第29話 現場検証をする。

 これは我がまだ元気なころ。虫歯になる前、そして、あの恐ろしい歯医者に行く前の話である。

 GWの真っただ中。突然家に来たヒカルが適当な言葉を並べて我を外に連れ出したのだ。


「今日は【探偵斬り】の調査をするために付き合ってね」


 BBQの時のヒカルの表情から予感はしていたが、予想通りだった。ヒカルの目的は【探偵斬り】を捕まえること。そのために我に協力を依頼したのだ。

 時刻は朝の十時。今日は家でまったりと本を読むつもりだったので予定を狂わされた我は少しおかんむりであった。


「昼ご飯は奢るから、一日中協力してもらうわ」

「今日の昼ご飯は母上お手製のカルボナーラだったんだが、それ以上の料理があるのか?」


 うっ。ヒカルは怯む。母上の料理の実力は指導を受けているヒカルが一番よく分かっている。それを超える料理を寄越せ、というのはいささか意地悪な要求である。しかし、それくらい我は不機嫌でもある。


「我を満足させられるかな? これでも元、王の舌の持ち主だぞ」


 実際の王の食事は毒見済みの冷めた料理が並んだだけなので美味しい、とは心の底からは言えない料理ばかりだったのだが、それは今は関係ない。

 もしヒカルがつまらない物を食べさせるつもりならばちゃぶ台を投げてやろう。(日本人は美味しくない物を食べるとちゃぶ台を投げて攻撃するらしい)

 そう構えているとすこし悩んだヒカルはいいことを思いついた。と顔をあげる。


「昼ご飯は無理だけど、デザートとしてパフェを食べさせてあげる」

「よし。張り切っていこう!」


 我は喜んで頷いた。


***



 捜査と言っても素人にできることは限られている。ヒカルは一応探偵事務所に勤めているがアルバイトの身分であり、しかも入って二ヶ月も経っていない。

 掃除やお茶出し以外の業務はあまり手伝ったことはないそうだ。一応書類整理や古い新聞記事の収集などもするが、目的も不明。洋平に言われたことをこなすだけだった。

 そんな素人にできること。それは現場検証である。ヒカルはスマホの大きい版。タブレットの中に大きなQ市の地図を広げた。その地図には三か所赤ペンで目印がつけられている。

 これは通り魔の犯行現場だ。一つは隣の町に書かれているがQ市の地図に載っているくらい近くでの犯行である。


「とりあえず、丸で囲むか」


 ミステリー小説や刑事ドラマでは定石。犯行現場を繋げたり、丸で囲ったりする、あれだ。正三角形が浮かび上がったり、犯人の残したメッセージを読み取ることができたりする。

 

「別にしてもいいけど、意味はないと思うわよ」


 ヒカルに言われ、我はタブレットの中にいろいろな図形を当て嵌めたり円を描いたりして見る。しかし、しっくりくるようなことはなく、徒労に終わった。


「さて、まずは第一の現場。そこに行くわよ」


 ヒカルは地図上の目印の一つを指さした。目印の上には数字の1が書かれている。

 行くのはいいが、我が家のマンションからはちょっとした距離があった。

 当然、保育園児の行動範囲ではない。我が魔法を使えば疲労することなく、数秒で到着できる。しかし、今は昼間で人通りも多いので、人の眼に着く可能性が高い。できる限り魔法の発覚を回避したい我としては魔法の使用は遠慮したかった。

 との話をするとヒカルは冷めた眼でこちらを見た。


「北海道までフクロウを追いかけたって話をこの間、聞いたけど」


 ああ。そういえばヒカルにもその話をしたことをすっかり忘れていた。


「あ、あれは緊急事態だったのだよ」

「へぇ~。一体どんな緊急事態だったのか。詳しく聞きたいわね」


 まるで尋問官のようなねっとりとした責め方をするヒカルに我は明後日の方向をみるくらいしか抵抗する方法はなかった。

 このままではらちが明かない、と先に折れたヒカルは大きなため息をついた。


「別に魔法は必要ないわ。二人乗りで行くわよ」


 心配ない。待ってて。と言われ、我はマンションの玄関でヒカルを待つ。二人乗りということは自転車か。ひょっとするとママチャリかもしれない。母上と出かけるときはいつもスポーツカーで、自転車を持っていないので今までママチャリに乗ったことがなかった。

