ファンタジーロボティクス

岡田 浩光

第1話

 それは直径が20メートルはある黒光りする円形でその周りには等間隔で生えているかのように接合された歯が125個連なっている。その見事に加工され妖しく光沢を放つ鋼鉄の真ん中には1メートルほどのこれまた見事な円形の穴が空いている。これは一体なんのために作られたのかは一切わからない。この謎の物体をこの村の人は歯車と呼んでいる。馬車などに使われる車輪に歯が付いてるからだ。


「また、ここに来てたのね。」


 そう、またここに来てしまった。自分でもなぜこの不思議な巨大物体を見たいのかはわからない。自分はこれの何に惹かれるのか、何を求めているのか、それともそれこそが自分の見たいものなのかもしれない。


「無視すんな」


 その声の方、つまり自分の後方を見るとそこには剣を腰に携え革の鎧を着た少女が立っていた。

 少女は見事な長い黒髪に深く沈んだ緑色の目を持っていた。長い髪と黒色ではない瞳は貴族の証のようなものだ。だが、普通貴族は金色の髪をしている。口の悪い連中は彼女の事を田舎貴族というが、僕にはあの瞳にはあの黒髪こそが似合っていると思う。


「どうも、おはようございます。メリーベルさん」

「もう、こんにちはって言う時間だよ。まったく、ガウスさんが怒ってたよ」


 それはそうだろう、こんにちはの時間って事はもうとっくに仕事の時間である。そして、こんな事がもう何度目であろう。

 また親父に殴られるなあと考えながら走って帰ろうとした自分をメリーベルが呼び止めた。


「ちょっと待って」

「なんですか、急いで帰らないといけないんですけど」

「今日仕事終わったらまたここにくる?」

「来ると思いますよ。それがどうかしましたか」

「少し話したい事があるの。いい?」

「かまいませんよ。それではまた今夜」


 彼女の話というのも気になったが今はそれよりも早く工房に行く事の方が大切であった。


 ***


「ロボ、またさぼりやがってこのポンコツが!」


 頭にハンマーのようなゲンコツが降りそそいだ。

 殴られているのは自分ことロボである。みんなには変な名前だとばかにされるが気に入っている。

 ロボを殴ったのは彼の父親でガウスという。ガウスはこの村一の鍛冶師だ。


「また、性懲りもなく歯車を見に行ってたのか、いい加減にして仕事しろ。」


 父は剣や農具を作る鍛冶師である。その手伝いをロボはしている。

 ロボやガウスのような職人は生まれた時から持っているクリエイトという力によって物を生み出したり加工したり強化したりすることができる。このような力を持っている者をクリエイターと呼ぶ。

 クリエイターがどのように物質を生み出すかというと剣を例えにしてみよう。まず、鋳型を作らなければならない。鋳型とはつまり簡単にいうとクリエイトを使わずに作った物の事である。剣を生み出だす時は鉄を窯で熱し槌で鍛え出さないといけないのだ。

 そうして生み出した鋳型をどうするかというとスキルにするのだ。スキルにするとは具体的にどうするのかと言うと。鋳型に手を当て体の中に吸収するようなイメージを持つのだ、すると鋳型は体の中に取り込まれスキルとなる。スキルを得るとどうなるかと言うと、クリエイトだけで鋳型と同じ物ができるのだ。つまり、材料を採取して加工してという過程をクリエイトだけで省略することができるようになるのだ。


 この力のためクリエイターはこの世界の生産業を担っているが地位は低い。

 この国、いやこの世界は戦士と魔法使いが支配しているのだ。そして、戦士と魔法使いはもれなく貴族である。これらの力を持つ貴族に支配されているのはロボ達クリエイターとブリーダー達である。

 彼らはクリエイターにおけるクリエイトのように戦士なら気、魔法使いなら魔力という力を持っている。それらはとても強力な力で鍛え上げた戦士の剣は山を切り裂き、磨き上げた魔法使いの魔法は天候すら自在に操ると言う。ブリーダーというのはブリードという力を使い草木や動物を育てたりモンスターを使役出来たりすることができるのだ。

 ブリーダーも戦士や魔法使いほど地位が高いわけではないがクリエイターよりは上である。なぜなら、ブリーダーの中にはとても強力なモンスター使役できる者もおり戦士や魔法使いに一目置かれているのだ。


 そして、ロボは今、剣の鋳型を作っているのだが、これが全く上手くいかないのだ。本来ロボの年齢ぐらいのクリエイターは何かしらの鋳型を作りスキルを持っているのだが、ロボはいくら剣の鋳型を作ってもスキルにすることが出来ないのだ。

 これには、ガウスも閉口していて工房の長である自分の息子がスキルの一つも満足に持てなくて、しかも、仕事をさぼって歯車なる意味の分からない物に熱中していたのでは弟子達に示しがつかない。

