第6話
ロボは部屋に閉じこもっていた。もっと、正しく言うならガウスに謹慎させられていた。
博士の言葉に反対したガウスの様子は尋常ではなかったのできっと何か理由があるのだろうが、それにしても酷過ぎるとロボは思っていた。
そりゃあ、王都にいったって成功する見込みは少ないかもしれないけどガウスならこのまま田舎町で落ちこぼれのまま終わりたくないという気持ちも理解してくれるとロボは思っていた。
だが、それは思い違いだった様だ。
***
(ロボは俺を恨んでるだろうか)
ガウスはそんな事を思いながらロボを寝室に謹慎させいつも通り仕事場に向かっていた。
ロボの気持ちも分かる。あのぐらいの年齢は怖い物知らずで自分に限界なんてないと無意識に思うものだ。
それは悪い事ではない。だからこそ夢は叶うかもしれない。
「やあ、ガウス殿。今日もからっと晴れていて気持ちがいい天気ですな」
よく通る声だ。声の主はすぐに分かる。それにこの村でガウス殿なんて気取った言い方する者は今一人しかいない。
ガウスは声の聞こえた方向を見るといつも通り新品としか思えないピシッとしたスーツに身を包んだオイラー博士が立っていた。
「ああ、どうも。おはようございます」
「昨日は勝手を言ってしまい申し訳なかった。ロボはどうしているのですか」
「いえ、こちらこそ大声出してすいません。息子に目を掛けて下さったのに。ロボは今家に謹慎させています。」
「その件で少しお話ししたい事があるのだが、仕事が終わった後でもいいので時間を貰えないかな」
「はあ、いいですけど」
ガウスはそう言ったものの自分の決意を変える事はないだろうと思っていた。ロボの事を思えばこそ家に閉じ込めているのだ。
そういった、ガウスの思いを分かっているのかいないのか、分からないが博士は笑顔で
「そうか、ありがたい。では、また夕方に」
そういい、博士は領主の家に戻っていった。
***
「よーし、じゃあ今日はこれであがるか」
工房の職人達にガウスはそう声をかけ、仕事を終えた。
これから、あの変な貴族と無意味な話合いをしなければならないと思うと少し面倒だった。博士はあの手この手で自分を説得するのだろうか、それとも、ロボをそれほど欲しいわけではないのだろうか。ただ、もう諦めたと言われるだけなのだろうか。
そんな事をつらつら考えながら工房を出ると
「お疲れ様です。夕焼けが燃えているようで実に綺麗ですな」
夕焼けを背に非常に絵になる様子で博士が佇んでいた。本当に燃える様だ。夕焼けが村を紅く染めている。だが、その空はもうすぐその紅い魔法の様な光景も終わり黒い色になるという予感もふくんでいる色合いだ。
「わざわざ、来て頂いてすいません。お待たせしましたか」
「いやいや、私が頼んだ事ですからな。しかし、この村はのどかで美しいですな、風景を眺めているだけで時間がたつのを忘れてしまう」
「そうですかね、普通だと思いますけど」
「そうか、普通か」
博士は感傷に浸るようにつぶやいた。
「ああ、立ち話もなんですから私の仮住まいに来て下さい。美味しい物を用意していますから」
「ええっ、いいんですか?平民の私が。仮住まいって領主様の所ですよね?」
「ははは、そんな事は気にしないでくれ。同じクリエイターとして話したいんだ」
博士はそう言って、ずんずんと歩き出してしまった。ガウスはそれ程気乗りしないまま着いて行く事になってしまった。
***
「やあ、散らかっていて申し訳ない。さあ、ここに座って下さい。すぐに準備しますから」
そう言うと博士は上着を脱ぎシャツの袖をまくるとテキパキと酒とつまみの用意を始めた。
博士は明日王都に出発するので、もうすでに荷造りが終わっているようだ。部屋には沢山の箱が置いてある。だが、博士の几帳面な性格が滲み出ているようであまり散らかっている様には見えない。
それとも、単にこの領主の家の広さと豪華さのせいでそう思えるだけかもしれない。自分の家はこの家のトイレぐらいの広さしかない様に思える。
そんな事を考えているとガウスの目の前の机にはワインや脂の乗ったハム、ふっくらとしたパン、バター、サラダに肉団子など思わず涎が口に溢れる様な料理が所狭しと並んでいた。一体これだけの料理がどこのあったのか。
ガウスが目を奪われていると、博士はグラスにワインをそそぎ
「私の手作りですまないがこれでも料理には自信があるんだ。それ程豪華というわけでもないが遠慮せず食べてくれ。では乾杯しよう、この美しい村での楽しき出会いに」
博士が音頭をとりガウスは場違いだと思いながらも失礼の無い様にグラスをキンと言わせながら乾杯した。
博士が作った料理は自分で言うだけあってどれも今まで食べたどんなものよりもおいしかった。
ガウスと博士は酒を飲み交わしながら何でもないような話をした。
最近の若いクリエイターは何も分かっちゃいないとか、これからのクリエイター未来についてなど酔っ払った中年がする様な話しだ。
酔いが大分回ってきた頃ガウスは我慢出来ずに言った。
「博士、いい加減にして下さい。別に私と世間話をしたい訳ではないんでしょ?本当の目的はなんです、ロボの事ですか?さっさと本題に入って下さい」
