05 ありのままに(1)
マリス達の急襲を凌いでから一時間あまり。
見る影も無い村の有様に嘆く暇も無いまま、村人達は各々ルクイ村を出る準備にせいを出していた。その中には重傷を負っていたミリィやリーザ達の姿もある。
グノーと名無の治療によって傷は完治している。しかし、消耗してしまった体力までは戻っていない。本来なら大事を取って何日か療養させるべきなのだが、そうも言っていられない問題があった。
焼き払われたとは言え隠れ里の所在が人間達に露呈してしまったのだ。こうなってしまっては村を再建することが出来ても、また今回のようなことが起きてしまう。それを回避するならば村を捨て他の地へと移住する他ない。
……ないのだが、荷造りに勤しむ村人達の雰囲気はそう悪い物では無かった。
何れこうなると覚悟していた事もあるのだろうが、ルクイ村にはグノーがいる。村外の知識を十二分に持っている彼が居れば他の隠れ里への移住、もしくは新天地に適した土地の充てが有る程度だが保証されている。何より、村人が誰一人欠けること無く生き延びることが出来た。それが彼等の心を支えている一番の理由だろう。
そんな移住の準備が進む中、名無は被害の無かったグノーの診療所。その待合席でグノーとガロ。
「ナナキさんが死ぬと、私も死ぬ……ですか?」
「そうだ、それが俺が君に使った魔法の欠点だ」
そして、レラの三人に自分がレラに何をしたのか明るくは無い面持ちで明らかにしていた。
『共命連鎖』――それは数多の同胞達を殺め、『虐殺継承』によって名無が簒奪した能力の一つ。
自らの命を他者と共有する、または強いる事が出来る類い希な力。生きながらえる、という点だけで考えれば誰もが手にすることを望むであろう異能。
言うまでもなく、名無が望んで奪い取ったわけでは無い。手に掛けた、掛けてしまった幾千、幾万の一つだったと言うだけ。しかし、その死者すらも救いえる約束された奇跡の元にレラは命を繋ぎ止める事が出来たのだ。
「俺と君は眼に見えない糸で繋がっている。その糸を介して俺から君へ命を提供、共有している状態なんだ」
「と言う事は、一つの命をナナキ君とレラで分け合ってはいる。けど、元々は君の命だからナナキ君が死ぬと魔法の効果が消えちゃうからレラも死んじゃうって感じ……で良いんだよねぇ?」
「その解釈で問題はない。あと命を繋げているのは糸だと言ったが、あくまで想像しやすい表現と言うだけだ。実際の糸のように切れてしまう事も無いし距離に関係なく別々の場所に居ても、大丈夫なはずだ」
「なんか自信なさげな感じだねぇ」
「……使うのはレラが初めてだった。魔法の特性上、俺よりも彼女の方がデメリットが大きいと言う事もあるが……あまり人目にさらして良いような物じゃなかったからな」
「まあ、今の話からしてレラの事は大丈夫だと思う。死霊魔法と同じで魔力、二人の場合は命さえ通じていれば効果が消えることは無いだろうし……でも、ナナキ君が言うことも尤もだ。蘇生魔法なんてものが存在するなんて知ったら、まず間違いなく人間達は悪用するだろうからねぇ」
「……すまない」
名無は沈痛な表情のままレラに頭を下げた。
「あ、謝らないでください。ナナキさんは私を助けてくれました、私はそれだけで……」
「それでも君を今まで以上の危険に晒してしまう事になる、君が安全な場所で暮らせても俺のせいで死と隣り合わせの日々を無理強いしてしまう事に変わりは無い」
今回のことで名無とルクイ村の住人達の関係は良い方向へと改善したと言える。だが、人間と魔族の関係性が変わった訳では無い。
「俺は人間だ。君達と一緒に行動すれば必ず君達に迷惑を掛ける」
レラ達、ルクイ村の面々だけで暮らす為の新天地を探すのであれば名無が行動を共にしても然程問題はないだろう。むしろ《異名騎士》と《魔法騎士》の一団を単騎で凌ぐ力を持つ名無が居れば、村の防衛力としてこれ以上無い戦力だ。
その一方で、別の隠れ里へ移住となると話は違ってくる。
如何に同族であるレラ達が名無の無害性を訴えても、先住する魔族達が納得するとは思えない。下手をしなくてもレラ達の移住を拒む事もあり得る。
