第三章 【探偵斬り】

第25話 黄金に輝く休日

 前世において休日という言葉は存在しなかった。曜日の概念もなく、三日働いて一日休む、の考え方が農民を中心に一般的であった。祝日と言えるものは建国記念日と王の誕生日。後は一年の節目であるお正月(前世では言い方が違うが同じ意味)くらいだ。

 日本では一週間が七日とし、五日間を働いて二日を休む。働き過ぎな気もするが、彼らにとってはこれが普通なのだ。

 日本での大きな休みは盆と正月とゴールデンウィーク。最近は秋にシルバーウィークができたらしい。子供はこれに夏休みなどが加えられる。

 今年のGWは三連休と平日を挟んで三連休が続く。一日休めば七連休である。これは大変長い休日であった。

 その初日。トモの母親の提案により、トモ、タクヤ、我の三人とその家族でBBQをすることになった。

 BBQ。外で行う立食パーティだ。肉や野菜をたくさん食べることができるイベントでとても美味しいらしい。初めての体験なので我は楽しみで眠れず、昨日の夜は夜の11時まで夜更かししてしまった。

 とても興奮して、ワクワクしている。


 場所はQ市から一時間ほど車で行った場所で朝の10時に現地集合となっている。グネグネと蛇のような道を進み続け、ようやく到着することができた。

 母上の運転する車から降りるとすでにトモとタクヤは到着していた。

 

「遅いわよ」

「俺たちはもうとっくに到着して、待ってたんだからな」


 我々を待ち構えていたトモとタクヤが言った。

 簡易人形に保育園を任せた日から彼らと我の関係はぎくしゃくしていたが、しばらくすると元のさやに戻った。子供だから三日もすれば忘れたのだろう。

 少なくとも我が近づくだけでビクッと肩を震わせることはなくなったので安心している。


「これが川か。初めて見る」


 日本で生まれ変わってから、と注釈がつく。Q市は都市であり、そこを流れる川はコンクリートで周りを整備された川なので我の中にある川、というイメージにそぐわない。だから、自然のままに存在する川が新鮮であった。日本は基本的に川の流れをダムでコントロールし、自然を支配している。

 日本は山を掘りトンネルを作り、切り崩し、平地を作る。川の流れを変え、集落を作る。人の通る道を通りやすくするなどはよくあるが、ここまで自然の形を変化させる考えは前世ではなかった。自然の恵みをありのままに受け取るのが前世の世界での考え方だったからだ。

 日本と前世の世界との差は山を切り崩すと文句を言う精霊などがいない点が大きいと思う。彼らの機嫌を損なうと大きな災害が発生し、こちらが損害を被ることになる。だから、精霊と話し合い、妥協して折衷案を決めたりしなければならないので開拓は面倒くさいのだ。それに山を工事をすれば魔物も襲ってくる。そのため冒険者や兵士の常駐も必要であり、国が主導でインフラ整備を行うと費用も馬鹿にならない。

 こうした環境の違いが大きいのだと思われる。


「BBQの準備はお母さんたちがやっておくから、あなたたちは川で遊んできなさい」


 トモの母親がこちらに向かって言った。彼女の隣には父親らしき人物もいる。その奥にはすでにベンチなどを組み立てているタクヤの両親もいた。

 大人は彼らと母上を加えて五人である。


「わかったー」


 トモは声をあげて手を振る。

 母上がトモやタクヤの両親に挨拶をしているのが目に入った。のんびりしている母上であるが人当たりはよく、人見知りもしない性格をしている。コミュニケーション能力も高く、初対面の人でもすぐに仲良くなれるので問題はない。

 川で遊ぶと言っても子供だけで遊ぶのは危険なのでタクヤの母親が我々のおもり役になるらしい。

 母上がすぐに大人グループの輪の中に入るのを確認してから我はトモとタクヤとともに川のほうへ向かった。



***


「膝より上まで浸かる場所に進んじゃ駄目よ」


 仕切りたがりのトモが我々に向かって注意する。お姉さんぶりたいのだろう。先ほど言っていたタクヤの母親と同じことを口にする。

 しかし、正論であるので我は頷いた。

 川と言っても舐めてはいけない。今は堆積面と呼ばれる水の流れが弱く、浅い場所にいるが、数十メートル奥には侵食面と呼ばれる水の流れが強く、足がつかないほど深い場所が存在している。ここで死ぬ人間は毎年存在することを我はニュースで知っている。

 そして、我は泳げない。

 トモとタクヤが靴下を脱ぎ、ズボンを巻きあげて川で遊んでいるのを我は砂利の上から見ていることにした。

 五月上旬とはいえ、まだ肌寒い水温に違いない。しかし、二人は楽しそうに走り回っていた。


「シンタは入らないのか?」タクヤが聞く。

「入らん!」


 我は力強く答えた。ちょうど座りやすそうな石を見つけ、我はそこに座った。この場所から彼らの安全確認をしておくのが大人としての対応である。


「楽しいのに……」

「入らんと言ったら入らん。其方たちで楽しんでおけ」


「シンタがあの状態になった時は絶対に動かないわよ。私たちで遊びましょ。まったく、わがままなんだから」

 

