第26話 BBQから少し離れて。

 我々、子供たちが駆け寄ると食材を切ったり、串に刺されており、食べやすい状態になっていた。

 我の慧眼を持ってすればこの食材の中から母上が調理した物を瞬時に見抜くことができる。母上の料理は我が食べてみせる。

 

「焼けたらとってあげるから、欲しい人は言っておくれ」


 タクヤの父親が張り切ってBBQ奉行を務めている。奉行というのは奥さんのほうはそんな夫を見て、少し恥ずかしそうにしているが、楽しそうでもあった。

 タクヤはそんな父親を見て誇らしげにしている。

 トモの両親も仲がよさげにトモを間に挟んで座って食べている。

 

「……」


 父親がいるとはどんな気分なのだろう。前世での父親は王であり、家族団らんのようなことは一度となく、頭を撫でられたことは一度としてなかった。一緒に食事をしたのは数えるほどで、それもパーティで一緒になっただけで人に囲まれている王を遠目に見ているだけだった。

 兄弟姉妹も王の継承権を争う敵でしかなく、ほとんど会話をしたことさえないのが大半だ。中には顔と名前が一致しない兄弟もいた。

 逢坂心太と生まれてからも父親とは縁がない生活を過ごしてきた。

 母上は寂しくないのだろうか。我は母上の顔を見た。


「どうかしたの?」

「いえ。このお肉、おいしいですね」


「本当ね。とっても美味しいわ」


 かつて我は母上に父上の所在について聞いたことがある。父上は遠くに行ってしまった、と言って母上はその時、目に涙を浮かべていた。それ以来、父親についての話題はタブーであり、我の口から出ることはなかった。しかし、こうして夫婦が仲良く食事をする姿を見て母上がどう思うのか、少し気になったのだ。


「逢坂さん。どうですか?」


 タクヤの母親が母上に話しかける。ちょうどいいタイミングなので我は少しこの場を離れることにした。


「トイレに行ってきます」

「場所はわかる?」


「大丈夫です」


 トイレの看板は矢印がわかりやすく壁に貼り付けてあるのですぐにわかる。それに我がこの場を離れたのはトイレが目的ではない。

 ちょっと一人になりたかったのだ。


 トイレに行く振りをして木々に覆われ、誰にも見られない位置に移動し、切り株に腰を下ろした。

 BBQ炉からはヒカルたち大学生の楽しむ声やトモやタクヤたちの楽しげな声が聞こえてくる。

 しばらくボーッとしていると、誰かがこちらにやってくる気配がする。警戒して腰を浮かして相手を待つ。

 やあ。とヒカルは片手をあげて挨拶する。


「何だヒカルか」


 我はすぐに警戒を解き、気を緩める。

 

「こんなところで何してるの?」

「……ちょっとセンチメンタルな気分になってな」


 我がため息をつくとなぜか、ヒカルは笑い出した。

「ふふっ」


「失礼な奴だな」

「ごめんごめん。六歳児の姿でセンチメンタル、なんて言葉を使うから。おかしくって」


「別にいいが」

「あれだけ魔法を使って好き勝手やっておきながら何が不満なの?」


「不満などないが、母上のことを考えていてな」

「……マザコン」


「否定はしない」


 前世では母上を兄に殺された。我がついていながら守ることができなかった。だからこそ、逢坂心太を産み、愛情を注いでくれた逢坂今日子を守りたい、と我は心の底から思っている。

 それをマザコンというのならばマザコンなのだろう。


「それで今日子さんの何を考えてそんな気分になったの?」

「何だ? 相談に乗ってくれるのか?」


「一応、身体的にはお姉さんだからね」


 そう言ってヒカルは我の背中にもたれかかるようにして同じ切り株に座った。ヒカルの背中は大きく、押しつぶされそうになるが、上手にバランスをとって半分こにする。


「我よりもサークルの仲間と楽しまなくていいのか?」 

「もともと私、こういう風に集団で楽しむのって苦手なのよ。息が詰まりそうになる。ちょっと休憩したいな、と思ってたら離れていく貴方の姿が見えたの」


「それなのになぜBBQに参加した?」

「付き合い、ね。大学生活って高校の頃よりも人間関係がシビアで、もし崩してしまったら損することが多いのよ。損得勘定が一番なのかな。大学生活を穏便に過ごしたければサークルに参加してこういうイベントを逃さないようにするのが一番よ」


