気付いたモノの無意味さ(3)
それは一瞬の出来事。
騎士の一人が名無へと切り掛かり、気がつけば砕けた地面に埋まり憐れな死に様を晒していた。
敵である者達が目の前に広がる光景に息を呑む。
すでに戦いの狼煙は上がり死と隣り合わせの戦場に身を置いているにも関わらず、動揺と混乱に息を呑むなど愚行以外の何ものでもない。だと言うのに、それを知りながら誰一人動く事が出来ず名無に畏怖の眼差しを向け続ける事しか出来ていなかった。
「次は、誰だ?」
自分に向けられる視線とは反対に、立ちすくんでいる《魔法騎士》達へ冷たく輝く空虚な瞳を向ける名無。
只それだけの事で多くの騎士達が後ずさる中、マリスだけは変わらない余裕を見せていた。
「……やるじゃねえか、肉体強化をしても魔力光が出てねえって事は魔力制御が完璧って事だ。それなら下っ端をあっさり殺せるわな、でもよ……」
マリスは右足を無造作に振り上げ、そのまま地面を踏みつけ名無と同じように地面を砕いて見せた。捲れ上がった岩盤と立ち上る土煙に気圧されていた騎士達が賞賛の声を漏らす。
「それくらい俺にも出来るんだよ! 幾ら強がったところで結果は変わらねえ、お前等! 調子に乗ってる出来損ないに尻尾巻いてんじゃね、とっととあの野郎を殺せ!!」
「「「「おおぉぉぉっ!」」」」
心が折れかけた騎士達に発破を掛けるマリス。その言葉に戦意を取り戻した者から次々と蒼い光を身に纏っていく。
「………………」
気概を取り戻し戦意を高める騎士達の姿を見ても、名無は臆すること無く一歩、また一歩と前に進む。
「「うおおぉぉぉっ!」」
名無が動いたことで止まっていた戦場が動き出し、裂帛の叫びと共にまたもや一人の《魔法騎士》が名無へと接近する。しかし、その後ろに続々と後に続く者達の姿と魔法の詠唱に入っている者達の姿もあった。
先程の二の舞にならないように数と遠距離からの攻撃を持って攻め立てることを選んだのだろう。
如何に個人の技量が優れていようと物量で押し切られれば必ず隙が生まれ、そしてそれは命を奪われる時間としては充分な物だ。だが、その立場にある名無の表情は全く変わらない。
「その剣を借りるぞ」
「――っ!?」
それどころか一歩、地を蹴りって切り掛かってきていた騎士の懐へと潜り込む。
そこから剣を振り下ろす腕の肘関節を左手で殴り折り、騎士の手からこぼれ落ちた剣を奪い取ってそのまま喉を横薙ぎに一閃。
高きから低きに流れる水のように自然で、無駄の無い身体捌きによる一振りが一秒にも満たない時間で一つの命をあっけなく刈り取る。
――そこからは一方的な虐殺だった。
喉元から血しぶきを上げて倒れた騎士を皮切りに、名無は向かってくる敵を次々と命無き肉塊へと変えていく。
一閃、二閃、三閃。
鋭く空を切る数多の剣閃となって輝き奔るは鋼の刃。
己の身に迫る火を、風を、水を――魔法による射撃とそれらと同じ力を纏った凶刃を一度たりとも受け止める事も掠らせることも無く躱し、愛刀とは比べるまでも無い鈍を見舞う名無。
勝ち目などある筈がない。誰もがそう思わざる終えない逆境の中で騎士達を切り捨てていく様は正しく圧倒的な蹂躙劇。
鈍色の剣閃が煌めく度に命が消える。
一人は頭を落とされ、一人は腹を裂かれ、一人は四肢を切り飛ばされる。たった一人の青年が、たった一本の剣で作り上げるのは凄絶な惨禍。鮮やかな血に濡れる生々しい肉の断面、むき出しになる骨の白い切っ先、脈打って溢れ出る臓器……人皮という袋に収まっていた中身が血溜まりの上に散らばる惨憺たる光景。
振り下ろされる剣も、放たれる魔法も彼には届かない。この戦場に渦巻いていた欲望すら憐れな程に。
向けられる悪意全てを意に介さない隔絶した力を振るい、名無は何の感慨も無く残った一人に眼を向ける。
「まいった……いやー、まいった! こりゃ調子に乗ってたのは俺の方だったわ。まさかここまで強えとは思ってなかったぜ」
「………………」
名無の力を認め、へりくだる態度を見せるマリス。しかし、浮かべる笑みにはやはり余裕があった。
(追い詰めた……とは思うが、この劣勢を覆す事が出来る切り札があると言う事か)
虚ろな瞳に映るのはマリスを囲むように漂う四つの魔法具、その核たる水晶。マリスが使役した剣を含めて五つの魔法具の効果は不明。五つの内の一つ、もしくは全てが自分の想像もしない絶大な力を有している可能性がある。
名無は心此処にあらず、と言った眼差しを晒しながらも油断無く剣を構えた。
「殺す気満々だな、少しくらいは気を抜けっての。そんなんじゃあつけ込む隙がねえじゃねえか……なあ?」
「………………」
「また黙りかよ? 愛想の無い野郎だ、今はてめえの方が有利なんだ。ちょっとくらいは強気になっても罰は当たらないってのに勿体ねえな」
自分の敗色が濃いと口にしていながらマリスに差し迫った様子は見えない。むしろ、自分の勝利は揺らがないと狡猾的な笑みを浮かべている。
――どくん……
そして、その歪な確信を支えているモノが――マリスの握る剣が大きく脈打つ。
「……何をした?」
「別に俺は何もしちゃいない、やったのはこいつさ」
口元に浮かべた笑みを強め、自慢げに見せびらかすように剣の魔法具を突き出すマリス。
「こいつは死霊魔法を組み込んだ魔剣『死魂喰らいの餓剣(ウル・デツセ・ディウス)』って言ってな、てめえが殺した下っ端連中共の魂を喰って俺の力を何倍にまでも高めてくれるんだよ。こんな風にな――」
魔法による肉体強化と魔剣の恩恵が、マリスの身体を瞬く間に名無の背後へと運ぶ。
「――っ」
その速度に名無の眼が開く。次の瞬間、振り向き様に剣を払い自分を両断しようと脈打つ朱庵の刃を受け流す名無。
しかし、その太刀筋が内包する桁違いな威力によって、たった一度の剣戟だけで奪い取った剣の刀身に亀裂が走り粉々に砕かれてしまう。
「良く今のを捌いたな。でもよ、これで終わりじゃねんだよ!」
「だろうな」
柄だけとなった剣を投げ捨て、マリスの間合いから脱しようとする名無。
だが、初撃を繰り出したときと同じように距離を詰められ離れることが出来ない。当たれば剣どころか地面すら切り裂く剣戟で攻め立てられる中、だめ出しとばかりに他の魔法具を顕現していくマリス。
残っている四つの内の二つの魔法具は戦場に居座る熱気を集め風刃として纏う巨大な円月輪。風の魔法が込められたソレは、赤黒い空を縦横無尽に駆け巡り名無へと飛翔する。
「そいつは『狂飆なる輪刃(キルク・ヴィエ・トゥス)』、風魔法で操る投擲魔法具だ。俺が止めねえ限りそいつはてめえを狙い続けるぞ!!」
「そうか」
魔法という力を宿す二つの武具を持ってマリスは名無に牙を剥く。正面、頭上、背後。いや、もはや全方位が死角。魔剣と二つ円月輪、どちらも必殺の威力を持ち怒濤の勢いを持って名無に迫るその光景は刃の狂宴。
一度でも凶剣を掠らせれば、一度でも飛翔軌道を見誤れば、一度でも取るべき行動を読み違えれば死。そんな死線に身をさらしていながら、名無は不気味な程に落ち着いた様子でマリスの攻撃を躱し続ける。魔剣がマリスに与えた恩恵に驚いたのも一時の間。その事に気付いていないのか、マリスは相も変わらず名無をあざ笑う。
「おらおら、どうした! 避けてばっかじゃ勝てねえぞ!! さっきまでの威勢の良さは何処に行ったんだよぉ!?」
「………………」
あからさまな挑発の言葉を聞いても名無の顔に怒りや焦りといった感情が浮かぶ気配は無い、何処までも冷静に状況に対応している。現に名無の視線はマリスの動きを観察しながら、代わりとなる武器をその眼に捕らえていた。
「いい加減くらっとけっての、おらあっ!!」
抵抗らしい抵抗も見せない名無に痺れを切らし、マリスは大振りの一撃を放つ。今までの攻撃に比べて繊細さを欠いたぞんざいな一撃、生まれた隙を見逃さず名無はマリスと交差する形で横をすり抜け、その先に転がっていた剣をつかみ取る。
「罠、か」
剣を手に取った瞬間、剣を掴む手と両足が液状化した地面に沈む。案の定、その地表には赤銅色の輝きを放つ水晶が漂っていた。
「今頃気付いても遅いんだよバァカ! こんな見え透いた手に引っかかるなんて間抜けが過ぎるぞ、出来損ない」
「ああ、迂闊だった。魔法具がこうも利便性が高い物だとは思っていなかった」
正確に言えば魔法の利便性と言う事になるが、だからこそマリスの指摘に間違いは無い。
名無の持つ魔法や魔法具、そして『心器』に関する知識が微々たる物である事を除いても、あえて魔法具の説明をする事でマリスは名無の警戒心をすでに発動している物に集中させたのだ。
事実、名無は四つ目の魔法具の発動に気付けなかった。失態とも言えるも、純粋に魔法という力を使った駆け引きという点においてマリスに分があったとしか言いようがない。
「何時までもてめえにかまってられねえからな、これで終わりにしてやるよ!」
マリスは最後に残った魔法具をつかみ取り、動く事の出来ない名無目掛けて無造作に投げつけた。そして、放り投げられた水晶は名無に当たると同時に、半透明な帯を伸ばし名無の身を縛り付ける。
「これは……」
最後に使われた魔法具は最早説明不要のもの。拘束した者の魔力を封じ魔法を使用不可にする付加効果が付いた魔法具、その力はすでに体験済みだ。
「手も足も動かせねえ、魔法も使えねえ。無様だなあ、出来損ない? さあ、覚悟は良いか? 良くなくても俺のとっておきをくれてやる、盛大に逝ってくれや!」
不快な引き笑いからの耳障りな大笑い。自分の勝利を確信しながら名無へと左手を突き出すマリス。
号令の如く伸ばされた左手に呼応するように宙に舞い散る火の粉が勢いよく燃え上がり、その身を大火とかして名無へと殺到する。
「――『」
マリスの魔法から身を守る為に能力を発動する名無。しかし、それをあざ笑うかのように紅蓮の奔流が名無を飲み込む。土すら焦がす爆炎は猛然とその勢いを増し、唸り立つ劫火へと昇華。触れるモノ全てを瞬く間に灰へと変えていった。
村に隣接する森の木々を、村人達が暮らしていた家々を。そこにあった安寧の時間すらも……。
この地に根を下ろし静かな日々を願っていた魔族達にとって悪夢以外の何物でも無い。そんな風景を造り出した張本人は、
「詠唱無しって言っても、なりふり構わずぶちかませると気分が良いぜ。それにしても魔法具で力を強化してると言え、一撃で村一つ消せるだけの力を出せるとは我ながら恐ろしい。これでブルーリッドの『心器』が手に入りゃ、他の二つ名持ちを余裕で出し抜ける! 精霊騎士……いや、選定騎士だって夢じゃねえかもな!!」
もはや眼前に広がる火の海には何の興味も示していなかった。
死んだ部下に対する哀悼も、名無に勝った事への優越感も今のマリスには無い。
あるのは更なる力の渇望と執着心。
貴重な魔法具を収集する趣が可愛く思える程の、支配という概念への狂気じみた宿願だけ。
「さあて、ちっとばかし面倒だが魔法具を回収して魔族共をとっ捕まえに行くか。『心器』を造るのはその後でも――」
「今ので俺を確実に殺したと思ったのなら、お前はもう何も出来はしないぞ」