 我の性格を知っているトモがそういうとタクヤは小さく頷いた。

 わがまま、という言葉にカチンとくるが抑える。来るべきBBQに備えて英気を養っておくのも重要である。子供と遊んでいる暇はないのだよ。

 短絡的な子供とは違うのだよ。子供とは。


 と思っても今、我は嵩になるので本を持ってきていない。だから、暇つぶしのアイテムを持っていなかった。このままトモたちの様子を黙ってみているのはさすがにつまらない。

 どうしようか、と悩んでいると背後から見知った声が聞こえてきた。


「げ……」


 我は地面に寝そべるようにして背後を見た。

 そこには我に気がつき、嫌な顔をしてこちらを見ているヒカルがいた。


 我は暇つぶしのアイテムを発見した。


***



「ヒカル。其方は我のストーカーか何かか? 洋平以外をストーキングするのはどうかと思うぞ」


 なぜか偶然、GWに出会ったヒカルを隣に座らせ、会話する。


「そんなわけないでしょ。偶然よ」

「だといいのだがな……」


「含みのある言い方しないでもらえる? ここに来たのは大学の弱小サークル同士で親睦を深めるためのBBQが目的なのよ。別に貴方を追いかけてきたわけじゃないわ」


 ここはBBQスポットとして有名な場所であり、隣の市にあるQ市の若者。特にQ大学の学生の中でも有名なのだそうだ。BBQには様々な器具が必要になるが、ここは予約しておけばあらかじめサービスとして用意してもらえる。だから、食料さえ用意しておけば後片付けもほとんど必要がない。初心者でも簡単にBBQができると大学生でも人気が高い。

 ヒカルたちのグループも我々も予約申し込みをして、レンガ造りのBBQ炉が用意されていた。

 弱小サークルの集まりとはいえ、人数は二十人を超える大所帯で屋根付きのテーブルスペースの大半を占領していた。


「ヒカルは結局、真耶のいる音楽サークルに参加したのか?」

「いいえ。人数は少ないより多い方がいいから、盛り上がらせるために友人も呼んでいいことになってるの。私は真耶の友人枠で参加したのよ」


 ここから少し離れた場所。BBQ炉では母上たちが準備をしている傍で大学生くらいの若い男女の集団がワイワイと騒いでいた。真耶が参加しているということはこの間のいけ好かないイケメンもいるに違いない。


「貴方は遊ばないのね」

 ヒカルは川で遊ぶ友たちを見ながら言った。


「はしゃぐのは子供の仕事だが、我は子供ではないのでな」


 見た目は子供のくせに。とヒカルが呟くのが聞こえた。

 放っておいてくれ。子供たちと一緒に遊んでいるうちに無我夢中になって我が成人しているということを忘れてしまう。そして、次の日になると羞恥心が我を苦しめてくるのだ。

 あれは悶え死ぬという表現がふさわしいだろう。あの感覚をあまり何度も味わいたくなかった。


「あれ? シンタ君?」

 

 ヒカルと会話しているとまた新しい人物がやってくる。この声はヒカルの友人である真耶だ。

 振り返ると真耶は不安定な足場を軽く乗り越え、こちらまで駆け寄ってくるところだった。運動神経がいいのだろう。よろけるそぶりも見せず、難なくたどり着いた。


「シンタ君だ。かっわいー」


 あいさつ代わり、と真耶にハグされる。スキンシップの多い少女である。真耶は我を軽く抱っこして抱えるようにして石の上に座った。もちろん我はされるがままに無抵抗なので真耶の上に座る形で落ち着いた。

 愛玩動物の気分が分かった気がする。


「シンタ君はどうしてここにいるの?」

「保育園のお友達とBBQをすることになったんです」


 そう言って川で遊んでいるトモとタクヤのほうを指さした。二人は水の掛け合いっこをしている。今日は天気がいいからすぐ乾くだろうが、風邪をひかないか心配になった。


「へー。シンタ君は遊ばなくていいのかな?」

「遊び疲れたので休憩中です」


 本当はBBQに備えて待機しているだけなのだが、それは内緒だ。

 我の答えが満足だったのか、真耶は何度も頷く。


「そうだよね。子供は遊ばないとね」

「ですねー」


 隣のヒカルが形容しがたい表情をしてこちらを見ている。

 何だ? 何か文句でもあるのか? 言いたいことがあるならはっきり言わないとストレスがたまるぞ。


「もう十分でしょ。ここでサボってばかりじゃ怒られるわ。真耶、戻りましょ」

「ええー。もう少しシンタ君パワーを充電したいんだけど」


「駄目よ」


 ヒカルに説得され、我は降ろされた。真耶はまだ名残惜しそうに我のほうを見ていたが、ヒカルに引っ張られ、他の大学生の元へと戻っていく。


「あの大人の人たちと知り合いなの?」


 いつの間にか川遊びを終えたトモとタクヤがそばに来ていた。我からするとまだひよっこに見えるが、六歳児の彼女らからすると大学生は十分大人に見えるのだろう。

 我は頷いた。


「近所に住んでいるんだ」


「色んな知り合いがいるのね。ちょっとズルい」

「そうだ。ズルいぞー」


 トモのズルい、というのは一人だけ大人の知り合いがいて、ズルいという意味だ。大人に憧れているトモとしては年上というだけでステータスなのだ。我に嫉妬しているのだとわかった。

 そして、トモのセリフに便乗しただけのタクヤ。おそらく彼はトモの言葉の意味を理解していない。こいつはこいつで将来、上司のゴマすりなどが上手くなりそうだ。


「準備ができたわよ! 食べましょう」


 トモの母親の元気な声が聞こえてくる。遊んでいるうちにBBQの準備ができたらしい。いよいよ本日のメインイベントだ。

 我は速足で大人たちの元に向かった。

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