第20話 エピローグ
バルトロ=ヴィオティートが企てた一連の事件は、アクロのいた世界に瞬く間に知れ渡った。
バルトロの転移魔術を見て覚えていたセフィアが、記憶を頼りに術式を構築し元の世界へと転移した。
それからアクロたちは一連の出来事を、アジュール家へ戻り報告を行った。王から絶大な信頼を得ていたバルトロが反逆を企てたという言葉に誰もが戸惑っていたが、アジュール家当主二人の表情と満身創痍な姿を見て疑う者はいなかった。アジュール家はすぐさま動き、セフィアが拘束していたバルトロの身柄を王の元へと差し出した。信頼できる貴族に裏切られた王は稀に見る怒りを露わにした。バルトロには万全一致の死刑が宣告され、ヴィオティート家は破門となった。
世間的にはバルトロの反逆よりも、長い間行方不明となっていたアジュール姉妹の帰還が注目の的となっていた。アジュール家がついに独立国家を創るのではないかなどというあらぬ噂を立てられてもいた。それほど国にとってアジュール家は大きな存在であった。
異世界との交流はあの事件後からも続いていた。アクロたちは時々異世界に行き、第4師団の手助けをしている。魔族が壊滅してしまったため、第4師団は主に魔族の住んでいた地域の開発が仕事となっていた。ラズが戦いの最中結晶化させた地は“慰霊晶”とされ、戦いの中で亡くなった兵への感謝と労いを祈る場所となった。ラズは「私の結晶はそんな大それたものに使われるに値しないわ」とあまり快く思っていなかったが。
アクロ・ラズ・オリヴィアの三人は、学園から特別賞を授与され、卒業に十分な評価点を稼ぐことが出来た。
そしてあの事件の後、三人の関係性は大きく変わっていた。
「なんで力が元に戻らないのよ! なんで、アクロの力の補助無しじゃ能力使えないの!」
セフィアとラズは、アクロの
二人が魔術を使えなくなったのは一般的な魔力転移魔術であるが、バルトロの魔法である
魔法は一つ一つ性質や構造が根本的に異なるため、解除は非常に難しいとされている。特に
つまるところ、現在解除する手立てがないため、アクロの
ラズはそのことに対して事あるごとに愚痴を吐いていた。
「落ち着け、ラズ。何を言っても変わらないんだから」
憤る度に、ラズをアクロは諌めていた。その態度も気に入らないのか、ラズは余計に声を荒げる。
「あんたはいいわよね。魔術が使えるようになったんだから!」
「いや、俺
いくら魔力があるようになったからとはいえ、アクロに魔術の才能が無いことには変わりなかった。アクロが使えるのは
異世界にいる時に一時的に魔術が使えていたのは、おそらく“魔術が使える自分”を
アクロとラズはその日、公園のベンチに座っていた。元の世界に戻ってから、再びランニングを始めたのである。
ラズは大きくため息を付いて、まっ平らな地面を見つめる。
「まあ、今更何を言ってもどうもならないわね。……アクロ、今まで以上にしっかり動きなさいよ」
「分かってる。さすがにこればっかりは面倒とは言ってられないからな」
そのためにアクロはランニング以外のトレーニングをするようになった。今まで以上に勉強もするようになった。
全ては二人の後ろに立つに値する人間となるため。
「そういえば……もう一回聞いておきたいんだけど」
ラズは俯きながら、彼女らしくないぼそぼそとした声を出した。
「なんだ?」
「“私とのランニングが好き”って言ってくれたけど、それって私がいるからランニングが好きになれるってこと?」
アクロは頭を抑えて俯いた。
――余計なことを覚えていやがって。
「あれはな、まあなんというか方言で……お前らが現実逃避しているからかけた励ましの言葉なんだ」
「じゃあ、別に私とのランニングは好きじゃないってこと?」
ラズはアクロへと顔を向け、上目遣いになりながら首を傾げる。
褒められるのを待っている子犬のような目で見られると、段々と息が詰まるような感覚に陥る。
