newborn Ⅲ
板倉の口から出た突拍子もない言葉に影耿は唖然とした。真面目な話だと思い、身構えて真剣に耳を傾けていたのが馬鹿馬鹿しくなった。
「――はっ、ばっかじゃねぇの?」
おちょくられているのかと腹が立ってくる。
「俺が吸血鬼? マンガじゃあるまいし、吸血鬼なんているわけねーだろ。ここで冗談言って笑い話になるとでも思ってんのか? 俺は自分がどうなってるのか聞きたいんだよ!」
「……箕姫くん。世の中にはね、君の知らないことなんていくらでもあるんだよ」
諭すような言い方に一瞬子供扱いされているのかと思ったが、板倉の酷く真剣な表情にぐっと詰まる。
「すまなかった。親御さんが側にいる方が冷静に受け入れられると思ったんだが……これなら君一人のときに告げた方がよかったようだね」
板倉が母親に目を向けた。
「お母さん、貴方は出ていてもらえますか? 今の貴方は息子さんにとって害でしかない」
「ちょっ、アンタ何様のつもりだよ。人の親に向かって――」
母親は板倉に言われると怯えるように肩を揺らした。板倉のあんまりな言いように影耿は声を荒らげかけたが、それは庇っていたはずの母親の行動によって遮られた。
「……か、母さん?」
母親はバッグを抱えたまま黙って立ち上がると、息子の声を無視して足早に病室を出て行ってしまった。なぜそんな態度を取られるのか分からずに戸惑う影耿に追い打ちをかけるように、父親も席を立った。
「……すみません、話は先程聞きましたので、私も出ていて良いですか?」
「どうぞ」
「父さ――」
「ごめんな影耿。その……母さんを一人にしたくないんだ」
そう言うと父親も小走りで母親の後を追った。板倉は呆れ顔を見せたが、それは限りなく温度の低いものだった。
「……何で」
両親が出て行ったドアを見つめていた影耿が、低く呟いた。
「吸血鬼って何だよ!? 何で俺がそうだって……証拠は!? 俺が吸血鬼だって、何で分かっ――」
「吸血鬼は例外なく太陽の光に弱いんだ。唯一の弱点だと言っても過言ではない。……また、痛い思いをしたいかね?」
「っ!! じゃ、じゃあ血は!? 吸血鬼は血を飲むんだろ? 俺は――」
「食事を取る時に一緒に薬を飲んでいたよね。アレは通称、
ヒトの血の味を覚えさせるわけにはいかないからね。と、冗談を言っているとは思えないほど真剣な表情だった。
板倉がこんな手の込んだ悪ふざけをするとは思えなかった。それに太陽に弱いというのは少し前に身を持って思い知ったことで、これ以上ない証拠だった。
「……俺が、吸血鬼……」
増すばかりの現実味に胸を抉られるような絶望感が押し寄せる。
影耿は力なく項垂れた。
「君は社会的には治療法のない病に罹患しているという扱いになる。もう分かっていると思うけど、最も気を付けなければならないのは太陽だね。日の出、日の入りの時間には特に気を付けること。
これから生活していくに当たって一番してはいけないことは、他人との接触を忌避し孤独になること。吸血鬼になってしまったからといって決して引きこもらずに、社会との接点を作りなさい。夜にできる仕事をするのもいいかもしれないね。それと――」
俯いたまま黙り込んでしまった影耿の様子を見て板倉が聞いた。
「自分を吸血鬼にした相手が憎いかね?」
「……よく、分かりません……」
心の底からの本音だった。
事故に遭って目覚めたら病院にいただけで誰かに何かをされた記憶がないのだ。太陽の光を浴びた瞬間に皮膚が焼け爛れたりしなければ板倉の話だって信じはしなかっただろうし、まともに聞いてすらいなかったかもしれない。
「警察に傷害事件として被害届を出す事も出来るけど、犯人逮捕は望めないと考えていた方がいい」
「あの、どうして吸血鬼のことを世の中の人達に伝えないんですか? 警察とかにも取り締まってもらえば、そうすれば――」
自分はこんな事にはならなかったのに――そう言いかけてやめた。板倉に恨み言を言っても無意味な八つ当たりにしかならないと気付いたからだ。
「……君が考えたことを先人達が考えなかったとでも思っているのかい? 今のこの状態が人と吸血鬼にとってベターなんだよ」
板倉は他にも色々言っていたが影耿の耳にはあまり入っていなかった。そしてはたと気が付く。これから先、一生太陽の下に出ることができないことで起こる直近の問題があった。
「……大学は、どうなるんですか……? 俺、四月から大学に……」
「残念だけど諦めてもらうしかないね」
その言葉を聞いた瞬間、目の前が真っ暗になったようだった。今までやってきたことは何だったのか、これからどうなるのか、どうすればいいのか、茫漠とした不安と心細さが重く伸し掛かった。
「その代わりと言ってはなんだけど、君のように吸血鬼になってしまった子達が通う夜間学部のある大学がある。箕姫君が希望するならその大学に行けるようにするけど、どうする?」
もちろん板倉の言う「その大学」とは影耿の入学が決まっていた大学ではない。影耿がきちんと考えて選び目標にしていた大学よりもレベルが高く、卒業すれば高学歴と言える大学だった。
しかし、そんなことはどうでもよかった。望んだ大学へ行けないのなら、この際どこでも同じだと思った。
「お願いします」
こうして影耿は吸血鬼として生きることになった。
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