そして生者はいなくなった(2)
「――『転移操者(ポイント・オーダー)』発動。座標情報……現在地を除き、緯度、経度、標高の詳細設定を破棄」
青年が《輪外者》として力を行使した時、銀色の左眼に灯る光がより輝きを増す。
「《輪外者》名無、戦闘支援型自律AI『マクスウェル』の両名のみの転移を必須条件に設定」
矢継ぎ早に言葉を重ねる青年――名無が紡ぐそれは。能力『転移操者』を発動させる為の条件だった。
『転移操者』は、その名の通り現在地と目的地、この二点間の間にある空間を瞬間的に飛び越え移動する能力である。
名無を含め《輪外者》と呼ばれる人間は、生まれながらにして個別に様々な能力を持っている。
攻撃系、防御系、強化系、支援系など数ある能力系統がある。その中でも今、名無が使っている能力は空間系と移動系の複合型能力。複合型の能力を所持している《輪外者》は数が少ない、つまり《輪外者》の中でも稀少な存在。
その中でも、能力所持者の高い空間把握能力と綿密な座標設定を強いられる『転移操者』は奇襲や強襲。あらゆる戦闘において優れた移動性を発揮する、その一方で個人戦闘には向かない欠点もあった。
しかし、逃亡を目的とする名無の逃走手段としては最適な能力だった。
「――以上の条件に該当する目的地の道を此処に形成する」
抑揚があまり感じられない声が止まると能力の発動が成功した事を示すように、空間がぐにゃりと渦を巻くように歪曲し名無の目の前に黒い大きな穴が出現する。
『……概ね予想通り、と言ったところでしょうか』
「………………」
そう呟いたマクスウェルに無言で答える名無。
能力によって形作られた穴は人一人が優に通れる大きさだった。
一切の光も灯らず、何の景色も見えない深淵の闇。その純粋なまでに黒い亜空間の入り口は、この先に何の救いもない……そう告げているようにも見える。
『本来であれば転移する地点の景色がうっすらと浮かび上がるはず、やはりこのまま進むのは止めた方が良いと思いますが』
「いや、さっきお前が言ったようにチャンスは今しかないだろう。軍から離反するなら尚更な」
『ではワタシはマスターにこの身を委ね付いていくだけです』
「マクスウェルには迷惑を掛けてばかりだな。だが、お前が居てくれると助かる」
『イエス、マスター。では……そろそろ出発しましょう』
「……ああ」
目の前にある先の見えない暗闇を覗かせる亜空間の入り口へと近づいていく名無。黒穴を捕らえる彼の瞳に恐れはなく、近づいていく足取りにも躊躇いはない。
だが、入り口に踏み入ろうとした時、名無は足を止め後ろに振り向いた。
振り向いた先にあるのは、今も尚燃え続ける街と自分が手に掛けた者達の屍骸と血河。
その光景を見た名無は僅かに表情を歪めたが、それでも眼を逸らさず、自分の胸に手を当て小さく頭を下げる。
それは犯した罪に対してではない、命を奪った者達に許しを請うものでも無い。この一礼が今、此処から立ち去ろうとしている名無に出来る死者への精一杯の手向けだった。
「………………」
今更こんな事でしか弔う事が出来ない自分の不甲斐なさと、殺した側の自分が殺してしまった者達の安らかな眠りを願う……その矛盾だらけの行動に名無は唇を噛みしめる。
数秒後、顔を上げた名無は黒穴へと向き直り今度こそ漆黒の闇の中へ姿を消した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
名無がいなくなった後、残ったのはただの一人も生存者のいない燃え続ける廃墟。
そしてその廃墟を紅蓮で彩る戦火だけが阿鼻叫喚すら聞こえない地獄で、荒れ狂うその炎(み)が燃え燻る音を辺りに響かせ彼を見送っていた。
いずれ燃え尽き、虐殺の名残りとなるその瞬間まで……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます