第27話 BBQのメインは●●●●●である。

 父親が生きているという衝撃的な事実から立ち直り、母上の元に戻った我は再び食事を始める。

 先ほどの落ち込んだ気分も吹き飛び、BBQに専念する。

 家で食べる焼肉も美味いが、外での食事はまた一段と美味い。いつもと違う雰囲気がそう感じさせるだけなのか。それともまた別の要因があるのか。それはわからないが、食が進み、いつも以上の量を食べることができたのだけは実感できた。

 用意されていた食料はすぐになくなり、我の腹のほうもすでに満腹に近い。

 油断するとげっぷが出そうだ。

 前世では王として食生活を徹底管理され、胃が痛くなるほどの量を食べたことはない。

 こういう前世ではない体験をした時、この世界に生まれてよかった、と思う。

 と、こんなことで満足していてはいけない。

 これからメインイベントが我を待っているのだ。


「さて、これからマシュマロを焼こうか。串は先が尖ってるからみんな、気を付けてね」


 タクミの父親は鉄串をみんなにいきわたるように渡していく。我の手にも鉄串がくる。

 たしかに人を殺すのにもってこいの道具だ。この手の凶器を見たことは前世でもあったが、料理に使うのは初めて聞いた。食事中の人間は隙が多い。串料理と称して凶器を自然に持ち込み、隙をついて殺す。実に合理的な手段である。その文化が廃れて今は串が料理用として使われるようになったのだろう、と推測する。


「串だけにスキを突く」

「何か言った?」


 我の独り言を聞いていたトモが反応するが、知らないふりをする。


「マシュマロは柔らかくて、刺しづらいから、代わりにやってあげる」


 母上のお手を煩わせて申し訳ない。横から串を持っていかれ、返ってきた時にはすでにマシュマロが刺さっていた。刺さっているのはピンク色のマシュマロだ。


「さぁ、焼こうか」


 まだ火が付いている炉に向けて串にささったマシュマロを差し出す。

 マシュマロは甘い餅をさらに柔らかくしたような食べ物だ。我はこのお菓子が嫌いである。羊羹のような自然な甘さとは違い、マシュマロの甘味は人工的な無機質な甘みであり、甘さが口に残って後味が悪い。

 しかし、ヒカル曰く、甘ったるさこの食べ物の真の食べ方は焼くらしい。焼きマシュマロ。がマシュマロの本質なのだ。

 ヒカルに教えてもらった日本の常識の一つである。政治や歴史のつまらない知識が多い、ヒカルにしては珍しいためになる情報だ。

 マシュマロを直接火に当てず、少し距離をとり、あぶるようにするのがベストなのだそうだ。

 串にささったマシュマロは数秒ほどで焦げ色が付き、甘い香りが鼻孔をくすぐる。

 いよいよ完成である。

 これぞ究極のマシュマロの食べ方。『焼きマシュマロ』である。

 家のコンロはIHと呼ばれるもので危険だから、という理由で母上はやらせてくれなかった。ようやく、念願の焼きマシュマロにたどり着いたのだ。

 まだマシュマロはいくつもある。我はマシュマロにかぶりついた。


「まるで雲のように口の中で溶けた。初めての感触だ」

「美味しいでしょう?」


「はい。美味しいです」


 我はすぐに二つ目のマシュマロに手をつける。口の中ですぐに溶けてしまうので食べた気がしない。これならいくらでも食べられそうだ。

 と、気づくとタクヤもまた二つ目のマシュマロを握りしめていた。

 

「ほう」

「オマエもか」


 タクヤもまた焼きマシュマロの魅力に囚われたようだ。いい舌の持ち主だ。狙いは我と同じ、マシュマロ。

 しかし、今この場にいるのは8人。残りのマシュマロは8個。そして、我とタクヤはすでにマシュマロを握りしめているので、6個のマシュマロを他の人がもらうとして残りは2つ。 

