第10話 わがままを言うのはよくないと気がついた
頼りにしていた(そこまで期待していたわけではない)幼児たちの知恵は所詮幼児レベルでしかなく、我が満足するような案ではなかった。さて、どうしよう。そもそも幼稚園児に頼みごとをする我が間違っていたのだ。結局、自分の知恵を働かせるしかない。
まず、母上を困らせることはやめよう、と思う。我はおねだりをすることを諦めた。
諦めた、と言ってもフクロウを飼うことを諦めたわけではない。
我には前世で築いた経験があり、知恵があり、魔法がある。
そんな我の辞書に不可能という言葉はない。
さて、そうは言っても具体案は思いつかない。そもそもフクロウってどうやって飼うんだ? 何を食べているんだ? どんなところで住んでいるんだ?
さっぱりわからない。フクロウの愛らしさに魅入られているだけで我はフクロウのことを全く知らないことに気がついた。
前世ではフクロウのような愛らしい見た目をした鳥類はいなかった。魔物の一種に少しだけ見た目が似た魔物がいたが、奴は長い舌で死体を舐めて栄養を取る下級魔物である。戦争後の死体を漁るその姿は実におぞましく、不幸の象徴ともされている。だから、フクロウとは月とスッポンほどの差がある。比べることさえおこがましい存在だ。
フクロウのことをもっと知るべきだと考え、我は家にある動物図鑑を読むことにした。これは我の幼稚園入学祝いに買ってくれた図鑑セットの一つである。他には乗り物や昆虫などのテーマがある。写真がついており、文字も大きくわかりやすい。日本だけでなくこの地球のことを学ぶ研究材料なので重宝している品だ。
「ふむふむ。フクロウはフクロウ目フクロウ科フクロウ属なのか。なるほどな。……意味がわからない」
フクロウはフクロウだろう。
何でこんな馬鹿な記述をしているんだ。この図鑑を作った人間は馬鹿なのか?
日本人は日本人で日本人なんです。みたいなことが書かれている。この一文を読んだだけで動物図鑑に対する信ぴょう性が一気に下がった。
しかし、フクロウの情報を得る手段はこれしかない。我は図鑑を読み進めることにした。
フクロウは夜行性で人目につかない生活を送っているが人間により知的なイメージのついた動物らしい。
ギリシャ神話でも知恵の女神の象徴とされており、童話などでも森の知恵袋の役割を果たすことが多い。
「なるほど。知識の探究者である我の使い魔にはぴったりだな」
こうしてフクロウのことを知っていくと、ますます欲しくなった。うずうずと体の奥がうずき、今すぐフクロウを飼いたくなってくる。
さて、どこに住んでいるのか。
調べてみると北海道、岩手、青森、和歌山など割とどこでも住んでいるらしい。流石に近所にはいないが、生息地さえわかればどうとでもなる。
てっきりヨーロッパなど小洒落た地域ににしかいないものだとばかり思っていた。
「日本にもいるのか……」
それなら話は早い。我はすぐに荷物をまとめて出かける準備を始めた。
「さて、フクロウを捕まえに行くか」
フクロウのことをもっとよく知る?