 しかし、いくら殴って怒っても一向に歯車の観察をやめない息子をどうすればいいのかガウスはわからなかった。

 さらに、困ったことにロボの作る鋳型は出来が悪いわけではないのだ。十分にスキルにすることが可能なレベルの鋳型なのだがロボはそれをスキルへと変化させることができないのだ。


「なんで、出来ねえんだろうな」

「何ででしょうね」


 今日もスキル化できなかったロボの鋳型を見ながら弟子に意味も無く聞いてみた。一体何が悪いのか、日々ガウスはそれに悩んでいた。

 ところが、息子はそんな事はどこ吹く風で今夜も歯車を見に行くようだ。どうすれば息子は歯車から仕事へと意識を向けてくれるのか。


 ***


 ロボは夕飯を食べたあと歯車のある町外れの丘へと向かった。もう空には星が出てきており辺りは大分暗くなってきているが何百回と通った道は目をつぶっていても歩いて行ける。

 暗さのせいでもはや、黒く見える林の中にある道をランプの光で照らして進みながら剣を上手くスキルに出来ない事を考えた。父はそのことに対して解決策が見つからない事、息子がそのことを気にしていないことにいらついていた。今夜も歯車を見に行くと言った時もいい顔をしなかった。メリーベルと約束していると言ってやっと許してもらった。


 別にロボも気にしていないわけではない。明らかに自分が他のクリエイターより劣っていることはひどく自尊心を傷つけられる。そんな状態なのにあの歯車を見に行ってしまう自分が本当に嫌になる。

 ドロドロと色々な事を考えていると、歯車が納められている洞穴が見えてきた。

 洞穴の奥は真っ暗で何も見えない。その中はそんなに広くないことは分かっているが夜に見るとどこまでも続いていて吸い込まれていくような気持ちになってしまう。

 メリーベル洞穴の前でもう既に待っていた。

 彼女の黒髪が夜風になびき、夜の闇に溶け込んでいる。


「すいません、待たせましたか」

「そんなに待ってないわ、気にしないで」


 メリーベルは微笑み答えた。


「それで、お話とはなんですか」

「その前にそんな他人行儀な話し方はやめてよ。昔みたいに話して」


 メリーベルとは幼馴染である。ロボは小さい頃から不器用で何をやってもうまく出来なかった。そして、その頃からロボは歯車観察という奇妙な趣味を持っていたのでそんな子供はを村のいじめっ子のいい的であった。

 そんな時助けてくれたのがメリーベルであった。いじめっ子も戦士であったがメリーベルには敵わなかった。


「昔は何も考えていなかったからですよ。あなたと僕は身分が違う」

「嘘でしょ、ロボは身分なんか気にする人じゃない。ううん、というよりそんな事を考えれる人じゃないでしょ。なんで、私と距離を置こうとするの?」


 ひどい言い草だと思ったがその通りだった。ロボは身分などどうでもいいと思っていた。

 では、なぜメリーベルを遠ざけようとしてしまうのか。

 正直よく分からなかった。メリーベルは自分とは違い優等生だった。戦士の事はよく知らないが彼女の年にしてはかなりの能力を持っているらしい。そして、持ち前の正義感で村のみんなから慕われている。

 そんな彼女と自分を比べて卑屈になっているのだろうか。

 そう言われればそうかもしれないが、何か違う気がする。


 ただ、きっかけは彼女が10歳の時に貴族の習わしで剣を送られた事であると思う。

 メリーベルは腰にピカピカの剣を携え意気揚々と自分に見せに来たのだ。それ以来僕はメリーベルに距離を感じている気がする。

 今も見ると、腰には剣がありそれはあの頃と比べると輝きは劣っているが、そこからは逆に使い込まれよく使い込まれている事がうかがえる。

 僕は色々考えた末さっきの質問に


「すいませんわかりません」

 と答えるしかなかった。

 メリーベルは悲しそうな顔をして


「そっか」

 と言った。

 そのまま彼女は夜空を見上げた。ロボもつられて空を見上げた。

 空には三日月が黄金に輝いており、満天の星が広がっていた。まるで黒いビロードの上に色様々な宝石が散らばっているようだった。

 星々の光が降り注ぐ中、ロボはメリーベルが話し出すのを待っていた。


「ねえ、歯車見ようか」

「えっ、ええ、いいですよ」


 それが話したかった事なのか。いや、違うだろう。あえて彼女は言わないようにしているように思える。言いにくいことなんだろうか。

 狭い洞窟の中は大きな歯車でほぼいっぱいになってしまっている。持ってきたランプで照らされ歯車は怪しく赤黒く輝いている。何度見ても神秘的な魅力に引き込まれてしまう。


「やっぱり、わからないわ」

「何がですか」

「一体何がいいのかさっぱりわからないわ。こんなのを毎日見て何が面白いの?」

「見てわかりませんか。こんなに美しくて不思議な物他にはありませんよ」

「ふーん」


 あまり興味なさそうだった。この歯車の魅力を理解してくれた人はいない。みんな村の外れに昔からずっとあるこの奇妙な物体を日常の風景のようにしか思えなくなっているのかもしれない。


