第12話 お誕生日会

 というわけでやってきたトモの家。我と同様、自宅に呼ばれたタクヤと二人、トモの家の前で待ち合わせし、先ほど合流したところだ。トモも自分の誕生日ならそうと言えばいいのに。回りくどいことを言い、混乱させるから保育士に叱られる羽目になった。

 我は包み紙にくるんだプレゼントを用意していた。母上におこづかいをもらい、自分で選んで買ってきたものだ。と言っても五歳児が何をもらって喜ぶのか、わからないので店員などに相談して決めたものだが。

 誕生日を祝うのは前世の記憶と変わらない。我の誕生日の時は国民が全員が仕事を休む祝日に制定されており、一日中酒を飲んでもいい日になっていた。我自身はというと他の国の外交官などと挨拶をして回る必要があり、それこそ目が回るほど忙しい日であるので誕生日にいい思い出はない。


「ピンポンは俺が押す!」

「どうぞ」


 なぜかやる気になったタクヤがトモの家のベルを鳴らす。家の中からピンポーンと呼び出し音が聞こえてくる。子供はなぜボタンを押したがるのか。理由はわからないが、我も母上とバスに乗った時、下車ボタンを押すのに興奮した覚えがある。


「は~い」という声とともに玄関が開く。

「タクヤ君と心太君ね」


 三十代後半くらいの女性は我々の名前を知っていた。トモから説明を受けていたのだろう。トモの母上だ。顔のところどころにトモと似ている点がある。違うのはにこやかに笑うことができる、ところだろうか。トモの母上はどことなく上品でしぐさに品があった。


「いらっしゃい。娘もあなたたちが来るのを楽しみに待ってたわ」


 玄関で靴を脱ぐ。靴をそろえていると隣でタクヤが靴を脱ぎ棄てて家の中を走っていく。行儀が悪い。

 人の印象の七割は第一印象で決まる。トモの母上に良い印象を持ってもらうにこしたことはない。ここでの我はあくまで紳士で礼儀正しい少年を演じることにする。

 タクヤと一緒だと思われても困る。

 

「お邪魔します」我はそう言って靴をそろえる。ついでにタクヤの靴もそろえておく。それにしてもタクヤの靴は汚いな。泥水の中を走ってきたような汚れっぷりだ。本当は触りたくないが、今はトモの母上がこちらを見ている。我は我慢してタクヤの靴に触れる。


「心太君はお行儀がいいのね」

「ありがとうございます」


 よし。心の中でガッツポーズを決める。

 人との繋がりはこうした小さな心遣いから繋がっていく。これでトモの母上は我に好印象を持ったはずだ。この気配りこそが後々、我の人間関係にいい影響を与えるだろう。小さなことからコツコツと。塵も積もれば山となる。昔の日本人はいい言葉を作ったものだ。


 用意されたスリッパをはき、さきにタクヤが向かった方向に行く。ドアを開けるとトモとタクヤが先に待機していた。

 トモは今回の主賓であり、主役でもあるのでちょっぴりおめかしをしている。保育園では見たことがない派手なドレスのような服装をしている。頬がちょっぴり赤いのは化粧をしているのかもしれない。トモのことだから今日はお誕生日だから特別、と駄々をこねて母親に化粧をつけてもらったのだろう。


「お誕生日おめでとう」


 開口一番。まず祝いの言葉を口にする。トモは恥ずかしそうに顔を俯かせる。


「これは僕からのプレゼントだよ」

 

 そう言って持っていたプレゼントを渡す。


「俺も誕生日プレゼントを持ってきたんだ」タクヤもポケットの中から何か包み紙を取り出した。とても小さい物だが、いったい何なのだろう。


 二人で同時にプレゼントを渡す。受け取ったトモはとてもうれしそうな顔をしている。


「開けてもいい?」


 プレゼントの包み紙を破ろうとするトモをタクヤが手で止める。そして、鼻を掻き、格好をつけて言う。


「プレゼントは俺たちが帰ってからにしてくれ。目の前で喜ばれるのは恥ずかしいからな」


 別に格好をつけて言うことではないが、恥ずかしいという点は同意だ。トモの誕生日会に誘われた、ので母上にお金をもらって選んだプレゼントだ。幼児とはいえ女性に贈り物をするのは久しぶりで体がむず痒い。できればプレゼントを見た反応は見ないでおきたかった。


「そうなんだ。楽しみにしておくね」


 トモはプレゼントをわきに置いた。子供だけのほうが楽しめるだろう、と気を利かせたトモの母親はいなくなり、ここにはトモとタクヤと我の三人だけになる。

 我の視線はさっきから机の上に釘付けになっていた。

 これのために我は誕生日パーティに来たのだ。

 我の目の前にはケーキ。しかもホールケーキと呼ばれる大きなケーキがあった。生クリームのデコレーションケーキで上にはチョコレートが乗っている。チョコレートにはトモの名前とお誕生日おめでとう。の文字が書かれている。しかし、移動の際に落としたのか、トモの名前の部分だけがこすれて読み取ることができない。

 ケーキの上には大きなイチゴもたくさん乗っている。

 素晴らしい。


「さて、ケーキを食べよう」


 ケーキに歳の数だけローソクを立てて火をつけて、息で吹き消す謎の儀式は夜やるので今はしなくていいそうだ。このケーキはお友達用のケーキらしい。つまり、トモはこのケーキのほかに夜用のケーキもあるということか。なんという幸せ者だ。

