第30話 野間洋平と?。
「はい。到着」
少し投げやりにヒカルは言った。
ここは【探偵斬り】の三か所目の犯行現場。つまり、一番最近に起きた事件の場所だ。
ここに来る前に二番目の犯行現場も見に行ったのだが、やはり人通りが少なく、深夜ならば人目につくことはない場所、ということ以外共通点はなかった。
ヒカルは現場を見て、我が魔法を使うことで何か新しい発見があることを期待していたようだが、そもそも我の持つ魔法は戦闘用が多い。
戦争や争いの多かった前世の世界においては生活を豊かにする魔法よりも戦闘用の魔法のほうが優先される。
それに探偵や刑事に必要になりそうな証拠集めに関わる魔法などがあったとしても、日常生活に何の役にも立たないので覚えたり、作ったりされることはなかっただろう。
三か所目の犯行現場は狭い道路なので近くのパーキングエリアにバイクを止め、現場には徒歩となった。
「犯行が起きたのは三月二十日。犯行時刻は予想通り深夜の一時頃。目撃者はなし。以上」
ヒカルはあらかじめ調べていた情報が書かれたメモを読み上げ、パタンと閉じた。
「これで三つの事件現場を見たわけだけど、何かわかったことはある?」
我を試しているつもりなのか、それとも期待していないのか。挑発的な口調でヒカルは問いかける。知らないふりをするのもいいが、収穫ゼロで昼食後のパフェがご破算になっても困る。
だから、我は思ったことを述べることにした。
「いくつか引っかかった点がある。ニュースで得た情報などもあるから、間違っていれば修正してくれ」
「わかったわ」
「【探偵斬り】の犯行は三回行われている。そして、被害者は三人ともナイフで斬られたものの致命傷ではなく、生きている。しかも、被害者は全て男。そうだろう?」
「ええ。そうよ。だから、ニュースでも話題になったの。普通の通り魔は力の弱い女性を狙うから」
「三人も被害者がいればそのうちの一人くらい犯人を見ていてもおかしくはない。それなのにニュースでは犯人の容姿に関する情報は一切流れていない。それはなぜだ?」
「情報規制されてる、とか?」
「相手は素性の知れない通り魔なのだから、情報を共有した方が被害は少ないだろう。犯行は深夜で人気のない場所。狙われるのは男。くらいしか情報が出ないのはおかしい」
顔は見ていなくとも背格好くらいの情報は流してほしい。それに現場から走り去る犯人の監視カメラの画像もないというのは今の日本社会において不思議だった。
「それは、たしかに……」
「それに被害者のほうも疑問が残る。被害者三人はそんな時間に人気のない場所で何をしていたのか。気になるところだ」
「探偵なんだから、誰かを尾行中だったとかあるんじゃない?」
「それも考えられるが、三人とも誰かを尾行中に刺された、というのもおかしい。どちらにしろ【探偵斬り】は事前に被害者たちを調べていたに違いない。被害者たちの生活パターンを知っていたのか。それとも……」
日本において探偵という職業で生きていく人は非常に少ない。だからこそ無作為に被害者を選び、それが偶然にも探偵だった。という奇跡は起こり得ない。【探偵斬り】という異名は偶然ではない。探偵を故意的に狙った犯行であることは明白である。
となれば被害のあった現場を調べるよりも【探偵斬り】の動機から考えた方が犯人への近道である。
「では、探偵をつけ狙う【探偵斬り】の動機は何だと思う?」
ヒカルに質問する。
「【探偵斬り】は探偵を恨んでいる。だから探偵を狙った。もしくは通り魔は偽装工作であり、その中の一人がターゲットであった。私が思いつくのはこれくらいね」
定番だな。だが、それくらいしか思いつかないのは事実だ。
それにそれならば最後の事件から一か月以上通り魔が出現していないことも説明できる。
他には奇をてらった想像しかできない。
「【探偵斬り】がサイコパスであった場合か」
「何それ?」
「探偵を狙うのはカッコいいから、刺した。その程度の動機であれば警察の捜査が難航するのもわかる。通り魔に対する警察の捜査は後手に回りやすく、目撃者のような有力な情報がない以上、対策としてはパトロールを強化するくらいしかできないからな」
「ずいぶんと警察関係に詳しくなったのね」
「刑事ドラマとミステリー小説を読み漁ったからな」
前世の世界では紙は貴重であり、書籍などは高価な物であった。それゆえ、市場に出回ることは少なく、読書という文化がなかった。本の内容も実用書ばかりでフィクションのような娯楽としての本はほとんどない。その反動なのか、我は日本の本を読むのが大好きで毎日のように読み漁っている。後、テレビドラマも大好きである。
「動機はこれくらいにしておいて、次は―――」
「しっ!」
続きを言おうとした我の口は突然、ヒカルの手でふさがれ、道路の隙間の人に見られない場所に引き込まれる。
そして、そのまま身動きが取れないよう羽交い絞めにされる。
この辺りは通り魔が犯行をした場所でもあり、昼間でも人通りが少なく、周りにヒカルの奇行を咎める人はいない。
大人の女性が六歳児を人気のない路地裏に連れ込み、身動きを封じる。
これはひょっとすると貞操の危機かもしれない。
などと冗談を考えていると誰かが近づいてきた。
「~~~~」
「~~~~」
二人の男女が会話しているのが分かる。話し声はこちらから遠くて聞きづらかったが、彼らは徐々にこちらに近づいて来るにつれて聞こえてきた。