森の木々が焼け弾ける音、村の家屋が崩れ落ちる音。そのどちらでも無い人の声が紅蓮の向こう側から冷たく響いた時、地を這い流動していた炎がその流れを一変させ紅雲に包まれた空へと逆巻く。
「……なっ……」
舞い上がった炎渦は厚い雲海を払拭し、雲一つ無い青に消えていった。
残ったのは家も、屍も、草一つ無い黒く焼け焦げた地面。その中で一人、傷一つ追うこと無く佇む名無の姿。そして、名無の足下には彼の行動と魔力を制限していたはずの魔法具の核である水晶が、鮮やかささえ感じる切り口で真っ二つなって転がっている。
「何を……しやがった……」
「大した事はしていない、お前の魔法を防ぎ魔法具を破壊しただけだ」
「大し、た事ねえ……だと。俺の魔法が、苦労して揃えた魔法具が、俺の……この俺の力がかっ!?」
魔剣の恩恵による強化。その効果によって万全以上の状態で放った魔法は、マリスが扱うことの出来る物の中で最強。所有している魔法具も脆弱という言葉とは無縁、一時とは言え名無を後手に回らせる事が出来る物だった。
だが、それでも名無には届かない。
「そろそろ決着を付けよう」
「おいおいおいおいっ! 何だよ、その上から目線はよお! 何が決着を付けようだ、勝負はまだ――」
「いや、終わりだ」
「ッ!?」
何かが動けば無意識的に眼で追う、それは視覚という感覚を持つ生物であれば反射的な行動だ。
しかし、名無は眼にも止まらぬ速さでは無く、眼にも映らぬ疾さでマリスに肉薄。まさに一瞬。マリスが拘束されたという事に気づく前に、名無はマリスの顔と魔剣を握っている右腕を掴み地に膝を付かせていた。
「て、てめえっ! 離しはがれ!!」
「言ったはずだぞ、終わりだと――『傷痕再来(エリーダ・ロード)』」
「ッつあ!?」
短く簡素に。名無が喉を震わせた時、マリスの左腕から骨が砕ける音が上がった。それだけでなく、数秒もしないうちに今度は跪く両足の具足の接合部から血が流れ出る。
「何だ、ぐぅ、てめえ何を!?」
「お前は強い、今の俺でなかったら勝てなかっただろう。だからこそお前は幾つもの戦いを生き抜いてきてきたはずだ……その時に受けた傷を開かせてもらった」
《異名騎士》として確かな実力を持ってはいても、生まれた瞬間から強いなど有り得ない。幼少期には些細なことで怪我をしたはずだ。成長し騎士となり日々の訓練で、戦場で傷を負ったこともある筈だ。その積み重なった古傷をマリスは、名無によって開かされている状態だ。
「そんっな魔法、あるわけがねえっ!?」
まだ動かすことが出来る右腕に渾身の力を込め、名無の拘束から逃れようとするマリス。されど、赤子の手を捻るよりも容易いというように、名無は微動だにしない。
「ぐっ……そが、何で振りほどけねえ? 何で魔法が、魔法具が使えねえんだっ!?」
「百近い重ね掛けした封印魔法でお前の魔力を封じている状態だ。一人分の力ではお前に劣っては要るだろうが、百人分であれば効果はあるだろう」
「てめえ、さっぎがら何を……っぐああぁぁぁ!!」
話をしていても能力による損害は止まらない。擦り傷程度の物から致命傷に近い傷、そのどれかが一定の間隔で開いていく。マリスが痛みに声を上げたのは後者、深手と呼べる傷が開いたからだ。
「俺の力は、今お前が持っている剣の魔法具に近い」
何度も甦る激痛に悶え苦しむマリスを前にしていても名無は顔色一つ変えず皮肉、などでは無くただ事実を口にした。
マリスの持つ『死魂喰らいの餓剣』の効果は死した者の魂を喰らい、その数だけ所有者の力を増大させるものだ。そして、名無の――彼自身が有する力も悪辣にして凶悪。同一と言って良い程に近い本質の元に効力を発揮する能力。
――『虐殺継承(リスティス・マーダー)』