「ガウスさんまだあなたがスキルを持っていないこと心配しているわよ。なのに歯車眺めてていいの?」

「よくはないでしょうね、でもなんだかこれは大事なことのように思えるのです。バカみたいでしょう。」

「うん、バカみたい。でも、それがあなたの長所なんじゃない。」


 そう言って優しく微笑んでこちらを見た。

 本当にそれが長所なんだろうか。


「短所じゃないですか。」

「ううん、それだけ一つの事に熱中出来るのも才能だよ。それが人の役に立ったり評価を得たりできるかは別にして。」

「やっぱり駄目じゃないですか。」

「私は大丈夫だと思うよ。ロボならいつかその熱意を別の物に向ける事が出来ると思うよ。そして、あなたは世界中の人を驚かせるような事をなすと思うわ。」

「ははは」


 僕は思わず笑ってしまった。彼女は僕を元気づけるためにこんな愉快なジョークを言っているんだと思えた。


「根拠はあるんだよ。」

「へー、ぜひ聞きたいですね。」

「王都にはこの世界最強の戦士がいるの。知ってる?」


 王都とはロボ達が住んでいるネール王国の首都である。都市名はカーメリアというがそこには王宮があり王族が住んでいるので国民は王都と呼んでいる。

 王都に最強の戦士がいるなんて知らなかったがまあ、王国最大の都市であるのでいてもおかしくはないだろう。


「いえ、知らないです。その戦士がどうしたんですか。」

「その人はね今でこそ王国の騎士団の団長だけど、子供の頃は落ちこぼれで戦士養成学校では先生からも見はなされていたんだって。でもね、彼はそれでも諦めずに毎日剣を振ったらしいんだ。家族が心配になるぐらい、それはもう病的に。そしてついにその極限まで研ぎ澄まされた剣は絶対剣と称され切れないものはこの世にないんだって。」

「つまり」

「つまり、毎日するって事はそれだけすごいことなの。最強になれるぐらい、毎日毎日同じことをするっていうのは簡単なようで出来ないことなの」


 なるほどとも思ったがその最強の戦士と自分とは少し違うと思った。その戦士はズバリ訓練したのだろうけど自分はスキルとは関係のない歯車に現を抜かしているのだ。そのおかげで何か自分の技術が向上したとはとても思えない。

 ただ、彼女が僕の事を元気づけ励ましてくれていることがわかった。それだけで僕は胸の中にある黒いもやもやとした悩みが晴れていくような気がしたのだ。


「それが話したかったことですか」

「うん、これもだけどもう1つ言いたいことがあるの」

「なんですか」


 彼女はランプで薄赤く染まった洞窟の地面を見つめた後、黙って外に向かって行った。僕も黙ってその後について行った。

 沈黙が重たくて彼女が話すまで何も話せなかった。

 外に出ると、メリーベルは空を見上げていた。

 さっきまで出ていた三日月は雲に隠れてしまっていた。

 雲に隠れた三日月を背にメリーベルは言った。


「私王都に行くの」


 僕は突然だったことと驚きで言葉がつっかえやっと絞り出せたのは


「なんでですか」


 と言う言葉だけだった。

 この土地はとても田舎だ。王都はとても遠く馬で走っても何ヶ月もかかってしまう。だから滅多にこの土地の人間は王都に行く事は無い。


「父の勧めで王都で修行をすることになったの。騎士団の直属の学校に入学して、勉強をするんだ。」


 王国を守護する騎士団直属の学校に入学出来たということはメリーベルは相当優秀なのであろう。


「それはおめでとうございます。何時出発するんですか」

「明日の朝」

「えっ、明日出発するんですか」

「うん、ごめん。なかなか言い出せなかったんだ。なんだか寂しくなるしロボとも変わらず過ごしたかったから」


 メリーベルは不安なんだろうか、わくわくしているのだろうか、どちらも感じているのだろうか。僕にはわからなかった。

 今までの彼女との思いでを思い出すと、自分は彼女に助けられてばかりだった。なのに、今まで友達として付き合ってくれた事を思い出すとメリーベルには感謝の念しか思い浮かばなかった。旅立つ彼女になにかしてあげたかったが、何も思いつかない。


「頑張ってください、応援しています」


 結局僕はこんな月並みな言葉しか言う事ができなかった。


「ありがとう」


 そんな僕にメリーベルも優しい月並みな言葉でかえしてくれた。

 これで良かったのだろうか、メリーベルはこんな僕に大事に旅立ちの事を伝えてくれたのに、こんな最後で良いのだろうか。


「帰ろうか、もう夜遅いし、明日早いんだ」

「・・・そうですね。帰りましょう」


 僕は彼女と二人で暗い夜道を歩いて帰った。空を見上げるとやはり空は雲に覆われていて星は見えない。

 こんな晩ぐらいは綺麗な星空であってほしかった。

 彼女の旅立ちを祝福してほしかった。


 次の日の朝、彼女は家族に見送られて静かに旅立った。

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