第1097話 侵入者

「はぁっ……はぁっ……み、美花!?」



 さっきまでお家の中で寝てたはずなのに、拠点の外に放り出されてる。俺の隣には美花が気絶したように眠っていた。……天井が壊れて落下してきて死んだというわけではなさそう。そんなくらいじゃ二人同時に死んだりなんてしないだろう。となると、答えは一つ。

 俺は自分たちの家の方を見てみた。そこには3メートルくらいはありそうな人型の何かがいて、俺と美花が5日間かけて頑張って作った家を拳一つで更地に返していた。凄まじいパンチ力のせいか、家だけじゃなく他のものも全部壊れてる。俺と美花に残されたのは刃物などの小物と家から反対側にあるカマド、お風呂ぐらいになってしまった。



「ん……どったの、あゆ……あっ」

「起きたの、美花。大声出さないでね、ダメだよ……」

「う、うん……」



 いや、大声出そうが出さなかろうが意味がないのはわかっている。SSSランクの魔物に探知のスキルが備わってないわけないんだから。

 謎の人型の魔物はゆっくりとこちらを向いた。もともとの色が黒いのか、顔がよく見えない。ただ、金色に光っている髪の毛のようなものと金縁の刺青のような模様はよく見える。だから人型って判断できたんだけどね。とても強そうな雰囲気を醸し出している。

 ここ二週間、ずっとこの拠点から1キロメートルの範囲内には魔物が来なかったからすっかり油断してた。



「ギバ……ゴゴギガガガガガガ!」

「なっ……?」

「ガッ!」


 

 人型の魔物は俺たちに向かって拳を振るった。その瞬間、風圧だけで体の肉や内臓が骨からひっぺがされたような。そんな感じがした。一瞬のことすぎて痛みはない。

 意識が残ってる0.1秒のうちに目線を美香に移すと、あの綺麗な顔と体が骨ごと粉々になっていくのが見えてしまった。グロテスクというより、大きな大きな喪失感があった。そして、俺たちはまた死んだ。

 ……さて、俺はこの状況をどうするか考えなければならない。そう、頭の中で思い浮かべた時にはもうすでに生き返っており、目の前には復活する俺と美花を不思議そうに眺めている人型の魔物。あはは、ゆっくり考えさせてくれる暇なんてあるわけないか。

 死んだはずの生き物が簡単に生き返る。この状況を目の当たりにした人型の魔物は、不気味さに逃げもしない。戸惑ってから数秒経ったのち、ニコリと笑った。顔自体は見えないけど、むき出しになった歯と月明かりで照らされた眼のお陰でそう、察することができる。

 そして今度は俺と美花に向かって回し蹴りのような蹴り……の風圧を食らわせてきた。風が刃になって俺と美花を心臓のあたりから真っ二つにする。

 死んじゃう前に美花の方をついついみてしまう。恋人のことを心配するのは当然だけど、この状況において精神面を考えるなら悪手だ。たぶん美花もそうなんだろう、この一瞬で目があった。俺の体も、美花の体も、大量に血しぶきをあげ、内臓を撒き散らしながら崩れていく。お互いに声をかけることもできない。威力が桁違いすぎて痛みはやっぱり感じない。

 もう二回も自分は死んでしまったし、一番愛してる人を二回も殺されてしまった。それではいけない……という考えが巡ると同時に、自分たちの復活する地点が固定なことに嫌気がさす。人型の魔物は俺たちがまた復活したのをみてもう戸惑いはせず、新しいおもちゃを見つけた子供のようにピョンピョン跳ねている。その跳躍だけで地面が揺れる。

 ……この状況を打破する方法はなくはないんだ。そしてたった今、あの魔物が喜んでいる間にそのためのステータス調整を終えた。ゲームでタイムアタックをしようとした時に磨いた、高速コマンド入力が功を成したといえるかも。それに、美花がずっとステータスを残しておいた方がいいって言ってたのも、このためだったのかもしれない。とりあえず俺は美花の腕を掴んだ。



「美花、逃げよ!」

「……ん……」



 美花の腕を持ち上げるも、放心状態のようですんなりと行かない。その間に魔物は逃げようとしている俺と美花に向かって魔法陣を展開した。真夜中であるはずなのに、辺り一面が光に包まれる。そして俺たちは死ぬ。

 逃げるのは流石に無理そうだ。諦めるしかないのかもしれない。気がつけばまた俺たちはあの魔物の前で横たわっている。丁寧に、自分からどうぞ殺しまくってくださいって身を投げ出してる気分だ。……もう、身を委ねるしかないのかな。

 きっと、これがアナザレベルの狙いなんだろう。俺と美花を延々とこうやって殺し続けて心を折らせる。そして何もかも諦めさて廃人みたいにしちゃう。俺は自分のことをゲーム廃人だとか自称してることもあったけど、本当に壊れるっていうのは全く違うものなんだ。

 いや、俺が何回もやられるのはいい。こうやってまだまだ物事を考えられるくらい、自他共に認める精神の屈強さが助けてくれている。でも、美花が、美花がやられて見るからに弱っていくのが本当にきつい。壊されてしまう瞬間なんて絶望的だ。俺が、俺が巻き込んでしまったばっかりに。俺が美花を束縛しようとしてしまったばっかりに。いくら公開しても遅い。

 目を開けると、この拠点に大きなクレーターができていた。ついに俺と美花がこの世界に来てから得たものはほとんどさっきの魔法で消し飛ばされてしまったようだ。

 あの魔物は、再び同じ魔法を撃とうと準備をしている。

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