第22話 尾行をしよう 第二弾

 暇だった。退屈だった。つまらなかった。


 というわけで我はヒカルを尾行することにした。

 今日は月曜日。平日なので、ヒカルは大学にいるはずだ。そうと決まればさっそく向かうとしよう。

 しかし、今は保育園にいて勝手に抜け出して我がいなくなれば騒ぎになることはすぐに予想できる。だから、我の代わりに保育園にいてくれる者が必要になる。そこで魔法でできた簡易人形を使うことにした。

 いつか必要になると思い、事前に作っておいてよかった。

 これは我の姿をそっくりに作成されたもので簡単な受け答えと動作ができるすぐれものである。我の性格をトレースしてあるので、知り合いであろうと違和感はないはずだ。

 我の保育園での行動は限られていて、いつも本を読んでいるだけなので、これを置いておけば問題はない。何度も会話をしていれば不思議に思う人もいるかもしれないが、それほど積極的に我に関わろうとする人間は保育園にはいない。保育士の一人に怯えられる姿がよほど印象的だったのだろう。トモとタクヤ以外で我に話しかけてくる者はいなかった。

 別に寂しくはないぞ。一応言っておく。


 トイレの中で簡易人形を用意し、入れ替わる。


「あとは任せたぞ」


 話しかけると我そっくりの顔が任せておけ、と力強く頷いた。

 よし、これで準備は万端。

 我は大学へと出かけた。


***


 ヒカルが通う大学はQ大学。我々の住むマンションからは二駅で行ける距離にあり、ヒカルは晴れの日は自転車で、雨の日は電車を利用して通学している。六歳児が歩いていける距離ではないので今回は魔法による移動を用いたので移動時間はほぼゼロだ。


「ふむ。ここが大学という場所か。広いな」


 Q大学は広大な敷地を有していた。しかも、たくさんの人が歩いている。中学校や高校と違い、私服の人間ばかりだ。彼らはみな学問を学ぶための生徒であり、難解な試験を通過したエリートである。

 通り過ぎる人の中には見た目は馬鹿にしか見えない金髪の男もいるが彼もきっと爪を隠す鷹であるに違いない。

 Q大学に到着し、まずは案内図を確認する。Q大学はキャンパスが三つあり、それはここから少し離れているようだ。このような広い敷地が他にもあるのだということに少し驚く。

 端から端まで歩くだけで疲れそうなキャンパス内にいるヒカルを見つけるのは難しい。

 魔法を使えば見つけることもできるが、それはそれでつまらない。

 魔法は便利である。だからこそ、魔法を頼りにしてはいけない。

 誰の言葉だったか。忘れたが、きっと昔の偉人の言葉だろう。

 ヒカルを見つけることは諦め、我は大学という教育機関を調査することにした。もともとヒカルから大学という存在を聞き、興味があった。前世では義務教育というものは存在せず、裕福な家庭に生まれた者しか満足いく教育を受けることができなかった。それゆえ教育を受ける環境さえあれば優秀でなったであろう原石をいくつも取りこぼしてしまった。前世ではそれを悔いていたが環境や空気と言うものはそう簡単に変えられるものではなく、我も改善を試みることはあったがほとんど変化はなかった。

 だからこそ我の理想を具現化したこの大学と呼ばれる教育機関をもっと知りたいと思ったのだ。

 我のイメージでは小学校・中学校・高校で一般的な教育を学び、大学で専門的な知識を学んで就職に生かす。というものである。ところで高校だけ高学校でないのはなぜだろう。


 ひとまず教授が行う講義を受けてみよう。大学キャンパスを歩いていると歩く者たちがみな、我のほうを見る。大学は十八歳以上の人が多く、六歳児である我がキャンパス内を歩くのを見るのが珍しいのであろう。平和ボケしている日本の大学はセキュリティ関係がしっかりしておらず、我も素通りで入ることができた。だが部外者である我が閉め出される可能性も低くはない。しかし、我は知っている。大学には飛び級という制度が存在することを。そして、その制度を利用して大学に通う七歳児もいるということをニュースで見た。

