番外章 クリア後

バレンタイン 〜受け取る側のお話〜

「ふふふ、それじゃあチョコレートとってくるから待っててね、有夢」



 学校から帰宅してから、俺と美花は俺の部屋にあがった。そして美花はベランダ伝いに自分の家へ戻り、俺用の本名チョコレートを冷蔵庫から取りに行く。

 ちなみに、俺は全身からチョコレートに塗れた匂いが染み付いている。軽トラを使ってまで俺と叶の分のもらったチョコレートをおうちまで運んだからね、仕方ないね。


 俺のことを本気で恋愛対象として好いてくれる人が美花以外にも居る。その好意は嬉しくないわけじゃないけど、でも俺には美花っていう全次元中で一番大好きで大切な人が居るから、申し訳ないけど俺も叶ももらったチョコレートはほぼ全部食べずに溶かしたりして再利用することにしてる。チョコケーキだったりチョコクッキーの場合は再利用することもできない。

 本命からの本名チョコレート以外でちゃんと受け取るのは、例えば佐奈田とか、明確に付き合いがある仲がいい人からの義理チョコだけ。



「おまたせ……えへへ、えへへへ、大本命だから!」

「うん、ありがとっ!」



 戻ってきた美花は一年のうちでトップ5に入ると言っていいくらい、珍しくモジモジしながら赤地に黄色チェック柄の包紙に包まれたチョコレートを渡してきてくれた。かわいい。

 美花はバレンタインの概念が出来てからチョコレートは全て手作りしている。まあ、全国チェーンの喫茶店の代表の娘だからね、こう言ったお菓子のものにおじさんの拘りらしい。


 美花は毎年めちゃくちゃな数のチョコレートを作ってバレンタインデーにばらまいてるんだけど(俺も男だけど需要があるらしいから一緒に同じことしてる)、俺のは毎年その大量生産とは別で作ってる。付き合いはじめてからそのことは明かされた。

 まだ付き合う前からでも、一々俺のことを思って、俺の分を丁寧に作ってたんだなと思うと、心の奥底からこみ上げてくるものがある。


 とりあえず俺は勢いに任せて、まだ制服のままの美花をギュッと抱きしめた。たくさんのチョコレートを学校中に配ったから、美花もチョコレート塗れの匂いがする。

 美花もにやけた顔のまま俺を抱きしめ返してくれた。可愛すぎる。すぐキスして押し倒しちゃいたいくらいだけど、学校から帰ってきたばかりのこの時間はまだ健全でいなきゃ。お楽しみは夜中に、こっそりね。



「とりあえず食べるのは私からじゃなくて、そのチョコからにしてね」

「うんうん、今俺もちょうどそう思ってたところだよ。じゃあいただきます」



 包紙を開けたら白い箱が出てくる。その白い箱を開けると、中からちりちりしてる緩和剤とともに綺麗なハート型のチョコレートが出てくる。そのチョコレートにはホワイトチョコで『I LOVE 有夢』とシンプルに書かれていた。

 そのチョコレートを目に焼き付けてから……というか、スマホで写真を撮ってから俺は勢いよく一口かじる。

 バレンタインのチョコレート作りには、美花も桜ちゃんもリルちゃんも本命に対してスキルを使わないことにしているらしい。彼女達には彼女達なりのこだわりがあるみたい。

 でも美花のお菓子作りの腕は元々プロレベルだから、とても美味しい。そこそこ、いや、かなりの大きさのあるチョコレートだけど俺はその場で一心不乱に食べた。美花を見つめながら。



「どう?」

「ふほふ、ほひひひほ!」

「よかった!」



 嬉しそうにはにかむ美花。渡した側なのにこんなに喜んでくれている。バレンタインってイベントは誰が流行らせたのはイマイチわかんないけど、少なくとも俺たちにとってはとってもいい日だ。



「ホワイトデー、待ってるからね」

「もちろん。スペシャルなお返しをするよ」

「えへへ、期待してる!」



 それから俺たちはそれぞれ普段着に着替えてからいつもの日々と変わらないように、部屋内で仲睦まじくしてた。でもやっぱり今日は恋人の日。終始、心持ちは全然日々通りじゃなかった。この雰囲気をどう口に出したらいいんだろうね。 



◆◆◆



「わーふ、わーーふ!」



 家に帰ってきてからリルがすぐにこうして本名チョコを渡してきてくれた。どう見たって手作りだ。だって俺の腕の筋肉を模したチョコレートだもんな。……趣味趣向はともかくありがてぇ。

