第11話 友達と遊びました

 保育園での生活にも慣れ、友達付き合いというものを理解した今日この頃。保育士から見てもトモとタクヤと一緒に話をする我は普通の保育園児に見えるに違いない。誰もこんな我を見て、前世が王であり魔法が使えるとは思わないだろう。やはり、我の演技は完璧である。将来は役者になれるかもしれない。

 役者。うっ……。

 頭が痛い。何かトラウマを思い出しそうだ。気を抜くと目から汗が出そうな気分になる。このことを考えることはやめておこう。そう我は誓った。



 保育園でいつもの自由時間となっていた。野性味あふれる園児たちが暴れまわる時間だ。我はまた保育士にひとりぼっちで可哀そうな子だという目で見られないようにトモとタクヤの二人の傍で本を読む。これが我の保育園での日常である。

 しばらくしてトモの様子がいつもと違うことに気がついた。なんだかもじもじしている。おそらくトイレに行きたいのだろう。しかし、こういうデリケートなことは男児の口から言うのは反感を買う。空気が読める我は気づかぬふりをしてあげることにした。


「トイレにでも行きたいのかー?」


 タクヤがバカみたいな話し方でしかも、大声で言った。さすが地雷原を裸足で歩く男だ。男らしい馬鹿だと思う。


「そんなわけないでしょ。殴るわよ!」


 トモは顔を真っ赤にして手を振り上げてタクヤを脅す。すぐにタクヤは頭をかばうようにしてうずくまった。

 たたいて・かぶって・ジャンケンポンという反射神経を問うゲームがあるが、彼はその才能がありそうだ。


「ん?」


 トイレを否定したにもかかわらず、トモはいまだに少しもじもじと動いていた。トイレならトイレとはっきり言えばいいのに。早くいかないと漏れるぞ。

 やがて、意を決したように深呼吸をして、トモがとある提案をしてきた。


「えっとね、明日。私の家に二人を招待するわ」

「え。本当か? やったー」

「―――遠慮する」


 トモがこちらを睨む気配がするが我は本から目を離せないのでスルーする。タクヤが喜んでいるのだから、そちらの相手をしてくれ。


「明日は何の日か、知ってる?」


 知らない。と我は無言でタクヤのほうを横目で見た。


「今日は11月9日だから、明日は11月10日だ。どうだ。俺はカレンダーを見ることができるんだぜ」


「おお、すごいすごい。さすがタクヤだな」


 とりあえず話を聞いているふりをしてどうでもいい相槌をうっておく。そうとも知らずにタクヤはだろだろ、と連呼して自慢げに胸を張っている。

 そして、なぜかトモの眼尻が吊り上がる。


「11月10日が何の日か、わかる?」

「肉の日?」タクヤが言った。


「それは29日だろ」


 しまった。タクヤの馬鹿な答えに思わず突っ込んでしまった。我も話に混ざったと思わせてしまう。そうと後悔したのも遅く、トモは我々の答えを聞いて大きなため息をついた。なってない、全然ダメ。と、これまた大きく首を振る。


「大ヒント。誕生日会を開きます。さて誰の誕生日でしょうか?」


 トモの質問に対してタクヤがこちらを見て、疑問符を頭に浮かび上がらせながら首を傾げる。その仕草はかわいい女子(オナゴ)限定で許されるしぐさだからお前は今後一切しては駄目だぞ。


「はぁ」我はため息をついた。


 この大ヒントでもわからないのか、お前は。本当に駄目なやつだな。トモのちょっと嬉しそうな恥ずかしそうな表情で察することくらいできるだろう。仕方ないので我が代わりに言ってあげることにした。


「11月10日の誕生日と言えばヴラド・ツェペシュに決まっている」


 これくらい常識だ。と、我は鼻を鳴らす。が、トモの表情が暗くなる。なぜなのか。


「それ誰?」トモが聞く。

「ルーマニアの昔の王で串刺し公と呼ばれた男だ。ドラキュラのモデルとなった人物として有名で、昔は残虐性ばかり注視されていたが、最近になって名君であったと再評価され始めた人物だ」


 この間ブラム・ストーカーの『ドラキュラ』を読んだばかりの我にとってはタイムリーな話題だ。それにしてもトモも彼のことを知っていたとは驚いた。

 もしかすると彼女はドラキュラ公のファンでその生誕祭を祝おうと思い、明日、家に招いたのかもしれない。

 我は別にファンではないがそういうことなら少し興味がある。生誕祭に参加を表明しようとトモのほうを見るとなぜかトモが涙を目に貯めていた。

 あ、もう駄目だ。この顔は知っている。泣き出す三秒前だ。理由はわからないが、なぜかトモは泣きそうになっている。


「ど、どうした? 我は何かおかしなことでも言ったか?」

「ヒッ、ヒクッ。私は、そんな怖い人、知らない」


「知らないのか? たくさんの反逆者を串刺しの刑にして晒した男なのだが」

「しらないぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」


 我の必死の交渉も効果はなく、やっぱり泣いてしまった。前世では我が微笑みかけるだけで泣く子も黙る、と巷で噂になったほどだったのに今はその面影は残っていない。

 幼児になって以来、幼児に泣かれてばかりだ。少しいじけてしまう。

 我も傷つくのだ。

 しかし、ヴラドでないというのならばいったい誰の誕生日だというのか。我の誕生日も母上の誕生日もまだだ。他に誕生日を祝うような人はいない。

 悩んでいるとなぜかトモと別の向きから泣き声が聞こえてくる。その方角はタクヤが座っている場所。見たくはないが見なければいけないのだろう。

 我はゆっくりとタクヤのほうを見た。


「うわああああああああああああああああああああああああああああああああん」

「なぜ貴様も泣くのか!?」


「トモちゃんがないてるからあああああああああああああああああああああああ」


 タクヤは器用に泣きながら答えてくれた。

 この騒ぎを聞きつけた保育士が飛んできて二人を慰めていた。流石泣き叫ぶ子供を宥めるのはお手の物で5分もかからないうちに二人の泣き声はもう収まっていた。

 保育士の特にすごいと思うところは二人の鼻水が服についても嫌な顔一つしていないところだ。我であれば顔を大きく歪ませて突き飛ばすであろう。自分の鼻水でも許容できないのに人の鼻水など触っただけで寒気が走る。

 病気になるわ。


 どうして泣いていたのか、理由を保育士に聞かれた二人は逢坂君が怖い話をするから、と言った。

 この後、理不尽なお叱りをちょうだいしたのは言うまでもない。

 



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