第3話
ロボはオイラー博士と共に丘を登っていった。空には太陽が輝いて、二人に光を存分に届けている。
「ロボ、歯車についていろいろ聞かせてくれないか」
「いいですよ。何が聞きたいですか」
「とりあえず、形状を教えてくれないかな」
ロボはできるだけ具体的に歯車のお形状を伝えた。大きさや歯の数など正確に答えた。博士は真剣に聞いてくれた。それだけでも、ロボには楽しくてしかたなかった。今までこれほど歯車についてロボの話を聞く者などいなかったからだ。
「ふむ、なるほど。しかし、よくそんな大きい物を測ったな。どうやって測ったんだ」
「歯の数から円の大きさを計算したんです。だから、少しずれているかもしれません」
「ほほう、なかなか上手くやったではないか。君はスキルは持ってないが幾何学は習得しているのかい」
「きかがく、、、って何ですか」
「図形や空間を論理的に理解する事を目的とした学問だ。君は学校などには通ってはいないのか」
博士の言うことは難しくてロボにはあまりよくわからなかった。学校などという場所はこんな田舎にはまずないし、あったとしてもそれは貴族が通うものだろう。
「平民の僕が学校なんて行けるわけないですよ」
その言葉を聞いた途端、博士はロボの肩を物凄い力で掴み強制的に目を合わせると
「平民だから何だというんだ」
力強い声で言った。林はその声に圧倒され静寂し、博士の声は青空向けて高く登り溶けた。
「いいか。これからは平民だろうが貴族だろうが全ての者に教育を施さねばならない時代がくるのだ。いいか、それは全ての者が教育を受ける権利を得るなどという生易しいものではない。全ての者が教育を受ける義務を持つのだ。わかるか」
ロボは博士の急な剣幕に呆気にとられ、口をパクパクさせながら
「わかりません」
すべてのものが教育を受けるあんな金かかることを平民ができるとはとても思えない。それにそんなことしてなんの意味があるのか博士の意図がわからなかった。
博士はロボの声で自分のしていることに気づくと
「すまない。君に言っても仕方ないことだったな。ただな、平民だからといって色々な事をあきらめないで欲しいんだ」
少しばつが悪そうだ。それを取り繕うように博士は微笑み
「では、気を取り直して行こうか」
「ところで、博士のその服装はなんですか。見たことがないんですけど」
「おっ、よくぞ聞いてくれた。これはスーツと言って、紳士であるクリエイターが着るべき技術の粋を結集させてつくられた服である。騎士が鎧を着るように、魔法使いがローブを着るようにクリエイターはスーツを着こなすのだ」
博士は急に元気を取り戻し言い放った。
ロボは
「は、はあ」
また、圧倒されただけであった。
***
博士とロボは歯車に辿り着いた。それはいつも通り何食わぬ顔で小さな洞窟の中に鎮座している。それを博士は青い目で隅々まで観察している。この視線の前ではどんな小さな塵であろうと見逃す事はないのではないかと思えるほど鋭い。
「ふむ、なるほど。これは間違いなく古代高度文明遺産オーパーツだな」
「おー、ぱつ、、って何ですか」
しかし、博士はロボの声が聞こえないようだった。なぜなら、彼の顔はどこか獣を思わせるような獰猛さを湛えていた。特上のご馳走の前で舌舐めずりをしているようだ。
博士は持ってきた鞄から鉛筆と紙を取り出すと何か描き始めた。それは、歯車の絵であった。その絵はとても精巧に描かれていてかなり細かい所まで書き込まれていた。待ちきれないかのように鉛筆は紙の上を動きすさまじい速さで絵を完成させていく。
ロボは初めて歯車の前で歯車を見てないかもしれない。それほどに博士の一挙一動は興味深くて目が離せない。そのロボの様子を横目に歯車の絵を完成させた博士はにやりと笑い
「ロボ、覚えときなさい。何かを観察するとき一番効果的な事はスケッチすることだ。スケッチすればいやでも細かい所まで目がいくからな」
「はい、覚えときます」
「よし。最近の奴らは簡単だからと”写真”を撮るだけだ。確かにデータとして残すにはいいのだが。そんな所で手を抜いてはいかんのだ」
ロボには”写真”とは何か分からなかったが、博士が憤慨している事が分かった。
写真が何か気になったので聞いてみる事にした
「”写真”とは何ですか」
「むっ、そうかあれはまだ新しい技術だったな。よし、見せてやろう」
博士はそう言うと、鞄から何かをごそごそと探し始めた。博士が持ってきた鞄は薄っぺらいがその割にはかなり容量があるらしい。中からどうやって入ってたのかわからないぐらいの大きさの正方形の箱を取り出した。その箱は黒く塗りつぶされており、ある一面に筒のような物が取り付けられていてそこには丸いガラスがはめ込まれていた。それを歯車に向け、箱の上の部分を博士が指で押すと、カシャッ、と音がして眩い光が瞬いた。その光があまりに強くてロボの視界には黒い丸が目線に少し合わせて動き回り目が見え辛くなった。
「今のは何ですか」
「ははは、それは後のお楽しみだ。それでは計測を続けようか」
その後も博士は鞄の中から色々な計測機器を取り出し、ロボに使い方を説明しながら丁寧に計測を続けていく。そして、計測した値を先ほどスケッチした絵に書き込んでいく。
どれくらいそんなことを続けたのだろうか外はすっかり夕暮れになっていた。ロボはいろいろ初めての経験だったので時が過ぎるのも忘れその夢を見てるかのような時間を過ごした。
「ふむ、大体調べたいことは調べたな。そろそろ村戻るとしよう」
「わかりました」
ロボは後ろ髪引かれる思いで博士と一緒に洞窟を後にした。
外の林は夕焼けに照らされてそれぞれが赤く輝いているように見えた。そんな中博士とともに丘を降りていく。
博士は杖をつきながらゆっくりと降りていく。ロボはそれに合わせてトコトコとついて行った。
「行きに話した事は覚えているか」
それまで黙って歩いていた博士が急に口を開いた。ロボはその不意の言葉を聞いて博士の剣幕を思い出した。
「平民が教育を受ける義務があるという話のことですか」
「そうだ、ロボ。君はもし学校に行けるとしたら行くかい」
博士はまっすぐロボを見つめてきた。その目は夕焼けの光によって瞳の中に火が宿っているようだった。ロボはその視線を何物にも染まらない黒い瞳で見つめ返した。
「もし、学校に行って勉強したら、博士、あなたのようになれますか」
博士はその言葉を聞き、紅く染まった空を見上げた。その目は空のその先を見ているかの様であった。一拍間をおいて博士はロボを見て、
「なれるとも。なれるともさロボ」
優しく微笑み答えた。
ロボはその答えに抑えきれないほどの笑みを顔に浮かべ
「それなら、ぜひ行ってみたいです」
「そうか。なら、私が村にいる間、君の教師になってやろう」
ロボは驚いた。貴族の博士がわざわざ平民のロボに教育を施そうというのだ。常識では考えられない事だ。
「本当ですか。でもいいんですか、忙しいのでは」
「ああ、だから仕事が終わってからにはなるだろうが。私はね君の事をほっておけないんだ」
「嬉しいです。夢みたいだ」
なぜだか分からないが博士はロボの事を目にかけてくれているようだ。ロボは駆け出したい気分で丘を降り村へと向かった。
***
村へ戻ると博士とロボは領主様が用意した宿に向かった。宿といってもそこは領主様の屋敷の部屋だ。その部屋はロボの家なんか比べる事すらできない様な大きくて綺麗な一室であった。
博士は部屋に着くやいなや鞄から次々と道具を取り出した。細長い物や底が球形になっている等様々なガラス瓶。容器に入れられた色とりどりの液体。伸縮性のあるチューブが引っ付いた鉄製の器具などそれはもう沢山だった。
そこで、さすがにロボは鞄の中に物が入りすぎていると思った。あの薄い鞄にこれだけの物が入るとは思えない。
「博士、その鞄何かおかしくないですか」
「おお、気づいたか。その通りこれはただの鞄ではない。魔法使いによって付加魔法エンチャントされた一品なのだ。付加魔法エンチャントとは物質にたいして半永久的に魔法的効果を与える事だ。例えばこの鞄はそのおかげでいくらでも物が入るし重くならない。ただし、この鞄に入る大きさの物だけに限られるがな」
博士は何気なく持っていた鞄にはそんな秘密があったのだ。ロボには途轍もない話で物語の中にだけ存在する物に思えた。博士は絶句するロボを見て悪戯に成功した子供の様な顔をして、得意げに笑っていた。
「よし、それではさらにすごい物を見せてやろう。ロボ、手伝ってくれ」
博士はそういうと、カーテンで部屋の隅を区切りだした。ロボも手伝い部屋にはもうひとつの小さな部屋が生まれた。博士は鞄から赤い膜のついた台に付いてあるお椀を取り出した。何に使うのだろう
「よし、ロボ入りなさい」
ロボ促されるままに、カーテンの中に入った。カーテンの中は外から光が一切入ってこず本物の暗闇であった。二人が入るのがやっとぐらいの空間であるのに博士の鞄の様にどこまでも空間が続いていると錯覚してしまう。
ロボが暗闇に溶け込んでいると、後から入ってきた博士の手から鈍く赤い光が仄かに灯った。それは先ほどのお椀であった。どうやらそれは赤い光を発生させる装置らしい。
「これはなセロハンと言って特殊な光しか通さない膜なんだ。これから行う事はそこらの光を当てると台無しになってしまうからな」
「今から何をするんですか」
「まあ、見ていなさい」
博士は言うと歯車の場所で使ったあの正方形の箱を開け中から帯状の物を取り出した。部屋が暗いせいでよく見えないが黒い何かだ。それほど幅は広くない。
その帯をカーテンの小部屋の中に元から置いてあった装置に取り付けた。そして、取り付けた帯の下には紙を敷き。博士がその状態で装置を操作すると装置上部から光が発せられた。
すると、驚くべき事が起きた。なんと、下の紙に歯車の絵が現れたのだ。それは博士のスケッチとは違いあの洞窟の映像をそっくりそのまま切り取ってきたかの様な精巧な絵であった。
そして、博士はその紙を器に入れた液体に浸し、しばらく乾かした。
「よし、ロボでなさい」
博士はロボに呼び掛けカーテンの外に出ていった。ロボもそれに続く。
「ほら、見てみなさい」
「うわー」
博士が持っている紙には歯車の映像が映っていた。
「どうして、どうやったんですか」
興奮を抑えきれないロボの様子に博士は満足したように、笑い。
「洞窟で使っていた箱があったろ、あれはカメラというもので映像を記録するものなのだ。その記録した映像を紙に映して引っ付けたこの紙を写真と呼ぶ」
ロボには全く仕組みが分からなかったがそれが物凄い技術であることは分かった。
「それも、魔法なんですか」
「いや、違う。これは私が作ったのだ」
「えっ、博士が」
「そうだ、これは魔法とは全く違うものだ。魔法は本来有り得ない現象を魔力で起こす事だ。これは自然の現象を理解し、それを役に立つ様に応用しているのだ。我々はそれを科学と呼んでいる」
「科学、、、ですか」
博士が見せた現象は魔法ではなく、博士が行った物らしい。にわかには信じられなかった。
「そうだ、科学だ。これからのクリエイターは科学を身に着けなければならない。そうしなければ、恐らく生き残ってはいけぬだろう」
博士は真剣な眼差しを持ってそう言った。
「だからなロボ、明日から私が君に科学を教えてやろう。心しておきなさい」
「本当ですか。ありがとうございます。僕、精一杯頑張ります」
ロボはあの魔法の様な科学を教えてもらえるという幸運に、歯車を初めて見たときの様な興奮を胸に抱いたのだった。
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