ガウスは少々怒気を含んだ声で言ったが博士はそんな事はどこ吹く風といった感じにグラスをゆっくり回し中の赤い液体を見ていた。
そして、ガウスの方をゆっくり見ると
「なるほど、確かに私には今日話したい事があります。だが、それだけのためにガウス殿をお呼びしたわけでは無い。まず、ロボを1ヶ月もお借りしていたことに対する礼という意味合いで誘ったのだ。それに私はガウス殿と世間話をしたいと思っていたんです。ガウス殿の腕前は前から非凡を感じさせられましたからな。だが、」
そこで一口ワインを博士は飲んだ
「ガウス殿と本当に話したい事はあなたの言う通りロボの事です」
「博士がなんと言おうとロボには王都に行かせませんよ」
「それだ、なぜそんなに行かせたがらない。心配なのはわかるが何か理由があるのですか」
理由を問われガウスはじっと黙り込んだ。
そして、おもむろにワインを一気に飲み干した。
「理由?理由ならありますよ」
***
ガウスは博士との話を終え帰宅した。
「おい、ロボ。遅くなったな。博士からハムとパンもらってきたぞ食うか?」
「、、、いいよ、いらない」
「そうか。もう博士の事なんて忘れて寝ちまえ。寝れば大抵の悩み事は解決するんだ」
ロボはガウスの声を扉越しに聞いた。ガウスは博士に会ったのか。どんな話をしたのだろうか、また怒鳴ったりしたのだろうか。それとも、ただハムとパンをもらっただけなのだろうか。
でも、ロボにはそんな事はもう関係なかった。
なぜなら、ロボはガウスに黙って出ていくつもりだった。ガウスはがさつなのかそれともロボが出ていくわけないと踏んでいるのか窓からこっそりと部屋から抜け出すのは簡単だった。ロボはすでに荷物をまとめていて後は夜明けに抜け出すだけだった。
それでも、ガウスには申し訳ない気持ちがあった。ロボの母親はロボを産んだ時に同時に死んでしまった。もともと体が弱かったのだ。
それ以来ガウスはロボを男手ひとつで育ててくれたのだ。感謝しているし今回のこともガウスなりにロボのことを考えての事だろう。
だが、それでも決めたことを曲げるつもりはなかった。
ロボは決意を胸に未来への期待と不安で夜明けまで眠らずに過ごした。
そして、窓から見える光景がだんだん白んできた。夜が明けたのだ。
ロボの気持ちとは反対に空は晴天で今日という一日がまるで希望に満ち溢れているかのような朝だ。
ロボは荷物を背負い後ろを振り返った。
そこには居間に繋がる扉がある。向こうでガウスは寝ているだろう。
「許してくれ、父さん」
そう呟きロボは静かに窓から出ていった。
外の空気は清々しくて静かで深呼吸するとその風強い寒気が、心にしみわたり寝不足のはっきりしない頭を覚醒させてくれた。
(そうだ、行く前にお母さんのお墓にお参りに行こう)
それが最低限の親への礼儀のように思えた。
***
家からそう遠くないところにお墓はある。いつもガウスが手入れしているのだろうか墓石はかなり綺麗な状態だった。
ロボは手を合わせてお祈りした。
(お母さん行ってきます。もうここにはこれなくなるかもしれませんがどうか見守っていて下さい)
ロボが目を瞑っていると、後ろから足音が聞こえた。一瞬、父かと思い緊張したが、その人物が声を発した瞬間その心配は無用になった。
「やあ、ロボ。謹慎は解けたのかい。母親のお墓参りとは偉いな」
それは博士であった。慌てて振り返ると博士の手には綺麗な紫の花があった。なんという花だろう。
「博士、おはようございます。謹慎はえーと、まあ、なんとか、、、」
ロボは最後の辺りはごにょごにょと口の中で呟いた。ロボは驚いたまさかこんな所で会うとは思っていなかった。家から近いとはいえ間違って来るような所ではない。それに花を持っているという事はもしかして、博士も墓参りに来たのだろうか。
そのロボの疑問に答えるように博士は花を墓の前に供えると手を合わしてお祈りした。
その祈りがとても静かだったのでロボはいくつもの質問を聞く事は出来なかった。
十分時間がたった後博士はゆっくり祈るのをやめた。そして、優しくロボに微笑み
「そうか、謹慎は解けたか。では、王都の件は許してもらえたんだね」
「ええ、そうですね」
「そうであろうな、ガウス殿はきっと許して下さると確信していたよ。すぐにでも出発したいのだが、もうお別れはすんでいるのかな」
「、、、ええ、大丈夫です。もう、済ませました。行きましょう」
ロボはまだ何も知らずにいる父のいる家を眺め、その後、母親の墓を眺めた。
(本当にごめんなさい。せめて、今より立派になります)
「よし、では行こう。もう、馬車がきているのだ」
博士にはロボが間違いなく父の許可などもらっていないだろう事が分かった。
それでも
(よくきた。ロボ)
そう思っていた。
同時にガウスの気持ちも考えた。一体どんな胸中なのだろう。男手ひとつで育てた息子ともう二度と会えないかもしれないという気持ちは。
それは本人しか分からないだろう。
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