落命の胎動(4)







































 ――――あの子は、無事に逃げられたかな――――



 それを確かめる方法は永遠に失われてしまった。

 この色も形もあるわけがない暗闇に包まれた世界が何よりの答えだと物語っている。



 ――――手を差し伸べてくれる人に出会えたかな――――



 どんな弱者よりも劣る……使い潰されるだけの私達。

 声を出すことも、指先一つ動かす事も、匂いも、音も、暖かさも、冷たさも無いこの世界が救いであると……それが間違った事だと気付けなかった哀れな■子。



 ――――辛くて、悲しくて……泣いちゃってるかな――――



 思い返す度に寂しさが募る。

 どれだけ嘘だらけでも、あの温かい世界で一緒にいたらあの子を一人にしないですんだかもしれないと。



 ――――『いや■よ、そ■な■間違■て■!』――――



 でも……それでも、選び取ったこの現実に後悔は無い。

 自分を失う事が、奪われていく事がこんなにも怖い。この恐怖をあの子に味あわせずにすんだから。

 初めて自分の意志で選び取った私の、他の誰でも無い自分自身の運命。

 私の終わりは黒く塗り潰され姉達と同じ結末に辿り着いてしまったけれど、やっぱり『あの人』の気持ちは理解出来なかった。そんな私の気持ちも、『あの人』に理解される事は無いのだろう。でも……それで良かったと思える。





 ――……お願い、どうか無事でいて――





 『あの人』と私は違う。

 約束された幸せは確かにあった……でも、それは逃げられない不幸でもあった。

 その事に気付けたのはあの子が抱いた本当に偶然で些細な疑問からだったけれど、私にとっては漸く私を私だと知る事が出来た天啓。

 あの子のお陰で『何が私なのか』を知る事が出来た……未練を手に入れる事が出来た。だからどうか誇る事を許して欲しい、届くかどうかも分からない最初で最後の未練(ねがい)を。



 色づく世界はきっと私が考えている以上に残酷なはずだ。



 それでも手にすべき幸せは、その世界にきっとあると私は信じてる。



 強者によって理不尽に虐げられてしまっても、生きる事に疲れて身も心も傷だらけになってしまっても……それこそが生きると言う事、生ききる事なのだとおもうから。



 ――だからこの未練が……私があなたの『お姉ちゃん』だった何よりの証明なんだって自慢させてね――































「………………」

【――――――】


 怒濤のようなざわめきが一人と一振りを包み込む。

 だが、周囲の喧噪とは裏腹に一人と一振りの間にあるのは張り詰める静寂。名無は対輪外者武器を異形の剣は刀身(おのれじしん)を向け合う。

 姿形が全く異なる者同士でありながらまるで映し鏡の如くお互いに一切の動きは無い。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……、だれ……が……だず……、だの……む゛う゛ぅ…………」


(……監視している奴らが打って出てきたと思ったんだが、直接姿を見せないつもりのようだな)


 目の前の冒険者の右腕に寄生している剣。

 あれは人が魔法具を使っているのでは無く、魔法具に使われていると言って良いだろう

 眼は見えない、真面に喋ることも出来ていない、意識もハッキリとしているとは言えない。どうみても冒険者の肉体は戦いに耐えられるような状態では無い、だと言うのに状態で有りながら剣を構える姿に隙が無い、その上敵意すら感じ取れない……ボロボロの風貌とは明らかに噛み合っていないのだ。

 その原因は言うまでもなくあの剣だろう。


(少しずつだが侵食が進んできている。右腕だけで無く右胸部にまで触手が……まるで生きているのでは無く本当に生きた剣と言う事か)


 今まで眼にした魔法具はそう多くない、心器に関しても特殊な力を持った魔族を材料にして作られたマクスウェルに類似した魔法具であるとしか知らない。しかし、あのおぞましい多眼を有する剣は本当に魔法具や心器の類なのだろうか、寧ろ一種の生物兵器だと考えた方が捉え方としてはしっくりくる。

