないといけないんだ。小さい時からずっと楽させてくれたあの二人にな」


 アクロはさも当然のように言ったが、それが本心で無いことは火を見るより明らかだった。

 ――こいつ、本当に嘘が下手だな。


「……そうか。それなら仕方ないな」


 オリヴィアは手を離しながら、頬を緩ませた。

 

「待てよ。あいつらが元に戻ったら、また地獄のようなシゴキが待ち受けてると思うと……それは嫌だな」

「なんだアクロ、あの姉妹に鍛えられてるのか?」

「ああ。不本意だがな」


 アクロは心底嫌そうな顔をしていた。

 オリヴィアはその様子を見て、少し羨ましく思っていた。幼い頃から英才教育を受けてきたオリヴィアは、友と呼べるものは周りにおらず、学校に入った時には対等に張り合える者はいなかった。そしていつしか、教師や先輩すら凌ぐようになり、誰もオリヴィアを気にかけることが無くなった。

 力があれば他人の支えはいらない。けれど、人が誰かに大切にされている姿を見ると、羨望を抱いてしまう。


 オリヴィアが感慨にふけっているとドアが勢い良く開いた。

 姿を表したのは、息切れ切れのフィルだった。いつも冷静沈着なフィルが、ここまで慌てているのは珍しい事だった。

 魔族の襲来であれば、街の警報が鳴り響く筈である。一体何がフィルを慌てさせたのか、オリヴィアは検討がつかなかった。


「どうした、フィル。何があった?」


「大変です! セフィア様とラズ様が!」

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