レラ達の置かれた現状を考えれば、あまり長い旅路につくことは好ましくない。移住先に受け入れられるかどうかという問題もあるが、すでに生活環境が整っている集落への移動が最適なのは誰の目に見ても明らかだ。
ならば、レラ達が選ぶべき選択は後者。そうである以上、名無は彼女達と一緒に行動することは出来ない。
そして、その結論こそがレラにより強く死を考えさせることに繋がる。
何の当てもなく、命の保証など無く名無は一人この世界を放浪することになる。それはレラにとっての死が本人の意志とは全く関係の無いところで一人歩きしてしまっている状態に他ならないのだ。
命を繋ぎ止めることが出来ても、希有な能力だからこそ何の代償も無いわけが無い。生かされている生者(レラ)に安寧は無いも同然だった。
「安心して欲しい、と言っても無理な事は分かっている。だが、余程の事が無ければ俺は死なない……それだけは保証しよう」
自分でも説得力に乏しい理由である事は分かっていたが、苦笑を溢し名無は少しでもレラを不安にさせまいと言葉を並べた。
「その言葉に嘘は無いじゃろうが、これからどうするつもりじゃ? 充てはないのじゃろう?」
「そうだな、村長の言う通りだ。だが、目的ならある」
「世界を見て回る、じゃったか」
「ああ、俺は俺で旅を続けようと思う。俺が何をしたかったのか、何が欲しかったのか分かった。それとどう向き合い、どうするべきか……自分なりの答えを見つける為に」
「そうか、それは何とも難儀なモノじゃな」
「全くだねぇ」
否定こそしなかったものの二人の表情は暗い。
レラの様に名無の真意に気付いたわけでは無いのだろうが、百を超え生きた経験からか名無の願いに対する苦悩が更に強まったことを感じ取ったようだ。
『マスター、そろそろ出立しましょう急ぐ必要はありませんが、明るいうちに出来るだけ移動して情報の更新に努めるべきです』
「ああ、そうしよう。俺も少し確認しておきたいことがある」
マクスウェルの言葉に頷き立ち上がる名無。そして、三人を瞳に映してもう一度頭を下げる。
今度は謝罪では無く、感謝の念を込めて。
「今日まで受けた恩は忘れない。俺が言うべき事では無いだろうが、貴方達の旅路が平穏無事である事を祈ってる」
短い付き合いではあったが、レラ達の旅の成功を心から望む言葉を残し名無はそのまま事も無く診療所を後にした。
「う~ん、あっさりしてるなぁ。もっとこう何かあっても良いと思うだけどぉ」
「あり得んことが立て続けに起きとるんじゃ、最後くらい静かな方が助かるわい」
「ガロもさっぱりしてるねぇ」
「そう言う性分じゃ。それより、お前さんも準備せい。持って行く物も多かろう」
「そうだねぇ。薬とかもだけど、ナナキ君が置いていってくれた戦利品の魔法具もあるし」
「何、あいつ魔法具を置いていったの?」
あまり感傷に浸ること無く旅支度を始めようとする二人だったが、名無と入れ替わるようにミリィが姿を見せる。その後ろにはリーザの姿もあった。
「二人とも、準備は終わったか?」
「うん、私もミリィも準備は終わったよ。でも、ナナキ君どうするつもりなのかな? 戦利品だけじゃなくて食糧とかも碌に用意しないで……」
「あれだけ強いんだから、あたし達が気にしてやらなくても自分で何とかするでしょ」
「もーっ! 人間って言ったてナナキ君は私達の恩人なんだよ、少しくらい心配しても罰は当たらないと思うけど」
「助けて貰ったことに感謝はしてるわよ。けど、だからって気安い態度を取るつもりは無いわ……助けて貰ったことは感謝してるけど」
「本当にミリィは素直じゃないね」
「余計なお世話よ」
相変わらず突き放すような態度だったが、本人は認めようとしなくても少しだけ角が取れていたのは確かである。
「あたしの事は良いからレラの準備を手伝うわよ、その為に来たんでしょうが」
「そうだった、それじゃ何から手を付けよっか?」
「………………」
レラの荷造りを進めようとするミリィ達だったが、肝心のレラに動く様子はなくそのままじっと立ったままだった。
「レラ、どうしたのよ?」
「元気が無いね、具合でも悪いの?」
「そうなのか?」
「具合が悪いならちゃんと言いなよぉ。ボクが見てあげるからぁ」
「ち、違うんです……。そ、その……私―――――」
黙り込むレラを心配して声をかける四人。そんなミリィ達の気遣いにレラの瞳が躊躇いと不安に揺れる。だが、その感情と胸の内にある考えを隠すこと無く、レラは四人に辿々しくも返事を返すのだった。
ルクイ村を隠していた深い森を抜けた先に広がる広大な草原。
その中にぽつんと佇む幕屋――遊牧民が活用する様な携帯用の住居――の前に名無の姿があった。
ひょっとしなくともマリス達の拠点、だった物である。
「……どうやら村に侵入してきた部隊で全員だったようだな」
『その様ですね。本来なら人数を分け作戦を行うべきだとは思いますが、まさか返り討ちに遭うとは微塵も思っていなかったのでしょう。ワタシのセンサーにも人らしい反応はありません』
「なら、旅に使える物がまだ残っているはずだ。必要な物を探す、マクスウェルは警戒を頼む」
『イエス、マスター』
出来たばかりだというのに拠点としての意義を失った真新しい廃墟を油断無く、しかし遠慮も無く散策する名無。
一人旅には充分な準備が必要不可欠。現金、食糧、薬、その他にも使えそうな物を名無は物色し集める。あらかた揃え終え旅袋に詰め込み、幕屋に隣接する簡素な厩舎にいる馬の内の一頭に荷物を載せ、長距離を移動するための足も確保。
他の馬達は、もう主達も居ないのだから自由にしてしまっても良いだろうと野に放す名無……これで一通りの準備は整ったと言える。
「あとはこの拠点をどうするかだが……マクスウェル、拠点内に生体反応は無いな?」
『イエス、完全な無人です。人間以外の生体反応もありません』
「分かった、試すならちょうど良い状況だな」
立ち並ぶ幕屋を前に名無は草原の上に膝をつき、右手を地面に押しつける。
――沈み墜ちるは地の底
――飲まれし者に泥の祝福を
――暗く深き死の揺り籠はその身を開き招き待つ
「『墜ちて消え入る土の墓標(フォート・イヴ・ヴェル)』」
慣れ親しんだような口上で唱えるのは魔法という超常を形にする為の力ある言葉。
何をどうしたいのか、どうであって欲しいのか。自分の知識や経験を精霊と共有し、そこに魔力と想像力を掛け合わせる。その具現化が魔法と呼ばれるもの。
そして、具現化された魔法がマリス達の拠点を音も無く地に沈めていく。掛かった時間はものの数秒、そこには拠点の名残は微塵も無く、ただ雄大な草原があった。
「予想はしていたが……やはり使えるみたいだな」
自分や他の《輪外者》が持つ能力は特定個体種にのみ発現する人間の限界と、物理法則を超える現象に干渉し体現する力だ。発動の際には体力や精神力に集中力と、能力によって消耗する物は様々だ。
対して魔法は、この世界の住人であれば誰もが持つ魔力という特殊エネルギーを精霊という不可視存在に譲渡して体系化された物、もしくはまったく新しい現象を引き起こす力。
もっと簡単に言えば一代限りの単一的な力が能力、多勢的に扱うことが出来る力が魔法であり、最大の違いは精霊という存在の有無。
能力も魔法も『超常の力』という意味では同一の物だ、互いが互いに起きてしまった現象をぶつけ合い阻むことは出来る。しかし、能力は精霊を介さない力であるために魔法による封印が通用しない。魔法も精霊という異世界を構築する要素の一つである超存在の影響を受けているが故に能力による制限を受け付けない……と言う事なのだろう。
いまだ仮説の域を出ないが、自分の考えはそう間違ってはいないはずだ。
『こちら側の人間として振る舞うのであれば上々の結果かと。それに能力を制限している状態のマスターと本来のマスターとでは、その戦力に差がありすぎたのも事実……戦力増強の意味でも悪いことではないでしょう』
「そうだな、お前の言う通りだ」
躊躇いながらフォローとは言えない口添えをするマクスウェル。そんな彼女の言葉に頷き、名無は銀の輝きを失った右眼を瞼の上からそっと触れる。
今の名無は『誓約封書』によって『虐殺継承』を押さえ込んでいる。
彼の能力は名無――対象者に対して特定の条件を設定し、戦闘能力だけでなく行動に対しても制限を課す力だ。
そして、名無が自身に課した条件は二つ。