 こうして相対していても一度も視線を外す事無く刀身に散らばっている眼球全てが自分を捉え続けていた。

 こちら出方を窺っているのか、それとも観察をしているのかは分からないが自分が戦う事になるのが誰か……何なのかは概ね理解した。


「マクスウェル」


『索敵の結果、敵戦力は目の前の冒険者のみのようです。ワタシ達を監視していた者達の反応も確認出来ません』


「分かった、だが範囲外で俺達の様子を見ているかも知れない。索敵は継続、何か動きがあればすぐに知らせてくれ」


『イエス、マスター』


「あとは……」


 異形の敵をどう対処するか。

 そう名無が考えを巡らせた時、イディオット――異形の剣が先手を取った。


【――――――】


 歪に膨れあがった右腕で己を横薙ぎに払って名無達が滞在していた部屋の外壁を破壊、巻き起こった粉塵など意に介さず名無へと肉薄。異形の剣はその身を名無の頭上へと振り下ろし命を刈り取りに掛かる。

 その一撃をノーティスで苦も無く受け止める直前、その双眸は大きく見開かれ微かにノーティスの刀身をずらし受け止める名無。その瞬間、名無達の背後へと衝撃が突き抜けた。


「きゃあっ!?」


「ひぅっ!!」


 それは名無が受け止めたことでそれた剣が纏っていた圧力。

 悲鳴があがったもののレラとティニーに当たること無く突き抜けた剣圧は街路を駆け、そのまま三人の背後にあった建造物の外壁に衝突し深く大きな傷を刻み込む。

 人間、魔族に関係なく常人がその一撃を喰らえば元が誰かも分からない細切れは確実。受け止めた名無の眼が語る驚愕が何よりも物語っている。


「――『絶越断界(イクシード・リフユート)』」


 驚愕に染まった双眸はそのままに、名無は次撃が振るわれるよりも一瞬速く能力を発動させる。


【――】


 そして間を置かずまさに文字通りの凶刃が名無に牙を剥く。

 先の隙の無い構えに反し振り落とされる剣戟に繊細さは皆無、型も太刀筋も関係ない。膨れあがった右腕に相応しい人は遙かに超えた腕力で唯々粗放に、息の根さえ止められれば良いと荒々しく、己の眼に映る目標を壊す事に忠実に……。

 そんな粗末な攻撃が名無に通用するはずも無く機械的に振るわれる凶刃は虚しく受け流され、能力によって護られているレラ達にも届くことは決して無い。

 能力その物は眼で捉える事は出来なかったが、名無に受け流され行き場を無くした剣圧がレラ達を脅かそうとする度に見えない壁に阻まれるように弾け飛んでいく。


 ――『絶越断界(イクシード・リフユート)』

 一定領域外からのあらゆる干渉を完全遮断する名無が奪い持ち得た能力の中で最強の護り。これはルクイ村での戦いにおいても使用されている、その際には百近い人の魂を喰らった『死魂喰らいの餓剣(ウル・デツセ・ディウス)』の力によって強化されたマリス・ハーヴェイが放った渾身の魔法を封殺している。

 マリスと異形の剣の攻撃は種類、威力、規模と全く異なる物だがどちらも苦も無く防ぎきる事が出来る有用性は見ての通りだ。

 しかし、最強の護りであろうと〈輪外者〉としての能力である以上、当然の如く弱点となり得る使用条件がある。

 それは発動させた能力を解除するまでに遮断した攻撃が有する威力に比例して、もう一度使用できるまでの発動可能間隔(インターバル)が発生してしまうといこと。ルクイ村で受けたマリスの魔法であれば『絶越断界(イクシード・リフユート)』が使えるようになるまでに掛かった時間はおよそ一日。

 一撃一撃が凄まじいとは言え異形の剣の一撃は村を焼き尽くす魔法よりは脅威度は低い。既に二十に近い斬撃を受け止め散らしてはいるが、発動可能間隔は然程長くなることは無いだろう。

 ……だが、


(この力、今の俺であれば充分に対処できるが……)


 異形の剣を完全に見切って対処しレラとティニーの安全も確立した有利な状況にありながら、名無は張り詰めた気を緩める事は無かった。

 戦闘状態である以上、気を抜けるような状態に無いのは当たり前の事だ。しかし、それとは別に名無の視線は鋭さを増していく。


(魔力による肉体強化にも限度はある……だが、この力はそんな物を遙かに超えている。これは俺の『虐殺継承』と同系統の力を持っていたあの魔法具と同じ力だな)