そんなことより捕獲だ。実物を見て、知った方が百倍早い。
日本ではこれを百聞は一見に如かず、というらしい。
***
外着を着た我は母上に外出を告げ、外に出る。向かったのはマンションの屋上だ。
エレベータと呼ばれる上下に動く鉄の箱に乗り、屋上に出る。25階のその上、Rと呼ばれる場所だ。
このマンションの屋上は屋上庭園になっていて緑にあふれている。事前予約さえ行えばBBQ(と呼ばれるみんなで肉を焼いて食べるセルフ立食パーティのようなもの)もできる、とかできないとか。
詳しい話は知らないがマンションの皆が利用できるスペースとなっている。
今は時間帯がよかったのか、見渡してみると誰もいない。念のため感知魔法で周囲を探索するが人の気配はなかった。この屋上には誰もいない。それを確認する。
「よし、始めるか」
手を前に出し、我は魔法を発動させる。この魔法は通常魔法より多くの集中力を必要とするので発動まで時間がかかる。失敗をしないために十分な時間をかけ、魔法を練り、構想する。
「発動せよ。
この魔法は場所と場所を繋ぐ疑似的な出入口を作り出す魔法だ。この魔法は本来、一度行ったことのある場所しか行けないものなのだが、日本のいんたーねっとにはぐー●るまっぷと呼ばれるその場に行った気分になれる特殊な機械が存在した。それのおかげで北海道への道を繋ぐことができたのだ。
我はこの魔法があまり好きではない。旅とは目的地に着くまでの行路で出会う人や物などを経験することも楽しみの一つである。しかし、この魔法はそれを一切排除して到着してしまう。だから、前世では緊急時以外は使わなかった魔法である。今回はその緊急事態に該当すると判断し、発動することにした。
一刻も早くフクロウを捕獲しなければ我のストレスがたまる。これは緊急事態である。
イメージした通りに我の身体が楽にくぐれる程度の大きさのドアが目の前に出現する。時間をかけた甲斐あり、ドアは豪奢な仕様になっている。重厚でありながら温かみがあり落ち着いた雰囲気を放つ木製のドア。ドアノブは金箔が張り付けられたイメージで金色に輝かせている。太陽の光を反射させる一点の曇りのないドアノブはこれから握りしめ、指紋をつけることを躊躇させるほどだ。
このドアのデザインを形成するのに時間がかかったのだ。
「満足のいく出来だ。我ながら素晴らしいセンスだ。王にならなければドア職人になるのもよかったかもしれない」
自分の作り出したドアの出来に十分満足した我はそのドアノブを握りしめた。
ゆっくりとドアを開け、我は中に入った。
さらに一歩踏み出し、ドアを潜り抜けるとたちまち、背後のドアは光とともに消滅した。あれだけ苦労して作ったのに消えるのは一瞬。儚いものだ。
それにしても
「寒いな」
我は肌寒さを感じて二の腕をさする。半そでで北海道に来たことを後悔した。季節は夏。照りつける太陽にも関わらず、北海道は寒い。流石は北国。
と、感心していると風が強すぎることと周囲の風景が急速に変化していることに気がついた。
足元を見て、ようやくその理由がわかる。
今、我は高速道路を走るトラックの上に載っていた。寒いと感じたのは時速80キロ以上で走る風の抵抗を受けたせいだ。
「ちょっぴり失敗したな」
この魔法はちょっとした失敗で高度1000m以上に繋がったり、地下に繋がったりする。今回はドアの外見にこだわりすぎたせいでドアの行き先がおろそかになってしまった。
反省。反省。
ふと視線を感じ、後ろを振り返ると車を運転する男がトラックの上に平然と載っている我を見て、ポカンと口を大きく開いていた。
我が手を振ると彼も釣られて振り返してくる。すると、片手が離れたことで男はハンドルの操作を誤り、車は左右に揺られながら急ブレーキをかけ、トラックから離れていった。事故にはなっていないようだが、すまないことをした。
我はフクロウを探すために森を求めてトラックから飛び降りた。
***
「ここはフクロウがいそうだな」
森の奥、さらに奥に到着する。背の高い樹木が日の光を遮り、暗闇を作り出している。昼間だというのにまるで夜だと思い込みそうなほどだ。
飛行魔法を使い、高速道路から離れて、人気のない場所をどんどん目指して進んでいった結果、ここにたどり着いた。
地図も何も自分の位置が把握できるものは持っていないのでここがどこなのか、さっぱりわからない。空を飛んで森を求め、思いつくがまま進んできたので来た道を戻る、という方法はとれない。
困ったなぁ。
「……」
いや、困っていない。断じて困っていない。
これは迷子ではない。迷子は文字通り子供のすることであり、前世では王であり成人をとっくに迎えている我が迷子になるわけがない。
そもそも魔法を使えばすぐに自宅に戻ることができるのだ。
我は迷っていないので迷子ではない。
「ホーホー」
これはフクロウをおびき寄せるために考案した策である。仲間の真似をすればフクロウもたちまち我の前に姿を現すに違いない。
