02-04 あの夜の意味(1)
「いきなり話の方向性が変わってしまったわね……どういうことか説明して貰えるのかしら?」
「俺とレラが貴女と出会った山の向こう側に広がる草原の更に奧。そこにレラの故郷、深い森と険しい山々に囲まれた魔族達の小さな隠れ里があった」
名無は求められた説明を持ってエルマリアへの返答とし、硬い声音で間を置かずに話を続ける。
「隠れ里を見たのは初めてだったが、それでもそう簡単に見つけられるような場所じゃ無かった。それこそ正確な位置を把握している誰かが教えなければ見つけられない程だ」
深森の最深部に位置するルクイ村を何の情報も無く見つけ出すのは難しいだろう。もしかすれば魔法の中に探索に適した魔法があるのかもしれないが、そうであるのなら自分が異世界に迷い込むよりも前に村は壊滅していたはずだ。
ルクイ村が見つかったのは運悪くレラが人間達に見つかってしまったからだと思っていた。だが、ガロやミリィ達は自分と戦う前に既に別の場所で戦闘に入っていたのだ。レラとガロ達の位置関係を考えると、レラがガロ達の戦いに巻き込まれないよう避難させられたのだとしても距離が離れすぎている。
いくら戦えない彼女に安全な場所まで離れるように言ったのだとしても、必ず目の届く範囲で無くては何かあった時すぐに対処しきれない。
そして自分は幸運にもそんな状況に遭遇した。
レラを襲っていた魔法騎士達はルクイ村の周辺の様子と位置情報を確認するための先遣隊の筈。だが、あの様子からして碌に探索などしていなかったのは明らか。
まして先遣隊の役目をを全うする事なく自分に撃退された。
魔族に味方する人間、それも下位クラスとは言え数人の魔法騎士を一蹴する者がいると知ったのだ。如何に覆されるはずの無かった戦力差と傲慢な驕りがあったとしても警戒し、どう動くべきか話し合うのが当然で対応は僅かでも遅れるはず。
事の顛末としては、奴等は己の力を過信してその命を散らした。が、
「最初の襲撃から二度目の襲撃まで約二日間の猶予はあったが、中隊……魔法騎士百人の統制と陣地設営の期間だったと考えても動きが早すぎる」
「つまりナナキ君はレラちゃんが住んでいた隠れ里を襲った人間の行動の早さは第三者による者で、その第三者が私では無いかと疑っている……で良いのかしら?」
「ああ」
「でも、今の説明だと私が彼等に協力した根拠としては弱い上にそもそも協力する理由がないと思うのだけど」
「根拠は二つ。一つ目はさっきの捕捉になるが奴等が持ち運んでいた積み荷、その中でも食糧の備蓄量と品目だ」
「続けて」
エルマリアが同族の集落を人間達に襲わせる。
酷い言いがかりとしか言えないものだったが、エルマリアは話を中断させること無く名無に続きを促した。
「百人分だけあって総量はかなりの物だ。だが、見た限り食糧が持つだろう日数は精々二日。それも日持ちしにくい生肉や野菜に果物ばかり、魔法を使って保存するという手もあるが非効率だ」
マリス達の目的がルクイ村、もしくはそれ以外の魔族達の集落を探し出すことだけだったのなら名無の頭の片隅に追いやられ思い出すことも気に掛けることも無かった事柄だろう。
しかし、旅の準備中に名無が眼にした物資の残量ではシャルアとルクイ村を往復することは出来ない量だった。
「ルクイ村からシャルアまで他の町や村は無い。初めからルクイ村の物資を当てにしていたとしても充分な量が確保出来るかの保証も無い上で部隊を動かすとは考えにくい……何より貴女はユタさんから俺の事を聞いていると言った」
「ええ」
「貴女は奴等に協力したのでは無く『魅了』の支配下に置いた。なら、この街に危害を加えず他の魔族に手を抜くなと命令する事が出来る。そうすればルクイ村で事を起こさせ消息を絶たせることでシャルアから眼をそらせる」