 ルクイ村で戦った異名騎士マリスが持っていた剣の魔法具『死魂喰らいの餓剣(ウル・デツセ・ディウス)』による恩恵と同じ、おそらくその上位互換があの異形の剣。違いがあるとすればおぞましい形状に桁違いの出力、何より明確な意志を持って他者の肉体を乗っ取る事が出来る点だろう。

 とは言っても剣戟の重さと速さに変化は無い、『虐殺継承』による能力全般の向上も感じない。運が良いことに人的被害は出ていないようだな。なら、このまま長引かせて剣の力を増大させてしまう前に決着を付ける。

 早期決着を選んだ名無は止まる事無く襲いかかる剣戟に対し受け流すのでは無く、振り下ろされる太刀筋とまったく逆の斬撃を寸分の狂いも無く繰り出す。

 その刃は異形の剣以上の威力が籠められており、絶え間なく振るわれていた眼球蠢く刀身がイディオットの頭上高くまで跳ね上がる。


【――――――】


 掠る事さえ出来ず受け流されていた時でさえ何の変化も見せなかった眼球達が驚いたように見開く。


「やはり自我があるのか。だが、これで終わらせてもらうぞ」


 言葉を話す事が出来たのなら対話の駆け引きで情報が引き出せたかもしれないが、身体の支配権は乗っ取れても言葉を交わすことまではできないようだ。

 なら狙うは冒険者の身体を侵食している触手が這い回っている右腕、すでに左胸部まで進んでいるが右肩から切り落とせばあの男を剣の支配から解放してやれるだろう。


「ふっ」


 右腕を切り落とした後はすぐに処置すれば右腕も問題無くつなぎ合わせられる――名無は何の迷いも無く大刀を一閃、イディオットの右腕を身体から切り離す。異形の剣が見せていた猛攻など意に介さず放たれた鈍色の一撃によって中を舞うイディオットの右腕。

 名無の後ろで震えながらもティニーを抱きしめていたレラも、そのあまりの呆気なさに眼を見張るも彼女の金の瞳に安堵の色が浮かんだ。


【――――――】


「――――ちぃっ!」


「そん、な……」


 しかし、レラが安堵したのは束の間。すぐに名無の苦言がレラを緊張へと連れ戻す。

 険しさを増した銀の瞳と動揺に揺れた金の双眸に映ったのは、まだ右腕と身体に残っていた触手が傷口から飛び出しそれぞれがそれぞれを繋ぎ止める光景。

 切り離された傷口を縫い合わせ元通りとはならないが、脈動する筋組織から伸び出る白い触手が蠢きうねる様にレラの頬は畏怖に強ばり声が出なくなってしまう。ティニーを護る為に気丈さを保ってはいても、これ以上常軌を逸脱した猟奇的な光景を眼にしてしまえばレラが持たない。

 名無は剣が攻撃態勢に入る前にイディオットの腹部に前蹴りを叩き込みレラ達から突き放す。




 ――その身その光は深き情に満ちている


 ――されど己が内を侵すモノに慈悲は無し


 ――淡き輝きは害心を許さず罰を為す




「『たゆたう優厳の光檻(ウィズ・エン・ティース)』」


 蹴り飛ばされたイディオットはそのまま背にしていた宿屋へと激突、そのままいくつもの建造物を突き抜けて崩れる瓦礫にその姿を消す。その間に『』の他に魔法を重ね掛けする名無。

 『たゆたう優厳の光檻(ウィズ・エン・ティース)』で護られたレラ達の周囲に無数の光の粒子が漂う。

 風に漂う羽毛のようにゆったりと漂い揺れる様は殺伐とした戦場と成り果てた街路にゆとりある温かさを振りまいている。しかし、敵の魔の手がレラとティニーに伸びた時、その身を超高速超の弾丸の如くレラ達を護る光弾の流星群と姿を変える。

 結界と言うよりも攻撃魔法に近い為に異形の剣が放つ剣圧をそう何度も防ぐ事は出来ないだろう、しかしレラ達から離れ戦わざる終えない状況において適切な防衛機能を果たし他の敵勢力への牽制にも充分な威力と利便性を有する光属性の魔法。


「レラ! ティニーと一緒に此処で待っていてくれ、すぐ戻る」


 攻守共にレラ達の防備を固めた名無は立ちこめる噴煙へと突入。相手に体勢を整えさせまいとしての突撃ではあったが名無の姿が煙に包まれた瞬間、対輪外者武器と異形の剣がぶつかり合い鳴り響く金属音と共に見えない剣圧が周囲へ飛び交った。


「ナ、ナナキさん……」


 戦闘経験の無いレラでも異形の剣が名無を待ち伏せしていた事が分かる。だが同時に、名無が無事であることも。

 飛び交う不可視の斬撃、吹き飛んではすぐに立ちこめる土煙、途切れることの無い耳を劈く金属音……眼と耳で否応なく捉えられる戦いの余波がそれを示しているのだから。


「レラ、お姉ちゃん……」


「大丈夫です、怖い人達はナナキさんが懲らしめてくれますから心配いりません」


 戦いそのものは遠ざかったが気を許すことは出来ない。それはレラだけで無くティニーも分かっていた。だが、レラは不安と恐怖をティニーに微笑みを浮かべて見せた。

 それはきっと固くぎこちない笑みだっただろう、それでもレラが笑みを浮かべる事が出来たのはティニーが自分以上に怯えているか分かっているから。異形の剣が見せた背筋が凍る変貌を見ていなくてもティニーの身体はガタガタと震えている。

 レラには名無のように戦える力は無い。

 それでもレラが笑ってみせることが出来たのは偏に時折顔を見せる強い意志。自分までこの場の雰囲気に飲まれてしまってはティニーの不安を煽る事になる、戦う力を持っていないからこそ同じ心境に陥るティニーを勇気づける為にレラは笑ったのだ。

 どんな状況でも毅然とした態度を取れる……そんな強がりを誰かの為に押し通す事が出来る事こそがレラの強さで有り、名無からティニーの傍にいることを任された彼女の戦いでもあった。












「本当にレラ達から離れて正解だった

『イエス、マスターと打ち合えていること自体ありえないと驚きましたが……コレはそれ以上です』


 舞い上がっては吹き飛び、吹き飛んでは消えて……弄ばれるように幾度となく巻き起こる噴煙の中で鈍色の閃光が燦めき奔る。

 刹那の間に生じた無数の火花が迸り、巻き起こる斬撃と解き放たれる剣圧がまるで一種の結界のように余人が立ち入る隙を与えない。土煙に視界を塞がれようと名無に取って障害にすらならない。

 開幕の一撃は土煙に紛れて放たれた異形の剣が穿った突き。

 その刺突が纏う空気によって揺れた土煙の微かな変化を名無は見逃さず躱しきり、左斬上から始まり、唐竹、逆風の太刀と同時に右足で深く踏み込み袈裟斬りは放つ。その一連の動きを止める事無く二刀を奔らせ左薙ぎ、そこから更に右斬上へと斬り返し逆裂へと繋げる。

 振るわれる一刀一刀が容赦無く、間違いなくイディオットの身体に致命傷を刻んでいる。しかし、未だイディオットは倒れること無く動き続けていた――動かされていた。

 名無がノーティスでイディオットの身体を傷つける度に触手が蠢き傷口を塞いでいく、右腕の様に四肢を斬り飛ばしても操り人形を括る糸のようにつなぎ合わせてくる。何度肉体を切り裂いても筋組織、骨格、血管、神経、それら全てを精密かつ繊細に複合してくるのだ。

 皮膚のしたを這い回り、傷口から湧き出てくる光景はおぞましいの一言に尽きる。

 だが、それ以上にレラ達に見せる訳にいかなかったのは別にあった。


 ――【■■■■■■】――


 それはイディオットの失われた眼球を補うように形成された血に染まった眼球、言うまでもなくその形は刀身に湧き出ているモノと同じく少しの衝撃で溢れ出てしまいそうだ。その上意思疎通が上手くいっていなくても喋ることが出来ていた口元に、刀身にあるモノよりも右腕に並ぶモノよりも大きい一つ目が脈打っている。

 最早イディオットに意識は無く生きていると言えるような状態では無い、これでもまだ生きていると言うのならそれこそ見た目通りの化け物だ。

 名無は息絶えた男の肉体を操る剣を両断しようと対輪外者武器の大刀を振り上げ次の瞬間、周囲の噴煙を吹き飛ばし空を切る音さえ置き去りにする一撃をみまう。

 しかし、その一撃を持ってしても異形の剣を破壊する事は敵わず弾き飛ばし後退行動を取らせる事しか出来なかった。


『あの冒険者の心臓は既に停止しています。アレが修繕可能な傀儡素体でしか無い以上、通常攻撃は有効ではありません』


「このまま戦っていても埒がないか……仕方ない」


 常に監視下の元で戦うしか無い以上、可能な限り手札を晒したくは無いがレラ達の事を考えても悪戯に時間を掛けるのはまずい。一瞬、空に視線を泳がせるも銀の双眸で傀儡と化したイディオットに向け直す名無。


「『接地爆見(ヴズルイフ・マイン)』」


【――■■■■■■!?――】


 名無の銀の双眸が輝いた瞬間、イディオット頭部が爆発し炎に包まれる。それは頭部に留まらず次々と号音を響かせ肉体のありとあらゆる箇所から爆発していく。


「物理攻撃が効きにくいのなら、それ以外の方法で押し切るだけだ」


 イディオットの身体を爆発させたのは『接地爆見(ヴズルイフ・マイン)』。

 手、もしくは身体の一部分で触れた物を有機物、無機物に関係なく爆発させる事が出来る能力。相手に触れてからの時間が空けば空くほど爆発できる箇所が広がっていき、1日も経てばほぼ全身を爆発対象に置くことが出来る。

 しかし、爆発させる場合は対象者を顔と姿を完全に視認できる距離で無くてはならない。

 名無ほどの実力者が使う以上、能力の制限は無いも同然である。凶悪化してしまった能力ではあるが、天蓋に映し出される空を利用して監視する者達に能力を無詠唱魔法と間違って認識させやすいだろう。

 名無は一切の躊躇無くイディオットを爆破し続ける、異形の剣の触手による縫合と修復が無意味なものになるまで。


『…………敵傀儡素体完全破壊を確認、肉片にまで爆砕した組織片までは利用できないようです』


「剣の方は?」


『完全破壊には程遠いようです、損傷率としては十パーセント程度しかダメージを与えられていません』


「直接喰らったわけじゃ無いにしてもあれだけの爆発に巻き込まれてそれだけどは」


 マクスウェルの報告に溜め息を溢し名無は大刀を横に払う。

 その一振りに籠められた剣圧が『接地爆見(ヴズルイフ・マイン)』によって立ちこめていた煙と肉の焼け焦げる異臭を霧散させ地面に転がる異形の剣を視界に捉えた。


【――――――】


「だが、自力で動く機能までは持っていないようだな。なら……」


 対輪外者武器の大刀を振り上げる名無。

 通常攻撃が通じなかったのは異形の剣の純粋な強度の高さからだが、『』で軽度とは言え損傷を与えることが出来た。己を振るわせる身体も無く僅かとは言え亀裂が走る刀身であれば破壊できるだろう。


【――――――】


 刀身で蠢き眼を見開き自分を見上げている異形の剣へと刃を振り下ろし、名無は完全な破壊を終える――筈だった。


「……………逃がしたか」


 振り下ろした刃はその威力を誇るように粉塵を巻き上げ、見る影も無くボロボロになった街路に巨大な斬撃の跡を残した。しかし、そこにあるのはその傷痕だけで肝心の剣の姿は無い。

 本当なら名無の一撃で破壊もしくは更に刀身の亀裂を深めた剣の姿が無ければならなかったのだが、姿形は何処にも無かった。


「マクスウェル、剣の反応は」


『探知範囲内には確認出来ません、完全にロストしました。ですがレラ様とティニー様のも周囲に変化はみられませんでした』


「そうか……二人の所に戻る、剣については後だ。今はレラ達の安全の確保を優先する」


『イエス、マスター』


 敵を仕損じはしたが脅威が去った事に代わりは無い。

 名無は迷うこと無く踵を返しレラ達の元へ向かった……しかし、未だ微かに銀の輝きを灯す瞳には確かな焦燥が姿を見せていた。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る