ひとまず、当初の目的であるフクロウを見つけることにする。そうすればこの薄気味悪い森ともおさらばできる。
「ホーホー。おいで。フクロウ。怖くないホー。ただの幼稚園児だホー」
我はフクロウの鳴きまねをして呼びかける。しかし、一向に反応はなく、蝉の鳴くやまかしい音だけが耳に残る。
いっそのことここら一帯の樹を全て切り落とし、フクロウが飛び出してくるのを待つか。
そんなことを考えていると空を飛ぶ一羽の鳥が目に入る。
「あのシルエット。もしや」
我はすぐにその鳥を追いかけた。飛行魔法を使えば鳥に追いつくことなど容易である。
追いついてすぐにその鳥がフクロウでないことに気づく。しかし、なかなか大きな図体をしていて強そうだ。それにカッコいい。茶色に輝く羽根に黄色い鋭く尖った嘴。凛々しくも気高い前世での我に似ている気がする。
その鳥は足に捕えた獲物を持っていた。ネズミのように見える。これから巣に戻るようだ。我はこの鳥を尾行することに決めた。
フクロウではないが鳥類の行動を理解しておくことはフクロウの捕獲につながると考えたからだ。
その鳥の名は知らぬがピーコと命名する。これ以後、彼の名はピーコだ。
ピーコは尾行する我に気づかず、巣に向かう。ピーコのスピードはそれなりのものだったが、我を振り切るには戦闘機クラスの速度でなくては無理だ。それにしてもネズミを持ちながらも飛行速度を落とさず進むピーコはさすがだと言わざるを得ない。根性もありそうだ。
しばらくしてピーコの巣に到着した。我は少し離れた位置からその様子を窺う。巣の中には数匹の雛が口を開けてピーコを迎え入れていた。ピーコの獲物を取り合うようにして喜んで食べている。ネズミを与え終わったピーコは再び巣を離れていく。また雛のエサを探しに行ったに違いない。
この隙に我はピーコの巣に近づいた。
「ちょっと不細工だな」
巣の中にいた雛は羽根もなく孵化したばかり。あのピーコの子とは思えぬほどけむくじゃらでかっこよくない。巣を飛びたち、ピーコのように飛べるようにはまだまだかかりそうだ。
そんなことを考えていると我に襲撃するものが現れる。
キーーーーーーーーーーー
叫ぶような引っかくような音ともにピーコが巣を覗き込んでいた我に襲い掛かってきた。思ったより早く狩りが終わったのか、それとも我の気配に気づき、雛の危機だと思ったのか。理由はわからないが、ピーコは我を敵と認識したらしくその爪で攻撃してくる。
我への攻撃を認識し、自動防壁が展開した。不可視の壁がピーコの前に立ちふさがる。
当然、魔力付与もされていないピーコの爪は簡単に弾かれる。
「我の魔法を破りたければミサイルでも持ってくることだな」
ミサイルとは現代社会の武器でものすごい威力の武器らしい。実際に威力を見たことはないが、きっとすごいのだろう。
無駄だと分かっているのにピーコは何度も、何度もこちらに攻撃してくる。
ピーコがいくら頑張っても、何時間かけようとも我に傷一つつけることはできない。それほどの圧倒的な戦力差が我とピーコにはあった。
しかし、ピーコは諦めたりはしなかった。
「……なぜなのか」
その答えは我の後ろにあった。鳴き声に振り返ると雛たちがピーコを呼んでいた。それはまるで奮闘するピーコを応援するかのような叫びだった。
ピーコが必死に頑張る理由は子供を守るため。
子供を守るために命をかけていたのだ。
大切なものは誰にでもある。
我が捕まえようとしていたフクロウも親がおり、子がいる。
家族がいる。
「その家族の絆を引き裂こうとしていたのか、我は……」
前世での我は母親を腹違いの兄に謀略で殺された。殺される以前も物心つく前は乳母に育てられ、母親の会話した記憶もほとんど残っていない。父親である王に至っては遠く離れた場所から何度か見た程度でしかない。
それでも親が死んだときは胸が張り裂けそうなほど悲しかった。その時の気持ちだけは今もはっきりと覚えている。
家族を失う悲しさは一番分かっているはずなのに。調子に乗るとすぐに大事なことを忘れてしまう。我の悪い癖だ。
巣から少し離れて、我は速やかに繋ぐ
扉の向こうは母上の待つ我が家になっている。
ドアノブを掴み、ピーコのほうを今一度見る。我が離れるとすぐにピーコは巣の元へ戻っていた。鳥の言葉はわからないし、表情を読み取ることはできないが、ピーコは巣の中を見て、雛たちの安否を確認しているように思えた。
親子の団欒をこれ以上、邪魔するわけにはいかない。早々に退散するとしよう。
「ピーコ。騒がせてすまなかった。もう来ることはないから安心しろ。それと肉ばかりでは栄養に偏りが出るからすこしは野菜も食べろよ」
そう言い残して、我は家族の待つ家に帰った。
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