第5話

  ロボは両腕にクリエイトを漲らせ何度も繰り返し行った剣の製作過程を頭の中で反芻し溜めたクリエイトを一気に放出した。

 すると、クリエイトは剣に変質し銀色に輝く刀身を現した、、、りはしなかった。


「また、だめだったか」


 ロボは一人つぶやくとクリエイトを使った疲労感に襲われながら、椅子に腰かけた。

 ロボは教授から課題を出されてから今日までの三日間色々な文献や資料を読み鉄について知識を蓄えていた。そうして得た知識を元に鋳型なしで製品を生み出すという常識外れの行為をしているのだが、一向に成功の兆しは見えず、本当にこんな事は可能なのかと疑っていた。


 博士は鋳型を作らずにスキルを生み出せるかという研究課題を出したが、博士はこの課題の答えを知っている、とロボは思っていた。なぜなら、ロボがほんの短い間に思いついたこの疑問を王都の研究員達が思いつかないとは思えなかった。

 となると、これがロボを試す課題だとすると常識通りの『鋳型なしではスキルはできない』という答えではないのではないか。どうにかすると鋳型なしでスキルを得ることができるとロボは思っていた。それに気付くかどうかを博士は見ているのだと思えた。


「よし、やるか」


 休憩して回復したロボはまた机の上に山積みになっている本にむかった。


 ***


「いいんですかい、最近、息子さん鍛冶の練習も手伝いもしてないで本ばっかり読んで博士とかいう奴にべったりらしいじゃないですか」


 同じ工房の仲間がガウスに言ってきた。

 この一か月近くの間ロボは博士の助手として働いていた。なかなか、忙しいようで工房には全く姿を見せなかった。だが、家で見るロボの顔は博士がやってくる以前に比べはっきりと明るくいい顔になった。

 まるで、自分の道を見つけたかのように。

 ロボは最近博士の事ばっかり話す。それだけ、心酔しているのだろう。

 だから、心配であった。ロボが博士について行って王都に行きたいと言い出さないか。そうなれば、止めなければならない。こんな田舎町ですら落ちこぼれなのに王都なんかにいったらどんな扱いを受けるか。ましてや、ロボは平民だ成功の芽なんかないだろう。

 まあ、だがしかし


「まあ、貴族には逆らえねえし。それに、博士はあと四日したら帰るんだ。そしたら、またここでロボをしごき直してやるさ」


 ロボがいくら行きたいと言ったって博士はそれを受け入れるはずはないだろう。それでも、ガウスの胸には一抹の不安が残った。


 ***


 夜になりロボは家に帰りガウスと共に夕飯を食べた。野菜の少し入ったスープと硬いパンという質素な食卓だ。

 黙々と食べていると


「なんだか疲れてるな。今、博士の所で何してんだ?」


 父が心配するほどに今の自分は疲れた顔をしているのかと他人事の様にロボは思った。まあ、仕方ない。博士が帰るまでもう時間がないのに成果らしい成果を挙げられてないのだ。


 ふと、ロボは父に相談してみようかと思った。今までは職人気質の父は教えを請うても技術は教わるもんじゃなく見て盗み自分で身につけるもんだと言われてきたので聞かなかったが、もう後がないし藁にもすがる思いだった。


「今はね鋳型なしでスキルを身に着けようとしてるんだ」

「はあ?なんじゃそりゃ、そんなん出来るわけねえだろ」

「僕はそう思わない。たぶん、出来ると思う。だけど、いくら本を読んでもできないんだ。何がたりないのかな」

「そんなん知るわけねえだろ。大体そんなもんは人に聞くもんじゃねえ、自分で理解するもんだ」


 やっぱりか。父の言う事にも一理あるので反論はできなかった。だが、今は自分で気づく時間がないことが一番の問題なのだ。

 そんな明らかにしょんぼりしてる息子の顔を見て、ガウスはスープをグビッと飲むと


「ロボ、あのな。本を読んで勉強するのも大切だけどな俺らにはもっと大切な事があるだろ?」

「大切な事、、、」

「そうだ、いくら本を読んでも分からない事はある。それは、実際の経験だ。やってみなくちゃ分からねえ事は山ほどある。そうだろ」

「実際の経験」


 確かに最近のロボは鋳型を作る事をしなかったので鉄に触れていなかった。言われてみればそんな事もせずにスキルなんて手に入るわけないだろう。よっぽど自分は追い詰められていたんだなと思える。


