第2話 魔術学園での日常
ディアモンド王国は、世界で一番魔術が栄えている大国である。
魔術という現象の発見、人間が魔術を使用するための理論や儀式、詠唱の開発、生活でも使用できるよう加工するに至るまでディアモンド王国が先行して行った。ディアモンド王国無くては魔術文化の繁栄無しと言われるほどである。
しかし、時代が進むに連れて他の国々も魔術について躍起になって研究しており、ディアモンド王国と遜色がなくなっている。あまりに多彩で強力な魔術は、人々の生活だけでなく戦争にも必須の要素となっていたためである。効率よく、低魔力で戦争に勝つための魔術が次へ次へと開発された。。
“より強力な魔術師を抱える国が世界を制す”。どの国もそう信じて疑わなかった。
ディアモンド王国も例外ではない。魔術の開発や研究に大半の予算をあて、魔術強化のための人員を増大させた。また教育分野については、幼少時から魔術の勉強を義務にし、魔術の成績によって進学する制度を取り込んでいった。
その結果、人の価値と魔術の才能は同等の価値となってしまった。
アクロやアジュール姉妹が通うジュエリア魔術学園も例外ではない。
魔術の才能ある者が持ち上げられ、才能のない者は肩身が狭くなる才能主義社会が形成されていた。
学園の中でもNo.1魔術師と言われているアジュール姉妹は、学園のアイドルのような存在となっていた。
「ラズ様のお帰りよ! 見に行きましょう!」
「セフィア様今日もお美しいぜ……」
「今日はどんな難しい難題を来なされたのかしら?」
「は、話をしてみたいな……」
「よせ。俺ら一般人とじゃ吊り合わないって」
アジュール姉妹が学園の門を通るとあちらこちらから黄色い声があがる。窓という窓から学生が顔を出し、手を振っている。“任務お疲れ様です”といった大きなメッセージボードや二人を応援する垂れ幕まで出る始末で、まるで有名人が現れたかのような歓迎ぶりだ。
姉妹揃って容姿端麗、頭脳明晰、名家の出身であることに加え、傲慢さがなく誰とも隔て無く接する性格と非の打ち所がない。老若男女問わず、アジュール姉妹の存在に魅了されていた。
ただ門を通るだけで、拍手が飛び交い人垣が出来る。酷い時は雑誌記者の如く、アジュール姉妹に話さんとする学生に取り囲まれ動けなくなってしまうこともあった。
「まーたこんな騒ぎになってる。ふふっ、人気者は困っちゃうわね」
「悪い気分では無いですけど、……疲れてしまいます」
「……確かに。毎回毎回これだと飽きてきたわ」
回りに愛想よく笑いを振りまきながら、ぼそりと呟き合うアジュール姉妹。
名家の生まれであるため、幼少から大勢の人に囲まれる体験をしている。そのためこのような光景には慣れており、あまりストレスを感じない体質になっていた。しかし物事には限度がある。365日耐えずに騒がれてはさすがに参ってしまう。
「はっはっは、あいつら大変そうだなあ」
学園の門から離れたところで腕を組みながら立っていたアクロは、二人の背中を見ながら他人事のように笑っていた。
学園の中ではなるべく姉妹の近くにはいないよう、アクロは努めていた。
アジュール姉妹と同じチームにいるだけで、嫉妬や怨恨の対象となってしまうためである。加えて、アクロには魔術の才能が全く無いため、余計に反感を買ってしまっている。酷い時は呪術を受けて数日身体が動かせなくなった時もある程だ。
アクロ自身も何故アジュール姉妹と同じチームに所属しているのか分からなかった。彼女たちとは幼なじみではあるが、それ以上の関係でもない。魔術の才能も無く、何の社会的地位も無い農家生まれの一般人と共にいることに意味があるのだろうか。
「ちょっと、アクロ。何一人格好つけて立ってんのよ? 今回何の役にも立たなかったくせに」
「ラズ、違います。今回ではなくいつもです」
「あははっ! 確かに!」
考えに耽っていたアクロの目に、青と水色の髪が映る。
驚いたアクロはぴょんと後方に跳んだ。
「あら、ビビリがこじれて私達にも怖気づくようになったの?」
「違う! 何で戻ってきたっ!?」
今は丁度昼休み前で、校舎に多くの人がいる。だからこそ、今日はいつも以上に別々に行動しようと打合せたばかりだった。
驚くアクロに、セフィアがぐいと顔を寄せる。
「何故って、今から報告に行くんですよ? 任務の報告をチームでしないのは評価に関わります」
セフィアは少し怒り口調だった。
学園から依頼された任務には、報酬として金と評価点が貰える。評価点は進学や就職時に参考にされる数値であり、加算・減算については事細かく決められている。セフィアは特にこの点について厳しく考えているため、減算にあたる行動をとった時に小言が多くなる。
アクロは宙に目を漂わせながらぶつぶつと言い返す。
「いやでも、俺いつも行ってなかったから今回も行かなくていいんじゃないのか?」
アクロらが受ける任務は基本的にモンスターの討伐任務だが、全てアジュール姉妹が討伐を行っている。アクロはただ逃げまわるだけであるため、報告を行う必要はないと思っていた。今回は囮役をやったが、実際には敵の正面に出て魔術が使えず逃げただけであるため、大した評価点にはならないだろう。