「……よし、もういっちょ走るか」
「はあ!? ちょっとこら待ちなさい! 最後まで答えなさいってば!」
アクロは全力疾走でラズから逃げる。
好きじゃなかったら十年間も走ってねえよ、と思いながら。
「私はアクロの魔法が無ければ魔術が使えません。ですが、そのおかげで合法的にアクロの傍にいれますよ。……ね、アクロ?」
ある日、セフィアは朝食で嬉しそうに言った。
あの事件以来、セフィアがより積極的になっている。アクロは嬉しい半面、困惑もしていた。
「あ、ああ……そうだな」
今日も朝食は美味しい。ただそれだけを考える。
あの事件以来、セフィアは無茶な任務を受けなくなった。評価点がすでに大量に得られているということもあるが、アクロの魔法が使いこなせるまで無茶はできないという判断だった。
魔法は常識から外れたところにある現象であるため、無茶をしてイレギュラーが発生した時に元に戻せなくなるケースが多い。
「ねえ、アクロ。私、魔術が使えなくなっちゃった。アクロの力なしだと、アジュール家どころか普通の魔術師にも劣っちゃうようになるんだよ」
素の口調に戻ったセフィアは、悲しげな表情で俯く。
アクロの魔法がなければ、二人には魔力が供給されない。一切の魔術が使えない状態である。
その状況もあって、姉妹には一人づつアジュール家から専属の護衛がついている。王国に仇なす人間の格好の獲物にならないように。
今もアクロの部屋の前に一人門番のように立っている。
「アクロはずっと私を目標にしてくれていたよね。だけど今は、アクロがいてようやく目標である私になるんだよ。普段の私は……価値があるのかなって」
アクロは初めてセフィアの心からの言葉を聞いた気がした。異世界にいた時、酔っ払っている時にも垣間見た仮面を外したセフィア。
いつもと違う調子のセフィアからの問にアクロは答えに窮した。
「価値か。それはアジュール家当主としてのってことか?」
「そうなる……かな」
「それだったら、あるだろ。価値。別にセフィアの能力が使えなくなったわけじゃないし、セフィアは人望を集めることも、機転を効かせた発想もできる。そうだろ?」
「……そうだよね。魔術だけが全てじゃないもんね」
セフィアの顔から強張りが若干解かれる。
この世界は魔術の才能によって人生が大きく左右される。だからといって、魔術を使えない人が無価値であるわけではない。
魔術が使えない人は使えないなりに生き、社会に貢献している。
「そうそう。もし今のセフィアに価値がないんだったら、俺も無価値になるな。だって、俺の能力はセフィアとラズにしか使えないんだから」
アクロの能力は、より鮮明にイメージできる記憶が必要になる。それは今のところ、セフィアとラズの二人の姿になる。
「……じゃあ、私達似た者同士なんだね」
「そうなるかな」
はにかむセフィアに照れくさくなり、アクロは口に食べ物を入れて気を紛らわす。
アクロがいなければセフィアは魔術が使えず、セフィアがいなければアクロの魔術は効果を発揮しない。
「ふふ……でしたら、落ち着いたらまた特訓を再開しないといけませんね」
「どうしてそういう話になる!」
「いつまた事件に巻き込まれるか分かりません。ありとあらゆるケースに対応できるよう、もちろん実践で」
「マジか……」
「はい、マジです」
セフィアは満面の笑みで頷いた。
アクロは気怠げなため息を付いて、また来るであろう特訓の日々を考え涙してしまった。
だがそれはアクロの本心ではない。特訓であろうとなんであろうと受け入れる覚悟はあった。
アクロが取り戻した平和な世界が維持できるのであるのならば何だってしよう。
あんな思いは二度としないように。
蒼き双姫と喪われた世界 天ヶ瀬翠 @amagase_sui
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