バレンタイン the five
「明日はバレンタイン……」
「わふ……」
「本気を出さなきゃね……!」
「いつもと違ってチョコ渡すだけじゃない?」
私、佐奈田は今日、美花ちゃんの家にお邪魔していた。
美花ちゃんの家の台所といえば、彼女の父親かつカフェチェーンオーナーである曲木さんが時たまに商品開発をすることがあるという、そのカフェのファンなら立ち寄ってみたい場所。そんな場所に私は立っている。
しかし、このいつもの三人の色めきだちよう……ただでさえ絶世の美女であるこの子達がバレンタインでうかれている様は、さながら乙女の花園。
ちなみに男だけど、並の女子から友チョコをもらうより数十倍は価値があることで評判で、実際一つ1万円以上で裏取引されることもあるあゆちゃんのチョコレートの制作は、隣家で行われているらしい。
美花ちゃんがあゆちゃんにどんなチョコレートを渡すか直前まで秘密にしたいから、このような体制をとっているのだそう。今頃あゆちゃんは必死になって数百人分の友チョコを作っているのでしょう。あ、今はスキルで1発か。
それにしても……。
「ふふふ、今年はどんなのにしよう♡」
「わふー、私は今年こそは普通のハート型にしようかな♡」
「私も、いつも通り普通にハート型でわかりやすくかにゃたに……♡」
す、すごい。語尾にハートが見えるような気がする。そもそも、リルちゃんってこっちの世界に来てからはじめてのバレンタインじゃないのかな。時期的に。なんか何度も作ったことがある感出してるけど。
うーん、アナズムの二月十四日に美花ちゃん達に誘われて一緒に作ってたとか? いや、どうも違う気がする。どこかで時空の歪みが……。
「さなちゃんも山上君に渡すのが楽しみでボーっとしてるんだね?」
「え? あっ、ち、ちが……! た、たしかに楽しみではあるけど我を失うほどじゃないよ!」
「わふー、でもバレンタインはモノでわかりやすく愛を伝えられるイベントだからね。そのあと、様々なことに発展しやすい。そっちの方面を期待して浮かれるのもいいかもよ?」
「様々な……発展……。えーっと、一応聞くけど美花ちゃんとリルちゃんはバレンタインの夜は……?」
「そりゃもう、ね」
「がっつりだよ、がっつり。向こうもやる気になるし」
「そ、そうなんだ」
私はアナズムに行ったことで美花ちゃんとリルちゃんが性欲お化けであることを知っている。たしかにこの二人にとっては大チャンスなのだろう。
「今年もやっぱりそうなるんだね」
「ふふ、桜も来年は私やリルちゃんと同じことしてるわ! 来年はもう高校生だし」
「……ひ、否定はできないけど……」
「わふー、サナちゃんも明日を機に山上君に迫ってみたらどうだい? あ、でもいくら浮かれてるって言ってもエチケットはしっかりしなきゃダメだよ」
「わ! 私たちは大学に上がったらって決めてるから……!」
私があいつとあんなことやこんなこと……。どうしよう、明日で本当にそこまで進んだりしないだろうか。
期待半分、不安半分……期待? 何で期待してるの私。まさかこの三人に感化され始めてるんじゃ……卒業まで自我を保てるかな。
「さ、お話はここまでにしてさっそく作っちゃおう、私たちの大本命チョコを!」
「わふ!」
「うん!」
「お……おー!」
何はともあれ、今から作るのはたしかに大本命チョコ。たしかに私と山上は付き合ってるけども、渡すのにはなかなかの勇気が……。
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「……はい、これ」
私はハート型のアレを校舎裏で手渡した。うまく相手の顔が見れない。お菓子のプロの家で、本格的にその……心を込めて作ったこのチョコレートがどう受け取られるのか、その行く末に直面できない。
「い、いいのか?」
「いいって……他に誰に渡すのよ、私」
「だ、だよな。本命か……?」
「うん」
「そうか、大事にするよ」
「大事にしないで、食べてよ。食べ物なんだから」
「たしかにその通りだ」
山上のやつは私の目の前で包装を開け、中の心臓型のチョコレートを取り出した。白いチョコペンで描いた文字もじっくり読んでいる。
「手作りか……」
「そ、そうよ!」
「いただきます」
視界には地面しか見えない。バリバリとチョコを噛み砕く音だけが聞こえる。
「う、うまい……! すごいなこれ。お前、こんなお菓子作り上手だったのか」
「そりゃあ、美花ちゃんやリルちゃんに教えてもらいながら作ったんだもん」
「あー、なんか最近、昔よりさらに仲良くなってるもんな。何があったかは知らないけど。なるほどな。何にせよすっげー嬉しい。ありがとう」
「……っ。ど、どういたしましてっ!」
あー、恥ずかしい。何やってるのかしら私。記者としてもっと冷静沈着に……冷静に……。
あ、でも。き、今日はバレンタインだもんね。少しくらい羽目をはずしたって……。グッと親密度を上げられるチャンスは今日くらいしかないと冷静に、あくまで冷静に考えたら……。
「ね、ねぇ。口元にチョコついてるわよ。そのままで教室戻らないでよね、恥ずかしい」
「そうか、確かに恥ずかしいな……」
「ま、まって、ぬぐわないで。私が拭いてあげるから」
「え!? あ、ああ」
冬から春休みの間に更に身長が伸びて190cm近くになった巨人であるこいつは、私に合わせて腰を屈めた。
その隙に、私はほっぺたに。
「……!?」
「……これより先は大学が受かったらって約束だから、このくらいで我慢してよね。そ、それじゃ!」
私はその場から走って逃げた。
何でここまでしてしまったんだろう。確実にあの三人のせいだ。調子に乗ってしまった。
山上より先に教室に戻ると、スキルでことの顛末を見ていたのか、美花ちゃんとリルちゃんがニヤニヤしながら擦り寄ってくる。
文句は言うまい、私とてこの二人がそれぞれあゆちゃんや火野とイチャイチャしたたとき、同じような反応をしたんだ。
……穴があったら入りたいよ。
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バレンタイン回を投稿していると言うことは、Levelmakerが閑話のみの更新になってからまる一年が経ったということですね。そしてバレンタイン回自体も今回で5回目。感慨深いです。
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