「ここが三人目の犯行があった場所だね」
「ええ。そうよ」
男のほうの声は聞き覚えがある。野間洋平だ。しかし、話し相手の女性は知らない。我を羽交い絞めにしたままのヒカルは陰に隠れながらばれないようにひっそりと彼らのほうを覗いた。
そして、我にも二人の姿が見えた。
ぼさぼさ頭の黒髪。濃い緑のだらしない服を着ていて地味な男は野間洋平に間違いない。その隣の女性は二十代くらいだろうか。派手な金髪に遠くからでも見える真っ赤な爪。化粧も濃く、きつそうな目つきをしていた。服装も原色をふんだんに使った物で色の暴力のようだ。
まるで対照的な二人。共通点は全くなさそうだが、二人は親し気に会話をしていた。
「被害者の名前は塚山藤治(つかやまとうじ)。年齢は二十七歳。調査事務所の所員。調査事務所と言ってもするのは浮気調査。まあ広義的には探偵ともいえるわね」
「被害者の仕事ぶりは?」
「若手のホープ。若くて体力もあるから尾行にはもってこい。稼ぎ頭として有望だったらしいわ。表向きは、ね」
女性の物言いに洋平は軽く笑う。会話をしながらも洋平の眼は事件現場を観察していた。
「裏は?」
「事務所自体が暴力団のお仲間ね。調査と称して相手の弱みを握り、強請る。トラブルの常習犯で警察沙汰になったことは何度もあったらしい。けど、弱みを握られてるから警察に被害届は提出できず、泣き寝入りする人が多いそうよ」
「そんな加害者が今度は被害者になったわけか。皮肉だな」
「まったくね」
コンクリートの壁にもたれかかり、洋平はズボンのポケットから煙草とライターを取り出した。
煙草を口に咥え、火をつけようとする彼を女性は睨む。
「やめてよ。私は煙草が嫌いなの、知ってるでしょ。服に匂いが移ったらどうすんの?」
「ああ。そうだったね。ごめんごめん」
そう言って洋平は煙草をポケットに戻す。だが、女性の機嫌はまだ直らず、すねた顔で口を尖らせていた。
「被害者は犯人を見なかったの? 暴力団関係者なんだからもめ事には慣れてるはず」
「いいえ」女性は首を振った。「背後から来た誰かとぶつかった、と思ったら気を失い、目が覚めた時には周りには誰もいなかった。地面には大量の自分の血が流れていて、パニックになりながら救急車に連絡。担当した救急隊員が被害者の傷から事件性あり、と判断し、警察に連絡したそうよ」
「最初の二人と同じか。被害者の目撃情報がない以上、捜査は難しいな。周辺の監視カメラを探して不審人物を探すか。僅かな可能性に賭けて目撃情報を探すか」
「最後の事件から一か月以上経って、【探偵斬り】という異名もつけられてなお、捕まっていないところを見るからに、捜査は難航しているようね」
「【探偵斬り】がナイフを使っているという情報はどうやって? 被害者は刺された瞬間を見ていないんだよね?」
「被害者の傷跡から、だそうよ。特徴的なものではなく、市販されているバタフライナイフだと言われてるわ」
「他に新しい情報は?」
「今のところないかしら。また仕入れたら教えるわ。ただし料金はきっちりもらうけどね」
女性はフッと唇を曲げ、指で丸を作った。
「ありがとう。助かったよ」
「本当にそう思ってる?」
「思ってるよ。僕は警察に伝手がないから、羽鳥の情報は本当に助かる。警察の内部情報なんてどうやって仕入れてるんだい?」
「それは秘密」
羽鳥と呼ばれた女性はウインクする。
「君の年齢は?」
「それも秘密」
「それは残念」
答えが分かっている問いだったのだろう。言葉とは裏腹に洋平は全然大したことのなさそうな顔をしている。ひょっとすると二人の間で何度も行ったやりとりなのかもしれない。
「予想通り現場に来ても大した収穫はなかったから、暇になったんだけど羽鳥はこれから予定あるかい?」
「そうね。十五時に予定があるけどそれまでは暇よ」
「それなら昼食を一緒にどうだい?」
「洋平の奢りなら喜んで」
「安い定食屋さんでよければ」
「別にいいわよ。ただし、情報料はしっかりもらうわよ」
「ちゃっかりしてるね」
そんな会話をしながら二人はこの場を後にする。
二人の後ろ姿を見送り、ヒカルと我は物陰に取り残された。
気がつけば我の拘束は解かれ、地面に足をつけていた。背後を見るとヒカルは呆然と二人がいなくなった方向を見ていた。
洋平と羽鳥の会話には我々の知らない情報が含まれていた。会話の内容から察するに羽鳥は情報屋のような存在で羽鳥から洋平は情報を買っていたようだ。それなりに長い付き合いがあるのだろう。軽口を叩く程度の仲ではあるようだ。
それにしてもなぜ、洋平が【探偵斬り】のことを調べているのか。それが気になる点である。
「ところでヒカルよ。そろそろ手を放してくれないか。我ののどが徐々に絞まってきている」
我の言葉でようやくヒカルは我の首を開放した。
まったく、あと一歩で【探偵斬り】より先にヒカルが殺人罪で警察に捕まるところだった。
「私、」
「ん? なんだ?」
ヒカルも彼らの会話から気づいたことがあったのだろう。神妙な顔つきをして前髪を弄っている。
「私も金髪にしようかな?」
「そこじゃないだろ!」
我のツッコミ力が上昇した。
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