第3話 日本という国
我はこの国のことを知るために日々の鍛錬を重ね、とうとうハイハイができるようになった。これで我の行動範囲は大きく広がり、家の中を自由に歩くことができる。
我のハイハイ姿を見た母上は大変喜ばれ、涙を流しながら何やら無機質な色の箱を我に近づけてきた。丸い透明で綺麗な眼が付いた箱だ。
「おぎゃおおお?(それはなんだ?)」
「これ? これはね。ビデオカメラ。心太ちゃんの成長の記録を残すための物よ」
最近、母上は我の言葉を理解できるようになっていた。時々的外れなことを言うが大体の意思疎通ができている。
それに、我も母上の言葉をわかっている。これは日本語というもので日本に住む人族はみなこの言葉を使うらしい。
ちなみに心太というのは我の名前だ。
苗字が前で名前が後ろ。不思議な感覚だが、響きもいいので我も気に入っている。
一度、母上に抱っこされたまま知らないおばさんに紹介されたことがあったのだが、その時、我の名前を聞いておばさんは少し驚いた顔をしていた。きっと我の名前に感銘を受けたのだろう。王である我の名にふさわしい貫禄のある名だ。
ところで日本についていろいろと勉強しているのだが、衝撃的だったことがいくつかある。
まず、この国には魔法を使える人間がほとんどいないことだ。
母上の体を調べた結果、魔法回路が存在しないことを知った。
もちろん母上以外もしっかりと調べた。赤ちゃん交流会というものに参加させられたことがあった。幼い赤ん坊を連れて母親同士が子育てについて情報交換をする場だったのだが、その時に様々な赤ん坊と接触することができた。しかし、他の者にも魔法回路がなかった。
正確には魔法が使えるほど発達しておらず、魔法の使用に耐えうるほど発達していなかった、というのが正しい。
魔法回路とは魔法を使う上で、魔力を体に循環させる機関のことで、これがない人間は魔法が使えない。前の国ではほとんどの人間は細くても魔法回路はしっかりと通っていた。しかし、日本の人族は魔法回路が細すぎて魔力の循環には耐えられないので魔法が使えない。
これは巨人族やドワーフ族、獣人族とほとんど同じだ。彼らは魔法回路が体にないので、魔法が使えない。だが、かわりに彼らは身体能力が優れていたり、物を作る才能に長けていた。
魔法を使えなければ人外に人が勝つ術はない。そう思い、焦っていたが、不安はすぐに払しょくされる。
魔法が使えない代わりに日本人には技術力があった。
この日本にいる人は魔法が使えない代わりに科学の力に優れていた。
我が見たことのない便利な道具がたくさんあり、魔力の代わりに電気(?)を使い、機械という重くてかたい道具を動かしている。
この手の物を機械、と呼ぶらしい。
ボタンを押すだけで暖かい空気が出てくる機械を見た時は我も驚いた。
日本人は魔法は使えないが、魔法を使わずとも火をおこし、風を放つことができる機械を作ることができた。日本人たちが平和で暮らしているのはきっとこれらの機械を使って人外たちを追い払っているからだろう。我でも仕組みがさっぱり理解できない機械を人外たちが理解できるわけもない。そういえば今のところ人外の姿を見たことがない。
王国では奴隷として獣人族をよく見かけたのだが、この家にはいないようだ。
ひょっとすると人外たちは機械によってとっくに絶滅させられたのかもしれない。そう考えると我の背中に寒いものが走った。
魔法を使える人間が少ない、と言ったのは母上が持ってくる絵本に魔法を使えるものがいたからだ。
魔法を使える人間は本当に少なく、本で語り継ぐほど有名人になるのだろう。
この間、母上はシンデレラの話を聞かせてくれた。魔法使いが見ず知らずの女性を助け、王子に嫁がせるという支離滅裂な話だ。
まず、女性を魔法で助けることで魔法使いにどんなメリットがあるのか。それに貴族でもない庶民の娘が王族に嫁ぐというあり得ない発想。
たぶん作者は身分社会が理解できない愚か者なのだろう。しかし、母上が聞かせる話なので我は喜んで聞いているふりをする。
「まだこの歳で絵本が理解できるわけないけど、聞いてるみたいに見えるわ」
「ぎゃがぎゃあおぎゃああ(つまらない話だけど勉強のために聞いています)」
「この子、ひょっとすると天才かもしれないわ」
「おぎゃあぎゃあああぎゃおぎゃあ(魔導の天才と呼ばれていました)」
と、一幕もあった。
ただこのシンデレラの話。悪いものではない。その話に登場する魔法使いはカボチャを魔法で馬車に変えた。そんなことは魔導の申し子と呼ばれた我でもできぬ芸当である。
そもそも我々の使う魔法は戦争で使われることが多く、攻撃魔法ばかりが発達してしまった。それを前世の我は憂いていた。
生活に役立つ魔法を開発したいと常々思っていたのだが、そんな機会はなく、死ぬことになってしまった。
おそらくシンデレラに登場した魔法使いは攻撃魔法ではなく、生活に役立つ魔法に特化した研究者なのだろう。
ゆえにカボチャを馬車に変えるという人並み外れた芸当ができたに違いない。
母上が見ている横でテレビという絵が動き、音を出す機械を見ていると様々なことが分かってくる。この日本は戦争もなく、平和であるらしい。
それゆえ、我もシンデレラに現れる魔法使いのように人の役に立つ魔法を考えたい、と思っている。将来はそういう職業につきたいものだ。
ちなみに我の体は魔法回路がしっかりと通っており、魔法が使える。理由はわからないが前世の記憶があることも関係するのかもしれない。
前世の十分の一ほどの魔力しか持っていないが、しばらくは問題ないだろう。敵意あるものが近づけば指一本触れられることなく無力化できる自信がある。
今は舌が発達していないので滑舌が悪く、詠唱魔法は上手く発動できない。だから、心で念じる無詠唱魔法を主に使うことにしている。
日本に魔法が使える人が少ないことから、我が魔法を使えると知られると騒ぎになる可能性が高い。それゆえ、我は母上に内緒で魔法の練習をすることにしている。
練習と言っても大したことはできないので、母上がいない間に風を操り、部屋の埃を端に集め、掃除を楽にしたりしている。
あとは母上がソファで眠っていた時に風魔法で毛布をかけてあげたりするくらいだ。
我は今の境遇にとても満足している。
我の服装は肌触りもシルクのようにすべすべしている。とても高価な染物に違いない。我の寝床には奇怪な色をしたシャンデリアがある。前世では本が希少であり、我が城でも一部の者しか読めなかった。そんな書が我が家には沢山ある。
高価であるはずのガラスのコップも我が家はいくつも所有している。しかもそのガラスコップは透明度が高く、ガラス越しに向こうの人間を視認できる。きっと名のある工芸士に依頼して作らせたオーダーメイドなのだろう。
これらの積み上げられた事実から推理するに我の生まれたこの家は貴族でもかなり上位の家なのだろう。
我は小さき頃から王族として生まれ育った。呼び鈴を鳴らせばメイドが来る。腹が減ったと言えば料理人が料理を運ぶ。そんな生活を送ってきた。
だから今更、庶民の暮らしに我が対応できるとは思えなかった。
今、我はこの家に生まれ、豪勢な暮らしを送れる自分の幸運を喜んでいる。
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