 一度乗ってみたいと思っていたので楽しみだ。

 ママチャリを期待してしばらく待っているとヒカルがやってくる。ヘルメットを被り、大きなバイクに乗ってやってきた。

 女性が乗るにはサイズがいささか大きいような気もするが、ヒカルは身長が高いのでよく似合っていた。派手な赤色なのはヒカルの趣味だろう。バイクの車種やマーカーは知らないが、高そうだ。

 見せびらかすようにバイクを操り、我の前で一周して止まった。


「どう。カッコいいでしょ」


 そう言って我にヘルメットを渡す。フルフェイスの顔を完全に覆い隠すタイプだ。ヒカルが被るものと色違いの同タイプのようだ。ヒカルは赤色で我のは白色をしている。

 バイクは車と違い、体が守られてはいない。だから、転倒した時に肉体の重要な部分である頭を守るためにヘルメットを着ける。命を守るため、というだけのことはあり、ヘルメットは重く、被ると首が疲れそうだった。


「免許は持っているのか?」

「当然よ。高校の頃に親に内緒で取ったのよ」


「こっそり、と言ったが、バイクに乗った経験はどれくらいだ?」


 ヒカルが跨るバイクは新品のようにピカピカしている。毎日磨いていてもこうはならないだろう。

 赤色の大型バイクは太陽の光を反射させ、傷一つついていないメタリックな輝きを放っていた。

 おそらく最近買ったに違いない。ヒカルは自分の両親が心配性だと言っていた。そんな彼らが娘をバイクに乗せることを許すとは思えない。

 つまり、このマンションに引っ越してきてから乗り始めたに違いない。

 ヒカルは指を三本立てた。


「三ヶ月か」

「三回です」


 期間を聞いたのに回数で答えが返ってくることは想定していなかった。


「うむ。我は魔法を使うから安心しろ。現地で落ち合おう」


 緊急事態である。命に関わる重要な案件だ。すぐに離れようとする我の肩をヒカルが掴んだ。その手は力がかかっていて六歳児には逃げ出せそうにない拘束力を持っていた。


「大丈夫。免許をとってから一年以上経てば誰でも二人乗りができるの。法律違反じゃないから」

「それは大丈夫と言えるのか?」


「安心しなさい。教習所では一発合格だったんだから」


 自慢するヒカルの眼は輝いていた。これからバイクに乗るのが楽しみでたまらない、という表情をしている。いつもの冷めていて落ち着いた雰囲気を持つヒカルとは大きく違っている。


「ひょっとすると現場検証は口実で、バイクに乗って走りたいだけなのではないか?」

「うっ……」


 図星をついたらしい。途端にヒカルの声が小さくなる。


「それもあるというのは認める。けど事件を解決したいのは本音よ。それにほら。このバイク、カッコいいでしょ」

「たしかにカッコいい」

 我は頷いた。


「そのカッコいいバイクに乗れるのよ。乗りたいでしょ?」

「たしかにカッコいいことは認める。それに乗りたくないわけではない。ない、が、う~む」


 比較的若い男の子はバイクやスポーツカーに憧れを持つ子が多い。そして、我も好きである。図鑑で写真入りの乗り物一覧を見た時からバイクはカッコいいと思っていた。大人になると免許を取ってバイクに乗るのが夢の一つでもある。母上はバイクを所有していない。だから乗ったことがないのでバイクの乗り心地がどんなものか、体験してみたい気持ちもあった。