 マシュマロを3つ食べられるのは2人だけである。つまり、これは決闘である。


「はっ!」


 先手はタクヤだった。彼は素早くマシュマロを串に刺し、焼き始める。しまった。出遅れた。彼に遅れて数秒ほどで我もマシュマロの準備を整え、炉でマシュマロを炙る。

 しかし、数秒ほどの差であってもスタートダッシュの差は大きかった。タクヤのマシュマロはすぐに焼き色がつき、食べられる状態になった。

 タクヤはまだ動かない我のほうを見てにやりと笑う。

 そして、これみよがしに大きな声で言う。


「いただきまーす」


 くそ。タクヤのくせに。

 すぐに我のマシュマロも焦げ目がついていい食べごろになる。いいさ。すぐに追いついて見せる。


 パクリ。我は『焼きマシュマロ』にかぶりついた。

 よし。これで2つ目。

 すぐさまマシュマロの袋を見た。残されたマシュマロは1つ。横目で見るとすでにタクヤは三つ目に突入していた。

 悔しいが今回は彼のほうが早かった。しかし、残り1つは我がもらう。

 我は手を伸ばした。が、その手はあと一歩で空を切る。

 横から来た伏兵が我の目と鼻の先でマシュマロを奪っていったのだ。


「最後の1個も~らい」


 マシュマロはトモの手に落ちた。


「なんてことだ」


 マシュマロに気を取られ、トモの存在に気がつかなかった。失態である。我は頭を抱えた。


「なんてことだ」


***


 マシュマロを目の前で奪われ、希望を失った我はトボトボと歩く。気がつくとガヤガヤと騒いでいた大学生グループの場所の近くまで来ていた。

 べ、別に小さい子だ、かわいー。焼きマシュマロ、食べる? とか聞かれることを期待してここに来たわけではない。

 偶然通りがかっただけである。

 偶然にも通りがかった大学生グループの人たちを見ていると偶然にも真耶と目が合う。そして、偶然にも声をかけられてしまった。


「あ、シンタ君じゃない。どったの?」


 真耶の手には偶然にも焼きマシュマロがあった。


「すこし迷いまして……」

「迷った、ってすぐ隣じゃない」


 ちっ。ヒカルがいたのか。マシュマロに目を奪われ、ヒカルの存在に気がつかなかった。日本に来てから食べ物のこととなると注意力が散漫になってしまう。これもすべて日本の食べ物がおいしいのが悪い。


「うわー。その食べ物なんですか? 初めて見ます」

「焼きマシュマロっていうのマシュマロを火で炙ったものよ。食べてみる?」


 嘘は言っていない。我が食べたのはピンクのマシュマロで、真耶が持っているのは青色。初めて見る色だから嘘ではない。幼気な少年は嘘などつかないのだ。

 我は目を輝かして喜んだ。


「え、本当ですか。わーい。真耶お姉ちゃん優しい!」

「慌てなくていいから。はい、どうぞ」


 と、差し出されるマシュマロの刺さった串を握ろうとする。すると、真耶の隣に座っていたヒカルが小さな声で呟いた。


「あ、今日子さん」


 我にしか聞こえない小さな声だったが、その破壊力は抜群だった。動揺した我は串をつかみ損ねてしまう。結果、マシュマロは地面に落ち、食べられなくなった。


「なんてことだ」


 本日二度目の絶望である。

 よほどショックを受けている我に同情したのか、真耶は慌てて立ち上がった。


「もう一個もらってくるからちょっと待ってて」


 なんといい子だ。それに比べてヒカルは。

 キッ。我は力の限り目に力を入れてヒカルを睨みつけた。

 しかし、ヒカルは素知らぬ顔で別の女子学生とおしゃべりをしている。覚えておけよ。この借りは必ず返す。食べ物の恨みは怖いのだ。

 真耶はすぐに戻ってきたが、その手にはマシュマロを持っていなかった。


「ごめん。マシュマロ。もうないみたいなの……」


 この世界に神はいない。

 我は真耶を落ち込ませないよう、精一杯震える唇を押さえて、話す。


「……別にいいですよ。落とした僕が悪いんですから……」

「本当にごめんね」


 真耶は悪くない。これもすべてヒカルが悪いのだ。

 さて、この我の気持ち、どうしてくれよう。この場でヒカルの服を少しづつ溶かしてやろうか。それとも突然の局地的豪雨でヒカルだけずぶ濡れのスケスケにしてやろうか。

 黙って、ヒカルを辱める計画を建てていると誰かが我に声をかけてきた。


「ほらよ」

 

 そちらを見るとマシュマロを我に差し出す男の姿が。串に刺さったマシュマロをご丁寧に我が持ちやすいよう持ち手のほうがこちらを向いている。

 反射的に我はそのマシュマロを掴んだ。もう返せと言われても返さない。


「いいんですか?」

「ああ。僕は甘いものが苦手だから。それに、お前、マシュマロを欲しそうにしてたから」


「……ありがとうございます」


 返事をする代わりに男は軽く手を振って、他の集団のほうへ歩いていく。

 カッコいい。いい男だ。我が女であれば間違いなく彼に惚れている。そう思えるほどたくましい背中をしていた。

 それにしてもあの男。


「どこかで見たことがあるな」


 しかし、思い出せない。最近会ったような気がするのだが、いったい誰だろう。

 悩んでいると我の独り言を聞いていたヒカルが教えてくれた。


「遠坂先輩よ。ほら、大学に忍び込んだ日に食堂で会ったでしょ」


 ああ。あの男か。屋外で会話すると印象がだいぶ変わる。

 我は彼からもらった念願のマシュマロを火で炙り、食べた。

 遠坂先輩とやら。我は彼を初めて見た時から気概のあるいい男だと思っていたのだ。


「やはり美味い」


 焼きマシュマロは最高だ。

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