閑話 翔と有夢の二人旅 その4

「いやはや、いいお湯だったよ」

「そう……だな」



 温泉で我慢比べをしてからフルーツ牛乳を飲み、マッサージ機やらなんやらに揉まれて合計三時間くらい経った。俺なんてまだ温泉に長く浸かりすぎて頭がボーッとしてるってのに、有夢はケロリとしてやがる。どうしてこんなに強いんだこいつ。

 この旅館は四人以下の団体客はみんな、部屋に食事が運ばれてくることになっている。てな訳で俺と有夢は一直線に部屋へと戻った。広い部屋の邪魔にならないところに布団が敷いてある。……俺と有夢の分、男友達ではあり得ない距離で詰められてるな。つーか、その、なんだ。これはお膳立てというやつか?



「ふふふ、この旅館の人もすっかり俺を女の子だと思ってるようだね! 予約の時、男二人だって言ったはずなんだけど」

「女湯に入ったところとか見られたんじゃねーか?」

「なるほど。……それで、翔はどうしたい?」



 有夢はいたずらな笑顔を浮かべて俺の腕に抱きついた。こいつがこの顔をする時は、男をからかう時だ。こういった行動をするからこいつは何千人、何万人と男を大なり小なり勘違いさせてきた。

 女の子のような声で、女の子のような顔で、こんな仕草を取ってくる。しかも今は浴衣を着ており、暑いのか胸元をはだけさせていやがる。相手が相手なら押し倒されてるところだろう。まあ、有夢も相手を選んでやってるから万が一なんてあまりないんだが。ここまでしてくるのは信頼されている証拠だ。

 だが、ドキリとしたぞ。たった数時間のうちでこの俺が二回もドキリとさせられるとは。これは多少仕返しをする必要がありそうだ。



「そうだな……どうするかな。アリムになってもらうか?」

「……っ!」



 ふっ、有夢め。明らかに動揺してやがる。あんまり親友をからかうもんじゃねーと言い聞かせなきゃな。ここらで一旦、こいつをお姫様抱っこしてやって布団に放り込む。そこで冗談だと笑ってやれば十分な仕返しになるだろう。

 ……まてよ、なんか感覚がおかしい。言葉じゃ説明できないが違和感を感じる。なにも喋らない有夢の方に目を移すと、やつの身長が明らかに縮んでいることに気がついた。10センチ……いや、15センチは低くなっているか。まーーたやりやがったなこいつ。



「おい、有夢」

「翔なら、ボク……その、今晩だけならいいけど……?」

「嘘だろおい、モジモジするんじゃねーよぉ」



 ふと、有夢が昔、いや、割と最近も「自分が本当に女の子だったら翔を彼氏にしていた」と言っていたのを思い出してしまう。危ないなこれは、非常に危ない。

 ……と、ここで俺と有夢のスマホから着信音が鳴った。緊迫した空気を破るように。俺たちは互いに顔を合わせずに同時に来た内容をチェックする。連絡アプリではなく、メールに、美花から一斉送信で俺と有夢へメッセージが送られてきていた。その序文にはこう書かれていた。



<なんか予感がしたから連絡するんだけど、変なことしてないわよね?>



 俺は思わずどっかに監視カメラでもついてるんじゃねーかとあたりを見回してしまった。有夢も同じこと考えたようだ。そんなものあるわけないんだが。……魔神達みてーにスキルで覗いてるのか? それともいつものエスパーと疑わざるを得ないレベルで鋭すぎる勘か? なんにせよ、ストッパーになってくれてよかった。

 残りの分は今日の感想などを聞いてきている普通の内容だった。俺は適当に返信し、もう一度有夢の方を向く。有夢の身長はおおよそ170センチに戻っていた。



「なあ、有夢」

「うん」

「飯くるまでおとなしくゲームでもしようぜ……」

「そだね……」



 これでいい。俺と有夢は一応男だし、俺はリルの、有夢は美花のものだ。性別を変えられるとはいえ男の親友同士で一悶着あるのはやばいからな。俺が有夢に対して耐性を持っており、なおかつ理性を保てる人間でなかったら、友情のこじれと浮気が同時に成立してしまうところだった。

 それから三十分くらいゲームをしていたところ、この旅館自慢の料理が運ばれてきた。いい部屋だから料理も相当なもののようだ。



「お刺身が多めだね、美味しいね」

「だがアレだな、アナズムの料理に慣れるとどうして物足りなく感じるな」

「アイテムマスターとかマイスターの料理を比べちゃダメだよ。こーゆーのは雰囲気なの!」

「ま、そうだな」



 俺も有夢も特に嫌いな食べ物とか入ってなかったからすぐにたいらげたが、俺にはもの足りなかったな。表情で察せられたのか有夢がダークマタークリエイトで追加の飯を作ってくれたからなんとかなったが。

 それから俺たちは深夜まで有夢が用意したゲームをこれでもかというほどプレイし続け、明るくなった頃に互いのお布団に現実的な距離を開けて数時間だけの眠りについた。……寝てる最中に寝返りで有夢がこっちにきて抱きついてきたりしたのは、いつも美花にこういうことしてるってことだろうか。前はこんな癖なかったからな。……寝にくい。

 




#####


男の娘、TS、その他諸々、結局のところ全部ホ……。

それでも有夢くんは基本、美花ちゃんが相手なのでセーフですね。今回はアウトですけどね。

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