 我が迷っているとヒカルは勝手に我にヘルメットをかぶせ、持ち上げてバイクの後ろに乗せる。

ヘルメットを被っているので視界の範囲が狭くなった結果、目の前にヒカルの背中が広がり、それ以外何も見えない状態になる。


「しっかり捕まっていてね」

「お、おう」


「よし、レッツゴー!」

「ゴー!」


 珍しく押しが強いヒカルに流されて、気がつくとバイクは発進していた。

 とりあえず勢いに任せて我はヒカルの胸を握りしめることにした。非難を浴びたが我は悪くない。初めての二人乗りだったのだから仕方ない。

 胸の感触については語らないでおこう。


***


 ヒカルの運転するバイクに乗ってしばらくたち、我々は目的である【探偵斬り】の一番最初の犯行現場に到着する。

 バイクを道路のわきに駐車し、ようやく足を地面につけることができた。ようやく落ち着いて息ができる、と思っているとヒカルはそばに置かれていた看板を指さす。


「ちょうどここね」


 看板は目撃者がいれば連絡をくれ、というもので警察の電話番号が書かれていた。

 しかし、現場である道路上には血の跡も残っておらず、看板がなければ通り魔の事件現場だとさえ気づかなかっただろう。


「日付は二月十日か。時間は深夜の一時頃。それが犯行のあった時間か」

「ええ。ニュースでもやってたわ」


 今は五月の初め。この看板が立てられてもう三ヶ月近くの時間が経過していることになる。しかし、犯人が捕まったという一報はなく、それどころか二人目、三人目の犠牲者が出ている。


「やはり、目撃者はいないようだな」

「それが【探偵斬り】の手口ね。人気のない場所で深夜の時間帯に相手を斬る。当然、目撃者はいない。そうでなければ三件も通り魔を続けられないわ」


 我は周りを見渡す。ここは住宅街とは違い、大きな工場がいくつも並んでいる地域だ。今は昼間だというのに歩道を歩いている人はおらず、時々車が通る程度だ。物静か、というより閑散としている。工場からの煙が届いたのか、鼻に化学製品のような異様な匂いが届いた。こんなところに意味もなく来る人はいないだろう。


「で、だ。この現場に来て何になる? 目撃者がいないか、聞き込みでも始めるのか?」

「え、魔法で何とかできるんじゃないの?」


 ヒカルはきょとんとして、我のほうを見た。


「魔法でどうにか、とはどういう意味だ?」

「ほら、魔法で過去の映像を再現したり、とかできないの?」


「はぁ。ヒカルは勘違いしているようだが、魔法は万能ではないし、融通も利かない。そんな器用な真似をできるわけないだろう」

「魔法で犯人の痕跡を見つけたり、とかは?」


「そんなものがあれば警察がとっくに見つけている。日本の警察は有能なのだろう? ドラマで見たぞ。髪の毛一本でも見つければ犯人の性別や年齢が分かるそうじゃないか」

 

 特殊なフィルムを使い、足跡を見つけ、犯人を特定するというのも見た。科学も極めれば魔法を超える。日本に生まれてから驚かされることばかりだ。


「……何のためにここに来たの?」

「パフェを食べるためだ」


「―――帰ろう」

「いやいや。ここまで来たのだから残り二つの犯行現場を全てまわろうではないか。何か新しい発見があるかもしれない」


 刑事は足で稼ぐ。靴底をすり減らして情報を手に入れるのが常識だ。同じ操作をするのだから探偵も同じなはずだ。


「元々貴方は現場検証に反対だったのに、急に意見を変えて、それはどういう思惑なの?」


 ヒカルの疑いの目が向けられる。たしかに朝とは百八十度ほど意見が変わっている。ヒカルが訝しむのもわかる。

 我は正直に答えることにした。


「まだ昼ごはんには早い。腹を空かせて食べなければせっかくのパフェが台無しになる」

 

 知っているか? どんなにおいしい食べ物でもお腹がいっぱいの時に食べれば美味しくないのだぞ。

 我の答えを聞いたヒカルは頭を押さえ、空を見上げた。


「このスイーツ王が……」

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