シャルアに置ける人の出入りは多い、それも今日の外出で知る事が出来たことだ。その中には死んでしまった商人達のように身勝手な者達もいる。
彼等のように数人程度であれば街から街へ渡り歩き商売をしている者であれば、その道中で盗賊などの物取りに遭遇し命を落とす可能性は決して低くは無い。住人達が殺してしまった者の足取りを追って身内や知人がシャルアを訪ねてきたとしてもしらを切り続ける事は出来るのだ。
それで納得しなくても今度はエルマリアの力で洗脳してしまえば良い。
だが、人間社会の中でマリス達のように戦う事の出来る力と権限を持つ者達が忽然と消息を絶てば話は面倒な方向に流れてしまう。であれば、その問題をシャルアではない所で起きたことにしてしまえば問題は解決できる。
これなら時間的、物資的な面だけで無くシャルアにマリス達の暴虐の爪痕が全くないことも一応の説明が付く。
「これで俺の話は終わりだ。その上でもう一度聞く、貴女が人間達にレラの村を襲うよう差し向けたのか? この街を守る為に……」
「確かにナナキ君の話は筋が通っているけれど、同族の集落を人間達に差し出すようなことは絶対にしないわ」
「本当か?」
「本当よ、それに話の筋は通っていると言ったけれど彼方の話には幾つも穴がある。それはナナキ君自身よく分かっているでしょう?」
「………………」
そう、名無の口にした仮説は僅かに説得力があるだけのもの。
エルマリアが魔法騎士達を洗脳した事だけでなくルクイ村に名無という最大戦力が居た事を前提にした襲撃も、エルマリアの言うように自身が立てた仮説に無理があることは名無も充分に理解していた。
「隠れ里の魔族達は基本的に外部と交流することは無いわ。外から同族を迎え入れるのは人間達から逃げて大陸中を放浪して運良く辿り着けただけの話。戦えるだけの力を持たない魔族が魔法騎士から逃げ延びるだけでも軌跡に等しいの」
「なら、貴女は隠れ里が見つかってしまった理由をどう考える?」
「村の場所が人間に知られてしまった理由は幾つか考えられるけど、可能性として一番高いのは村の住人の誰かが出歩いているとこを見られたでしょうね。村を襲った魔法騎士達の中に突出した実力者か魔法具を使える人間はいた?」
「一人だけ、魔法具を複数使える男がいた」
「なら確実に異名騎士級の実力者ね。その人間なら転移魔法を使って大舞台を移動させる事が出来るわ」
転移魔法は異名騎士以上のもので無ければ扱うことが出来ない高等魔法の一つ、術者が一度でも訪れたことのある場所であれば距離や立地に関係なく移動できる魔法である。
「一緒に転移できる人数は魔力や技量にもよるけど、転移魔法の対象になった人間や動物。生きているものであれば態々報告しなくても魔力を通じて術者に位置情報を知らせる目印の役割をになっているわ」
「と言う事は、最初の襲撃で村の大まかな一は露呈してのか」
「でしょうね、食糧の問題も同じ。本拠地か遠征途中の場所からの転移であれば何の心配もいらないもの。襲撃された日から経った日数を考えればシャルアへの飛び火も無いと考えて良いでしょう」
「貴女が話してくれたことが全て真実であるならな」
「そうね、何を言っても嘘を吐いていない証明が出来なければ意味がないもの。それでも私は無実であると言いましょう、それに……」
名無が抱いていた疑問や仮設に的確な答えを出してみせるエルマリア。しかし、名無は追求することを止めようとしない。そんな名無を見ても彼女は優しく微笑み続け、
「此処にレラちゃんがいない事が何よりの証明になる。彼方が最初から私を事の黒幕だと思っていないことの大きな穴のね」
エルマリアは二日間続いた探り合いに終わりを告げるように腰を上げた。
「……それでも俺が貴女に疑いを向けているのは事実だ」
「それで良いのよ、何の根拠も無く無条件で他人を信じられる。言葉の響きは良いけれど、見方をかえれば相手の事を知ろうとしていない。何の興味も抱いていないと同じなんだもの」
目の前にいる相手の言葉に耳を貸さず、自分から語りかけることもしない。それでは何も始まらない、何も生まれない。
言葉を交わすことで、触れ合う事で生まれたものが自分達が望んだもので無かったとしてもソレをもって始めるべきなのだ。
でなければ何が良くて、何が悪いのか。それすらも分からないままでは誰もが終わることの無い疑念と不安に際悩まされつづけ、歩み寄ることなど夢のまた夢でしかない。
「魔族も人間も分かり合うには絶望的なほどに争い過ぎた。仮に今すぐ和解の道を選んだとしても積み重なった禍根がそれを拒むでしょう。でも、だからこそ自分以外の誰かを疑うことは悪では無いわ」
「疑うという感情が相手を知ろうとする心の顕れ、か」
「生まれ墜ちた世界は違っても、その実例があるんだもの。夢物語の始まりとしては充分過ぎる結果だと思わない? まあ、全ての魔族と人間がとなると何時のことになるか保証できないのだけど」
自信を持って応えたであろう本心を、すぐさま否定できない事実で覆い隠すエルマリア。しかし、片目を瞑って悪戯な笑みを浮かべ名無に右手を差し出す姿が彼女が何を思っているのか物語っている。
(……さすがは八百年以上の時を生きる吸血鬼、口にする言葉だけじゃない。取る行動にも迷いが無い)
そして苦笑を溢しつつエルマリアの手を握って立ち上がる名無。何気ないやり取りではあったが、二人の間には確かに『信頼』と呼べるものがあった。
「これで一件落着かしら。でも、よくレラちゃんに頼らない選択を選べたわね。あの子、ナナキ君の力になりたがっていたから一緒に来る物とばかり」
「ああ、おれも彼女の力を借りようと思っていたよ。その方が不必要な衝突を避けられるからな」
「あら? それじゃこうする事を決めたのは……」
「レラだ、彼女が背中を押してくれたお陰で俺は選択肢を間違えずに済んだ」
「い、今の話は本当なんですか?」
「事実だ……俺も何かの間違いであればと思わずにはいられなかった」
買い物から戻った名無は何事も無かったようにエルマリアとの夕食を済ませ、客室へと戻ってレラに街で起きた出来事を沈痛な面持ちで打ち明けていた。
賑わいある人々のやり取り、街に住む彼等の人柄、魔族に対する意識、そして突如として豹変した者達の奇行とその結果……自身の眼で見た異変の全てを隠すこと無く。
それでも名無の見た物が何かの間違いであって欲しいと願っているのだろう、レラは名無と同じように苦渋の表情を浮かべる。これではレラの為にと譲り受けた茶葉を使って淹れた紅茶で一息入れることもできない。
『周囲に熱源反応はありません、対策を練るのであれば今のうちに』
「俺が外にいる間、レラとマクスウェルはエルマリアさんと一緒にいたようだが何か変わったことは無かったか? 言動や様子、気付いたことがあれば何でも言って欲しい」
「…………ごめんなさい、思い当たる事は何も」
「マクスウェルはどうだ?」
『ワタシの方でも特にヴァルファール氏が行動を起こしたと思える機微は確認できませんでした。少なくともマスターが街の住人達の奇行を目撃した時間、レラ様と一緒に彼女と行動を共にしていました』
「他の従者達は?」
『使用人の方々は全員で六十九、ルルカ様を除けば六十八人になりますが昨日現在まで人数に変化はありません。熱源のシルエットから判断してもそれは確かです』
「つまり、誰も外に出ていないと言うことか」
エルマリア達が屋敷から出ていない以上、少なくとも直接的に街で起こった殺人に彼女達は関わっていない。しかし、夢遊病者のような動きと言動は間違いなくエルマリアの精神支配が関係しているはずだ。
犯人というのもおかしいが、それに該当するのは現状エルマリアしか思い当たる人物はいない。
(だとしても街の住人全ての意識を同時に操ることが可能なのか?)