 将来のためにも覚えておきなさい。とヒカルは忠告する。我が大学に行くとしたら十年以上先の話だが、覚えているだろうか。


「もちろん、真耶と一緒にいるのは好きだし、会話をしていて楽しいと思うわ。けど、時々一人になりたいときもある。貴方もそうでしょ?」


 最近、ヒカルは自ら自分の話をすることが多くなっていた。これは我を信用してくれているということなのだろうか。もしそうであれば我もヒカルに対して胸の内を明かした方がいいのだろう。


「悩んでいたのは我の父上についてだ」

「どうして?」


「トモやタクヤが家族で楽しんでいるのを見て母上は寂しくないのか。などと考えてしまう」

「あー。そういうことね。そりゃ寂しいに決まってるわよ。今日子さんから何度か話は聞いたことがあるけど、寂しそうにしてたし」


「やはりそうなのか。だがしかし、そんな感情をなぜ我に明かさず、ヒカルに言うのか。我は頼りにされてないのではないか、と心配になってしまう」

「それは子供に話すようなことじゃないし」


 で、あろうな。子供に話すようなことではない。そんなことはわかっていた。

 しかし、今、母上に一番近い存在は我である。

 我を頼りにしてほしい。相談してほしい。そう思う我の感情は間違っているだろうか。


「我は母上のたった一人の家族ではないか!」


「え?」


「だからこそ我は亡き父上の代わりに母上を守りたい。そう思っているのだ!」


 死んでしまった父上に見えるように我は握った拳を天に掲げた。父上もきっと雲の上から息子の雄姿を見て涙を流していることであろう。


「生きてますけど?」

「え?」


「いや、貴方の父親は生きてますよ」

「なん……だと……?」


 何を言ってるんだ、この少女は。


「死者を愚弄する冗談は許されないぞ。ヒカル」

「そんな嘘つくわけないでしょ。今日子さんの夫は生きてます。これは事実です!」


 ヒカルに嘘をついている雰囲気はない。本気のようだ。となれば我の認識が間違っていることになる。


「いやいやいや。母上は父上のことを遠くに行ってしまった、と」

「海外で仕事してるそうよ。忙しくて日本に帰ってこれるのは年に数回程度と聞いてるけど?」


 海外か。海の向こうは確かに遠いな。


「それならばなぜ我は今まで見たことがないのだ? その数回で母上に会っているならばいつも一緒にいる我が知らないわけがない!」

「たしか四月の初めにも帰ってきたはずよ。私も挨拶したもの。その時期に家に来た人はいなかった?」


 思い返してみる。四月の初めなのでちょうど一か月前だ。一か月前に起きた出来事と言えばカレーだ。カレーが食卓に出たのだ。母上は我がカレーを嫌っていることを知っているのでめったに作らない。しかし、なぜかあの日はカレーが出たのでよく覚えていた。

 ちょうどその日。知らぬ男が我が家を訪ねてきたことを思い出す。


「ああ。いたな。見知らぬ男が我が家で泊まっていった」

「たぶん、その人よ。その見知らぬ男が家に泊まった時点で不思議に思わなかったの?」


「てっきり母上の彼氏だと。ほら、母上はまだ若い。再婚相手なのかと思ってだな。もし新しい父親になるかもしれないのであれば歓迎してあげようと……。そ、それに弟や妹も欲しかったし……」

「親の再婚相手に理解がありすぎる子供って嫌ね」


 話を聞いていたヒカルは話にならない、とため息をついた。


「そういえば彼はなれなれしく我の頭を撫でてきたな。まだ新しい父親だと確定していなかったから敬語で礼儀正しく対応したが」

「お父さん、息子から敬語を使われてショックだったでしょうね……」


 話をまとめると父上は生存していて海外で仕事をしている。仕事が忙しいのでめったに日本に帰ることはできず、だから、母上は寂しいと感じていた。ということか。


「つまり、我の取り越し苦労と」

「そういうことね」


 そうか父上は生きていたのか。それは嬉しい誤算だ。

 次に父上が帰ってきた時は思いっきり甘えてあげよう。そうすれば父上も喜ぶだろう。そう我は心に誓った。


「そういえば貴方のお父さんの大好物はカレーで帰ってくる日は必ずカレーを作るって今日子さん行ってたわ」



 二度と帰ってこなくていいぞ。父上。


 我はカレーが大嫌いなのだ。

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