第14話 夜のきらめき



 よるのまちはとってもきれい。

 きらきらひかって、

 くうきはピンとはりつめている。

 そっとりょうてをのばせば、

 ほらみて。

 きらめくあかりも

 ねむそうなくらがりも、

 わたしのうでのなかでおどりだす。



 どうしてかわからないけれど、私はそこにいた。

 夜の道を1人で歩いていた。

「地元のコ? 観光客? どこから来たの? え? 裸足? なんで? っていうか何それ。肌きれー。肌しろー。お人形さんみたい」

 眼鏡をぐいと押し上げて彼女はまくしたてた。私は首を傾げるのでせいいっぱいだった。

 夜の道を1人で歩いていたはずだった。

 だけどその瞬間から2人になった。

「ここは西部地区っていってね、ええと、外国とかのおしゃれな街でいうところの『旧市街』的な? 古い建物がたくさんあって、今は観光地。だから街灯も雰囲気があって、なんかイイでしょ?」

 やわらかい灯りに照らされた道を歩きながら、彼女は私が歩いていた辺りの説明を始めた。

 幅の広い車道と石畳の歩道。

 両脇には彼女の言うとおり和洋折衷の古い建物が並ぶ。ときどき煌々と灯りをともすスーパーやコンビニなんかも混じるけど、夜の空気の中ではそんなちぐはぐさも、まるでパッチワークのようでおもしろい。

 彼女は靴を貸してくれた。

 私は遠慮したのだが、靴と靴下とどちらがいいかと聞かれたので、思わず

「それなら靴で」

と答えてしまった。

「うわ。冷たいね」

 靴下だけの足もとをばたばたさせて、彼女は笑った。

「でも今くらいの季節が、やっぱりいいよね」

 立て続けに言って、やっぱり笑った。

 彼女は言う。

 春は眠くて、夏は暑い。冬になると雪が積もって景色が変わってしまうから、この街の夜の景色を見るには今の時期がいちばん良いのだと。

「空気も澄んでいるから、ほら、星もきれいでしょ」

 指差した先にはまばらな星座。

 街灯に邪魔されて、彼女が思い描くような空は見えない。

 それでも悪あがきして、

「こうやって目のまわりを手のひらで覆って……そうそう。そうやって光を遮ったら、どう?」

 なんとかして感動させようとするが、

「あまりかわらないわ」

 私の言葉に大きく肩を落とした。

 それでもめげない。

「ま、まあ、秋は他の季節に比べて明るい星が少ないって言われてるし、それにこの街は夜景が奇麗と評判の街でしょ。街の規模に対して灯りが多すぎるのよ。でもでも、ちょっと郊外に出れば満点の星空も体験できるから大丈夫よ」

「物知りなのね」

と私が言う。感心して欲しいところはそこではないのよと言わんばかりに、彼女は少し残念そうな顔をした。



 彼女は観光ガイドのようにこの街の見所を教えてくれた。

 だけど私はどれにも興味が向かなかった。

「私はこの景色が好き」

 真っ直ぐに見つめると、広い道路とそれを照らすオレンジ色の街灯。

 道端のナナカマドの実は色づいて、キラキラ輝くイルミネーションのよう。

 私の表情に気がついて、彼女もしばし沈黙に入る。何か言いたそう。だけど黙って付き合ってくれる。

 夜の道を歩いていけば、その先はゆるやかな右カーブ。路面電車の停留所が見えてくる。

 誰も通らない。

 誰にも会わない。

 偶然なのか。そんな世界なのか。

 夜の道、きらきら輝く静かな街を、彼女と私だけが歩いていく。

「私は景色を見ている」

「うん」

「景色は私を見てくれているかしら」

「う……うん?」

「私はこの景色をきっと覚えている。でも景色は今の、この瞬間の私を覚えているかしら」

「うーん。……うん、」

 彼女は立ち止まって首を傾げる。

 思ってもみなかった言葉だったようで、だけど鼻であしらうようなことはけっしてしなくて、一生懸命に答えをひねり出してくれた。

「きっと見てる。見てるし、覚えてもいてくれる、と思う」

 彼女はそう言ってふたたび歩き出す。

 だけどすぐに足が止まった。

「やっぱりウソつけない」

 彼女は真っ直ぐな眼差しで言う。

「本当のところは私にはわからない。だけど、見ていてくれるといいね。ぜんぶぜんぶ、覚えていてくれるといいね。そう思うよ」

 はじめは、私に対して繕う笑顔。それがいつの間にか、期待を込めた笑顔に変わっていた。その言葉も笑顔も、私のためではなく彼女自身の願いであったのだ。

「そうね。私もそう思うわ」

 彼女の笑顔に対して、私の笑顔はなんとも後ろ向きな表情だったろう。夜の街並みが連れてきた寂しさにあきらめの吐息が混じり込んで、泣いたのか笑ったのか、自分でもよくわからない顔をしていた。

 鏡のように、私の気持ちが彼女の顔に映り込む。

「ごめんなさい」

 どうしていいかわからなくて、ただ謝った。

「こっちこそ、ごめんね」

 どうしてか彼女が深々と頭を下げた。

 どうしていいかわからなくて、もう一度謝った。

 お互いにどうしていいかわからなかった。

 だけど少し違う。

 私は、わからなくってただ戸惑うだけなのだけれど、彼女はわからなくたってどうするべきなのかをいつも探している。

 私と同じ顔をしていたのはほんの一瞬。

 あたふたといろんな表情を通過して、彼女にぴったりな表情に落ち着いた。

 自信に充ち満ちていて、希望にあふれていて、この夜のようにキラキラとした笑顔。

 彼女はそんな顔で私の肩をつかみ、鼻息荒く言った。

「確かめよう!」

「なにを?」

「見ているかどうか。覚えているかどうか」

「どうやって」

「たくさんの場所に行ってみようよ。いろんな景色を見てみようよ」

「それで、答えがわかるのかしら」

「わかるかもしれない。わからないかもしれない。だけどわかったらステキじゃない。どんな景色がどんな物語を眺めていたか……なんて」

 彼女はキラキラと輝いている。

「そんなこと本当にできるかしら」

「できるよ。きっと」

 今度はけっして自分の言葉を訂正したりしない。

「だってひとりじゃなくて、2人だから」

「どうして2人だとできるの?」

「…………なんか、そんな気がしない?」

「よくわからないわ」

「わからなくてもいいよ。一緒に来てくれれば、それでいい」

 そう言って彼女は屈託なく笑った。



 誰もいない、誰ともすれ違うことない夜の道。オレンジ色の街灯に照らされて、彼女の歩みは弾む。

「街中の景色をあまさず見ようか。季節ごとにも違ったりするのかな」

「そうね。他の景色の中にも、私たちみたいな誰かがいるのかしらね」

 オレンジ色に支配された夜の街で、私は期待を込めて笑った。

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