 我も堂々と歩いていれば飛び級でQ大学に入ったのだと相手が勝手に勘違いしてくれるにちがいない。だから我は視線を気にせず、歩くことにした。


 我は教室の一つに入った。授業中のようで学生たちは黒板に書き込む文字に集中していて後ろから入ってきた我を気にするそぶりを見せない。我はできる限り勉学の邪魔にならないよう物音を立てないようにして空いている一番後ろの席に座った。


「では一番前の生徒から発表をお願いします」


 教授らしき五十、六十代の男性が黒板を背にして喋っている。どうやらこれからレポートの発表が行われるらしい。レポートの内容は『Q市の都市開発について』だ。

 後日、ヒカルから聞いた話だが、大学は一般教養と専門科目の二種類が存在し、後者は学部に別れてより専門的な授業を受ける。我が入った部屋は一般教養の授業を行っていた。知識のない我でもある程度、理解できる授業を聴講できるのは運がいい。これも我の幸運がなせる技だろう。


「問題点は~~であり、~~」


 雰囲気が魔法の研究に関する論文発表に似ている気がした。

 複数の学生の発表が終わり、レポートには一定の流れのようなものがあることに気がついた。レポートはまずQ市の問題点。住みづらいや生活しづらいという不満な点を切り口にして、それを改善するにはどうすればいいか、と話を発展させていく。


 特に議題に上がったのは自転車の路上駐車である。

 五人の学生の内、三人がこの話をしている。たしかにQ市は人口が多い分、自転車も多い。その結果、スーパーの前や商店街の前は自転車が横並びで行列を成しており、歩きづらい。障碍者用の黄色のブロックの上にまで駐車されている始末である。


 前世の世界でも自転車はあった。ただし、ペダルはなく、二つの車輪を固定したものを跨ぎ、地面を足で蹴って進むタイプのものだ。これは馬車よりも安価で、魔法が使えない人でも移動できるように、と開発されたのだが、まったく流行らなかった。自転車の開発に国の予算から補助したのに、残念な結果で終わった。我のポケットマネーからも出したのに。

 今思い出しても頭とケツが痛い。


 自転車が上手くいかなかった理由はいくつかある。

 まず理想的な円を加工することが難しく、どうしてもタイヤが楕円形になってしまう。

 だから、走るとケツが痛い。

 次に開発された自転車はタイヤもサドルも全て木でできている。もしくは鉄である。

 だから、走るとケツが痛い。

  そして、最後に王都はまだしも他の地域は道路の舗装が進んでおらず、インフラ事業が進んでいる日本とは大きな差がある。だから、道はデコボコしていて、走りにくい。

 だから、走るとケツが痛い。


 こうした理由で計画は頓挫してしまった。あの時挫折することなく、予算をつぎ込んでおけばいずれ我が国も日本のように自転車大国になっていたかもしれない。そう考えると心に少し悲しい気持ちが残る。残念だ。


 そうこう考えているうちに我の隣の人が発表を終え、隣に座る。我は一番端の奥に座っているの発表は一番最後だ。

 これはまずい。今日は飛び入り参加で発表を聞いていたのでレポートを作成していない。これでは我が教授に不真面目な学生だと思われてしまう。ひょっとすると学生ではないとばれてしまうかもしれない。

 焦っているといいことを思いつく。今、この場で即興でレポートを発表すればいいのだ。

 Q市における大量の自転車の路上駐車。それを見事解決して見せよう。これでも我はかつて一国一城の主であった男で、国のために色んな提案をしてきた。自転車の問題程度すぐに解決してくれようぞ。


「次の人」

「はい!」


 教授に呼ばれ、我は立ち上がった。

 そして、我の発表を邪魔するかのようなタイミングで教室の扉が勢いよく開く。

 

「―――失礼します」


 我が視線を送ると一人の女性が半眼で呆れたような、睨むような眼で我を見ていた。

 ヒカルである。

 ドカドカと急ぎつつも人を気にするような歩き方でヒカルがこちらに近づいてくる。

 気がつくと我の首根っこを掴まれていた。そして、引きずるようにズルズルと教室の外へと運ばれる。


「失礼しました」


 ヒカルは深々と頭を下げる。そのままガラリと力強く、ドアが閉められた。


 我がいなくなった後の教室内はしばらく無音になったそうだ。

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