「明日工房に来い。もう一回、鉄を叩いてみろ。そうしたら、分かることもあるんじゃねえか」


 それだけ言うとガウスは食器を片付けて寝てしまった。


 ***


 次の日、ロボは久しぶりに工房に来た。


「久しぶりだなロボ。貴族様のお授業は楽しかったか?」


 工房にくるとみんなに嫌みったらしくこんな事を言われる。皆平民なので貴族に対していい感情を持っていない。おまけに村一番鍛冶が出来ないロボがここ最近来なかったので余計に心象が悪い。


「おい、くだらねえ事言ってねえで早く仕事しろ」


 そんな職人達も親方であるガウスに怒鳴られると黙って持ち場に帰っていく。


「お前もボーっとしてないで一回剣を打ってみろ」


 ガウスに促され、久々に鉄を鍛えてみる。鉄を赤熱させ槌で打ち鉄を引き延ばしていく。その作業を繰り返し行う。大分腕が鈍ってしまった様で時間がかかり疲れた。

 出来た剣を熱いうちに水に入れ一気に冷やす。そうして、また冷やした剣をもう一度炉の中にいれ熱を与えた。そして、炉から出したらそのままゆっくり熱を冷ます。これで一応完成だ。

 完成と同時にガウスが一本の剣を持ってやってきた。


「ロボ違いが分かるか」


 そお言うとロボの作った剣と並べるように持ってきた剣を置いた。

 違いは見ただけではよく分からなかった。そこで、実際に剣の腹に触れてみると。


「あれ」


 ロボはいつもと違う感触をガウスの剣に感じた。それはかすかな物で感覚による物が大きかった。ロボの作った物を触るとそれはいつも通りの感触であった。


「これはな、焼きを入れた後水で冷やしたまんまの剣だこの後もう一度熱を加えてやらないと脆い剣になっちまう。なんでか分かるか」

「えーと、感触が違うって事は、、、そうか、鉄の組織が変化したのか」

「そうだ。鉄ってのはな熱し方、冷やし方でいくらでもその性質を変えるんだ。ある時は硬く脆い鉄に、ある時は粘り気のある柔らかい鉄なんかにな。用途に合わせていくらでも性質を変えれるていう特性を持つからこそ鉄は人間が一番使う金属なんだぜ」


「そうか、そうゆう事か」


 鉄が色々な性質を持つ理由は熱の移動に伴う組織の変質なのだと思いついたロボは実際に見てみたくなった。しかし、それはとても肉眼では見る事が出来ない物だ。どうにか見れないかとロボは知識を総動員して考えた。そして


「そうだ、教授のカメラだ」

「どうした急に」


 突然大声をあげたロボに驚いたガウスを置いてきぼり状態にしたまま


「ありがとう、父さん。自分に足りない事が分かった気がする。ちょっとこれ借りてくね」


 そう言うが早いかロボは剣を持って駆け出して行ってしまった。


「おいおい、全く勝手な野郎だぜ」


 ガウスは苦笑と共に息子の背中を見送る事しか出来なかった。


 ***


 ロボが博士と初めてあった日、博士は写真を見せてくれた。写真に写っていた絵は実際の物より縮小されていた、それはガラスのレンズにより光が屈折したからだと後に教えてもらった。