 ケーキを二食連続で食べられるのであれば我も誕生日パーティをしてもいいかもしれない。

 今度考えてみるか。


「それならケーキを切ってもらいましょう。ママを呼ばないと」

「待ちたまえ」


 母親を呼ぼうとするトモを我は止めた。母親を呼ばれては我の計画が狂うのだ。入念に綿密に組まれた緻密な計画。


「ケーキは我が切ろう」

「切れるの?」


 トモは不安そうな顔で我を見る。


「切らなくてもいいだろ」


 トモと話をしているとしびれを切らしたのか、タクヤが指をケーキに伸ばす。

 指がケーキに届く寸前、間一髪のタイミングでタクヤの腕を掴んだ我は関節を極める。


「貴様は今何をしようとした? ケーキを素手で触れようとしたのか? ケーキを貴様の汚い手で汚そうとしたのか?」


 とは言っても今日はトモの誕生日であり、お祝いの日である。雰囲気が悪くなるのでタクヤを泣かせたりはしない。泣きそうになる前にタクヤの腕を放し、我は笑顔を見せた。


「我が切る。いいな?」


 タクヤは無言でブンブンと機械のように首を縦に動かした。そして、なぜかトモも同じようにしている。

 何はともあれ、ケーキを切る権利を手に入れた我は魔法を発動させる。


「今日はトモのお誕生日ということで手品を見せよう」

「手品なんてできるの? 凄い!」


「今日しかできない特別な手品だ。発動せよ『世の中は不平等であるカットケーキ』」


 今日の誕生日パーティにはホールケーキが出ると事前に聞いており、その時からずっと計画していた。この魔法はこの日のために編み出した新しい魔法だ。机の上のケーキが光る。そして、光が収まり見えるようになると八等分にカットされた状態のケーキが存在していた。

 

「すごーい。心太君、こんな手品できるんだ。ひょっとすると将来はマジシャンになれるかも」

「さて、これはトモの分だ」

 そう言って我は一番大きくてチョコレートとイチゴが乗った部分を皿にのせてトモに渡す。


「ありがとう」とトモはそれを手に取る。カットされたケーキの切れ目も完璧で半分に割れたイチゴの断面図が綺麗に見えるようになっている。美しい。美味しい物はまず見た目も素晴らしくなくてはならない。


「そして、これはタクヤの物だ」


 二番目に大きなケーキをタクヤに渡す。タクヤも嬉しそうに受け取り、すぐに食べ始めている。フォークを使うのが下手なのか、ぼとぼと、と落としているが我の服に落ちたりしなければいいだろう。


「そして、これが我の分だ」


 そして、三番目に大きいケーキを我はまんまと手に入れることができた。


 計画通り。

 ニヤリ


 実は三番目に大きいこのケーキ、一番生クリームとイチゴが多い部分なのだ。見た目は小さめなので他の二人には遠慮したとみられ、その実、一番得する部分を手に入れる。完璧な計画である。

 この計画を思いついたときは我の天才っぷりに自分で驚いてしまったほどだ。天才と呼んでくれてもいいぞ。


 こうして三人ともケーキを食べて満足する。

 その後、トランプやオセロなどのボードゲームを楽しみ、あっという間に一日が過ぎた。ちなみにカード遊びやボードゲームは前世でも似たようなものがあり、我は得意であったが今日はトモの誕生日であったのでトモに勝利を献上することにした。

 前世では接待されるばかりだったのでたまには接待する側にまわるのも悪くない。

 園児の一人や二人のご機嫌をとれるようになったあたり、我も大人になったものだと思う。

 いや、実際には肉体が子供になったのだが。


 単なる子供、と思っていても同年代の者たちと同じゲームを楽しむのも悪くはない、と理解した日だった。

 



***


 トモの家で別れを告げ、タクヤと二人帰りの途に就く。まだ夕方というには早いくらいの時間帯だが、カラスが鳴き始めている。

 隣を歩くタクヤが話しかけてきた。


「なぁ、シンタは何をプレゼントしたんだ?」

「質問をするならまずは自分からだ。お前のほうは?」


「クワガタだ。凄いだろ。昨日のうちに山でとってきたんだ。残念だけどメスしかいなかったんだけどな。しかもコクワガタ」


 ほう。大したものだ。一日で昆虫を捕まえてくる根性も凄い。もし運が悪ければ手ぶらで誕生日パーティに来る必要がある。そんな博打は我では絶対にできない。


「奇遇だな。我もクワガタだ」


 我と同い年の友人がもらって喜ぶ物は何か、店員と相談した結果、クワガタやカブトムシということだった。今は冬なのでカブトムシはいないのでクワガタを選ぶことにした。

 しかし、クワガタだけ渡しても悪いのでしっかりとプラスチックの飼育カゴもセットで購入した。

 さすが。我、気が利くであろう。

 一番安いという理由でコクワガタだが、これは五歳児の財政力の限界だと許してもらうとしよう。


「しかも我のほうはコクワガタのオスだ」


 タクヤのほうを見ると彼は我を見て笑う。


「気が合うな。俺たち」


 同意しがたいが、たしかにその通りだ。クワガタのオスとメスがセットで手に入ったのだ。きっとトモも喜んでいるだろう。

 そう思い、我は先ほど出たトモの家を振り返った。



「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」



 プレゼントを開けた時のトモの歓喜の声が家の外にいる我にも聞こえてくる。ここまで喜んでくれるとは。我は心に温かい物を感じ、家に帰った。


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