殺した相手の腕力、脚力、握力、踏力、速力、体力、治癒力といった身体能力。その身に宿す超常の力さえも含めた全ての力を略奪し己の物にする絶対側の力。
マリスが百の助力を得ているとすれば、名無は万を超えている。限りなく近い同系統の力であるが故に、絶対に埋まることの無い蓄積された量(奪つてきた命)の差が、そのまま名無と敵(マリス)の力の差なのだ。
そして、その力こそが名無を最強の《輪外者》たらしめ、《輪外者》の不変たる原則を覆し、同時にマリスの求める答えの全て。
醜悪さを糧に燃える炎災を能力で凌ぎ、万人を超える膂力をもってソレを切り裂き魔法具すらも無力化。更に奪い取った魔法の力でマリスの魔力を封じる。
それが事の全てであり、人という枠を逸脱した規格外の力を持つ名無がとった――人一人を斬る動作に掛ける労力と大して変わらない行動だった。
「わ、けが……わが……っねえ」
「別に理解する必要は無い、理解したところで意味は無い」
「――――ッ!?」
マリスの視界は名無の右手によって塞がれている、眼が見えない事で敏感になった耳で、肌で、名無の感情がより冷たいモノになった事を感じ取り自分の死が確定したことを悟る。
「ま、まで!? わがった!! この村がらは手を引ぐ! でめえ――いや、あんだの下にづく。だから、命だげは――」
恥も外聞も無く、動かすことすら困難な筈の身体を懸命に揺らし、力の限り声を絞り出すマリス。それは紛れもない心からの降伏の言葉。
死にたくない、死ぬのが怖い、やり残したことが山程ある……そんな考えがマリスの思考を埋め尽くす。
しかし、
「そう言って命乞いをした者達を、お前はどうした?」
その問いにもがいていたマリスは途端に硬直し答える事は無かった。いや、答えを聞くまでも無く名無は知っている、知っているからこそ突きつけたのだ。
もう、マリス・ハーヴェイという男に生きながらえる術は無いと。
「諦めろ、これがお前に……俺達に相応しい結末だ」
死の宣告を告げた名無の銀の瞳が輝きを強めた時、マリスの全身から噴水のように血が噴き出す。
かつて受けた傷が全て開ききり、そこから溢れるそれは明らかに致死量。
「あ…………っ……ぁ…………………………」
名無の両手から解放されマリスは、自分の血で出来た血だまりに倒れ伏し全身を赤く染め上げ掠れた声を漏らし……
「……………………」
ゆっくり、ゆっくりと眼の輝きを失い息絶えた。
無様に抗う事も、みっともない姿を晒して逃げることも出来ず、痛みと共に傷が開き、流れ出る血の感触を感じさせられ、最後の瞬間まで自分の死を自覚させられた。
それは、どれ程の恐怖だったろうか?
名無ならば相手にそれを自覚させる前に殺すことも出来た。だが、そうしなかった。
そこに怒りや恨みはない、それは誰かの為の感情。
要は因果応報、マリス自身が振りまいてきた理不尽な死こそがマリスに見合った最後だったと言うだけのこと。
そしてそれは名無にも言える事だ。自分では相応しいと口にしていながら、名無はこの結末を望んでいなかった。それを証明するかのように、浴びた返り血が彼の目尻から頬に流れ落ちる様は――
「ナ、ナナキさん」
身勝手と言われても否定出来ない矛盾を抱え佇む名無を呼ぶ声が、一人佇む彼の不意を突いて焼け朽ちた村に響く。
「………………」
顔に付いた血を拭いもせず、名無は自分の名前を呼んだ人物へと振り返る。
そこに居たのは、
「………………レラ」
マリスの凶刃に倒れ名無を憂う言葉を残して死した少女の、悲痛に顔を歪ませたレラの物悲しげな姿だった。
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