第5話 母上について
我は母上に二つ隠し事をしている。
一つは前世の記憶を持っていること。これを言わない理由は簡単である。
捨てられるのが怖いからだ。前世の記憶がある、と我が子が言えば、我であればすぐに養子に出すか、事故に見せかけて殺す。頭のおかしい子供を王族に置いておくわけにはいかないからだ。
今の我はこの知識も自力で歩く力もない。それゆえ捨てられてしまえば死ぬしかないだろう。せっかく転生し、新しい命をもらったにもかかわらず、人生を謳歌することなく死んでしまうのはもったいない。
だから、我は前世の記憶について母上に伝えないことにした。
二つは我が魔法を使えること。
日本にいる人間の大半は魔法が使えない。これはテレビなどを見て明らかになった。我が魔法を使えることを公表すれば騒ぎになり、敵も増える。
貴族社会での我が逢坂家の立ち位置さえ理解していないのに目立つことは危険以外の何物でもない。それくらいのことは我でもわかる。
なぜ我がこの世界でも魔法を使えるのかはわからないが、魔法は前世での我の手の延長のようなものであり、なくならずによかった、と感謝している。
生まれたばかりなので当然、我の使える魔法には制限がある。魔力の量も前世の十分の一以下程度だろう。
これでは山一つ吹き飛ばすどころか街一つ滅ぼすのも難しい。これでは数万の軍勢を相手にすることもできないかもしれない。それでは母上を守ることができない。魔族などの敵と遭遇した時に抵抗する力がいる。しかも、それは急務であった。
だから、我は毎日魔法の鍛錬を欠かさず行っている。具体的に言うと魔法を日常的に使い、この体を魔力に慣れさせている。
反復練習は大切だ。
暗殺者に狙われた時などの緊急事態の場合、人は考えることができない。そんな時、とっさの判断が物を言う。だからこそ反射的に魔法が使えるように、我は訓練をしているのだ。
しかし、赤ん坊の我が一人になる時間は少ない。母上がたいていの時間そばについているからだ。
「おしめを変えましょうね~」
そう言って母上は我の股間をさらけ出す。最初は羞恥心が強かったが慣れればどうということはない。
べ、別に露出性癖に目覚めたわけではないぞ。念のために言っておく。
前回にも述べたが、時が過ぎるにつれて頼りなく力の入らなかった腕にも少しづつ筋力がつき、とうとうハイハイができるようになった。活発に部屋を動き回る我のために最近オムツが新しい種類に変わる。前のオムツはゴワゴワして動きづらかったが今のは違う。
転がってもでんぐり返しをしてもずれない。違和感を感じないのだ。これは画期的な進歩と言える。
これはいい物だ。我は母上に感謝する。
「おぎゃあがちょうわおむちゅぎゃおぎゃああ(とうとうオムツの評論ができるほど我も成長したか)」
「次はご本を読みましょうね~」
母上は絵本を取り出す。本来の我の年齢で絵本はまだ早い。だが、言葉を理解する前の小さいころから絵本を読み聞かせすることで子供は感情豊かに育つ、とテレビでやっているのを我と一緒に母上は見ており、それの影響を受けたようだ。
実際、我はこの絵本のおかげで日本語をある程度理解し、今では母上の言葉が理解できる程度には上達していた。舌が発達していないので日本語を話すことはできないが、本の内容は大体わかる。我としても絵本でこの世界のルールや常識、言語などを学ぶことができるのでありがたい。
「今日は桃太郎ですよ~」
桃太郎。桃から生まれた青年が褒美を上手く利用してキジ、猿、犬を率い、鬼族を皆殺しにして宝を掻っ攫う話だった。
血なまぐさい話と顔をしかめてはいけない。昔から伝わる童話には深い意味が隠されている場合が多く、言葉をそのまま理解してはいけない。その先を読み解く必要があるのだ。
我は桃太郎の話を分析することにした。
まず桃を切って人間が出てくることはない。そこから推測するに桃の木に捨てられた赤ん坊をドリアードなどの木の精霊が人間の代わりに育てたのだろう。精霊は優しい心を持つ者が多く、博愛主義だと聞く。
そのおかげで桃太郎は精霊の祝福を受け、特殊な能力を手に入れた。
実際にそんな例が少数ながら王国に報告されたことがある。桃太郎もその部類だろう。
そして、それを聞きつけた老夫婦は桃太郎を誘拐し、キビダンゴで洗脳した。
体よく操られた桃太郎は老夫婦の言われるがままにキビダンゴでキジ、猿、犬を洗脳し、仲間を増やした。
冷静に考えて食べ物一つで命を懸ける生き物はいない。キビダンゴに洗脳に関連する薬物が入っていたことは容易に想像できる。
そして、鬼族を皆殺しにして宝を持ち帰り、老夫婦は幸せに暮らした。
この童話に関する教訓は人を利用するならば徹底的にしろ、といったところだろうか。
老夫婦が少しでも桃太郎に同情していれば老夫婦は幸せに暮らすことはできなかった。キジ、猿、犬、鬼族。そして、桃太郎。
彼らの犠牲の上に老夫婦の幸せが成り立つ。それを我々は忘れてはいけない。
桃太郎の話が終わり、母上は寝てしまう。放っておけばどこでも寝てしまう母上をベッドの上に運ぶのは我の役目である。
風と重力魔法を利用して母上を起こさないように慎重に運ぶ。
最初は力の制御に苦戦していたが今は片目をつぶってもできるほど上達した。
火と水の魔法は痕跡が残りやすいのでこの世界に生まれてからは一度も使っていない。
ちなみに我は火、水、風、土の四大元素魔法をすべて使うことができる。これは自慢である。
これができる人間は前世の王国でもほとんどいなかった。できるのは魔族くらいだ。他にも光、闇、無の属性が存在する。
前世において魔法はいくつものやり方があり、魔法使い一人一人に合った方法を行うことが推奨されている。
まず詠唱魔法。魔法前に長々と講釈を垂れることでイメージを固め、魔法名で発動する魔法を確定させるやり方だ。これは初心者専用で呪文を唱えるのを待ってはくれない戦闘において役に立たない。
これの次の段階が魔法名のみを言い、発動する方法。これはあらかじめ定められた単語を言えば発動できる。前世での大半の魔法使いはこれを使う。
この日本においては日本語で発音することで魔法が発動することは確認できている。逆に前世での言語を用いても発動しない。これは我が日本人として生まれてきた影響なのだと推測している。
三段階目。無詠唱魔法。無言で頭でイメージを描くだけで発動する魔法。これができるのは一流の冒険者や賢者と呼ばれるほどの魔法使いに限られている。無詠唱魔法は先ほどまでの魔法とは格段に難易度が高く、消費する魔力も激しい。失敗すれば自分にダメージを負うことにもなるので、これを実戦で呼ばれるクラスはほんの一握りに過ぎない。
他にもアイテムに魔法を込めて回数制限のある魔法道具を使ったりする方法もある。
「お父さん……」
夜中に魔法の練習をしていると隣で寝ぼけた母上が呟いた。そう言った母上の眼には小さな水滴がたまっていた。
我が覚醒して今に至るまで我は父上の姿も名前も見たことがない。過去に父上について母上は遠いところに行ってしまった、と悲しそうに言っていた。
その様子からこれ以上は聞いてはいけないのだろう、と察することができる。
亡き父上の代わりにも我は魔法を鍛え、母上を守れるほどの力を手に入れる必要がある。
だから、今日も我は鍛錬を続ける。
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