 逆に考えればその屈折を利用すれば小さい物を大きく出来るはずだ。

 ロボはそう思い立って博士から自由に使って良いと言われている研究室として使っている領主の家の一部屋に駆け込んだ。


 部屋はこの一ヶ月で最初の面影は全く無くなり色々な実験器具が所狭しと並べられ本なども大量に置いてある。

 その中にお目当ての物を発見する。カメラのレンズだ。

 レンズ越しに剣の表面を覗いてみたがまだ倍率が足りず良く見えない


「どうしよう、もう一つ加えたら見えるかな」


 レンズの上にレンズを重ねると


「うわあ」


 レンズ間の距離を変えるにつれてグワングワンとレンズ越しの光景が大きくなったり小さくなったりした。ロボは一番大きく映る所にレンズを調節し鉄の組織を観察した。


 そこには、薄茶色の結晶と黒色の結晶が隙間なくつめこまれているように見えた。これはガウスの持ってきた剣の表面である。


 次にロボの作った剣の表面を見てみると黒い結晶は少なく小さくなり大部分が薄茶色の結晶であった。


 つまり、大きな違いは黒い結晶の量である。脆い剣の表面に黒い結晶が多いことを考えると。この黒い結晶は硬く脆いという性質を持つ。つまり、曲りにくいが割れやすいのだ。

 反対に薄茶色の結晶は粘り気のある結晶なのだろう。

 鉄を熱した状態から急冷すると黒い結晶が生まれ、その後また熱しゆっくり冷やすと黒い結晶が小さくちらばり鉄の粘り気が強くなるのだ。


「なるほど」


 ロボはこの瞬間理解した。

 知識だけでは駄目なのだ。知識と技術を結びつけこの世にその形を具現化し現す事こそスキルを得るという事なのだ。


 ロボは心に今まで感じた事のない充実を感じた。


 これがスキルなのだと。


 そう、本能でわかった。ロボはクリエイトで体を満たす。


 そして、解き放った。

 すると、その瞬間ロボの手に青く透き通った剣が現れた。


 それは自分の手で生み出したにもかかわらずこの世の物ではないような、まるでそこに有ると同時にそこには存在しないかのような。


「なん、だこれ」


 ロボはてっきり普通の剣が出来ると思っていたが突如現れたこの不思議な物体は何なんだと思った。

 だが、その思考は続かなかった。

 なぜなら、次の瞬間ロボは酷い目眩と脱力感を感じ気を失ってしまったからだ。


 ***


「うーん」


 ロボは目が覚めると自分の家のベッドの上いた。窓から朝日が差し込みロボを照らす。


「あれ、どうして。ああ、そうか急に気が遠くなっちゃって」

「ロボ!目が覚めたのか。体おかしい所はないか」


 ちょうど、部屋に入ってきたガウスが驚きと心配を同時に含む声で聞いてきた。


「えっ、特におかしい所はないけど。そういえば、お腹空いてるかな」

「この馬鹿野郎。心配して損したぜ」


 ガウスが心底ほっとしているのでロボはなんだかむず痒かった。


「どうしたのちょっと大げさじゃない」

「君は2日も寝てたんだぞ。心配して当然じゃないか」


 ガウスと共に来ていたのだろう。親子水入らずを邪魔しない様に後ろに控えていた博士も部屋に入ってきた。


「2日もですか」

「ああ。クリエイトの使い過ぎで起こる症状だ。それにしても2日間も気絶することはなかなかないのだが。ガウス殿それにロボ面倒を見ると言っておきながら危ない目に会わせてしまってすまなかった、私の監督不行き届きだった」


 そう言って博士は帽子を取って謝罪した。


「そんな博士のせいではないです。僕が勝手にしたことです」

「そうですよ。それにクリエイト切れを起こすなんてクリエイター誰もが一度通る道です」


 ロボとガウスは貴族の博士に頭を下げられたので慌てて言った。


「そうか、そう言ってもらえれば助かる。ところで、一体何をしてクリエイト切れを起こしたんだ」


 それを言われて待ってましたとばかりにロボはにっこり笑って


「もちろん、課題の答えですよ。博士鋳型が無くてもスキルを作れますよ」


 それを聞いた瞬間、博士は目を見開き突撃するかの様にロボに近ずくとロボの肩を掴み鼻息荒く


「なんだって、ということはまさか成功したのか。鋳型なしで剣を作ることに」

「え、ええ。でも、普通じゃなくて。なんというか実体がないっていうのか」

「どうなったんだ。詳しく説明してくれ」


 ロボは博士の勢いに押されながらあの時の様子を伝えた。ガウスは博士の剣幕に完全に引いていた。


 ロボの話を聞いた後、博士はじっと黙って何かをじっくり考えているようだ。このような様子を以前にも見たがこうなった博士は集中し過ぎていて話しかけても無視されるだけなのでロボはじっと待った。


「ロボ、私が王立工廠という組織の研究員だという話は前にもしたね」

「はい、覚えています。王都の最先端の技術を日夜、開発、研究している組織ですよね」


「そうだ、その、、、もし、君が望むのら」


 博士はそこで少し躊躇うように黙ったがすぐ意を決した様にロボを青い目で真っ直ぐ見つめると


「私と共に王都に行き、王立工廠で研究員をやってみないか」

「えっ、でも。そこは貴族の中でも特に優秀な人しかいないって聞きましたけど、僕なんかがやっていいんですか」

「私が推薦しよう。どうかな」


 ロボは博士に認められた喜びと、しかしそんな所で落ちこぼれの自分がやっていけるかどうかという不安が心の中に同時に生まれた。

 しかし、こんなチャンスは恐らく二度とはないだろう。

 どうせ失う物も地位もないのだやってやろうという気持ちにロボはなった。


「博士、僕ぜひやり」「だめだ」


 ロボの声を遮る様に大声が部屋に響いた。

 発声源はもちろん父ガウスであった。

 父は今まで見たことないほど恐い顔をしながら


「だめだ、王都に行くことは許さない」


 今度は静かな声でもう一度言った。

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