自分の意志とは関係なく常に発動状態にある『虐殺継承』の継承効果の封印、簒奪してしまった能力の同時使用個数の上限指定。この二つの誓約を持って際限なく膨れあがる力を弱体化させる事に成功はしたものの、増強されすぎた膂力に関しては使用上限内で発動させている『身体劣化』を重ね掛けし低下させることが出来た。
本当なら不必要ながらも得てしまった魔法の力も封印できれば良かったのだろうが、能力ではソレは不可能。何より弱体化した名無が同時に使える能力は『誓約封書』を含めて三つまで。
自身の力を押さえるために二つ、レラの命を繋ぎ止めるために一つ。すでに上限まで使い切ってしまっている現状では、マクスウェルの言う通り魔法という力は生き残らなければならなくなった名無には必要不可欠な物となったのは確かだ。
その事実が名無の脳裏に、自分の願望を理解した時の事を過ぎらせる。
(あの時、俺はマクスウェルに自分の為だけで動くと、後悔は無いと言ったが……)
一つだけ嘘をついた。本当は後悔していた、レラを助けたことをではない。彼女が心から笑える日々を奪ってしまった事をだ。
自分が死ねばレラも死ぬ。
終着点の無い旅の途中、ルクイ村のようなことがあれば魔族だろうと人間だろうと関係なく自分は助けに入るだろう
善悪の観念とはほど遠い偽善を振りかざし、孤独を遠ざけようと剣を取り、血にまみれた温もりでも良いと何度も死地へと飛び込むだろう。
それはレラも死地へと誘う事に他ならない、この事実がある限り彼女が安心して生きる事も、眠ることも、あのそよ風のように優しく、日だまりのように温かな微笑みを浮かべる事は叶わなくなった。
そうなると分かっていても、自分は自分の願望をレラに押しつけ押し通したのだ。グノーと一緒に見たあの平穏に満たされ輝くような笑顔で飾られた状景。
手にすることが出来なくとも、彼女達の微笑みが自分に向けられる事が無くても見ることが出来ただけで良かったあの光景から彼女が……レラだけが居なくなってしまうことが耐えられなかったから。
「……まったく、ままならないな」
『マスター』
「何でも無い」
頭の中にレラの笑顔と、血にまみれた自分を見て悲痛に歪んだ彼女の表情が何度も繰り返し浮かび上がりるも、名無は胸の嘆きと一緒に振り払うように頭を振り立ち上がった。
「これでこの辺りが悪目立ちすることも無くなったはずだ……行こう」
口にした言葉とは反対に名無の動きは散漫な物だったが、前に進む足はゆっくりと確実に歩を進める。しかし、程なくしてマクスウェルの声が野に響く。
『お待ちください、マスター。後方、ルクイ村の方角より熱源急速接近。これは――』
「ま、待ってくださーい!」
漸く、と言った様子で歩き出した名無の足が自分を呼び止める声に止まる。
「レラ……それに村長も」
足を止め振り向いた先にはレラとレラを背に駆けてくるガロの姿があった、別れを済ませたが何か問題でも起きたのだろうか。
自分の元へ駆け寄ってくる二人に名無は眉を寄せ、自分の元へ到着と同時に怖々とガロの背から降りるレラに眼を向ける。
白いレザー風のワンピースに落ち着きのある橙色のロングコートを身に付け、スカートのように裾のある檜皮色のオーバーコルセットでだぶつく腰回りを固定。
しっかりとした造りの物を身に付けながらも動きやすさを考慮した服装だった。
見たところ旅支度は済んでいるようだったがそれはレラだけで、ガロにそう言った様子は見受けられない。
「お主の事だ、とっとと先に進んでいるかと思っておったが間に合って何よりじゃ」
「どうして此処に、何かあったのか?」
「何かあったと言えば、あったんじゃが……」
名無の問いに明確な答えを返すこと無く視線を逸らすガロ、その先にいたのは胸に手を当て深呼吸を繰り返すレラの姿。緊張しているのか、強ばった雰囲気を漂わせている。二人の様子からして名無に用があるのはレラの様だ。
「……ナナキさん」
呼吸を整えたレラは名無を見据える、とは言っても強気な眼差しでは無い。気弱な、それでも懸命に眼を逸らすまいと顔を上げるレラ。
「わ、私も一緒に連れて行ってくれませんか!?」
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