 自分の彼女から、自分が大好きな人からこうしてチョコレートを貰えるってのはマジで幸せだ。いつもより頬が熱っており、だいぶ照れた感じなのも、俺の心を燃え上がらせる。


 しかしまあ、今年も今年で俺への勘違いチョコというか、人違いチョコというか、嫌がらせチョコというか、とにかく俺にも一応大量にチョコレートは送られてきたけどな。

 義理だとはっきりとわかるもの以外のチョコレートを見たときのリルの表情がなんとも言えなかったぜ。まさかこいつがあんな顔をするとはな。

 一応チョコは全部持ち帰ってきているが、食べるかどうかは別なんだよな。有夢にも叶君のにも昔、爪や髪の毛入りってのがあったから怖いんだぜ。



「わふわふ、まともにハート型を作ろうと思ったんだよ。アナズムにはチョコレートを送る文化がないから、心を込めてチョコレートをその心の形にするくらい簡単だと思ってたさ。でもその、準備してる間に恥ずかしくなってきちゃって……そうなった。ハート型の方がよかったら、ごめんね?」

「いやいや、リルから貰えるだけで俺は死ぬほど嬉しいからな。どんな形状のチョコであれな」

「わーふ。でも来年こそはちゃんとハート型にするからね」



 こうして俺には来年もしっかりとチョコレートがあることが判明したわけだ。有頂天になりそうだぜ。

 俺は今だにわふわふいいながら恥ずかしそうにしているリルの青白い髪の毛を、頭全体を覆うように撫で回した。リルは撫でられてる犬のよう目を細め、体を預けてくる。



「もうダメだよショー……今夜は燃え上がろうね」

「おおう、その気になったか」

「元からこういう日はその予定だよ。わふー、私の体にチョコを塗ってそれをショーがそれをいただくとか、あるいはその逆とかやってみたいな。……でも具体的な内容決めは夜にしよう。今は純粋にショーに対して大好きって気持ちを噛みしめたいなっ」



 なかなか今回もマニアックなプレイを御所望のようだが、それはともかく。彼女としてこの俺にデレデレしてくるリルが見れるってのはマジで最高だぜ。



◆◆◆



「……私の気持ちだから」



 そう言って桜は俺にチョコレートを渡してきた。兄ちゃんや翔さんもしてもらってることだけど、こうして大本命のものは帰ってきてからゆっくり本人と対面して渡してもらうというのは良い。特別感が溢れ出ている。



「こ、これ以上ない本命だから!」

「わかってるよ、ありがとう。死ぬほど嬉しいよ」

「そ、そう? それなら良かったけど」



 桜が手作りしてくれた愛のこもったチョコレート。俺にとっては何よりも価値のある代物だ。これはあとでゆっくり頂くとして、つぶらな瞳で俺のことをじっと見ている目の前の天使をどうにかしたい。一つ、照れそうなことを言ってみるか。



「ホワイトデーは何百倍にして返すよ」

「……む、無理だと思うわよ。すでにその、私からのあ、愛情は限界突破してるから」

「まさか桜がそういうセリフ言うなんて」

「……叶に大好きを伝えやすい日だもん。私だって浮かれたいよ」



 たしかに、日頃と比べるとだいぶ浮かれている。好きっていうのは毎日言ってくれてるけど……いやはや、今日は特別だろう。が理性を売りにしている人間じゃなかったら今はもう桜と共に床について男女の儀式を遂行していることだ。まだ中学生だから倫理的にできないというのが本音だが。

 ……とは言っても桜が愛を心の底から語ってくれてるのだから、俺の方は態度で示そう。



「本当にありがとうね」

「う、うんっ」



 桜の頭を軽く撫でてから肩を抱き寄せる。抱きしめられると理解した桜は自分から自然に飛び込んできた。どうせ兄ちゃん達も今頃こんなことしてるんだろうけど、俺も。桜を強く抱きしめる。せめてこのくらいはしないと俺の気持ちは晴れない。



「すきぃ……」

「うんうん」



 婚約までしてる俺たちはこれからも毎年、2月14日はこうなるんだろう。実に素晴らしいことだ。来年もこんなことができると思うだけで心が躍る。






#####


お久しぶりでございます。Ss侍でございます。

まさかLevelmakerの番外編初の話が毎年恒例のバレンタイン話になるとは……。しかも1日遅れですし……。申し訳ありません。

今回はバレンタインでチョコを受け取る側のお話でした。果たして来年もあるのでしょうか、バレンタイン話。


え、バレンタインのお話を毎年欠かさず書いてるのに、家族以外からは何年も一つももらってない人が居るですって? ど、どこでしょうね(血涙)。

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