しかし成果の代償に関わらず、任務に参加しながらも功績を上げなければチームに連携がないと見なされ減算される。アクロはそれを知らなかった。
「それはアクロが怪我しただの魔力尽きただのと、理由付けて来ないからです。いつもは私があの手この手で回避してますが、さすがに毎回だと減算されます」
「じゃあ、今回は尻もちついて尻が痛いから欠席ってしておいてくれ」
「そんな適当な言葉で通じるなら、私が既に言いくるめてます」
ここ数ヶ月アクロは一回も報告を行っていない。
面倒ということもあるが、それ以上にこの姉妹に並んで校内を歩きたくないからだった。
「どうせ、私達と一緒に歩いてからかわれたりするのが嫌なだけでしょ? 化物だけじゃなく人間にもビビるなんて、ほんと腰抜けアクロね」
ラズは口元を手で抑えながら、嫌味たっぷりな笑みを浮かべる。
その言葉にアクロの目が鋭くなる。
「ラズ……それは間違っている」
「な、なによ」
アクロのただならぬ気迫に、思わずたじろぐラズ。
「ラズはなんにも分かっていない。男の嫉妬の恐ろしさを! とことん根に持つ鬱陶しさを! ねちねち突っついてくる女々しさを! ああ……怖気が走る!」
「そ、そう……低俗すぎて理解する気にならないけど、思ってたより面倒そうってのは分かったわ」
アジュール姉妹の隣にいるというだけで、アクロは数々の嫌がらせを受けている。いじめと言えるほどの酷い仕打ちは受けていないが、軽微ないたずらでも数を重ねられるとさすがに堪えてくる。姉妹とは違いアクロは一般人で、特別神経が図太いわけじゃない。
ラズは肩に乗っている髪を払い、人差し指でアクロの鼻を指す「。
「けど、ここまで高難易度の任務に連れて魔術は上達しない、臆病な性格が治らないってどういうことよ。別に私達レベルまでは求めてないけど、せめて火を吹いたり、敵を目の前にしてもビビらない程度にはならないの?」
「使えんもんは使えんし、怖いもんは怖い。それだけだ」
「それ威張って言うセリフじゃないと思いますが……」
「アクロは真性のポンコツってことね」
「ポンコツ言うな」
“物事は慣れ”とよく言うが、同じことを繰り返しても慣れない人だっている。
アクロはどれだけ経験しても、勝てないと認識した敵の前に立つと震えが止まらなくなる。ただでさえ簡単な魔術しか使えなくなるのに、震えると一切の魔術が使えなくなる。この感覚は、エリートの姉妹には分からないだろう。
「そろそろ報告行きますよ。ラズ、連れて来てください」
「はいはい」
ラズにがしっと腕を掴まれて、アクロは学園の方へ引きづられてる。
ラズの腕っ節は、並大抵の男では振りほどけない。昔は花も恥じらうか弱い女の子だったのに、いつの間にこうなってしまったのだろうか。
「なあ、ラズ。前々から聞きたかったんだが……どうして俺をチームに入れるんだ?」
アジュール姉妹と同じチームに入ったのは、決してアクロの希望ではない。この学園では三人一組となり任務を行うことになっていたが、アクロは魔術の才能の無さから自分からチームを作ろうとしなかった。
そうしている内に、知らぬ間にアジュール姉妹と同じチームになっていたのだ。
「だって、チームって三人制なのだもの。私とお姉ちゃんだけじゃ足りないから、必然的にもう一人入れないといけなくなる。成績良くて人柄がいい人からも志望とか来るけど、評価点の奪い合いになるもの」
任務を達成した時、活躍によってチームメンバーに割り振られる評価点が異なる。チームメンバー全員が評価点を欲している場合は、バランスよく評価点がもらえるよう調整しないといけない。一人だけが評価点にこだわってるチームと、全員がこだわっているチームでどちらが評価点を多く貰えるかは、自明の理である。
この魔術才能主義である時代、評価点の高さは学生の魔術の才能の高さと同値と捉えられる。故に、アクロのような例外を除いて評価点を求めない学生はいないといって過言ではない。
「その点、評価点に頓着しなくて、気も配らなくていいアクロは楽なのよ。私とお姉ちゃんだけ点数高かったらいいんだから」
「ああ、評価点ね」
ラズの回答にアクロは納得し、同時に安堵した。
アクロはアジュール姉妹がこなす任務のおこぼれの評価点を貰えればいいと思っていた。たとえ活躍しなくとも、少しでも任務のための行動をすれば評価点をもらえる。特にアジュール姉妹が受ける任務は難易度が高いため、一人では絶対に貰えない点が手に入る。
楽して評価点を貰える。この構図が成り立っている。
評価点のために置かれ、何か代償を支払うわけでもないというのはアクロにとって理想であった。
ただ、それなら何故魔術の上達やビビリ症のことを強く気にかけるのだろうか。
「なあ、それなら何で俺のことを……」
その問は、学生たちからの大きなブーイングによって掻き消された。
アクロがラズに腕を掴まれて入ったことがいつも以上の反感と罵声を駆り立ててしまったのだ。
アクロはため息をつきながら思う。
楽ができればそれでいいか、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます