第2話

 メリーベルが出発して一ヶ月が経った。彼女はまだ王都にたどり着いていないだろう。

 彼女がいなくなって変わったことといえば、メリーベルを恐れておとなしくしていた街の不良が勢いを取り戻した事ぐらいだ。ロボも何度か絡まれた。

 後、もう一つはロボに友達がいなくなったことぐらいだ。今まで彼はメリーベルのおかげで気にせずにいたが、彼はクリエイターの中でもはみ出しもので同年代の友達と呼べるものはメリーベルぐらいしかなかった。


 変わらないこともある、ロボは未だ鋳型をスキルにすることができなかった。

 メリーベルが言った様に彼は毎日練習したがそれはに実っていなかった。


 今日もロボは鉄の塊に向かう。

 ロボは鉄を炉に入れる。鉄は火に熱されて紅くなっていく。炎がまるで質量を持ったかのようだ。

 十分に熱し鉄が柔らかくなってきたなら、次にハンマーで叩く。ハンマーでたたくことにより鉄は薄く伸び、剣としての性質を帯びてくる。これら1連の行為を繰り返し剣を形作っていく。

 剣の形に満足いったらそれを水の中に入れて一気に冷やす。剣からものすごい音と共に熱が奪われていく。 

 そうして出来上がった刃に木でつくった柄を取り付ける。

 最後にこれをスキルにするのだが。毎回ここでつまずくのだ。

 だが今回の鋳型は今までのよりも良くできているので今度こそはと思っていた。期待を込めて手をかざし自分の手の中に剣が吸い込まれていくのを想像する。

 だがしかし今回もいくらスキルにしようとしても手応えはなかった。父のただでさえ渋い顔が更に渋くなっていく。


「今日もだめか。しゃあねえ、ロボ、お前は買い出しにでも行ってこい」


 父が毎日のように繰り返される会話を今日も行い。ロボはそれに従って買い出しに行く。

 いつも通り馬のブリーダーでもあり、近隣の都市に買い出しに行って村に持ち帰ってくる商人から消耗品を買うのだ。


「どうだロボ今日はできたか?」

「いえ残念ながら今日もだめでした」


 毎日のように来るせいでおじさんとはなかなかの顔見知りになってしまった。

 おそらくこの村のすべての人がこの村一番の鍛治氏の息子がこの村1番鍛治ができない男だと知っている。


「そうか今日も駄目だったかまぁ若いうちは失敗して仕事覚えていくもんだ」

「そうですか」


 いつも通りの会話をしていつも通りの商品をロボは帰路についた。

 この日はとても暑い日だった。空には雲ひとつなく灼熱の太陽が照り付けていた。地面は太陽に熱せられてゆらゆらと空気を揺らしていた。


「おい!ロボ」


 その声が聞こえるか聞こえないかの内にロボはすごい力で路地裏に引っ張りこまれた。路地裏はさっきまで輝きすぎていた太陽ですら光を届けられないほど暗く人目につかなかった。

 そこには剣を腰に差した少年たちが3人ロボを取り囲むように立っていた。彼らはメリーベルと同じ下級貴族の戦士たちだ。最近まではメリーベルに止められていてあまり暴れていなかったが、昔からクリエイターをいじめてくるのだ。

 少年たちは上を取り囲んでギャーギャーと何か喚いているがロボにはあまりに乱暴な言葉だったので聞き取ることができなかった。

 ロボがぼーっと彼らを眺めていると、そのうちの1人がロボの顔を殴りつけ荷物を取り上げた。

 彼らの顔は笑顔で輝いていた。無事この世に自分よりも弱いものを見つけた生物の顔である。その顔を弱者のロボは眺めることしかできなかった。

 一体その油や釘などの消耗雑貨の入った袋をどうしたいのかと問いたかった。それとも、奪うこと自体が目的なのか。どっちにしろロボには理解出来ない思考であった。

 ロボが無理と分かっていながら、荷物を取り返さねばと思っていたその時


「貴様ら、何をしとる」


 静かな、ただ確かな怒りを持った声がした。

 声がした方を見ると、それは路地の方であった。声を発した人物は燦燦たる太陽を背にしているのでそのシルエットしか見えなかった。その影はとても奇妙に見えた。その人物の頭上には長方形の物体が乗ってるように見え、今には何か棒のようなものを持っているようだった。

 もしかしたら魔法使いかもしれない。魔法使いは杖を持っているものだから。

 突然の乱入者に少年たちはまたギャーギャーと喚いた。


「何をしているのかと聞いているのだ」


 その人物がつかつかと近づいてきた。その姿はここら辺では見たことがない服装であった。頭には真っ黒な円柱の帽子をかぶっており、黒光りし持ち手が曲がっている杖を持っていて、更にその服装は白い綿でできておりボタンで前を止めている服の上にはぴったりと体に合っていて前で掛け合わせてボタンで止めている黒い上着を羽織っていた。ズボンも上に合わせてぴったりとした黒いズボンである。何より特徴的なのは首からへそのあたりまで伸びる帯のような赤い布である。

 その奇妙な服に包まれている人物の顔は金髪に真っ青に澄んだ瞳である。つまり、貴族である。

 少年たちも突然の貴族の登場に面食らったようだがすぐに勢いを取り戻しその貴族に食ってかかった。その様子を眺めながらその謎の貴族は


「全く、戦士3人でクリエイター1人を襲うとは。貴族の風上にも置けん奴らだな。1人じゃ何もできないのか」


 と大層見下した態度で言ってのけた。

 バカにされた少年達の怒りは頂点を迎えたようでとうとう腰の剣を抜いた。怒らせた張本人は剣を向けられ丸腰であると言うのにそんなのはどこ吹く風という様子であった。もしかしたら高名な魔法使いなのかもしれない。


「全く猛獣みたいだな。猛獣は鞭を使ってしつけしなければな」


 そう言うとその貴族は手を開き腕を伸ばして少年たち向けた。次の瞬間男の手から膨大な力がほとばしり少年たちを吹き飛ばした。

 少年たちは自分の身に何が起こったのか分からず呆然としていた。そして、我にかえった一人の少年が仲間を置いて一目散に逃げて行った。そこから、残りの少年達もそれを見て蜘蛛の子を散らす様に逃げて行った。

 貴族の男は青い瞳をロボに向け


「大丈夫か少年」


 こちらに先ほど少年達を簡単に吹き飛ばした手をこちらに差し出した。僕はその手を掴み立ち上がった。

 恐れは無かった。

 なぜなら、このたこで無骨に盛り上がった手はよく見覚えがあった。

 この貴族は戦士でもなく魔法使いでもなく、クリエイターである。貴族のクリエイターは初めて会った。いや、もしかしたら貴族ではないのかもしれない。


「ありがとうございました。助かりました。」


 そう言って、お辞儀をし少年達がロボから奪いそして置いていった荷物を拾った。


「君はクリエイターかね」

「そうです、まだ未熟者ですけど。あなたもクリエイターですよね。すごいですね戦士を三人もやっつけてしまうなんて、あいつらをどうやって吹き飛ばしたんですか」

「別に大した事ではないよ。ふん、あの程度の奴ら戦士なんて呼べん。本当の戦士にはクリエイターは喧嘩では絶対勝てん。ふむ、特に怪我はしてないみたいだな、では私は急ぐのでな。気を付けて帰るのだぞ」


 それだけ言うと太陽の光が溢れる路地へ颯爽と歩いて言った。ロボはただその後ろ姿を眺めていた。


「かっこいい」


 ロボはあんな戦士を片手でひねるクリエイターなんて初めてみたがそれはとても痛快で思わず呟いてしまった。

 ああ、なんてかっこいいんだ。全然あの人の人となりを知らないが理想とするクリエイターになってしまった。機会があればまた会いたい。いや、絶対会わなければならない。そう思えた。


 ***


 ロボは荷物を抱えて工房に帰った。


「おい、遅かったな。どうしたんだ?」

「また、あの連中に捕まったんです」

「またか!大丈夫か?怪我はしなかったのか?」

「ええ大丈夫です、見知らぬクリエイターの方に助けていただいたから」

「見知らぬクリエイターだあ。まぁ怪我がなくてよかった」


 ガウスも安心した顔でロボの荷物を受け取った。


「まあ、お前も辛いだろうが絶対こっちから手を出しちゃいけないぞ。貴族を殴ったらどんな処罰を受けるかわかったもんじゃね。いいな」

「わかってるよ」


 ロボはまた意地悪な貴族たちに絡まれたことよりも、助けてくれたクリエイターのことを考えていた。

 まだこの村にいるようなら探しに行きたかった。


「よし、じゃあ昼休みにするか。ん?誰か来たな」


 ガウスのそのセリフで工房の入口の方を見ると、二人の男性が立っていた。

 一人はなかなか恰幅のいい貴族で確かこの村の統治している男だ。

 もう一人は


「あっ」


 ロボは思わず声が出た。それはロボを助けてくれたクリエイターの貴族だったからだ。


「こりゃどうも、領主様。こんなところに何の用ですか?」


 領主は心底嫌そうな顔であたりを見渡し


「ふん、わしだってもちろんこんな油臭いところに好きできたわけでは無い。こちらの王都からいらしたオイラー卿がここに用があるそうなのでご案内したのだ」


 オイラー卿と呼ばれた貴族はあの奇妙な帽子をとり挨拶した。


「初めまして、オイラー・レオナルドと申す。ただいま、オイラー卿と紹介されたがオイラー博士と呼んでくれ」

「はあ、ご丁寧にどうも。ここの工房長をやっとります、ガウスっていうもんです。で、オイラー博士は一体なんの用ですかな」


 貴族に丁寧に挨拶された事がないのでガウスは少し慌て答えた。


「うむ、私はあの丘の上にある"歯車"を見にきたのだ。研究するためにな。そこで道案内などを頼みたいと思い、誰か道に詳しい者はいないかと聞いたところなんと毎日歯車を見にゆく少年がいるそうではないか。少しその少年にも興味が湧いてな。道案内を頼めないか会いにきたのだ」

「私は平民のものなどにわざわざ会いにくるなんて反対だったのだが」

「ふははは、私は気になった事はほっとけない性質なのだ」


 領主の嫌味もオイラー博士の豪快な笑いに消えてしまった。この博士という貴族は貴族の中でも相当おかしな部類に入るのだろう。平民にわざわざ会いにくる貴族なんてありえなかった。普通はそもそも会いたいなんて感情は存在しないし、存在したとしても貴族なら平民の方から来させるだろう。

 ガウスはこの破天荒な貴族をどう扱えばいいかわからない様だ


「えーと、確かに息子は毎日歯車を見に行ってますが、どうにも頭の間が抜けてまして。貴族様のご迷惑になるとおもいますよ」

「その少年が間抜けかどうかは私が決める。ここに連れてきてくれ。あと私は貴族様ではない、博士だ」


 こだわりがあるようだ。


「こりゃあ失礼しました。少しお待ちください呼んできます」


 そう言うとガウスはロボのところまでかけてきた。


「おい、ロボ聞いてたか?あの博士とか言う奴お前に用があるそうだぞ」

「父さんあの人だよ。僕を助けてくれたのは」

「何、そうなのか」


 ロボはガウスと共に博士の元へ向かった。


「こちらが息子のロボです。聞けば息子のことを助けてもらったみたいでありがとうございました」

「先程は助かりましたありがとうございます」


 目を細めてロボを見た博士はすぐに貴族に襲われていた少年だと気づいたようで


「おお、さっきの少年。君がロボか」

「はい」

「ふむ」


 博士はその青い澄んだ瞳でロボを見つめた。その青は理知に満たされておりロボはまるで博士にロボという存在を分析し解明されている、そんな気になった。

 一瞬の沈黙が場を支配した後


「ロボ、君は毎日歯車を見に行っているそうだね。なぜだい、そんな楽しいものでもないだろう」


 博士は試すように聞いてきた。

 ロボは考えた。

 いつも自分でも不思議なことなのだ。

 なぜ自分は謎の物体にあれほどの魅力を感じるのか。

 ロボも博士の青い瞳をじっと見つめた。その知恵を持つ海にロボは自分が溶け出していくような気持ちになった。

 ロボは思ったことを素直に行った。


「美しいからだと思います」

「美しい、なるほど美しいからか。では、なぜ美しいのだ。何がどう美しいのだ。聞かせてくれ」


 博士は曖昧なことを求めてはいないようだ。ロボは博士とともに謎の究明にあたっている様であった。


「謎だから」

「ほう」

「あの歯車はなんというか、、、そうこの世のものではないような気がするんです。あまりにも未知なんです」


 ロボは自分で言いながら意味不明なことを言ってるなと思った。

 ところが博士はその答えに満足したようで、不敵に微笑むと


「よろしい。決めたぞ領主殿、この少年を案内役にしたい。いや、この村にいる間の助手としたい。許可を貰えるかなガウス殿」


 その場にいた博士を除く全員が驚いた。ロボは胸の中に喜びが満ちた、なぜなら初めて人から認めてもらったからだ。

 ロボは是非やりたかったがガウスは渋い顔をしていた。


「いや、もちろん貴、、、博士がよろしいのなら構わないが。自分の息子のことをこんなふうに言うのもなんですが、ロボは未だに鋳型の一つも作れないんです。王都のクリエイターの助手なんてロボには荷が重いと思います」

「鋳型が一つも、、、」

「そうなんですよこの小僧はこの村では歯車を眺めるしか能のないボンクラクリエイターとして有名なんですよ。私からも違う者を助手にすることを勧めますよ」


 今までうんざりした様子でことの成り行きを見ていた領主も意地悪な笑みを浮かべて発言した。

 ロボは失望した。やはり鋳型の1つも作れないクリエイターなどどこにいても落ちこぼれなのだろう。

 しかしまたもや博士は皆を驚かせた


「かまわん。私はかまわんぞガウス殿。それに私の助手を務めることは彼のいい経験になると思うぞ。どうだ、ロボやってみるかね」

「やります。やらせて下さい」


 ロボはガウスが口を出す前に答えた。

 ガウスはそれでも心配そうだったがロボの様子を見てやらせてみようと思ったらしく


「わかりました。よろしくお願いします」


 と認めてくれた。


「よし、それでは早速歯車まで案内してくれ。ロボ」

「はい」


 ロボは思いも寄らぬ幸運に身を震わせながら、歯車に向けて出発した。

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