第5話
とりあえず場所を少しばかり移動し、テーブル前の椅子に彼を座らせる。女性はその向かい側の椅子に腰を下ろした。
何か飲みますか、という女性の問いに対し、男性は嬉しそうに礼を言い「じゃあ貴女のおすすめを貰おう」と素直な瞳を女性に向けた。
自分だったら社交辞令で一度は断る所だが、ことのほか意外とあっさり頼まれた。
それに女性は一瞬狼狽えたが、異国の御客さんだから育った環境も感覚も違うのだろう、と納得して気を持ち直し、とりあえず紅茶を淹れた。
アールグレイ。一人暮らしになってから、美味しそうな紅茶を見つけては自分用にそれを買ってひそかな愉しみとするのであった。種類の違う紅茶の飲み比べをするのも女性の趣味で、最近は少しずつ味の違いが判るようになってきたのがまた喜びでもあった。
ティーバッグをポットに入れて、そこにお湯を注ぐ。
もう少しでお茶が出るので少し待ってください、と彼に一言置いてから再び女性は椅子を引き彼に向き合う。
男性は視線を微かに泳がせている。相手が女性という事もあって、若干緊張しているのだろう。それを見ていると、何故か女性の方まで気が張って、何をどう言い出せばよいのか分からなくなってしまいそうだった。途方に暮れる前に、女性はそのまま勢いに任せて胸の内に抱える疑問を消化する。
「早速ですが先程の宮殿、とはあなたの住んでいるところですか…?」
その女性の質問に、目の前の人は自然に、何も考える素振りを見せず即答した。
だからその答えがその女性にとって突拍子もないことだったとしても、彼が嘘をついているとはとても考えがたいと思えた。
「そう。生まれたところは違うんだけど…、私は学院に通っていて、その近くに住んでたんです。それがさっき言った宮殿、私がさっき居たはずの宮殿、なんです、」
けど…、と語尾を濁して男性は苦笑する。首をわずかに傾げた様子から見ても、男性は女性と同じく、自らの置かれている状況がまだうまく呑み込めていないのであろう。
きゅ、宮殿、と、どもりつつ彼女は言葉を確かめる。
嗚呼この人は、もしかしてまさかとても凄い人なのではないか。ああ私はもしかしてすごい方とお話ししているのではないか。
女性は軽く目眩がするような気がした。くらりと現実が揺れる。やはり目の前の人は、女性の目には、「別世界の人」のように映った。
先程の男性の返答が、それに拍車をかけた。まるで映画や漫画の登場人物に問うているかのように、女性は他人事のような軽い気持ちになって緊張が解れつつ、また言葉を発した。
「では、貴方の生まれたところ、とは…?」
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