如何に初見殺しの力であろうと限界はある、それは魔法や能力も変わらない制限の筈。しかし、一人一人が全く別の命令を与えられ動くのでは無く、ある程度だが役割を分担したなら不可能では無いのかも知れない。
(そうなると彼女の意志で制御できないという話はフラグ? いや、レラの力で心の色を見て限り嘘ではないはずだ)
エルマリア以外の吸血鬼がいる可能性も否定できないが、マクスウェルの生体スキャンを使って調べるにしても圧倒的に時間が掛かりすぎる。
考えれば考えるほど、対処しなくてはならない事柄ばかり増えていく。
「……これ以上、後手に回るのは拙いな」
「それはエルマリアさんと……戦うって事ですか?」
「場合によっては」
「で、でも……エルマリアさんは私達に酷い事をするような人じゃ無いと思います!」
躊躇いなく戦闘の意志を見せた名無に対し、レラの脳裏に浮かんだのは一人でいる事に不安を感じていた自分を元気づけてくれたエルマリアの姿。
「ただ話をしただけで相手の事を分かったと思うのは駄目な事だって分かってます。でもエルマリアさんは私だけじゃ無くてナナキさんのことを心配してくれて……だから、だから……」
彼女が自分達に向けてくれる善意は本物だ。
それは相手の肌に触れ心の色を読み取る事が出来るブルーリッドだからこそ、たった二日という他人を理解するには短すぎる時間でも歩み寄ることが出来る。
自分が感じたものを知る事が出来たことを、うまく彼に伝える事が出来れば……。
レラは名無とエルマリアが戦わずに済むようにと必死に考えを巡らせ説得の言葉を探し続ける。
しかし、
「落ち着いてくれ、レラ。俺も彼女を信じる」
「えっ?」
名無はレラの焦燥を戸惑いに変えた。
「君がこうして言葉を尽くそうとしてくれているだけで充分だ、確かに俺が見たものはレラが眼にしたものとは真逆のものだろう。それでも俺は彼女を……エルマリアさんを信じる、他でもない俺がそうしたいんだ」
「それじゃ、さっき言ったことは……」
「あくまで自衛という意味以上のものは無かったんだが、誤解させてしまったな」
「い、いえ! 私が勝手に勘違いしただけですから」
名無の言葉の意味を間違った意味で受け取ってしまっただけだったのかとレラはほっと胸を撫で下ろし、名無も彼女が安心した様子に笑みを浮かべる。
「俺の方から行動を起こすが、ただエルマリアさんと話をするだけだ。黙ったやり過ごすことも出来るだろうが、きっとなにかしろ態度に出てしまうだろうからな。なら、下手に見なかったことにするより聞いてしまった方が動きやすい」
他にも一つ確かめなくてはならない事もある。だが、それはレラがいては口にすることが憚れる内容だ。
とは言え、今後の歩み合いのことを考えれば、これからの話し合いにおいて互いの言葉の透明性と信憑性を持たせるにはレラの力が必要になってくるのだが……
「レラ、君は――」
「はい、マクスウェルさんと一緒にナナキさんの帰りを待ってますね」
名無とレラの肌は触れ合っていない。だが、レラは見透かした様に名無の考えを言い当てる。
「……どうして俺が言おうとしたことが分かったんだ?」
「えっ? ど、どうしてと言われても……さっきナナキさんが言ってましたよ」
口にしようとした言葉を言い当てられ驚いている名無にレラはおろおろと困り顔を浮べた。
「エルマリアさんを信じる、他でもない自分がそうしたいんだって……それは私と同じでエルマリアさんを良い人だって信じてるって事ですよね? なのに話し合いに私がいたらナナキさんがエルマリアさんを信じてないって事になると思って……違いましたか?」
「いや……違わない、君の言う通りだ」
自分で口にしておきながら言葉の意味を分かっていなかったとは、名無はまた本心から眼を逸らしてしまっている自分に苦い笑みを溢す。
「……そんなことがあったの、流石はブルーリッド。いえ、レラちゃん自身の観察眼を褒めるべきでしょうね」
無表情とまでは言わないが名無の表情の変化は余程のことが無ければ乏しいものである。それでもレラは名無に触れること無く、彼が口にした言葉と分かりづらい表情の変化で心を汲み取った。
同じブルーリッドでもこうはいくまい、名無を怖れず向き合うことが出来るレラだからこその芸当と言えるだろう。
「彼女、本当に彼方の事を信じているのね」
「俺だけじゃ無い、貴女の事も信じているからこその行動だ。自分以外の誰かと向き合える、それが彼女の強さで優しさだ……そんな彼女に助けられてばかりで情けないと思ってばかりだ」
「ふふ、仲が良いのは良い事よ。それに支え合える相手がいるというのは、それだけで掛け替えのない関係だわ。恋人であれ夫婦であれ、そんな間柄で無くてもね」
その気持ちを忘れては駄目よ、と話を締めくくるエルマリア。これで漸く二人の舌戦は引き分けという最高の形で終わりを迎えた。
「さて、お互いに信頼を勝ち取ったところで私個人からナナキ君にお願いがあるのだけど良いかしら?」
「お願い?」
「話を蒸し返すつもりでは無いのだけど、あの人と同じ……異世界の人間である彼方で無ければ頼めない事があるの」
「………………」
自分に出来る事であればエルマリアに協力するのは吝かでは無い。しかし、話を蒸し返す気は無いと念を押すと言う事は、このタイミングで無くては話をすることが出来ない問題だったのだろう。
今も美しい微笑を見せるエルマリアではあったが、名無を映す黒い瞳には行き場の無い憂いが浮かんでいた。
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